放課後の校舎を。男子高校生たちが走る。
「おーい。ナルト。ずいぶんと急いでるんだな」
「あの人と帰るのか」
「んあ…?あっ、ごめんってば」
校門の一歩手前でシカマルに引き留められ、ナルトは手を縦にして「すまねぇ!」と謝った。
「そうか……」
「どうしたんだってば、シカマル?」
「―――いや、あの人には気を付けろよ。ナルト」
「はぁ?何言ってるんだってば。シカマル?」
ナルトはシカマルの様子にまた首を捻りながらも、門前にいるカカシの元へと駆けて行った。
「あの大人、誰だよ。ナルトのナニ?」
やっと、門前の大人に気付いたキバがシカマルに訊ねる。
「知らねえよ…。めんどくせぇ」
残りの補習時間は脱走に失敗してからというもの、顔を般若にしたイルカが教室の周囲で見張りをしていたため、ナルトたちはなかなか教室から逃げ出すことが出来なかった。
それでも、何度か脱走を試みそのたびにイルカに首根っこを掴まれて、捕獲されるということを繰り返し、ナルトは短くも長い補習時間を終えた。
ナルトとキバは、補習が終わるやいなや「じゃあな」の挨拶もそこそこに教室から飛び出し、あとにシカマルやチョウジがのろのろと続いた。
「シカマルッ。早くしろってばよ!」
「あぁ、なんだよ。めんどくせぇ。結局オレにほとんどプリントやらせやがって…」
学ランの背中を押されてシカマルは欠伸を噛み締めつつ、廊下を歩く。
「おーい。ナルト」
「げ。イルカ先生。オレってばもう補習はノーセンキュー!!」
「おまえなぁ…よくも懲りずに、脱走を繰り返してくれたなー」
「ニシシ。だってさーだって、なんか教室でじっとしてるのが苦手なんだってばよ」
「………たく。おまえは本当にうちの猫に似ているなぁ」
「え。イルカ先生ってば猫飼ってるのか?意外だってばよ」
「おお、うちの猫たちは美猫だぞぉ~。今度、うちに遊びに来い。銀色と金茶の猫なんだがなぁ。とくに金茶の方がおまえによく似ているなぁ」
自宅の猫のことを思い出したのか相好を崩して、イルカが笑う。
「美猫…イルカ先生ってば相当猫好きだろ?ううう、可哀相に独身生活が長かったからペットに愛情が偏ってしまったんだな。今度オレと一楽食べに行こうぜ」
無言で頭をイルカに叩かれて、ナルトはまたニシシと笑った。
「わり。イルカ先生、オレってば今日は急ぐからお説教はまた今度な」
「あっ。おい、ナルト。ちょっと待て」
「へ?」
「校門前に変わった髪の色の男の人が居たがあれはおまえの知り合いなのか?」
「あ…。ええとカカシ先生のことだってば?迎えに来てくれたんだ…」
「カカシ〝先生〟…? なんだ、家庭教師の先生か何かか?」
「そうじゃねぇけど、なんかあだ名みてぇなもんっつぅか…それが何?」
見れば、イルカは何やら考え込んでいるようである。
「あの人の顔をオレはどこかで見たことがある気がするんだよなぁ…。それがどうにも思い出せなくてなぁ」
「カカシ先生なら近所の喫茶店で働いてるってば。木の葉喫茶っつーの。…イルカ先生、もしかして行ったことある?」
「いや、その店は知らんなぁ。そういう身近なのではなくて、もっと間接的に見たというか…ああだめだな。どうもすっきりしない」
「イルカ先生、もうモーロク始まってるんじゃねぇの」
また無言で叩かれそうになってナルトは、今度はひらりとそれを交わすと「イルカ先生、またな!」とイルカに捕まっている間に大分先に行ってしまったシカマル等を追い掛けた。
「…カカシ先生な、今オレの父ちゃんの店で働いてるんだ。イルカ先生も今度店に寄ってってよ」
「そうか。なら、オレの気のせいかもしれないな。引き留めてすまなかったな」
ナルトの後ろ姿を見送ったイルカはそこでナルトの漏らした言葉を反芻して、破顔した。「そうか…。あいつ、とうとう父親に会ったのか」イルカは我知らず息を吐き、近所のスーパーで猫缶を買って帰ろうなんて思いながら、生徒たちが帰宅した空き教室の鍵を閉めた。
「カカシ先生、おまたせ!」
「ナルト、友達を置いて来ちゃって良かったの」
「いーの、いーの。どうせ今日はファーストフード店に寄るだけだったし。せっかくカカシ先生が迎えにくてくれたのに、悪いじゃん?」
「…四代目もおまえが来るって楽しみにしてたよ」
ナルトの返答に、カカシは笑みを深める。カカシが、ナルトの金糸を弄ぶと、騒がしかったナルトが途端に静かになる。
「……っカカシ先生。ここじゃちょっとっ」
「ん、だめ。消毒…。オレ以外の悪い虫が付かないようにね、牽制しなきゃ」
「っ?っ? 何言ってるんだってばよ…!」
まだ学校から、それほど離れていない距離。シカマルやキバの姿が、まだ学園前にある。遠目には、大人と少年がじゃれ合っているように見えなくもないだろう。
「ここでキスしていい?」
「わっ、だっっっ」
「ね、いいでしょ?お願い…」
「やっ、ダ、ダメだってばよ…」
周囲を気にしてるナルトを可愛らしく思いながらも、カカシはナルトの友人等から、ナルトを隠すように背を向ける。
「ね、これならあそこの子たちから見えないから…」
「センセェ…」
弱ったようなナルトの声。
「そんな舌っ足らずな困った声でオレを誘わないで…?」
我慢出来なくなるデショ?と耳元で囁くと、びくびくとナルトが震えた。
「変なカカシ先生…」
結局、カカシに強請られればナルトもそう強く断れない。両頬を掬われるように持ち上げると、薄っすらとカカシのためだけに唇が開けられる。
「―――んっ」
カカシは、吐息の漏れる唇を美味しく頂いたのだった。