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空気猫

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ミナトさんはそんなわけで失踪しました。  





 
ミナトは困ったようにカカシを見て、カカシは「先生。いい加減、観念して下さい」と肩を竦めた。
「なんで、こんなに近くにいるのに、一度もオレに会いに来てくれなかったんだってば」
誕生日もクリスマスも、小学校の卒業式も、中学の入学式も卒業式も、ミナトは現れなかった。高校に入ったのかどうかさえ、知らなかったのではないかと思う。
なぜ、これほどまでに自分は避けられていたのだろうか、それがナルトにはわからない。自分は、何か父を不快にするような、重大な失態を犯してしまったのだろうかと、ナルトは、何度も、何度も、父との最後の記憶を手繰り寄せた。一日中河原で遊んだ、夕暮れ刻の帰り道。ミナトと手を繋ぎ、まだ幼かったナルトは、自分の父親に甘えてじゃれ付いた。それが親子の最後の思い出だった。
もしかしたら、自分は我儘を言い過ぎたのかもしれない。父は、せっかくの休日に自分となど遊びたくなかったのかもしれない。自分となど手を握りたくなかったのかもしれない。「かもしれない」の想像は一度始ると、止まらなくて、父が自分に見せてくれた少し困ったような笑顔さえも、もしかしたら自分は嫌われていたのではないだろうか、と思わせるのに十分な材料になった。
だって、嫌いでなければ、なぜナルトのことを置いて、彼はどこかへ行ってしまったのだろうか。家族三人で幸せに暮らしていたのに、それ以上に大切なものが外の世界にあったのだと言われるのが、ナルトは何より怖かった。
「先生、ちゃんとナルトに説明してあげて下さい」
「………」
「オレの口から出すことではないとわかっていたから、オレはずっとナルトに黙っていたんですよ。貴方のことも、オレがここで働いていることも…」
大きな大人の手の平に拳を握られて、ナルトは、上を向く。顔を上げると、横で色違いの優しい瞳がナルトに向かって注がれていた。大人に包み込まれた両手が、温かい。
カカシと息子に見つめられて、ミナトは長いため息を吐いた。
「おまえに会いには、いけなかったんだよ。そういう〝約束〟だったから」
ミナトは視線を自分の手に落とす。
「……?」
「オレから、おまえに会いに行くことは禁じられていたんだ」
「…んだってば、それ」
「おまえたちが自発的に会いに来てくれない限り、オレは家族に会っちゃいけない約束だったんだ」
ミナトが肩を竦め、寂しそうに笑う。カカシの方を見上げれば、カカシも同じように苦い顔をしていて、それが真実なのだとナルトは知った。弾かれたようにナルトが立ち上がる。
「誰と、そんな約束をしたんだってば……っ」
そんな約束を勝手にするなんて、とナルトは抗議の声を上げたが、「クシナさんのお義父さんとね」と、ミナトの唇から出るオトウサンという単語をナルトは不思議な気持ちで聞いた。ぎゅっとカカシの手を握る手が強くなる。
「クシナさんが、人より身体が弱かったことは、ナルトも知ってるよね」
こくりと慎重にナルトが頷く。
「おまえが、7歳の頃。クシナさんは、ちょっと胸に悪い病気を患っちゃってね。長く入院することになったんだ」
ミナトが出て行ってすぐ、母のクシナは、家に帰って来なくなった。祖父に聞けば母は心労で入院したのだと、教えられた。
もしかしたらミナトが家を出て行ったことと関係しているのだろうかと、ナルトは酷く良心が咎めて、それ以上詳しくあの杖の老人には尋ねることができなかったのだ。
「それがなんで、父ちゃんが家を出て行ったことに繋がるんだってば?」
ミナトは苦笑した。
「あの頃は、家族三人で楽しく暮らしていたよね。だけど、クシナさんの病状が悪化するにつれ、病院に付き添うオレは店を休まなきゃいけなかったし、おまえはいつも家に一人になった。薬代も入院費もバカにならなくてねぇ、オレの給料ではクシナさんの入院費、家族三人分を養う生活費は、とてもじゃないけど稼げるものじゃなかった。それでおまえのお祖父さん、つまりクシナさん方の家に、お金を頼ることになったんだ」
それみたことか、と言われたという。元々、ミナトとクシナの結婚に反対だった彼は、娘のクシナが身体を壊したのを理由に、ミナトを糾弾した。当時もミナトは喫茶店を経営しており、そこの給仕を、クシナが手伝っていたのだ。身体の弱い娘は慣れない重労働のせいで、身体を壊したのだと彼はミナトを責めた。
