空気猫
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小さな頃、ナルトは家に母がいないことを不思議に思うことはなかった。食卓に配置されている三人分の席の内、病気で倒れた彼女の欠員が出来ることはしばしばだったし、父もまた飲食関係の仕事をしているため、ナルトが就寝してから帰宅していたので、朝に少しだけ顔を見れれば、「父ちゃんと会えた!」と驚いてしまうほどだった。だから一人で食卓に座ることには慣れていた。
広い部屋に一人きりでいると食卓の電灯はいつもより暗く感じられたが、だからと言ってそれを不満に思う価値観をナルトは持っていなかった。
だけど、小学校に入学して、同級生の友人が毎日母親と会話をしているという話しを聞いた時、初めてナルトは自分の家庭が、余所とは違うのだと気付いた。
ナルトにとって父母がいる状態は、「スペシャル」な状態であり、「その日あったことを逐一報告する」親子の会話というものが当たり前のように毎日成立している、一般家庭に驚愕した。
そして、波風ミナトが失踪して、歪ながらも綺麗な三角の図形を模っていた、家族の関係は壊れてしまった。
クシナは手術と療養を兼ねて長期入院生活に入り、ナルトは一旦、母方の祖父の家に引き取られ、クシナ夫人が、手術を終え、体調を回復させる頃には既にナルトは猿飛という老人と一緒に暮らしていた。
ナルトは血の繋がらない老人と母とを天秤に掛けた結果、そのまま老人と暮らす道を選んだ。ゆっくりと年老いて行く、彼の残された僅かな時間を、一緒に過ごしたいと思ったのだ。
「オレってばこのまま猿飛のじぃちゃんと一緒に暮らす。今更あの家には戻れないし、オレはオレの人生を生きるから、母ちゃんは自分の人生を楽しんで」
それがナルトの答えだった。ナルトの選択を母のクシナは少しだけ寂しそうに聴いていたが、すぐに彼女特有の笑みを浮かべて明るく笑った。
「わかったわ、ナルト。ナルトにはナルトの人生があるものね。ナルトの好きに生きなさい。ママはママの人生を謳歌してみせるわ。それでいい?」
「うん、母ちゃんが楽しい人生を送ってくれるなら、オレはそれで幸せだってばよ」
「でも、あなたはいつまでもわたしの息子よ、それを忘れないでね?」
「うん、サンキュ。母ちゃん!」
だから、中学に入学した時の春、「ママ、ヨーロッパに行きたくなっちゃったから行くことにするわ」と言われた時も、ナルトはそれほど驚かなかった。
「ママ、決めちゃったわ」と言った時のクシナを止めれるものは誰もいない。自分も一度決心すると人の言うことを聞かないほうなので、似たもの母子と言われればまったくそうなのかもしれない。
「母ちゃんが行きたいなら、行けばいいってば」
病気がちで決まった定職に就くことが出来ないクシナはフリーのインテリアコーディネーターの職に就いており、ヨーロッパに研修も兼ねて旅行に行く事にしたらしい。
「そう?じゃあ、ママちょっとの間、この国を留守にするわね」
両手ガッツをする母に「その意気だってばよ母ちゃん」とナルトは笑った。
「それじゃあ、ママこれからお買い物行くから、もう行くわね。次に会うのは3年後なるかしら?」
「おうってば。いってらっしゃい、母ちゃん、買い物、買い過ぎちゃ駄目だってばよ……?」
「うふふ」
「〝うふふ〟じゃねーってば!お願いだから一回の買い物で5万も10万もいっぺんに使っちゃ駄目だてばよ!」
「それじゃあね、ナルト!」
「……うあ、母ちゃん!!!」
それが記憶の中で覚えている限り母子の交わした最後の会話だった。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃーんクシナママただいま海外旅行より帰宅!」
「母ちゃん…」
「クシナさん、おかえり」
ツバの大きな帽子を被ったサングラスの女性が入って来た。真っ白なフレアスカートからすらりと伸びた足。華奢な作りのミュールに、しっかり塗られたパールのペディキュア。
「ヨーロッパ一週旅行は楽しかったってば…?」
