もしPならば、Qである。
Qである。
したがってPである。
推論は論理的に正しいとは言えない。「もしPならば、Qである」の前提が真実であっても、それによって導き出される答えが間違っているからである。
では、これを身近な例えに置き換えてみよう。
はたけカカシには遅刻癖がある。
遅刻癖がある。
はたけカカシである。
結論から言ってこの推論には、欠陥が生じている。遅刻癖があるからと言って全ての人間が、はたけカカシとは限らないからである。(いや、本当に。そんな決めつけないで下さいよ)このように、世の中には真実と偽りが混じり合っているものなのである。
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木の葉学園高等部。とある昼下がり。来たる秋の学園祭でコスプレ喫茶などという如何わしい催しを行うことを決定したクラスで、男子生徒全員参加によるじゃんけん大会が行われていた。
コスプレ喫茶に〝イロモノ〟を添えるという趣向のもと、じゃんけんの敗者がその役割を担うことになるのだが…。
「ぎゃーーー、負けたってばぁ!」
渾身のじゃんけん大会の結果。拳を握ったままナルトは絶望的な悲鳴を上げ3秒間固まった挙句、春野サクラから差し出された衣服を恨めしげに睨んだ。
暇潰しの余興は人がやると楽しいが、自分の身に降りかかって来ると誠に厄介なものである。ナルトは苦虫を百匹ほど噛み潰した表情で、手元のセーラー服に袖を通さねばならない現実を呪った。
「ぎゃははは。ナルト、似会うぢゃねえか」
「すっげ足の間がスースーする。落ち着かねえってば……」
数分後、着替えを済ませたナルトはセーラー服姿で、再び教室に登場した。クラスメイトの間で控えめなどよめきが起こる。
濃紺カラーの上下揃い。膝上のスカート丈。カツラは使用せず、ぴょこぴょこ跳ねた金髪頭は、地のままで、襟足がセーラー服の襟元に掛る程度。男子生徒に熱心な視線を注がれているとも知らずに、ナルトは気まりが悪そうにスカートのウェスト部分の位置を左右に直す。
「なんだかマジで女みてぇだなおまえ」
「ああ、なんかヤバい。変にクる」
「んあ…。そうかぁ?」
同性の称賛の言葉を心を半分飛ばしながら受け止め、なんか腰のところがユルい…、と呟いたナルトの頭をサクラはどこから出したのかハリセンで物の見事にすっ叩く。
「アンタ、私に喧嘩売ってるの!?」
「うぇ、え、え?オレってばそんなつもりぢゃ……サクラちゃぁん」
瞳をグルグルさせたナルトが慌ててサクラに縋る姿は教室の中では見慣れた光景で、周囲から笑いが漏れた。
「大体、アンタの腰のラインが細過ぎるのよ。失礼しちゃうわ」
「ご、ごめ。サクラちゃん。てかキバ、笑うんぢゃねえ!」
顔を真っ赤にさせてナルトが激怒する。ふわりと二本脚が飛び出したスカートが閃いた瞬間サクラは改めてナルトを見て、喉を詰まらせた。
潤んだ吊り目がちの視線。シャンプーなどを特別気に掛けてもないのに、サラサラで西洋人形染みた金糸の髪の毛。ほんのり匂い立ちそうな色素の薄い肌。尖った唇から紡がれる弱々しい声。冬服を着たナルトは色が引き締まって見えるせいか、生来持っている色と相まっていつもよりか細く見え、負けは認めたくないが、女子であるサクラの目から見ても、ナルトの外見は可愛らしく映った。
「…アンタ。なんだか凶悪だわその格好でいると」
「へ?」
きょとんしたナルトは、不思議そうにサクラを見つめる。周囲では他のクラスメイトたちがコソコソ何事かと話し合っていた。
そして突然、視界が反転したかと思うと、ナルトは机に押し倒されていた。
「それじゃー、ナルト。おまえそのまま記念にカメラの前でキバとキスな!」
「は?」
「げぇ、なんでオレがナルトとキスしなきゃならねえんだよ」
「そうだってば」
「いやいやすげー似合ってる女装の記念にな」
「そういえば新聞部からもおまえの写真が欲しいって来てるしな」
「そんなこと聞いてねえってばよ」
「じゃんけんでおまえが負けたのは偶然だがこれも運命だと思って諦めろ」
「な……っ!」
四方から、がっちりと抑えられた手首。
「オレが罰ゲームみてぇだ」なんて、頭を掻いているキバ。
げげげ。冗談ぢゃねえ…!
