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空気猫

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だってナルトがオレの知らない時間を話すから。







サイダー水のキス

たまの休日。カカシの部屋にナルトが遊びに来ていた。ナルトは扇風機の前にぺたんと座り込み「あ゛ー」と口を開けて、ダレている。
「ワレワレハ宇宙ジンダ」
「なにそれ…」
「カカシ先生、このアソビ知らねぇの」
「知らない」
「オレも物知らずだけど、カカシ先生も結構ズレてるとこあるってばよ」
ニシシ、と悪戯っぽく笑みを見せて笑ったナルト。そりゃ5歳から忍者やってたズレた人間ですよ、悪かったね。してやったりな顔が小憎たらしくも可愛い恋人はまだたった12歳。
なんでこんな犯罪臭い年齢の子供を好きになってしまったのかなんて聞かないで頂きたい。変態、ロリコン、淫行教師。周囲から罵られることを百も承知で手を出して早三ヶ月。最近では、どうも反対に「してやられる」ことが多い気がする。ほら、今日も。
「この間、シカマルんちお泊りした時に教えて貰ったんだってばよ」
あっさりさっくり言い放たれた言葉。グラスを載せたお盆を持ったまま、固まるしかない自分。
「すげー楽しかった。でもさーシカマルの部屋ってば本ばっかなの」
「…………」
恋人の前で他のオトコの話するもんじゃないよ。そりゃ、おまえの交友関係をとやかく言うつもりはないよ?了見の狭い恋人だと思われたくないし、恋人と過ごす時間と同じくらい同年代の友達と遊びたい盛りなのもわかる。だけど、だけど。これ見よがしにそんな可愛い顔で、楽しげに教えてくれなくてもいいじゃない。オレが知らないおまえの時間を。




「シカマルくんちにはいつ泊まったの?」
「この間、カカシ先生が長期任務だった時。シカマルの母ちゃんの料理ちょーうまかった。んでシカマルの父ちゃんと将棋指した。そのあとシカマルとキバとチョウジと一緒に寝た」
ふーん、そう…、と傍目には平常心を保ちつつ、カカシはグラスの中に氷を投入する。ちょっと投げやりな音が響いたのでナルトが驚いたように振り向いた。
「……カカシせんせぇ?」
カカシの顔が不機嫌になっていたから、ナルトの眉根が綺麗に寄る。
「オレってばなんか気にさわること言った?」
「別に」
「それじゃあ、なんでいじけてるんだってば」
「いじけてない」
「いじけてるじゃん」
「いじけて…」
「嘘だってば」
いじけてる大人にどうして?とそれとなく話の水を向けると、「おまえさぁ、デリカシーがないよ」と、どうやらシカマルの家に泊まりに行ったことがお気に召さなかったようで、大人のカカシが、十代の子供相手にヤキモチを焼いていることにびっくりした。
「だって、シカマルだってばよ。それにお泊りにはキバとチョウジもいたし」
「その無闇な信用はどこから来るわけ。シカマルくんたちだって男なんだよ…。おまえ、自分がモテてる自覚ある?」
「それを言うならカカシ先生の方がお姉さんとかにモテてるじゃん、オレなんて…」
「〝オレなんて〟?おまえが気付いてないだけだよ」
事実、カカシはシカマルやキバがそれとなくナルトに思いを寄せていることを知っていた。だから、よりにもよってカカシが里にいない時に、ナルトが他の男の家に泊まっていたなんて聞いたら、心配だ。
今まで付き合った女だったら、どこでどうしてようとカカシには関係なかった。誰とどこに飲みに行こうが、別れた後に自分の同僚と付き合い始めようが一切関知しなかった。

