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空気猫

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散文です。






糖蜜の病い
 
スーパーの袋を片手にアパートの階段を登って行くと、廊下の先に大人が落ちていた。ああ、明日は粗大ゴミの日ではないのになぁというようなことをぼんやりと考えて、はぁーと白い息を冬空に流す。里の真ん中にいる最高権力者の老人に頼んだら、この大人を撤去してくれるだろうか、と考えて否。きっとあの老人のことだからいかにも重大な案件のように気難しそうにパイプを燻らせて、…それだけで終わるに違いないと思った。里指折りの上忍の私生活における奇行を、一介の下忍に過ぎない自分がいくら訴えたところで黙殺されるのは必至で、子供は里のヒエラルキー事情にそっと肩を落とした。
「カカシ先生、いつからそこにいたんだってば」
「ナルトが帰ってくると思って…」
それだけ言うと、ぱったりと大人は息絶えた。ぼろっとした格好から察するにきっと任務帰りなのだろう。ぼさぼさの銀髪が冷えた空気の中で反射していて、それだけがやけに綺麗だった。
「重…」
大人をずるずる引き摺って部屋にあげて埃っぽいベストを脱がせる。首のところを引っ張ってしまったので、いっそうカカシの忍服はよれよれになってしまったが、そんなことを気にしていたのは最初の一回か二回目くらいで、大人が任務終わりのたびにナルトの家に転がり込むようになってからは後始末の手順も自然と手慣れていって扱いも雑になった。
「カカシ先生、上向くってばよ」
「ん…」
手始めに大人の口布に指をかけ、額当てをぽいっと投げる。紺地のマスクの下から現れたのは色を無くした端正な顔だちで、ナルトの帰りを待って長いあいだ外気に晒されていたのだろう。こんなふうになるくらいなら、勝手に不法侵入でもして家にあがっていればいいのにと思うが、この非常識な大人はそれでも傾いた常識の定規で何かを推し量っているらしく、ナルトからの許可があるまで家には入らない。
「三日ぶりのナルトだぁ」
「………」
カカシが力なく笑ったのでナルトは挟んでいた両頬をぱっと離した。
カカシが素顔を見せてくれるようになったのはいつからだろう。こうしてナルトの家に姿を表すようになった頃はまだ覆面をしたままだった。いったいいつから彼はこんな無防備な微笑みをナルトに向けてくるようになっただろうか。
「あーもーカカシ先生。どうせシャワーまだなんだろ。タオルと石鹸持ってさっさと風呂入る!まずはそれからだってば!」
「ん……」
追い立てるように背中を押すと気の抜けた返事をしてカカシはナルトの指示通り脱衣所に向かう。その後ろ姿を見送り、ナルトはカカシのベストや上服をまとめて掴みビニール袋にいれる。勢いのまま大人のクナイをいれたポーチを持ち上げようとすると、急に視界が暗くなって頭上からぬぅっと手が伸びてきた。
「これは汚いからさわっちゃ、め」
「………」
いつに間にか風呂場に行ったはずのカカシが戻ってきていた。〝めっ〟ではない。そういう場合ではないのだが、ナルトは大人から取り上げられたポーチをぼんやりと見上げた。ナルトから離すように背中を向けてクナイを持つカカシの手付きはとても手慣れていて、…こういうところはしっかり上忍なのだと思う。
「クナイは乱暴に扱っちゃだーめデショ。わかった?」
「わ、わかってるってば。ちゃんと〝きおつけて〟持ってたってばよ!」
「うそ。いまちょっと集中力切れてたデショ?」
「………」
手元が乱暴になっていたのは事実だったのでナルトは口を噤んだ。任務終わりの血が付着したクナイ。とくにカカシのような上忍の使ったクナイは敵の忍の血がついており、うっかり触って指を切ったりすると感染症になることもあるのだという。
他人の血液ほど怖いものはない。信用のおける人間ならいざ知らず、他里の忍などどんな病気を罹患しているか定かではない。
だから、せんじょー、じょきんを欠かしてはいけない。小さな擦り傷から雑菌が入り込みびょーきになることもあるそうだから、手はせーけつを保って、綺麗に。
いつだったかは乾燥をしないようにとはんどくりーむを塗ってくれたこともあった。乾燥して裂けたところがあると感染の原因になりいざという時に危ないのだという。
「こういうケアを日頃から怠らないこと。とくにオレたちの職業はそれで命に差がつくから」
まるでそれで一度は仲間を失くしたかのような言い方だったから深くは聞けなかった。そのあとにナルトの手を持ったままカカシが動かなくなったので、ぺしんと叩いておいたが。
だけどカカシと接するようになって熟練の忍の手はささくれ一つなく綺麗なのだということを知った。
「ナルトは手当てをする習慣をつけないとねぇ…」
応急処置の話だとか煎じ薬の話だとかカカシは難しいことばかり言うのだが、どれもナルトにはいまいちピンとこない。ナルトのなかのものの存在を知っていて心配をするカカシを不思議に思うばかりだ。
怪我の痛みも、辛いはずの病熱もするするとナルトのすぐ横をすり抜けていく。
かさぶたが剥がれてしまう時の痛みをナルトは知らない。ナルトのなかの九尾はどういうわけか宿主にとても過保護だから、掠り傷ですらバンソーコーを貼る前に治してしまう。