蒼褪めたナルトは、「馬鹿言ってるんぢゃねえ…!」と周囲の男子生徒を蹴散らすと忍者さながらの動作で起き上がる。
「んだよ、どーせ男同士なんて減るもんぢゃねえだろ」
「そーだ。大体てめぇファーストキスも中学の入学式の時にうちはとだろうがよー」
「そそそそういう問題ぢゃねえ…!」
迫りくる集団に、ナルトはジリジリと後ずさる。確かに、以前の…つい三日ほど前のナルトなら、ノリでキスをすることもしたかもしれない。ナルトのいつにない抵抗にクラスメイトたちは若干の違和感を感じているはずだ。
ただ今は…。脳裏をチラつく銀色のせいで、躊躇ってしまう。
もしここで自分が不用意に誰かと口付けたと〝あの人〟が知ったらどう思うだろうか。
ガキだと思われて呆れられる?
特別なキスは、その他のキスと混ざってしまって?なかったことになるのだろうか。
「………う。やだってばっ」
「ちょっと、ナルト……?」
ナルトの様子に心配するようなサクラの声。
捕獲しようとする手が伸びてきた瞬間、ナルトは教室のドアを開けると、脱兎の如く廊下に飛び出した。
「あ、こら。待て、うずまきぃ…!」
バタバタとリノチウムの床に複数の生徒の足音が響いた。
木の葉学園は旧校舎に新校舎が合体する形で建設されて居る。普段、生徒たちが使う新校舎は活気があり華やかだが、一歩間違えて真っ直ぐな廊下が続く建物の奥に足を踏み入れれば、採光の悪いデザインの旧校舎に迷い込んでしまう。
旧校舎は使われなくなった空き教室が大部分を占め、主に各教員の教材置き場や各学校行事で使う大道具置き場に使用されており、普段生徒が足を踏み入れることなど滅多にない。また、教員の中には新校舎に用意された新しい職員室を使わず、ひと気が少ないことをこれ幸いと、旧校舎を棲み家にして寝泊まりしているなんて非常識極まりない偏屈で変わり者の輩も居るらしい。
例えば、死人色の肌を持った銀髪の三十路教師などがその筆頭に挙げられている。
「ナルト、おまえなんて格好してるの」
ナルトが逃げに逃げて辿り着いた先は、件の旧校舎で。旧校舎を生息地としている、はたけカカシの前でセーラー服のスカートの襞が魅惑的に閃いた。
カカシはインスタントコーヒーのマグカップを持ったまま、つい一昨日、自分の想いを告げた己の生徒を凝視して数秒間固まった。
「お、おう。カカシ先生、ホームルームぶり!」
「何してるの?」
「……ええと」
薄っすらと埃の積もった床に、膝小僧を折って、ナルトは何者かから隠れるように、廊下の様子を伺っている。
カカシの無駄によく回る頭はすぐにその状況を理解した。
「はぁ……」
「カカシ先生ぇ…」
「とりあえず部屋に入りなさい」
廊下の向こう側から犬塚キバや他の生徒の騒ぎ声が聞こえる。カカシはナルトの膝裏に腕を回し抱き抱えると、驚きの声を上げるナルトの叫びが、廊下の向こう側に届く前に数学準備室の扉を閉めた。
「うわわ、降ろせってばよカカシ先生…!」
狭い部屋の中に入るとナルトは人形のように、長机の上に載せられ、膝の埃を払われた。唐突過ぎるカカシの行動に戸惑いを含んだ視線が注がれる。
「おまえ、心臓に悪い恰好で何ほっつき歩いてるの」
「…っ?…っ?…っ?」
「本当、無意識で嫌になるねぇ」
カカシは頭をぐしゃぐしゃと掻き毟ると、パイプ椅子に腰掛けた。
「いや…その罰ゲームで」
「だろうねぇ…?」
ごにょごにょと言い訳めいたことを喋るナルトのふっくらとした唇を見ながら、カカシは熱湯に近い温度の珈琲を苦もなく飲み下し、ほぼ予想通りの答えを返してくれた少年に盛大なため息を吐いた。
「学園祭の出し物で、じゃけんで負けた男が女装やることになってさ、オレってばドベになっちゃって……」
