空気猫
空気猫
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「あら。また会ったわね」
「あ…」
「カカシはまた留守のようね」
「えっと。その…」
「別にいいのよ。勝手に上がらせてもらうから」
玄関の先に、見覚えのある女が立っていた。ソバージュの女は、長い髪を掻き上げると、つかつかと家の中へあがり、〝きみ〟と名付けられた絵の前にひっそりと立った。カカシの絵に興味のある女なのだろうか?ナルトが何も言い出せずにいると、やがて女が口を開いた。
「あの子が人物画をねぇ」
「………?」
「貴方、知ってる?あの子の描いた絵ね、たったこれっぽちのサイズの絵が数百万単位で売れるのよ。デッサンでさえ、マニアの間では数十万単位で取引されるくらいなの。本当に、あの子の手は金の成る木なのよ」
「……。あのさ、カカシ先生のこと、そういうふうに言わないで欲しいってば」
「あら、なあに。貴方、綺麗な顔が台無しだわ」
「――――…」
「怒ったの。怖い顔」
「あんた、カカシ先生の元彼女じゃないのか。カカシ先生のことを愛してたら、そんな酷い言い方できるはずない。カカシ先生が描けなくなってどれほど辛かったか…少しでも想像できるだろ」
「あははは。あなた、本当に面白いわね」
「っ。あんた、カカシ先生のなんだってば。ここに何しに来たんだってばよ」
ナルトが女を睨みあげると、女は唇を孤に吊り上げた。
「アタシ? アタシはあの子の母親であり、恋人であり、たった一人の家族よ」
「!?」
女の、紫色のルージュが塗られた唇が三日月のように吊り上がった。
「ねぇ、貴方ってあの子の何なの」
「え…?」
「あの子はね。誰かの人物画なんて、絶対に描かないの」
「………」
「あの子の心の中に入り込めた貴方は何者…?」
いつの間にか女がナルトの前に立っていて、ガリリと赤い爪が、ナルトの頬の前を横切った。
「あ……」
赤い血が円を描いて、部屋に飛び散って、壁に酷く頭を打って、ナルトが昏倒する。
「何を…、するんだってば」
「ふふふ、抵抗しないの?」
「………っ」
「いい子ぶりっこなのね。アタシはねぇ、アンタみたいに能天気で汚いことなんて何も知りませんって子が一番嫌いなのよ」
女はナルトの両頬を掴むと、カッと両眼を見開いて、
「アタシはあの子を取り戻す…」
そう言い放った。もぞっとした寒気を感じて、ナルトは、知らず知らずの内にガタガタと肩を震わせる。
「ふふふ、よく見たら貴方、とても可愛い顔してるのね。なるほど、アンタみたいな子だと性別なんて関係ないのかしら?」
「………ひぁっ」
「可愛い、身体。食べちゃいたいわ…」
ナルトに馬乗りになった女の手が意思を持って、ナルトの下半身に下って行く。
「やめ…やめろってば……っ?」
徐に下ろされるジッパーの音に、ナルトは戦慄する。抵抗したくとも、身体を太ももに挟まれがっしり重心を掛けられているため、女の体重とはいえ容易に退かす事が敵わない。
「女は初めて?――大丈夫、すぐにヨクしてあげるわ」
「………っ!」
「さぁ、身体を楽にして?」
「いやだぁっ。カカシ先生――……っ!!」
フローリングの床に、ナルトの涙の粒が一筋流れた時だった、炸裂音と共に、部屋の中に外の光が差し込んだ。
「アンタ、その子に何をしてるんだ!」
涙を零して、女に圧し掛かられた体勢のままナルトが顔を横に向けると、滲んだ視界の向こうにカカシが立っていた。その形相は酷く蒼褪めていて、それでいて怒りに震えていた。
「今すぐこの子から離れろ。汚ない手でナルトにさわるな!」
カカシはナルトと女を引き剥がすと、女の身体を床に叩き付ける。そして、ナルトを起こすと、すぐさま己の腕の中で抱き締めた。
「……カカシ先生」
「ナルトっ」
シャツの襟に頬を埋めたナルトを確認し、カカシは苦そうに顔を顰めた。
「ナルト。大丈夫?怪我をしてる?」
「これくらい大丈夫だってばよ」
