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空気猫

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短編、吸血鬼カカナルです。別バージョンで教会の子供ナルトが怪我をした吸血鬼カカシを拾うっていう話も書いてみたい気もします。






ナルトの網膜に一番初めに焼き付いた映像は、水捌けの悪い路地裏とそこで貧しい生活を送る住民たちの姿だった。子供が生まれ堕ちた地域は、街の最下層に位置するどの貧困地帯よりも、もっとずっと酷い場所で、今にして思うと、スラムでですら暮らしていけなくなった者たちが最後に流れ着く吹き溜りだった。路肩に横たわっている、生きているのか死んでいるのか判別できない浮浪者たち。赤ん坊の泣き声、女の金切り声、老人の啜り泣き、発狂した人の雄叫び、誰かの断末魔、追い剥ぎに遭っている人の命乞い。とにかく、絶えず誰かが諍い、パン一切れで醜い奪い合いが起き、僅かな銅貨で殺人が起きた。ナルトはそんな場所で人生のスタートを切った。
「すぐ迎えに来るわ。だから、誰が来ても口を聞いちゃダメ。それまでここから動かないで良い子にしているのよ」
ある晩、ナルトは市街地の外れにある集合墓地に捨てられた。ナルトの乳母は、優しいけれど、どこか頑なな口調で、ナルトを小さな墓石の後ろに座らせると、一度も振り返る事なく足早に去って行った。墓地に来るまでの間、育ての乳母は妙に陽気で、いつもと違う彼女の様子にナルトは戸惑いを覚えた。それは大人が子供に対して何かを隠し取り繕うとき特有の明るさで、ナルトは滅多にない彼女との遠出を楽しむ事が出来ないでいたのだが、「騒いじゃだめよ」とまだ若い乳母の人差し指が自分の唇に触れた瞬間、自分はここに置いて行かれるのだと悟った。
咄嗟に叫び出したい気持ちになったが、まだほんの僅かしかないナルトの記憶の中でも滅多にないほど、上機嫌な乳母の顔を見ていると、その表情を歪ませるのが何だかとても悪い事のような気がして、とうとう最後まで引き留める言葉を一言も漏らす事が出来なかった。ナルトはガス燈の向こう側に消える彼女の背中を見送り、その姿が完全に見えなくなると、自分と同じくらい小さな墓石の後ろに身を縮め込んだ。
夜が深くなるにつれ、気温は下がり、冷えた空気の中で月がいやに大きく夜の空を照らした。凍死するにはまだ早い時期だったが、心細いのと怖いのとが手伝って、ナルトの身体は小刻みに震えた。夜の墓地は、ナルトにとって恐怖を煽る場所でしかなく、―――無数に連なる墓石はそのまま死んだ人間の数になる。これだけの数の死体が地面の下に埋まっているのだと考えると、そんなはずもないのに微かな死臭が香るようで、幼いナルトをビクつかせるには十分な場所だった。どうして乳母は墓地を選んだのだろう。汚い路地裏でも、橋の下でも、ナルトは大人しくしていたのに。
ナルトは冥界の住民に見つからないよう小さくなって恐怖に耐えた。騒ぐな、というのが乳母の最後の言葉だったから、ナルトはその命令を忠実に守った。無駄に泣き声を上げて、墓守りに見つかってはいけないし、巡回している警邏隊に保護されたり、通り掛かった親切な人に道案内を頼んで乳母の元に帰ってはいけないのだ。たぶん、乳母は自分がこのまま餓死したり衰弱死してしまう事を望んでいる。むしろ、ナルトはしっかりしているからそれくらい出来る、と期待されているのかもしれない。そうだとしたら、きちんとその通りに死ななければいけないのだ。ナルトがもし元気な姿であの路地裏に帰って来たとしたら乳母はきっとがっかりするだろう。
ナルトを見つけたのは、人間でも死者でもない存在だった。それは音もなくナルトの蹲っていた墓石の上に長い四肢を着地させ、犬か何かのようにしゃがみ込んだ。ナルトは初め、大きなカラスが飛んできたのかと勘違いした。それは実際、着地した瞬間に翻った黒く長い外套だったのだが、ナルトは烏の羽根だと思った。よくよく考えればこんな真夜中に鳥が飛んでいるはずもないのに、おかしな話だ。
振り返ったナルトの前に居たのは、満月の光を背中に受けながらナルトを見下ろす銀髪の男だった。男はナルトを覗き込むように体躯を折り曲げ、真っ赤な口を吊り上げていた。その体勢が、昔、本当の母と一緒に行った教会で見た角と悪魔の羽根が付いている怖い顔の石像によく似ていた。(ちなみにその石造の形相といったら、ナルトが母の後ろに慌てて隠れたほど悪意的だった)
「そこの子供。なーにしているの?」
話し掛けられている、という感覚は一歩遅れてついてきて、ナルトは質問の意味を理解するまで、ただ呆然と男に見惚れていた。