もっともカカシに、ごーもんをした時の敵のしのびのとしゃぶつには気を付けること!だとかを可愛い犬をさわったあとは手を洗うこと!と同じ口調で言われた時はちょっとこの人ズレてるなぁと思ったものだが。
「ナルト。そのベストはもう捨てるから洗わなくていいからね?」
「あ、うん」
入浴を終えたカカシはゴミ袋の前でぼんやりしていたナルトに気が付いてこてんと首を傾げた。
血の付いた衣服はあとでまとめてアカデミーに持っていって廃棄業者が回収するようになっている。カカシのような上忍は頓着なく支給物を使えるらしく割り当てられる任務の過酷さに比例するように、支給品を消費するサイクルも早い。
忍服、ベスト、ポーチ、包帯、爪切り、カカシの身の回りの日用品は使い捨て可能な支給物ばかりで非常に身軽だ。
いつだったか、無造作に支給物を捨てるカカシの姿を見てしまったことがある。
ごとん、とゴミ箱の音がやけに耳に残って、今もどこかカカシに心許せないのは、あの軽さで自分も切り捨てられてしまうのではないかと思っているからかもしれない。執着も頓着もないくせにナルトに見せる笑顔だけは優しいから余計に怖くなる。いったい?なぜ?どうして?自分だけが彼の厳重に引かれたラインを踏み越えることを許されているのか、ナルトにはわからない。
「カカシ先生ぇ髪」
「んー…」
以前ナルトに叱られてから洗髪のあとにタオルを首にかけることは覚えたカカシだが、髪の毛の拭き方までは覚えなかったらしく、ポタポタと水滴を垂らしたままリビングの椅子に座ってしまう。ナルトはカカシの銀髪の頭をタオルで掻き回し、そのまま大型犬の世話をするように櫛を通した。一見、鋼のように硬質に見えるカカシの髪の毛は一定の硬さはあるものの、櫛を通せば案外すんなりとナルトの手に収まり、カカシは大人しくナルトのされるがままになる。
ナルトは一通りカカシの頭の水滴を拭き取ると、彼の前に作っておいた料理を並べた。
「いただきます」
お湯で干物を戻しただけのお茶漬けを前に、カカシはうれしそうだ。ナルトのような子供の手料理など高が知れていると思うのだが、カカシは好んでナルトに料理をリクエストする。もっとも、カップラーメンでも嬉々として食べている時があるので基準がわからない。
カカシのような大人ならきっと綺麗な女の人に頼んでいくらでも食事を作って貰えそうなものだが何故だかカカシはナルトのオンボロキッチンでできる料理を好む。
案外モテないのかもしれない、と考えた時もあったが、ナルトの前で素顔を晒す大人は性別問わず黄色い声が上がりそうなほどの綺麗な顔立ちで、まったくと言っていいほど釈然としなかった。伏せられた睫毛まで銀色なのだと思っていると、
「あ、ナス」
「それは、スーパーで安かったから、たまたまっ!」
突然カカシが瞳を瞬かせるものだがら声がワントーン高くなってしまった。テーブルの端に目立たないように小鉢で出していたのはナスの漬物だ。テレビの料理番組で案外簡単に出来ると知ったから、気まぐれで作ってみたのだ。それは大人の好物であったのだが、ナルト曰くたまたまらしい。
「うん、好きだなぁ」
「なっ?」
「好き」
ぎくしゃくと真っ赤になった子供を愛おしそうに見つめて、カカシは目を細めた。
「やっぱりオレはナルトが好きだよ」
へらっと大人は笑う。
「そ」
「そ?」
「そんなこと言ったってだめなんだからなっ」
「ああ、残念だなぁ。フラれちゃった」
ちっとも残念そうではない口ぶりで何がツボだったのかカカシはそのまま身体をコの字にして肩を揺すり出す。
「ねぇ、なぁーると」
甘ったるい声でカカシはナルトを呼んだ。
「ただいま」
「―――…っ」
毎回、毎回、この大人が玄関の前に行き倒れているわけを考える。忍としては隙になり得る姿を晒し、ナルトにだけは心許しているように笑うわけを。
この気持ちの置き場をまだナルトは知らない。だから今のところは任務帰りのカカシを拾い、こうしてテーブルを挟んで向かい合う。温かくなり始めた陽射しの中で、おかえりと小さく呟くとカカシはとてもうれしそうに笑った。
九尾すらもすり抜ける小さな炎症はじわりじわりと浸食を繰り返しやがて熱を灯すのだろうか。













 
 
 


 
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=゜w゜=

とてもカカシ先生が可愛かったです!
NO NAME 2015/01/17(Sat)22:35:39 編集
空気猫取扱説明書概要
ここは二次創作小説置場です。無断転載は禁止。本物のカカシ先生とナルトくん、作者様とは一切関係がありません。苦手な人は逃げて下さい。
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管理人の生態
自己紹介
名前    空気猫、または猫
職業    ノラ
趣味    散歩・ゴミ箱漁り
餌      カカナル
夢      集団行動
唄      椎名林檎
性質    人間未満

日記    猫日和

ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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