クシナが身体を壊した理由は他にもあったかもしれないが、そう言われてしまえば、言い返すことも出来ず、ミナトは喫茶店を一時閉店させ、お金を借りる代わりに、サラリーマンとしてUZU商事に勤めることになった。
「まぁ、性にあってなかったけどねぇ」
苦笑気味にミナトは笑って「ごめんね」と囁いた。
「クシナさんの手術が決まった時、手術代を出す代わりに出された条件が、二度と自分からクシナさんや息子に近寄らないことだった。直接会いに行くことはもちろん電話さえも駄目だった。ただし、クシナさんやおまえから、オレに連絡をとるのは自由。オレはその条件を呑んで、家を出た」
つまりほとんど追い出されるようにして、ミナトはナルトたち母子の元から去ったというのだ。
「………」
呆然とナルトはミナトの話を聞いていた。「……んでっ」ナルトはがたんと椅子から立ち上がった。
「なんで、そんな条件を飲んじまったんだってば!!」
「ごめんね、ナルト」
「だってオレは…ずっと嫌われてると、思ってた。父ちゃんは、オレたちと〝家族する〟のが嫌になったから、家を出て行ったんだと思っていた。嫌われるのが怖くて、会いに行けばわからなかった。父ちゃんはオレたちが嫌で家を出て行ったのに、どうしてオレが会いに行けるんだてっば……?」
怖くて仕方がなかった。小さな頃に渡された紙切れ。魔法使いの住処。祖父代わりだった老人が死んだ時に今際の際に渡された父の経営する喫茶店の住所と電話番号が書かれた紙切れ。
どちらも、すぐに会いに行けばミナトに会えたのに、ナルトは行けなかった。
ぼんやりとだが、幼い頃のナルトはその紙切れの文字が指し示す道が、どこに続いていたのか、わかっていたように思える。だからこそ、宝物箱に入れてそっと仕舞い込んだのだ。
「ずっと寂しい、哀しい想いをさせていたんだね…」
「父ちゃんのバカァ…」
「オレは、クシナさんやナルくんが嫌いだとか邪魔だとか一度だって思ったことはないよ。ずっと二人のことを愛していた、もちろん今もね」
ナルトの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。父の事は慕っていた。だけど、もし会いに行って拒絶されたら、どうすればいいのだろうとずっと思っていた。ナルトはミナトのことを恨んでいない。むしろ好きだ。しかしミナトは、どうなのだろう?実の父から、厭われるという事実に、直面する準備も勇気も、ナルトにはまだ出来ていなかった。だから、先に延ばして、誤魔化して、ずっと逃げていた。父と会う決心が出来たのは、カカシと出会ったからだ。誰かに好きだと言って貰えて初めて、「今なら会いに行けるかもしれない」と思った。
そして、現実は、想像していたより、呆気なく終わり、ナルトの想像を遥かに超えていた。
「ナルト、今までクシナさんにオレたちのこと聞いたことあった?」
「…ほとんどねぇ。聞いちゃいけないことなのかと思ってたし、聞いて、母ちゃんと気不味い雰囲気になりたくなかったから」
「そっか」
「……なぁ父ちゃん」
「なに、ナルト」
「母ちゃんはどこまで、知ってるんだってば?」
「クシナさんはさっき言ったことは全部知ってるはずだよ」
「それじゃあ、母ちゃんは……!」
「知ってておまえには全部黙っていたみたいだね。きっとあの人なりに何か考えがあったんだと思うよ」
ナルトが声にならない言葉を発し、ミナトが口を開こうとした時だった。closeのプレートが掛っていたはずの木の葉喫茶の扉を開ける女性の影が伸びた。
「あらぁ、ナルトじゃない!久しぶり!!」
中に居た男三人の目が開かれる。最初に、持ち直したのはミナトだった。
「ちょうど、きみの話をしようと思ってたところなんだよ、――クシナさん」
来店した女性にミナトは微笑み掛けた。












 
 
 

 



元波風家大集合。
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自己紹介
名前    空気猫、または猫
職業    ノラ
趣味    散歩・ゴミ箱漁り
餌      カカナル
夢      集団行動
唄      椎名林檎
性質    人間未満

日記    猫日和

ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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