ニシシと笑ったナルトをカカシは掻き抱く。
「良かった。ナルトが無事で良かった…」
優しい、本当に優しい声をナルトに落とすと、カカシは温度のない視線を倒れた女に向けた。それは虫けらを見る目だった。
「いったいここに何をしに来た」
とてもカカシの身体から出ているとは思えない声にナルトは蒼褪め、固唾を飲んで女と向かい合うカカシの横顔を見上げた。
「馬鹿な手紙じゃ飽き足らなかったか?ここの住所をどうやって調べたか知らないけど、今更何をしに来た?嫌がらせか?金か?この間の分じゃまた足りないっていうの。もう、ナルトには近付かないって言っただろ!?――おまえにくれてやるものなどもう何もない」
カカシは未開封のままの何通もの手紙を床に投げつける。手紙の裏面には、全て同じ女性の名前。かつて、カカシの義母であった女の名前だった。
「ねぇ、カカシ。アタシと貴方、昔は随分と仲が良かったじゃない?昔のように戻りましょうよ。昔みたいに二人で暮らしましょう。貴方、いい男になったわ。その顔なんて、本当にお父さんにそっくり。綺麗な顔」
「……っ。父と結婚しておいて、オレに向かってよくそんなことが言えたものだな!」
吐き捨てるように、カカシが怒鳴った。
「なーに、その目は。育てて貰った母親に向かって、その台詞はないんじゃない?」
「オレはアンタを母親だと思ったことは一度もない。オレの母親は、オレを産んでくれた母さんだ」
カカシが冷たく言い放つと、女が腹を抱えて笑った。
「ふん、病弱でアンタを置いてすぐに死んだような女を母親だと言うの?馬鹿で愚鈍な父親そっくりのことを言うのね。〝あの子には母親が必要だ〟ですって。笑っちゃうわ。あははは、アタシがしおらしくしていたら簡単に騙されちゃって、本当に馬鹿な親子」
「おまえは父さんをも侮辱する気か!」
アハハハと笑った女の腕を掴んで、カカシは玄関まで引きずる。
「―――アンタこそ、父親の女だと知りながらアタシと寝たじゃない。忘れたとは言わさないわよ」
「出て行け。ここから出て行け。二度とオレの前に姿を現すな!」
倒れた女に、バッグと靴を投げ付けると、カカシは尚も腕に巻き付こうとした女を力付くで振り払う。
「きゃ!」
女の華奢な身体がコンクリに叩き付けられる。
「カカシ先生。もうそれ以上はだめだってば!」
「ナルト…」
慌てて駆け寄って来たナルトがカカシの振り上げた腕にしがみ付く。カカシはそれまでの無表情をはっとさせ、己の腕の温もりに、ふっと身体の力を抜いた。
表情を弛めたカカシに気が付いて、女は皮肉気に笑う。ソバージュの隙間から見えた二つの瞳はランランと光っていた。
「あはは。今更、自分だけ綺麗になるつもり?そんなの許さないわよ。所詮アンタなんて、自殺者の子供じゃない。いーい、呪われてるのはアタシの血じゃない。アンタと父親に流れているその血よ!」
「……―――っ!」
「呪われてしまいなさい!」
それだけ言ってのけると、女はバックと靴を持ってフラフラとアパートから去って行った。後に残されたカカシは無言のままにそれを見送り、ナルトと言えば必死にカカシにしがみ付いていた。
「カカシセンセ…」
「………」
女が去った後、ナルトは無言で立ち尽くしているカカシを見上げた。前髪で表情の見えないカカシに駆け寄ると頬に手を当てる。
どうしてだがわからないが、カカシが泣いているような気がしたからだ。しかし、カカシの頬は涙で濡れてなどいなかった。その代りにナルトの瞳に飛び込んできたのは、どこか虚ろなカカシの瞳だった。
「今の人って。それにカカシ先生のお父さんって…」
「死んだよ。自殺だった」
「カカシセンセ…?」
「あいつの言う通りだ。オレは自殺者の子供なんだ。ははは…」
カカシの髪を撫ぜようとして、触れるか否かの所で、カカシの身体はするりとナルトから擦り抜けていった。
「せんせぇ?」
「ごめん。オレはもう、おまえにふれる資格なんて、きっとないんだ」
