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空気猫

空気猫

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まだ、ナルトが両親と三人で暮らしていた頃、波風家の朝食は真っ黒に焦げたトーストだった。彼女が、料理ベタだったのか、それとも消炭の味がするトーストが味覚オンチの彼女のマイブームだったのか、今でもナルトには判断できないが、とにかく彼女がキッチンに立つ姿を見るのがナルトは好きだった。
母のクシナは身体が弱かった。ナルトが幼い頃より入退院を繰り返し、普段は人一倍元気なくせに、ちょっと無理をするとニコニコ笑いながら突然倒れた。
ミナトとナルトが倒れたクシナ夫人を前にオロオロするのは、わりと波風家ではよくある光景で、ミナトが家を出て行った後も、すぐにクシナは入院してしまい、しかもそれは長い闘病生活になった。ナルトは母方の祖父の家に預けられていたが、そこはナルトにとって馴染める場所ではなく、別に卑屈になっていたわけではないが、ただ、どんなに話しかけても「コレ」とか「ソレ」とかモノ扱いしか、されなかったから、諦めてしまっただけ。酷く叱られることも多々あり、叩かれることもあった。理由は「行儀が悪い」ことに始り、「学校に馴染めない」こと、……父のことと、様々だった。
そのうえ、学校の同級生からは、たびたび子供特有の無邪気な残酷さで父親がいないことをからかわれた。そのたびにナルトは子供たちと喧嘩をしては問題を起こした。情緒が不安定なのだと担任から家に電話がくれば、それは全て父のせいになった。ナルトがそんなことはない、父は関係ないのだと、いくら首を振っても、小さな子供の意見は受け入れられなかった。
だから結局、近所の公園と母の入院していた病院が幼い頃のナルトの避難所だった。
「ナルト、また喧嘩したの?」
「………」
「ナルト?」
「父ちゃんの悪口を言う奴をボコボコにしてやっただけだってば」
見舞いに行くと、よく母に顔の傷に付いて訊ねられた。むうとむくれてから、病院のベッドの上でしょんぼりと顎を乗っけるナルトを見下ろして、やんわりとクシナが笑う。
なぜ、我子がひとりぼっちで平日の午後を過ごしているのか、母であるクシナは察していたのだろう。祖父との確執も、ナルトは彼女に一切話さず口を噤んでいたが、薄々は気付いていたかも知れない。
ただその時点で、入院中のクシナに出来ることは酷く少なくて、ただ我子の腫れた頬や、額に出来た傷を女性特有のしなやかな指で撫でることだけだった。
気持ち良さそうに細められた碧い瞳、閉じられた瞼を、彼女は愛おしそうに慈しんだ。それが、その時のクシナとナルトのささやかな交流であった。
「母ちゃん、オレってば可哀想な子供なんだってば?」
「ナルトはなんでそう思うの?」
「学校の先生に言われたからだってば」
またある時、ナルトが投げかけた質問に、クシナは困ったように、だけど明るく笑った。
「いーい、ナルト?」
病室から見える窓の外は、青空が広がっていた。ナルトは、母親を見上げて首をこてんと傾げる。たっぷりとした赤毛が白いシーツの上で流れた。
「同情してくる奴等は勝手に好きなこと言わせて起きなさい。やっちゃったことはしょうがないし、別れしちゃったものは仕方ないの。それは事実なんだもの」
ナルトの外見は、ミナト。性格はクシナと言われるほど、クシナはきっぱりとした竹を割ったような性格の女性だった。
「だけどわたしたちは、可哀想だからいじけて肩身を狭くしてればいいの? 違うでしょ?
だから、いつでも笑っていなさい。哀しいことがあったらそれを弾き飛ばしちゃうくらい笑顔でいなさい。そうやっていつでも前を向いているのよ」
ぽかんとした顔でナルトがクシナを見上げる。そんな我子を見下ろして、クシナは夫にそっくりな金糸を愛おしそうに撫ぜた。
「それともナルトは自分のことを可哀想だと思ってるの?」
ナルトは一拍置いたあと激しく首を振った。
「そうでしょ?」
クシナはくすくすと笑い、うーんと何か考え込むような素振りをした。
「むしろそうねぇ、可哀想だと同情してくれる人たちはとことん利用してしまいましょう。凄く良い考えだと思わない?だってわたしたち親子はこんなにか弱いんですもの。ちょっとくらい助けて貰ったってバチは当たらないわ」
か弱いを、強調してクシナはガッツをする。
「波風家訓、使えるものは最大限に利用すれ!」
「か、母ちゃん……?」
「ふふふ。ナルトも逞しく生きなきゃだめよ、なんていったってわたしの子供なんだから。それにせっかくわたしが可愛く産んで上げたんだから、その顔は活用しないとダメよー。あなたは本当に要領が悪いんだから!女の子だったら、びしばし教育したところだわ。ううんでもちょっと待って…。男の子だからって可愛いのが役に立たないわけじゃないわ、人生どんなことが起こるか…」
ブツブツと何事か呟き始めた母の独り言をナルトは若干引き気味に聞いていたのだが、思えば病室の母のサイドテーブルには果物やらお見舞いの品が絶えたことがなかった。クシナ夫人は、「あ、ちょっと眩暈が」などと言って人様を顎で使うことを得意としていて、彼女が重たいものを持っているのを、ナルトはついぞ見たことがない。彼女は、人に命令することなく、にこにことした笑顔のまま、人をこき使い、トラブルを解決し、あげくは人を押し退け、それほど苦労することなく世の中を渡っていくミラクルな女性だった。
難しい顔で考え込んでいたナルトはしばらく眉間に皴を寄せたあと、クシナに尋ねた。
「母ちゃんは、しあわせ…?」
「そうねぇ…。ナルトがいてくれたらしあわせかな?」
懐に抱きついてきた我が子に柔らかい笑みを落として、ふふふ、とクシナが笑った。