「母親はどうした?」
「い、いない。いなくなったってば。ここでじっとしていないといけない。騒ぐのもだめ。誰かが来ても口をふさぐ。いい子にならないといけない。困らせてはいけないんだってば」
重ねられるように発された質問に、ナルトは気が付くと離しては駄目だとわかっていたのに口は色んな事を喋っていた。突如現れた目上の大人を見て、安心したせいもあったし、何より墓の上の人物がこの世のものとは思えないくらい綺麗な人だったからだ。ずっと路地裏で育ったナルトにとって、相手が墓石の上にお行儀悪くしゃがみ込んでいようとさして気にならなかった。
そして、途絶えがちに説明をしている内に、自分は本当に捨てられてしまったのだという自覚がじわじわと芽生えてきたらしく、ナルトは今になって、涙を流した。乳母はもう二度と戻ってこないのだ。遅れてやってきた感情は、苦い痛みを伴っていた。一度、取っ掛かりが取れると、涙はどんどん溢れ、ナルトはまだ素性もよく知れない相手の前であられもなくしゃっくりを啜りあげ泣いた。
「捨て子か…」
ナルトを見て、相手は大体の事情を察したようだった。不敵な態度を覆し、今度は憐れむように目尻を下げた。そうすると彼は本当に幼い青年のような顔になった。
ナルトの幸運は彼がその時、食事にたっぷりありついた後だった、という事だ。そうでなければ、ナルトの生涯はここで終わっていたであろう。いくら彼が同情的であったとしても、新鮮な餌を目の前にして襲い掛からないわけがないのだ。吊り上がった口に二本の牙。銀髪にオッドアイの瞳を持つ彼は名前をカカシと言い、吸血鬼だった。
夜の生物は、無防備に泣きじゃくる人間の子供を見下ろし、しばし黙り込んだ。カカシは若い外見とは裏腹に長い年月を生きてきた吸血鬼であったから、親に捨てられた子供がこの後どういった運命を辿るのか、十分に熟知していた。そしてそれらは、けして楽しい結末と言えるものではなかったが、そもそもこのような境遇の子供はこの近隣ではありふれ、今回はたまたま自分がそうした場面に居合わせただけだという事もわかっていた。確かに、誰かが来ても口を噤むという内容の言葉を発した母親の行動は多少悪質だと思ったが、それでも今までカカシが見てきた中で一番酷かったわけでもない。餌は餌であり、それ以外のなにものでもない。同じ言葉を話すので、こうして戯れに関わり合いお喋りをする事もあったが、カカシはそれ以上に感情を移す事はなかった。
「親切な人間を見つける事だねぇ」
たぶん冬も越えられまい、と思いながらカカシその場から立ち去ろうとした。しかし、ひらりと身を翻そうとすると、ふいに視界が反転し、若干首を締め付けられつつ、かくんと後ろ向きに引っくり返りそうになった。予想外の引力に驚いて、下の方を見ると、小さな手が外套の端をしっかり掴んでいた。―――…一瞬、本気で蹴り倒してやろうかと思ったが、色々考えた後ちょっとばかり思い直し、カカシは外套をぐいっと引っ張った。すると子供は意図も簡単にころんと転げた。
「悪いけどねぇ。オレはおまえに何もしてやれやしなーいよ?」
「………」
「頼るならおまえと同じ人間を選んだ方がいい。生憎とオレは人間じゃないんでねぇ」
いっそ冷徹に彼は言った。カカシは、気まぐれに人間に話し掛ける事はあっても、自分のペースを崩される事は良しとしなかった。
「オレは人の生き血を吸う吸血鬼なんだよ」
「人間…じゃないってば?」
どうやら子供は自分の目の前に居る者の正体に気が付いていなかったようで、びっくりしたようにカカシを見上げた。その表情は、頼る者を失くした哀れな子供のそれで、実際、薄汚れた身なりをしたナルトはそれでもそれなりに見目愛らしく十分に庇護欲をそそる存在だったのだが、だからといってカカシはこれ以上この子供に関わろうとは思わなかった。所詮、自分は吸血鬼であって、人間とは別の生き物なのだ。カカシは捕食者特有の恐ろしく無機質な目で子供を見下ろした。
「どう、怖いだろ。恐ろしいでしょ。オレの気が変わらないうちにささっとどこかに行きなさい」
カカシの言葉は子供の耳にも十分に聞こえている筈だ。なのに、子供は尚もふらふらと手を伸ばそうとしたので、カカシはかなり煩わしい顔をしてそれを払い落した。今度は、手加減なくやったので、子供は子犬のような悲鳴を上げて、地面に強かに身体を打ち付けた。
「勘違いするな。オレは慈善家なんかじゃないんだよ。おまえを助ける義務も義理もないし、たまたま暇潰しで声を掛けただけ。それを取り違えないでくれるかなぁ。あんまり聞き分けがないと、食っちゃうよ?」