「な…っ!」
ふわりと身体を押されて、ナルトはカカシの手を掴もうとするが、すでにカカシはドアの外へと駆けだして行ってしまった。ナルトは弾かれたようにカカシのあとを追いかけた。
「ンせ、かかし、センせぇ…っ」
ぽつ、ぽつ、と曇空から、雨粒が落ちてきていた。しかし、ナルトは傘を差すこともなく、走り続ける。ナルトは必死でカカシを探し回るが、どこにもカカシの姿はない。自分の働いているコンビニにまで行った。カカシの居そうなところは方々回った。そして最後に辿りついた場所はパステルカラーの公園。そのベンチの前。ずぶ濡れのままベンチに座っているカカシを見つけた。
「か、しせんせぇ…」
「………」
「こんなところに居た。帰ろうってば?」
ほっとしたと同時に、雨に打たれている以上に、意気消沈しているカカシの様子が気になった。
「あの女が言った通りなんだ。オレは呪われてる…」
「…っ?」
「はっきり言って、まだオレはおかしいと思う。父さんのせいだけじゃない。オレ自身が呪われてるんだ」
生きているのがつまらないだとか、周りの人間が嫌いだとか、人が肉の塊にしか見えないだとか、結局はそんなことをいう自分が一番汚い存在なのだ。唾棄すべきは、そんなふうに歪んだ目でしか周囲を見るのことのできない己の存在で。これが全ての答えなのだろう。
「ナルト。オレって生きてる意味があるのかな?」
カカシは膝に肘をついて、俯いたままナルトに疑問を投げかける。
「唯一の家族にも愛情を受けられなかった奴が果たして、生きてる意味があるかな?父さんが自殺したのもそもそもオレに価値がなかったからなんじゃないかなって思うんだ」
「そんなことないってばよっ」
「そんなこと、あるんだよ。オレは父の自殺を止めることができなかった。それから、ずっと薄暗い道を歩いてきた。でもね、ナルト。そんなオレでも、やっと大事に思える人間が出来たと思ったんだ」
そこでふっとカカシの顔があげられる。16歳のナルトの方へ向けて。
「――おまえだよ、ナルト。おまえ以外に、大事な人間なんてオレにはいなかった」
「―――……」
「でも、そんなおまえにすら嫌われちまったらオレはどうしたらいい?」
彷徨い人のようなカカシの声色。本当に小さな迷子のようだ。
「おまえにとって、いらないなら、オレの存在もいらないでしょ…?」
ざーざー、と雨の音が公園内を満たす。
「いや、むしろオレなんかがおまえを好きになっちゃいけなかったのかもしれないな。こんな愛し方しかできなくて、ごめん。こんなに好きになっちゃって、ごめん」
一時、雨の音すら止んだかのように、静寂が訪れた。そして。
「自分勝手なこと言うなってば、ばかぁ…っ」
カカシの告白を聞いていたナルトは盛大に泣き出した。
「ど、――して泣くの、ナルト。―――…どこか痛いの!?」
「違うってば、ばか、カカシ先生のばかぁ…」
どんどんとナルトがカカシの懐を叩く。それは、まるで心臓の鼓動のようで、ああ、きっとこの子がオレの心臓を動かしてくれている存在なのだと、どこかの絵本を思い出して、カカシは力なく笑う。
「ばか!カカシ先生の、大馬鹿!オレの話、ちっとも聞かないで、勝手に決めて、勝手に傷ついて、またオレの前から去って行くつもりなのかよ!?」
「え、ナル――?」
「んなの、絶対許さねぇからな。もう昔みたいに、置いていかれるような年齢じゃねぇっ。今度はオレが守ってやるんだってば。こうやって何度も、追いかけてやるんだからっ、だから、勝手にオレの前から消えるんじゃねぇっ」
「なると、オレのこと思い出して…?」
「ああ、とっくに思い出したってばよ。だって、カカシ先生はおれの、…灰色ねずみだからっ!」
「ははは。そうか―――。そう、思い出したの」
「そうだってばよ。だから、一緒に家に帰ろうってば。あの時の約束守ってってばよ。大好きなオレの、灰色ねずみ―――…?」
「ナルト…」