「もうサイコーだったわよ、ナルト!好きなことして、ママお肌も心もつやつや」
条件反射でナルトが、母と最後に交じわした会話から、導き出される質問をした。
「きゃー、カカシくんも久し振り。眠そうな顔して相変わらずね。もっとしゃきっとしないとだめよ~。若いんだから!」
トランクケースをどかんとカウンターにおいて、満面の笑顔でクシナ夫人は首を傾げた。
「あら、あら、あら。みんな雰囲気が暗いわよ~、どうしたの?」
「………」
カカシがハァ…とため息を吐いて手で額を覆い、ミナトは妻好みの味のコーヒーを淹れていた。
「これはコーヒーメーカーはカカシくんへのお土産。フランス製のフライパンはミナト。ナルトのお土産は…」
「クシナさん、カウンターの上でトランクケースを開いたら危ないよ」
「あら、ごめんなさい。ミナト」
父と母が並んでいる光景を、ナルトはどう捉えていいのかわからない。
「ナルト、元気にしてた?ご飯ちゃんと食べてた?」
「……んー、ぁ。いや、うん」
それはどっちなんだというような曖昧で且つ正直な返事をして、ナルトが丸椅子の上で縮こまる。
「なんだか変な感じだってば。またさ、父ちゃんと母ちゃんが二人並んで立っていると…」
「確かにそうね。ミナトとも久しぶりだわ」
「そうだねぇ」
まるで昔に戻ったみたいだ。もう二度と見ることが出来ないと思っていた光景。
まだミナトがサラリーマンではなかった頃、波風家の休日は、水曜日だった。その日は親子三人が食卓を囲んで、和やかな時間を過ごすのが、波風家の休日の過ごし方だった。
平日が休みだと、遊園地や動物園、水族館はがら空きで、広い施設内全部が波風親子の「貸切り状態」が常で、よく親子三人で水族館や移動遊園地に行った。
平日の水曜日は、遊園地で風船を渡してくれるピエロも、動物園のキリンも、カバも、どこかのんびりとしていて、眠そうだった。水族館の魚たちのあくびさえ聞こえてきそうで、静かな館内は、本当に深海の中に潜り込んだみたいで、幼いナルトの記憶はそうしたパステルカラーの父と母の思い出に彩られていた。
だから、幼い頃家族三人で暮らしていたナルトが幸せであったというなら、そうなのだ。
「ナルくん…?」
「ナルト…?」
「オレってば嬉しい…。のにっ、ごめん。なんか涙が勝手に……っ」
「あら、あら、あら…」
クシナが丸椅子に座っていたナルトに駆け寄り、膝を折る。細い指がナルトの背中にそっと寄せられた。
「くう……」
背中を擦ってくれるクシナの手が、余計にナルトの涙を誘う。
「……んでっ」
「ナルト…?」
「ナルくん?」
「なんで二人で幸せそうに並んで笑ってるんだよ。オレに隠してたのかよ…っ」
「………」
「母ちゃんはずっと父ちゃんと連絡取ってたんだろ。二人でオレに隠し事してたのかよ」
「ナルト…」
「オレは何も知らなかった…」
己の家は一般的にいえば家庭崩壊の不幸せな家であったかもしれない。だが、ナルトに言わせれば、今までの人生もそれなりに楽しかった。辛いことや理不尽なことはたくさんあったが、まったく楽しいことがなかったと言えばそうではない。日常生活の中で、好物の物を食べれば美味しいと感じたし、当たり前だが恋も出来る。
どうしようもないことが、この世にあるとわかった人間は酷く楽観的だ。大概、幼い頃に不幸な境遇を経験した子供は、よく笑うようになる。不幸な顔をしても、しょうがない。本当に不幸だと人間は、不幸を隠し前向きになる。
ナルトの場合は時折塞ぎ込むように落ち込むことはあるものの、日々は忙しかったし、自活するようになってからは、生活の糧を稼ぐために、時間に追われた。そこに、哀しみが割り込む余地は少なかったし、ナルトも自分の足元に広がっている暗い穴について深く考えないようにしていた。
下ばかりは向いていられなかったのは、下を向くと、そこから一歩も歩けなくなるからだ。
だから笑う。へらへらして、不幸なんて何もないというふりをする。ふりはいつしか演技ではなくなり、周囲にとっての本当になる。
そしていつしか、楽観的だとか苦労していないように見える、と言われるようになる。当たり前だ。苦労しているように、見せないように努力しているのだから。