もうすぐ夜明けがやって来る。子供の話を聞いてグズグズしている内に空が白み始めていた。カカシにしてみれば、そろそろこんな子供と慣れ合っている場合ではなく、朝日が街道に差し込むに寝床に戻りたかった。それなのに、てっきりガタガタと震え逃げ出すと思った子供は何を思ったのか、もう一度、外套の端にしがみ付いて来た。まるでこれが、最後の救済だとでもいうように、ふっくらとした手がカカシに縋る。
「離しなさい」
カカシは乱暴に子供を振り払う。しかし、子供は何度振り払っても立ち上がり、とうとう最後はけして離すまいとてもいうようにカカシの足に抱き付いて来た。巻き付けられたか細い腕は、意外なほどの熱を帯びていて、子供の体温は大人よりも温かなものだという事を、カカシはその時初めて知った。だからこそ、カカシは子供を容赦なく振り払った。
「あ……」
動かなくなった子供を見て、殺してしまったかと思ったが、僅かに身動ぎする気配を感じ、もうとっくに死を悼む感情が摩耗していた筈の吸血鬼は知らずに安堵の息を吐いた。
「――て。何を安心してるんだか」
自嘲気味な笑いが吐息と共に漏れる。見れば、子供は尚も起き上がろうとしていた。どんなに足掻こうが結果が変わるわけでもないのに、その小さな生命は諦める事なく、けして差し伸べられることのない手を捜していた。自分がどんな生物に向かって助けを求めているのか、理解しているのか。選択肢が与えられない子供が哀れだとも思った。
「ああ、儚いな…」
子供は誰にも助けられる事もなくここで死ぬのだろうか。冷たくなった亡骸は偶然ここを通り掛かった墓守りが片付けられるのだろうか。墓標に名前を刻まれる事もなく、こんなにも生を求め、必死に手を伸ばしていたにも関わらず、それを知られる事もなく、ただ何も語らない骨になるのだろうか。自分に向かいこんなにも迷惑な感情をぶつけてくる存在が跡形も残らないだなんて、何だか不公平だとカカシは思った。
「人間は儚くて好かないんだけどねぇ」
カカシは、ばさりと外套を翻す。地面に向かった足は確実に転がった子供の元へ。――まぁ、長い人生なのだ。たまにはこんな事があってもいいのかもしれない。気が遠くなるほど長い生を送る自分の僅かな時間で良いというならこの哀れな生物に割いてやろうか?
「おい、おまえ」
「な、なんだってば?」
ボロボロの身体で起き上がろうと腕を突いた子供の前に夜の生物はふわりと降り立った。
「おまえ、オレと一緒に来る?」
ダンスの誘いのように優雅に差し伸べられた手を子供は驚いたように見詰めた。子供はしばらくぽかんとした後、
「お、おう!」
元気良く返事をした。――…その朝、子供が浮かべた笑顔ほど美しいものをカカシは未だに知らない。
抱きあげると、子供はカカシの腕に誂えたようにすっぽりと収まった。
「おまえ、名前はなんていうの?」
「ナルトだってば」
「そう。可愛い名前だね」
日の出までに住処に帰らなければいけないとカカシは急ぎ足で子供を抱き抱え、遠い昔にすっかり廃れてしまった宗教の、古い神様の名前を唱えた。
「聖母様の名前だってば」
ナルトが驚いて目を見開くと、「へぇ、知ってるの?」とカカシがこのご時世に信心深い人間も居たものだと半ば感動したようにモゴモゴと呟いた。
「信心深い吸血鬼だなんて聞いた事がないってば」
「そっちこそ。今どきこんな古臭い神様の名前を知ってる人間になんて初めて会ったよ」
この場合、信心深かったのはナルトではなくナルトの本当の母親の方で、まだ本当の母親が死ぬ前に何度か教会に連れられて行った事があっただけなのだが、ナルトは聖母の名前を知るこの夜の生物に何かしら運命的なものを感じた。だって、一見冷たそうな横顔の彼は、こんなにも温かくナルトを迎えてくれたのだから。



















王道で吸血鬼と子供もの。いえ、小学生の時にカーミラを薄っすら読んだ事がある程度なのですが。このバターが塩辛いわっていうカミーラ。この話はあとで日記のパラレル部屋に移動します。
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管理人の生態
自己紹介
名前    空気猫、または猫
職業    ノラ
趣味    散歩・ゴミ箱漁り
餌      カカナル
夢      集団行動
唄      椎名林檎
性質    人間未満

日記    猫日和

ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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