「カカシ先生。そんな泣きそうな顔しないで?オレ、もう怒ってないから、一緒に帰ろう?」
「なる、と……」
ナルトの告白に、気が抜けたのか、カカシはぱたりと地面に倒れてしまった。
「カカシ先生、しっかりするってばよ!!!」
驚いたような、ナルトの瞳。カカシの額に手を当てると、驚くほど体温が低かった。
「ナルト、愛してるんだ。本当に、おまえが大切なんだ」
うわ言のように繰り返し呟くカカシに、きゅうと心臓が締め付けられる。ナルトは自分より頭一つ分大きな大人を背中に背負う。空からはザーザーと雨が降り続けていた。
「わかってるから。カカシ先生。ね、このままじゃ肺炎になっちゃうってば…。帰ろう」
ナルトが優しく話しかけると、ようやっとカカシは安心したようだった。
「カカシ先生、シャワー浴びれるか?ほら、服脱げってばよ?」
カカシの上服を引っ張って脱がし、下肢にまで手を掛けたところで、カカシをバスルームに押し込める。
そのうちバスルームの中からシャワー音が聞こえてきて、ナルトはほっと安堵したものの、いつまで経ってもその音が鳴り止まず、意を決して中を覗けば、カカシは服を着たまま濡れっぱなしだった。
「カカシ先生。ちゃんとあったまらないとだめだってば」
「ナルト…」
ぼんやりとした表情で、カカシは何かを求めるように、腕を上げる。その腕を取ると、引き寄せられて、カカシがナルトの肩口で啜り泣いていることが分かった。
「ん…。なう…、なうと、なうと」
「わかった。先生。一緒にベッドに行こう?ちゃんと立てるってば?」
仕方なくナルトはカカシを支え起こす。カカシはぼんやりとしている様子だが、ナルトの声には大人しく従うようだった。
「あ、カカシ先生。そっちじゃないってばよ」
「―――……っ」
ガラガラガシャーン、とカカシがガラスの入ったダンボール箱に突っ込んで転倒する。
「カカシ先生!」
「大丈、夫…これ、使えなくて捨てようと思った色ガラスの箱だから」
「そ、そういう問題じゃねぇってばよ!あーあ、こんなに散らかして」
「ごめん…」
「ここはカカシ先生の家だから、謝ることないけどさ…。んもう、片付けは後でしよ…?」
ナルトはカカシをベッドまで引っ張ると、びょ濡れになってしまったカカシを抱き締めた。
「先生ってばつめてぇ」
「うん」
以前はカカシの膝元しかなかった子供に今、抱き締められている。カカシは恐る恐るナルトの背中に腕を回すと、ぎゅっと強く抱きしめ返された。そしてどちらからともなく唇を合わせ、シーツの上に倒れ込む。カカシは腕の下のナルトを見降ろし訊ねた。
「ねぇ、ナルト。いつから、オレが灰色ねずみだって気付いたの?」
「結構前からだってばよ。だってさぁ、カカシ先生ってばちっとも変わってねえんだもん」
にかっと笑ったナルトに、カカシは泣き出しそうに嬉しそうにくしゃりと表情を歪めた。
「カカシ先生?どうしたってば?」
「ははは、なーんでもないよ」
そのまま、カカシはナルトにそっと囁いた。
「ごめん、ナルト。今日は、加減が出来なくって優しく出来そうに、ない、かも」
「あのさぁ。カカシ先生ってば、いまさらだってばよ。――どーんとこいってばよ!」
ナルトの返答にカカシは微笑むと、最愛の少年を抱き締めた。ナルトの温もりは羊水のように温かで柔らかく、カカシはぽたぽたと涙を零した。その日のセックスは少しだけ、痛くて切なくて、そしてそれ以上に温かかった。
「あ…」
「カカシはまた留守のようね」
「えっと。その…」
「別にいいのよ。勝手に上がらせてもらうから」
玄関の先に、見覚えのある女が立っていた。ソバージュの女は、長い髪を掻き上げると、つかつかと家の中へあがり、〝きみ〟と名付けられた絵の前にひっそりと立った。カカシの絵に興味のある女なのだろうか?ナルトが何も言い出せずにいると、やがて女が口を開いた。
「あの子が人物画をねぇ」
「………?」