だけど、カカシにとってナルトは大事な子だから、特別で1番だから、どうしても心配なのだ。
「カカシ先生がそうだから、シカマルたちもそうだって決め付けるなんてサイテーだってば」
「ナルト、おまえはわからないかもしれないけど、男って言うのは大体みんなそんなもんなんだよ。好き嫌い関係なく可愛いものを前にすると我慢できなくなるの、性欲が抑えられなくなってオオカミになっちゃうの。わかる?」
「そんなこと言われたって…」
ショックを受けたようにナルトが俯く。
「おまえが泣いていやーって言ってもやめてくれないかもしれないんだよ?」
大人に、もっともそうな言い方で諭されて、ぐっとナルトが詰まる。なんだよ、と心臓がぎゅっとなる。だって、オレってば全然悪いことしてねぇのに、んなふうに叱られるみたいに言われたら、まるで自分が悪いみたいじゃんか。
「シカマルたちはんなことしねぇもん」
「どうだか」
氷よりも冷えたカカシの声。「自分は大人だから全てわかってるんです」って顔。
「じゃあさ、ナルトはオレが綺麗なお姉さんの家に泊まりに行ったらどう思う?笑顔で送り出してくれる?」
「………」
意地悪な聞き方だと百も承知。ナルトが、シカマルの家に遊びに行くのと、カカシが女の家に行くのでは、まったく意味も状況も違うのに、わざとナルトが困ってしまう例え話をして、ナルトが泣き出してしまいそうになることを訊ねる。
「……そりゃカカシせんせぇがいねぇ時に勝手に遊びに行ったのはマズかったかもしれねぇけど、じゃあオレってばカカシ先生の許可なしにはシカマルとかキバとかと遊んじゃいけねぇってこと?」
しどろもどろナルトが答える。
「そういうわけじゃないけど」
「そういう意味じゃん」
「そう、わかった」
「何が?」
「…結局、ナルトはオレといるより、シカマルくんたちと一緒にいる方が楽しいんでしょ」
涙目になったナルトを見て、あーあやっちゃったとカカシは自分の愚かさ加減を呪う。
年上の威厳台無し。意地悪を言って、年端もいかない子供を追い詰めて、これじゃあまるでガキみたいじゃない。大好きな子を泣かせちゃってどうするのよーと、だけど、こういう時に限って口から出てくるのは相応にしてちぐはぐな言葉ばかり。
「おまえはそうやってすぐ泣く」
唇を噛んでナルトが俯いてしまった。床にぽたぽたと大粒の滴が落ちている。
「………」
透明なグラスの表面で、水滴が汗を掻いて伝う。からん、と氷同士がぶつかる音。気がつけば、扇風機の前に座ったナルトがしくしくと泣いていた。
なんでこんなことになってしまったんだろう。ナルトは滅多に泣かない。いや、泣けない子供だったと言ってもいい。そんなナルトに向かってせっかく覚えた涙の流し方を揶揄するような言葉を選んで放ってしまった。
ナルトのことを泣かせるなんてサイテーだ。自分のことを自分で八つ裂きにしてやりたい。
ただ、ナルトに酷いことを言って傷付けたかっただけ。自分の言葉で泣くナルトの姿を見たかっただけ。オレのせいで泣くナルトの姿を見たかっただけ。そんなガキっぽい自分の思考回路に気付いた瞬間カカシはあっさりと自分の失点を恥じて、ナルトに謝ろうと思った。
「ナル…」
「聞きたくねぇもん!」
友だち相手に疑いの目を向けられて憤然とするナルトと、他の男に恋人の無防備な姿を見られたと思うと堪らないと嫉妬したカカシ。二人にはそれぞれの言い分があったとは思うが、14歳年上の大人は罰が悪いやら、情けないやらで、困り果ててしまった。
「ごめん。オレが、意地悪だった」
「………」
「全面的にオレが悪かったデス。許してください」
カカシはぺたんと床に座っているナルトに屈みこんだ。真ん丸いほっぺには涙の筋が伝って、熱を持っているのかいつもより赤くなっている。
涙の痕を拭ってやろうとすると、ぺしっと手を払われた。ぐしぐしずずず…嗚咽と一緒に鼻を啜る音。