+        +


追憶の中からナルトは現実世界へと引き戻された。
「さぁ、さぁ、さぁ。ナルくん、ずずいっとここに座っちゃってよ」
「………」
あまりのミナトの歓迎振りに驚いて、別にちょっと寄っただけだからともごもご呟くナルトに反して、いいじゃない、久しぶりの親子の再会なんだからゆっくりして行きなよ、と無理矢理カウンターの席を勧められたら断れなくて、ナルトは胡散臭そうに木製の丸椅子に腰掛けた。
「よく会いに来てくれたね、何年ぶりかなぁ…」
「8年だってば」
「そうそう。そんなに経つよねぇ、元気だった?」
「………」
離れていた年月などなかったかのように、満面の笑みのまま、軽やかに自分に向かって喋りかけてくる父親を前に、ナルトは曖昧に頷いた。
まるでちょっと遠い所に旅行に行っていて、数週間ぶりに再開したような会話だが、実際離れていた年月の長さは、ナルトの人生の約半分に相当する。
ミナトは漂っている微妙な空気に気付いているのかいないのか、ニコニコと厨房に立っていた。ナルトが不思議そうに首を傾げると「今、ちょっと手が離せなくてごめんねぇ」と、すまなそうにあやまって、そういえばボックス席に数名の先客がいることに気が付いた。
なんだ、ちゃんと繁盛しているんじゃんと、てっきり野垂れ死に一歩手前の生活かと思っていたから、どこかほっとしたような微妙な気分になって、働く父の姿を奇妙な気分で眺めた。
何度か視線が合うと、そのたびに微笑み掛けられ、なんとなく気不味いような雰囲気になったが、そう思っているのはナルトだけかもしれなくて、それもちょっと決まり悪い、と思ってしまった。
「忙しいなら帰るってば」
「ううん、そんなことないよ。来てくれて凄く嬉しい。もうちょっとで落ち着くからちょっと待っててね」
「で、でもさ…」
「あー、せっかくナルくんが来てるのに仕事だなんて、ちっとも身が入らないよ。お客さん追い出しちゃおうかなぁ」
「そ、それはダメだってば。父ちゃんなに言ってるんだってば」
ガタン、と驚いてナルトは席を立ちそうになる。
「そう?」
“父ちゃん”と呼ばれて、ミナトは嬉しそうに微笑む。ナルトは気が付いてなかったが、ナルトが店に招かれた時点で、店の前の「open」「close」の黄金色のプレートはちゃっかり「close」になっていて、店に入って来ようとしたお客の何名かが、首を傾げながら通り過ぎて行った。
「もう来るなら事前に連絡してくれたら良かったのに」
「電話番号なんて知らねぇもん」
「あ、そうだったね……――ごめん」
「謝るなってば」
「うん、ごめん」
「………」
ジャズの流れる店内は、壁に掛けられている仕掛け時計が時間を刻む音以外静かだった。なんとなく手持無沙汰になったナルトは、しばらくの間、会話の間を埋めるための暇潰しの道具を探したが、カウンターには、砂糖のポットと銀製のスプーン、紙ナプキンしかなくて、格別楽しいものとか、眺めて気を紛らわすものなど何もなかった。
なんでこの店はメニューがないんだってば、ともうそんなに子供でもないのにむうと頬を膨らませていると、目の前にミナトが居た。
「ところでナルくんは今年で中学生だっけ」