「貴方、知ってる?あの子の描いた絵ね、たったこれっぽちのサイズの絵が数百万単位で売れるのよ。デッサンでさえ、マニアの間では数十万単位で取引されるくらいなの。本当に、あの子の手は金の成る木なのよ」
「……。あのさ、カカシ先生のこと、そういうふうに言わないで欲しいってば」
「あら、なあに。貴方、綺麗な顔が台無しだわ」
「――――…」
「怒ったの。怖い顔」
「あんた、カカシ先生の元彼女じゃないのか。カカシ先生のことを愛してたら、そんな酷い言い方できるはずない。カカシ先生が描けなくなってどれほど辛かったか…少しでも想像できるだろ」
「あははは。あなた、本当に面白いわね」
「っ。あんた、カカシ先生のなんだってば。ここに何しに来たんだってばよ」
ナルトが女を睨みあげると、女は唇を孤に吊り上げた。
「アタシ? アタシはあの子の母親であり、恋人であり、たった一人の家族よ」
「!?」
女の、紫色のルージュが塗られた唇が三日月のように吊り上がった。
「ねぇ、貴方ってあの子の何なの」
「え…?」
「あの子はね。誰かの人物画なんて、絶対に描かないの」
「………」
「あの子の心の中に入り込めた貴方は何者…?」
いつの間にか女がナルトの前に立っていて、ガリリと赤い爪が、ナルトの頬の前を横切った。
「あ……」
赤い血が円を描いて、部屋に飛び散って、壁に酷く頭を打って、ナルトが昏倒する。
「何を…、するんだってば」
「ふふふ、抵抗しないの?」
「………っ」
「いい子ぶりっこなのね。アタシはねぇ、アンタみたいに能天気で汚いことなんて何も知りませんって子が一番嫌いなのよ」
女はナルトの両頬を掴むと、カッと両眼を見開いて、
「アタシはあの子を取り戻す…」
そう言い放った。もぞっとした寒気を感じて、ナルトは、知らず知らずの内にガタガタと肩を震わせる。
「ふふふ、よく見たら貴方、とても可愛い顔してるのね。なるほど、アンタみたいな子だと性別なんて関係ないのかしら?」
「………ひぁっ」
「可愛い、身体。食べちゃいたいわ…」
ナルトに馬乗りになった女の手が意思を持って、ナルトの下半身に下って行く。
「やめ…やめろってば……っ?」
徐に下ろされるジッパーの音に、ナルトは戦慄する。抵抗したくとも、身体を太ももに挟まれがっしり重心を掛けられているため、女の体重とはいえ容易に退かす事が敵わない。
「女は初めて?――大丈夫、すぐにヨクしてあげるわ」
「………っ!」
「さぁ、身体を楽にして?」
「いやだぁっ。カカシ先生――……っ!!」
フローリングの床に、ナルトの涙の粒が一筋流れた時だった、炸裂音と共に、部屋の中に外の光が差し込んだ。
「アンタ、その子に何をしてるんだ!」
涙を零して、女に圧し掛かられた体勢のままナルトが顔を横に向けると、滲んだ視界の向こうにカカシが立っていた。その形相は酷く蒼褪めていて、それでいて怒りに震えていた。
「今すぐこの子から離れろ。汚ない手でナルトにさわるな!」
カカシはナルトと女を引き剥がすと、女の身体を床に叩き付ける。そして、ナルトを起こすと、すぐさま己の腕の中で抱き締めた。
「……カカシ先生」
「ナルトっ」
シャツの襟に頬を埋めたナルトを確認し、カカシは苦そうに顔を顰めた。
「ナルト。大丈夫?怪我をしてる?」
「これくらい大丈夫だってばよ」
ニシシと笑ったナルトをカカシは掻き抱く。
「良かった。ナルトが無事で良かった…」
優しい、本当に優しい声をナルトに落とすと、カカシは温度のない視線を倒れた女に向けた。それは虫けらを見る目だった。
「いったいここに何をしに来た」
とてもカカシの身体から出ているとは思えない声にナルトは蒼褪め、固唾を飲んで女と向かい合うカカシの横顔を見上げた。
「馬鹿な手紙じゃ飽き足らなかったか?ここの住所をどうやって調べたか知らないけど、今更何をしに来た?嫌がらせか?金か?この間の分じゃまた足りないっていうの。もう、ナルトには近付かないって言っただろ!?――おまえにくれてやるものなどもう何もない」