頑是ない、小さな背中。本当なら、外で同年代の子供たちと元気に遊んでいてもいい年齢なのに、「二人っきりがいい」という大人に付き合って真昼間から真四角で狭い部屋の中にいる。その上こんな大人のくだらない言い掛かりの様な嫉妬に付き合わされて、本当に可哀相。
「ナールト?」
「……ふぇ、うっくひっく」
「泣かせちゃってごめんね」
先程からカカシの横に置かれたままのお盆の上の飲み物。ぴと、とほっぺに冷えたグラスをくっつけてやる。
氷をたっぷり入れたサイダー水。やたら発汗と新陳代謝の良いお子様のために、飲み物のお代りを運ぶ途中だったのに、何故かこんなことになってしまって、ずっと放ったらかしにされていた。
ナルトが、カカシの家に来るようになってから増えた飲み物。牛乳もそう。戸棚一杯のお菓子も、カップラーメンも、全部、ナルトのため。大人の我儘で始めた本気の「恋人ごっこ」に付き合って欲しいがため。
「ね、こっち向いてよ。センセー死んじゃう」
わざと子供が驚くような台詞を選んで吐いてやる。やだよねぇ、無駄に経験値積んでると小賢しくて、狡賢い言葉ばかり浮かんでしまう。
案の定、素直で可愛いお子さまは「死んじゃう」の単語に驚いて、こちらを向いた。うるうる水分過多な碧い瞳に見上げられる。眉毛がへにゃっと垂れて、唇は戦慄き、身体全体がぷるぷる震えている。あ、その顔ヤバい。すごく、ぎゅってしたい。やっぱり油断ならないお子様。
「ごめーんね、機嫌治してよ?」
カカシはフローリングに膝を着くと、ナルトの腰に腕を回して懇願する。ほら、おまえのためならプライドだって簡単に捨てられる。
抱き締めると「ひっ」って小さい悲鳴が上がったが、聞かないふり。頭のてっぺんにキスを落として、カカシはそのまま腕の中に小さな身体を閉じ込める。
「……カシせんせぇ」
困りきったナルトの声。カカシのことを許してあげるか、それとも頬を膨らましたままでいるか、悩んでいる様子だ。
だけど、ナルト。おまえが優しいことを知ってるオレは、おまえの優しさに付け込む術をよく心得ている。ねえ、大人のオレがこんなに情けない姿をおまえに晒してるんだよ。
ちょっと可愛くない?
大の男がさ、床にへたって、子供のおまえからお許しが出るのを待ってるなんて。大きい犬みたいでしょ。飼い主はもちろんおまえ。全部、全部、ナルトが好きだからなんだよ。
ほら、情の深いおまえはオレを突き放すことなんて出来ない。一分、二分、三分。カップラーメンができる時間。カカシはナルトの腰に腕を回したまま、床に寝転がって、ぎゅうぎゅうナルトの腰の辺りを抱き締めてやると、やがて、ふうと吐息のようにため息が落ちた。ナルトを包んでいた空気が緩和する。
「反省したってば?」
「しました」
「がっつり?」
「そりゃあもう」
ぺらぺらよく回ると評判の口は今日も絶好調。サイダー水飲めば?とすかさず聞く。ナルトは差し出されたサイダー水を受け取ってパチパチ弾ける液体を垂下した。
ナルトのおなかのぷにぷにするところの感触を楽しみながら、子供の背中にぴたっと頬をつけていると、
「カカシせんせぇはさー、オレのこと全然わかってないよね」
ストローを咥えながら、ぷくう、と片頬を膨らませて、ナルトがぶんむくれる。カカシは床に這い蹲ったまま、何も答えない。
その代わりぎゅうとまた抱き締める。ナルトはよしよしとカカシの頭を撫ぜた。これじゃあまるで立場逆転。だけど、この大人が本当は酷く弱い人なのだとナルトは知っていた。
いつも飄々として、ナルトより倍は背の高いカカシ。下忍同士のことなんて、歯牙にもかけていないと思っていた。だけど、本当は違う。
付き合い始めてわかったこと。それは大人だと思っていた人がけっこうまだガキだということ。時々「えっ!?」って思うような子供っぽい可愛いところがあるっていうこと。
大人って絶対に揺るがない、もっとしっかりした人種だと思ってた。それなのに、目の前のカカシと言えば、子供がそのまま大きくなったような感じの人で、どうやらおそらくたぶん、世の中でいう大人っていう奴の正体は実はみんなそんな感じらしいと、ナルトは最近気付いてしまった。