「………」
普通、息子の年齢を間違えるだろうか。目の前に湯気の立つカップを置かれながらミナトに尋ねられ、ナルトは呆気に取られて、次の言葉を飲み込んだ。もしかして、やっぱり綺麗さっぱり存在自体忘れられていたのだろうかと、微妙にショックを受けてナルトは落胆してしまった。
「ナルくん…?」
「高校生だってば」
「ええっ、全然見えないね!?」
「………」
「ああ…。ごめん、ごめん。そんなに睨まないでよ。久しぶりにナルくんの顔を見たらパパも緊張しちゃってさ」
「………」
目の前に置かれたカップを睨んでナルトは「……父ちゃんオレってばもうココアなんて飲まねぇってば」と俯いて、小さな声で呟いたが、フライパンでニンニクを炒めているミナトには聞こえなかったかもしれない。
昼も近い時分だというのに、店内にはミナト一人しか居ないらしい。ウェイターやウェイトレスの一人でも雇って居ないのだろうか、と思ったが、彼等とミナトが仲良くお喋りとしているのを見るのも、たぶん微妙な気分になっただろうから、かえって良かったのかもしれない。
それに…とナルトは杖を持った老人に言われた言葉を思い出す。大きな屋敷に住んでいた和服の老人に放たれた言葉は幼いナルトにとっては呪縛のような響きで胸に刻まれていた。
店内は相変わらずゆったりとした時間が流れていたが、
「あのさ、父ちゃん――」
「んー…?」
ナルトが思い切って話を切り出した時、カランカランと来店者を告げるベルが鳴った。
「先生、店先のcloseってどういうことですか」
後頭部を掻きながら、店の中に入って来たのは銀髪に猫背気味の男だ。耳に心地よい低音の声。男は「まったくおちおち昼休みもとってられないですよ」とぶつぶつと文句を言いながら、半眼になっていた。
「よりにもよって、稼ぎ時に閉店ってやる気があるんですか。別にいいですけど?休みにするなら前もって教え下さいよ、こっちにだって用事ってものが――……」
そこで、眠たそうな半眼で来店した箒頭の男の色違いの目が驚きで見開かれる。
「ナルト!?」
「カカシせんせぇ…?」
ナルトの目の前に居たのは、銀髪でオッドアイ、ホワイトカラーのシャツにカフェエプロンを身に付けたはたけカカシだった。
「え、なに。二人とも知り合い?」
目を真ん丸くした二人を交互に見て、ミナトは首を傾げる。
「この子は、うちの手伝いをしてくれてるはたけカカシくんだよ。男前でしょー、ちょっとヘタれてるけどねぇ」
「誰がへたれですか、誰が」
シャツのボタンを締めつつ、カカシはナルトに微笑み掛けながら、厨房に入って行く。
「やぁ、ナルト。久しぶり」
「お、おう…」
お互いに微妙な間を開けつつ、挨拶をして、気まずい沈黙が二名の間に落ちる。
そして、ナルトは呆然としたまま、真ん丸いまなこでカカシを見詰めた。
「こんなの嘘だってば」
「ナルト…?」
「ナルくん…?」
服の袖をぎゅっと握って、ふるふると小刻みに身体が震えだしたナルトを見て、カカシがぎょっとする。 ナルトの目尻にこんもりと涙の粒が溜まっていたからだ。
「ひ、酷いってば、カカシ先生のこと信じてたのに」
ナルトが立ち上がった瞬間に、椅子が床に倒れる。