もっとも大体父が失踪しましただの、母は入院中だの、いちいち人に説明するのは面倒臭い。クラスメイトでも、ナルトが両親から離れて育ったと知ってる人間は限られているだろう。別に吹聴することではないし、そんなものだ。
家に帰ったら母親が料理をして待っていて、父親が新聞を読んで居間にいる家なんて、それってドラマの中だけの話じゃないのかよ?と思ったことも何度かある。
だけど、今、父と母を前にしてナルトは…
「どうして黙ってたんだってば」
「…………」
「……オレが一番許せないのは、全部オレに黙ってたってことだってば。父ちゃんと母ちゃんは愛し合ってたのに、家族を続けられなくなったんだろっ?そういうのオレがガキだからって、秘密になんてして欲しくなかった。ちいせぇオレは大人の事情は理解出来なかったかもしれねぇけど、全部教えて欲しかった。そしたらちゃんと頑張って考えたのに―――……ちゃんと理解しようとしたのに。子供だからって蚊帳の外に出して欲しくなかった」
ずっと二人は喧嘩して別れたんだと思ってた。二人の気持ちと絆が途絶えたのだと思っていた。
「どうして大事なこと父ちゃんと母ちゃんだけで勝手に決めたんだよ!オレだって家族の一員だったのに!!」
「ナルト…」
「ナルくん」
「オレは…オレは……っ、どうでもいい子だったっ? 隠されて傷付かないとでも思ったのかよっ?」
「ごめんなさい。ナルトに、余計な心配を掛けたくなかったの。…まだ小さかった貴方を巻き込みたくなかった」
家にお金がなかったということ、病気のこと、養父との間にあった確執。誰かの怨嗟を齎す結果で、家族が成立したこと、幼いナルトには知られたくなかった。
「わたしたちは少なくとも憎しみ合って別れたわけじゃないわ。わたしもミナトもずっと家族を続けたかった。ただ、それが普通の形では難しくなってしまっただけ」
「ナルトが大きくなったら、自分から聞きに来たら全て話すつもりだったよ。…だけど、もう16歳になるんだもんねぇ、話すのが遅れてごめんね…」
「ふぇ…。うっく……」
「オレもクシナさんもおまえのことを、愛してたよ」
ミナトの言葉にとうとうナルトは嗚咽を漏らし始める。
「ナルト…」
蹲って泣いているナルトをクシナが抱き締めた。
「ごめんね、ナルト」
「くぅぅ……」
「これからは家族三人でたくさん話し合いましょう?」
「うう…、ぅん」
小さく頷かれた頭を代わる代わる父母が撫ぜる。
「おまえがお義父さんの家に居た時、ナルトのことで一番怒ったのはクシナさんだったよ」
ミナトは我が子に優しい視線を落として話掛けた。ナルトはミナトを見上げてから、苦笑気味になっているクシナを交互に見る。
「怒ったクシナさんはそりゃ恐かったなぁ。凄い形相でお義父さんに詰め寄って、今にも倒れるんじゃないかって真っ青な顔でおまえが猿飛さんと暮らせるようにしてくれたんだよ。でなきゃあの頑固な人がおまえをああもあっさりおまえを里子になんて出すわけないでしょう?」
「私に出来ることはそれくらいしかなかったもの」
「母ちゃん…」
そんな少年の肩に手が置かれた。
「ほら、勇気出して聞いて良かったデショ?おまえはちゃんと愛されて生まれて来たんだよ」
「カカシせんせぇ……」
そのままカカシの懐にナルトはすっぽりと収まる。大人にぎゅうと抱き締められて、やっとナルトは身体の力を抜くことが出来た。
ナルトが流したのは、7年越しの涙。すれ違って糸は解けた。しかし、蟠りや困難は未だ残っているだろう。
これから、この3人の家族がどういった形で再生していくか、それは誰にもわからない。
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職業 ノラ
趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
夢 集団行動
唄 椎名林檎
性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。