大人というものは子供の延長線上にあって、忍者になる時のように試験などがあるわけではなく、ましてある日を境に突然なれるものでもないのだ。だから、大人は自分自身もいつ「大人」になったかなんて境界線がわからないから、子供の前では一応精一杯に「大人」を演技をしているらしい。なぁんだって手品の種が明かされてしまったような気持ちと、ついでに愛しさを覚えた。
確かに、恋人という関係になってから、カカシは上司としての顔の他に本当の「はたけカカシ」個人を見せてくれるようになった。我儘で、ヤキモチ妬きでどうしようもない大人。もしカカシがわざと自分にそうした弱い部分を見せてくれるなら、ちょっといやかなり嬉しい。
カカシの手管に上手く乗せられている気がしないでもないけど。
「オレは、こんなにカカシ先生にメロメロなのに」
ナルトは、「仕方ない大人だってばよ」とこてんと身体を傾けると、カカシの唇にキスをする。カッコイイけど、ちょっぴり可愛いナルトの恋人。オレが、こんなに大好きなのに疑うなんて失礼だってば。
「オレは、楽しかったことは、カカシ先生に話してぇの」
オバカな大人に、バーカと言ってやる。
「シカマルの家で遊んで楽しかったこととか、オレがどう思ったかとか、カカシ先生に全部教えてぇの」
別に、悪気があったわけじゃない。ただ一緒に共有したかっただけ。そう思ったらなんだか恥ずかしくなって、ナルトはぷいっとカカシから視線を外してしまった。
「うひゃ、冷めてぇ」
扇風機の風に、カカシを魅了して止まない金糸がさらさらと靡く。しっとりと汗を掻いた真ん丸いおでこ。ちなみにTシャツに、ズボンを膝頭まで折った状態のナルトに対して、カカシは季節を丸きり無視して上下忍服のインナーを着たままだ。
「ふぃー。気持ちいい」
口をぱかんと開けてナルトが目を細める。冷たいサイダー水を飲んでいると、長い腕が伸びて来て、ナルトのほっぺたにカカシの手が重なる。
「ナールト」
いつの間にかカカシが起き上がっていた。二人とも扇風機の前にぺたんと座ったまま、見つめ合う。
「ごめんね」
「いいってばよ、べつに…」
カカシの視線に、ナルトの頬が赤くなる。カカシはそんなナルトの様子に口の端を吊り上げた。
「仲直りのキスしよっか」
「ええ。まってカカシせんせ、ちょ……っん!」
「ん……」
問答無用で唇が合わせられる。
「ふう……っ」
ふっくらとしたナルトの唇に大人の薄い唇が重なって、歯列をなぞるように、カカシの舌が侵入し、あっという間に、ナルトの息が上がった。
「ふう、んんんう」
カカシが合わせた唇を離すと、いたいけなお子様はとろんとした表情になっていた。
「はぁ…。ごちそうさま」
ナルトのほっぺたは、やはり泣いたせいで、いつもより体温が高くなっていて、微熱気味。
熱を出したら看病してあげよう。そう思いながら、
「バカな大人でごめんね、ナルト」
そして、ありがとう。ちゅっと今度は軽く音だけを立てて、唇を合わせる。お互いの口の中でぱちぱちと弾けるサイダー水のキス。














 
でもオレはおまえがいなくなったら生きていけないっていう弱々しい感情を何よりも強く大切にしたいと思うから。
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管理人の生態
自己紹介
名前    空気猫、または猫
職業    ノラ
趣味    散歩・ゴミ箱漁り
餌      カカナル
夢      集団行動
唄      椎名林檎
性質    人間未満

日記    猫日和

ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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