「ナルトっ?」
「―――――カカシ先生が父ちゃんの〝オンナ〟だったなんて!」
「ナ、ナル。……オンナ?」
「カカシ〝先生〟……?オンナ?」
ぽかんとした大人二人を余所にうわあああんとナルトが叫び出す。
「カカシ先生の裏切り者。父ちゃんとのこと黙ってるなんてサイテーだってば!オレのこと好きだって言ったくせに…。付き合いたいってのも、全部、全部嘘だったんだろ、オ、オレの父ちゃんとイチャイチャして、……浮気もの――――!!!!」
脱兎の如くナルトが泣きながらドアから飛び出して行く。
「………」
「……ナルくん、なんで?」
シーン…という木枯らしが吹き荒ぶような寒い空気が店内に流れて、一拍置いたあと叫んだのはもちろん彼だった。
「ナ、ナルト!?」
蒼褪めた表情で、転がるようにカカシが店を出て行く。「待って、誤解だよ!?」とどこか昼メロチックな台詞を吐きつつ、ナルトを追う。入れ違いで「なんだぁ、今のデキのわりぃコントは…」と煙草を吹かしながら来店したアスマは、ぽかんとした顔で取り残された木の葉喫茶のマスターに説明を求めた。
「さぁ?オレにもよくわからないよ。ナルくんが突然オレとカカシくんのことで怒って出て行ったみたい」
「はぁ…?」
(バカップルが痴話喧嘩か…?)とうっかり口に出しそうになって、アスマは黙り込んだ。
(そういやカカシの奴、お姫さんと自分のことは四代目にはコソコソ隠していやがったな……)
こりゃ面倒臭ぇことになりそうだ、と瞬時に、アスマの直感が働き、店内に入り掛けた足を外に出す。
「おっといけねえや、ちょっと用事を思い出し…」
「待ちなさい、アスマくん」
アスマの肩にしなやかな五指が乗せられる。
「ちょっとコーヒーを飲んでいかない? 奢りにするからさ?」
ニコニコした笑みのままミナトは髭の男に微笑んだ。一見優男風の喫茶店のマスターの細腕のどこにそんな力があったのかというほどの腕力で肩を掴まれ、「ねぇ、いいでしょう?」と、やんわり和やかに強制着席を促される。近所の奥様方をイチコロにしていると噂の微笑が、今はやけに恐ろしい。
「いや、なんつぅか四代目。カカシとナルトは少し前から親交がありまして…兄と弟のようにその」
傍目には平和な空気を醸し出しつつ、恐ろしい空間に早変わりした喫茶店内の空気を読んだ残りの常連客は早々と薄っぺらな財布から札を置いて撤退し、あとに残された猿飛アスマはあんな友人なんかと手を切っておくんだったと後悔をした。

 
 
 
 
 
 










猿飛アスマの受難録
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管理人の生態
自己紹介
名前    空気猫、または猫
職業    ノラ
趣味    散歩・ゴミ箱漁り
餌      カカナル
夢      集団行動
唄      椎名林檎
性質    人間未満

日記    猫日和

ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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