カカシは未開封のままの何通もの手紙を床に投げつける。手紙の裏面には、全て同じ女性の名前。かつて、カカシの義母であった女の名前だった。
「ねぇ、カカシ。アタシと貴方、昔は随分と仲が良かったじゃない?昔のように戻りましょうよ。昔みたいに二人で暮らしましょう。貴方、いい男になったわ。その顔なんて、本当にお父さんにそっくり。綺麗な顔」
「……っ。父と結婚しておいて、オレに向かってよくそんなことが言えたものだな!」
吐き捨てるように、カカシが怒鳴った。
「なーに、その目は。育てて貰った母親に向かって、その台詞はないんじゃない?」
「オレはアンタを母親だと思ったことは一度もない。オレの母親は、オレを産んでくれた母さんだ」
カカシが冷たく言い放つと、女が腹を抱えて笑った。
「ふん、病弱でアンタを置いてすぐに死んだような女を母親だと言うの?馬鹿で愚鈍な父親そっくりのことを言うのね。〝あの子には母親が必要だ〟ですって。笑っちゃうわ。あははは、アタシがしおらしくしていたら簡単に騙されちゃって、本当に馬鹿な親子」
「おまえは父さんをも侮辱する気か!」
アハハハと笑った女の腕を掴んで、カカシは玄関まで引きずる。
「―――アンタこそ、父親の女だと知りながらアタシと寝たじゃない。忘れたとは言わさないわよ」
「出て行け。ここから出て行け。二度とオレの前に姿を現すな!」
倒れた女に、バッグと靴を投げ付けると、カカシは尚も腕に巻き付こうとした女を力付くで振り払う。
「きゃ!」
女の華奢な身体がコンクリに叩き付けられる。
「カカシ先生。もうそれ以上はだめだってば!」
「ナルト…」
慌てて駆け寄って来たナルトがカカシの振り上げた腕にしがみ付く。カカシはそれまでの無表情をはっとさせ、己の腕の温もりに、ふっと身体の力を抜いた。
表情を弛めたカカシに気が付いて、女は皮肉気に笑う。ソバージュの隙間から見えた二つの瞳はランランと光っていた。
「あはは。今更、自分だけ綺麗になるつもり?そんなの許さないわよ。所詮アンタなんて、自殺者の子供じゃない。いーい、呪われてるのはアタシの血じゃない。アンタと父親に流れているその血よ!」
「……―――っ!」
「呪われてしまいなさい!」
それだけ言ってのけると、女はバックと靴を持ってフラフラとアパートから去って行った。後に残されたカカシは無言のままにそれを見送り、ナルトと言えば必死にカカシにしがみ付いていた。
「カカシセンセ…」
「………」
女が去った後、ナルトは無言で立ち尽くしているカカシを見上げた。前髪で表情の見えないカカシに駆け寄ると頬に手を当てる。
どうしてだがわからないが、カカシが泣いているような気がしたからだ。しかし、カカシの頬は涙で濡れてなどいなかった。その代りにナルトの瞳に飛び込んできたのは、どこか虚ろなカカシの瞳だった。
「今の人って。それにカカシ先生のお父さんって…」
「死んだよ。自殺だった」
「カカシセンセ…?」
「あいつの言う通りだ。オレは自殺者の子供なんだ。ははは…」
カカシの髪を撫ぜようとして、触れるか否かの所で、カカシの身体はするりとナルトから擦り抜けていった。
「せんせぇ?」
「ごめん。オレはもう、おまえにふれる資格なんて、きっとないんだ」
「な…っ!」
ふわりと身体を押されて、ナルトはカカシの手を掴もうとするが、すでにカカシはドアの外へと駆けだして行ってしまった。ナルトは弾かれたようにカカシのあとを追いかけた。
「ンせ、かかし、センせぇ…っ」
ぽつ、ぽつ、と曇空から、雨粒が落ちてきていた。しかし、ナルトは傘を差すこともなく、走り続ける。ナルトは必死でカカシを探し回るが、どこにもカカシの姿はない。自分の働いているコンビニにまで行った。カカシの居そうなところは方々回った。そして最後に辿りついた場所はパステルカラーの公園。そのベンチの前。ずぶ濡れのままベンチに座っているカカシを見つけた。
「か、しせんせぇ…」
「………」
「こんなところに居た。帰ろうってば?」
ほっとしたと同時に、雨に打たれている以上に、意気消沈しているカカシの様子が気になった。
「あの女が言った通りなんだ。オレは呪われてる…」
「…っ?」
「はっきり言って、まだオレはおかしいと思う。父さんのせいだけじゃない。オレ自身が呪われてるんだ」
生きているのがつまらないだとか、周りの人間が嫌いだとか、人が肉の塊にしか見えないだとか、結局はそんなことをいう自分が一番汚い存在なのだ。唾棄すべきは、そんなふうに歪んだ目でしか周囲を見るのことのできない己の存在で。これが全ての答えなのだろう。
「ナルト。オレって生きてる意味があるのかな?」
カカシは膝に肘をついて、俯いたままナルトに疑問を投げかける。
「唯一の家族にも愛情を受けられなかった奴が果たして、生きてる意味があるかな?父さんが自殺したのもそもそもオレに価値がなかったからなんじゃないかなって思うんだ」
「そんなことないってばよっ」
「そんなこと、あるんだよ。オレは父の自殺を止めることができなかった。それから、ずっと薄暗い道を歩いてきた。でもね、ナルト。そんなオレでも、やっと大事に思える人間が出来たと思ったんだ」
そこでふっとカカシの顔があげられる。16歳のナルトの方へ向けて。
「――おまえだよ、ナルト。おまえ以外に、大事な人間なんてオレにはいなかった」
「―――……」
「でも、そんなおまえにすら嫌われちまったらオレはどうしたらいい?」
彷徨い人のようなカカシの声色。本当に小さな迷子のようだ。
「おまえにとって、いらないなら、オレの存在もいらないでしょ…?」
ざーざー、と雨の音が公園内を満たす。
「いや、むしろオレなんかがおまえを好きになっちゃいけなかったのかもしれないな。こんな愛し方しかできなくて、ごめん。こんなに好きになっちゃって、ごめん」
一時、雨の音すら止んだかのように、静寂が訪れた。そして。
「自分勝手なこと言うなってば、ばかぁ…っ」
カカシの告白を聞いていたナルトは盛大に泣き出した。
「ど、――して泣くの、ナルト。―――…どこか痛いの!?」
「違うってば、ばか、カカシ先生のばかぁ…」
どんどんとナルトがカカシの懐を叩く。それは、まるで心臓の鼓動のようで、ああ、きっとこの子がオレの心臓を動かしてくれている存在なのだと、どこかの絵本を思い出して、カカシは力なく笑う。
「ばか!カカシ先生の、大馬鹿!オレの話、ちっとも聞かないで、勝手に決めて、勝手に傷ついて、またオレの前から去って行くつもりなのかよ!?」
「え、ナル――?」
「んなの、絶対許さねぇからな。もう昔みたいに、置いていかれるような年齢じゃねぇっ。今度はオレが守ってやるんだってば。こうやって何度も、追いかけてやるんだからっ、だから、勝手にオレの前から消えるんじゃねぇっ」
「なると、オレのこと思い出して…?」
「ああ、とっくに思い出したってばよ。だって、カカシ先生はおれの、…灰色ねずみだからっ!」
「ははは。そうか―――。そう、思い出したの」
「そうだってばよ。だから、一緒に家に帰ろうってば。あの時の約束守ってってばよ。大好きなオレの、灰色ねずみ―――…?」
「ナルト…」
「カカシ先生。そんな泣きそうな顔しないで?オレ、もう怒ってないから、一緒に帰ろう?」
「なる、と……」
ナルトの告白に、気が抜けたのか、カカシはぱたりと地面に倒れてしまった。
「カカシ先生、しっかりするってばよ!!!」
驚いたような、ナルトの瞳。カカシの額に手を当てると、驚くほど体温が低かった。
「ナルト、愛してるんだ。本当に、おまえが大切なんだ」
うわ言のように繰り返し呟くカカシに、きゅうと心臓が締め付けられる。ナルトは自分より頭一つ分大きな大人を背中に背負う。空からはザーザーと雨が降り続けていた。
「わかってるから。カカシ先生。ね、このままじゃ肺炎になっちゃうってば…。帰ろう」
ナルトが優しく話しかけると、ようやっとカカシは安心したようだった。
「カカシ先生、シャワー浴びれるか?ほら、服脱げってばよ?」
カカシの上服を引っ張って脱がし、下肢にまで手を掛けたところで、カカシをバスルームに押し込める。
そのうちバスルームの中からシャワー音が聞こえてきて、ナルトはほっと安堵したものの、いつまで経ってもその音が鳴り止まず、意を決して中を覗けば、カカシは服を着たまま濡れっぱなしだった。
「カカシ先生。ちゃんとあったまらないとだめだってば」
「ナルト…」
ぼんやりとした表情で、カカシは何かを求めるように、腕を上げる。その腕を取ると、引き寄せられて、カカシがナルトの肩口で啜り泣いていることが分かった。
「ん…。なう…、なうと、なうと」
「わかった。先生。一緒にベッドに行こう?ちゃんと立てるってば?」
仕方なくナルトはカカシを支え起こす。カカシはぼんやりとしている様子だが、ナルトの声には大人しく従うようだった。
「あ、カカシ先生。そっちじゃないってばよ」
「―――……っ」
ガラガラガシャーン、とカカシがガラスの入ったダンボール箱に突っ込んで転倒する。
「カカシ先生!」
「大丈、夫…これ、使えなくて捨てようと思った色ガラスの箱だから」
「そ、そういう問題じゃねぇってばよ!あーあ、こんなに散らかして」
「ごめん…」
「ここはカカシ先生の家だから、謝ることないけどさ…。んもう、片付けは後でしよ…?」
ナルトはカカシをベッドまで引っ張ると、びょ濡れになってしまったカカシを抱き締めた。
「先生ってばつめてぇ」
「うん」
以前はカカシの膝元しかなかった子供に今、抱き締められている。カカシは恐る恐るナルトの背中に腕を回すと、ぎゅっと強く抱きしめ返された。そしてどちらからともなく唇を合わせ、シーツの上に倒れ込む。カカシは腕の下のナルトを見降ろし訊ねた。
「ねぇ、ナルト。いつから、オレが灰色ねずみだって気付いたの?」
「結構前からだってばよ。だってさぁ、カカシ先生ってばちっとも変わってねえんだもん」
にかっと笑ったナルトに、カカシは泣き出しそうに嬉しそうにくしゃりと表情を歪めた。
「カカシ先生?どうしたってば?」
「ははは、なーんでもないよ」
そのまま、カカシはナルトにそっと囁いた。
「ごめん、ナルト。今日は、加減が出来なくって優しく出来そうに、ない、かも」
「あのさぁ。カカシ先生ってば、いまさらだってばよ。――どーんとこいってばよ!」
ナルトの返答にカカシは微笑むと、最愛の少年を抱き締めた。ナルトの温もりは羊水のように温かで柔らかく、カカシはぽたぽたと涙を零した。その日のセックスは少しだけ、痛くて切なくて、そしてそれ以上に温かかった。
空気猫取扱説明書概要
ここは二次創作小説置場です。無断転載は禁止。本物のカカシ先生とナルトくん、作者様とは一切関係がありません。苦手な人は逃げて下さい。
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猫耳探偵事務所
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管理人の生態
自己紹介
名前 空気猫、または猫
職業 ノラ
趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
夢 集団行動
唄 椎名林檎
性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
職業 ノラ
趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
夢 集団行動
唄 椎名林檎
性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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