ナルトは言いよどんだ挙句、いずれは学級担任であるカカシの耳にも入るだろうと踏んで事のあらましを正直に話した。
「なんかさ、罰ゲームついでにキスとかされそうになって…逃げてきた」
「え」
「セーラー服着てオンナみてえだからってひっでぇの」
見開かれたオッドアイを見て、ナルトは知らず、拳を握り締めながら俯く。
「何もされなかったか?」
「オレってば机蹴って逃げて来たから」
「そうか……」
どこかほっとしたようなカカシの声色に、ナルトも知らず息を吐く。
「呆れた……?」
「別に。おまえに何もなかったんならそれでいいよ」
では、やはりあのままキスをしていたらカカシの言う〝何か〟あったことになってしまっていたのだろう。
なぜ、心臓が締め付けられるのかわからないまま、ナルトは項垂れる。
しゅんとしたナルトの様子に気付いて、カカシは腰を浮かす。
「いや、すまん。言い方が悪かった。おまえが無事で良かった…。安心したよ」
コトン、とマグカップを机に置く音。狭い室内に漂う紙と珈琲の香り。ポフポフと頭を撫ぜられ、ナルトは眇めるように目を細めつつ顔を上げる。
「………?」
薄っすらと埃の積もった教材たち。四方を戸棚に囲まれた室内。カカシがナルトを通した個室は、普段なら滅多に生徒を入れることのない空間だった。本棚には難解な数式で埋め尽くされた数学の専門書の背表紙が並び、何年間もの間に渡って蓄積した論文、プリントや計算式のメモの類がうず高く積まれていた。
「………ここ、カカシ先生の部屋?」
「ま、そんなようなもんだねぇ」
のらりくらりとした様子でカカシが答える。
「名目上は数学担当教師の教材部屋だけど居心地が良くてオレ一人で住み着いてるのが正解かな?」
カカシは一介の高校教師でしかないものの、趣味がそのまま職業になったようなところがあり、今でも暇つぶしと称して、日がな一日数学の学術書を読み耽り、よく本職であるはずの授業に遅刻するほどであった。もっとも、カカシが新校舎に移らずに、使い勝手の悪い個室を愛用しているのはこれらの積もりに積もった荷物を移動するのが、面倒なことも原因の一つだろう。
「どうりでいっつも職員室にいないわけだってば」
「くくく。おまえたちにいっつも引っ張り回されたら敵わないからここに隠れてたんだよ」
「ひっでぇ教師」
「教師を長くやっていくための知恵と言って頂戴」
カカシは肩を竦めると、ナルトに向き直った。
「おまえこそセーラー服なんて着ちゃって…。いったいどこの女子生徒が紛れ込んで来たかと思ったデショ」
「うう……」
カカシの手がナルトの三本髭に添えられる。薄暗い部屋に、唯一ある採光を取り入れるためから窓から漏れる陽光を背に、教師の影がナルトに落ちた。カカシの視線を上から下に受けて、ナルトは気まずそうに、教務机に手首を乗っけて、追い詰められたような体勢を取る。
「これ、誰の制服……?おまえ、男なのにサイズぴったりだねぇ?」
何気ない動作でスカートの端をぴらりと捲り上げられ、ナルトは思わず両手でスカートをガードする。
「サ、サクラちゃ……」
「ふうん、サクラのか。おまえ、こういう格好も似会うねえ」
「んなこと言われても嬉しくねえってばっ」
カカシの私室と化している数学準備室の広さは、四方を囲む戸棚のせいで酷く狭い。そのうえ、専門家も目を剥くほど収集された本が、おそらくカカシにしかわからない法則で積まれていた。カカシが半歩動いただけで、二人の身体は密接した。
「褒め言葉だよ。素直に受け取りなさい?」
内腿にカカシの手がそっと置かれる。
「おまえ、足のライン綺麗なんだねぇ……?」
露出した太ももは、少年らしいシルエットを描きながらも、しなやかで、普段日に晒していないせいか、白かった。カカシが触れると、ナルトの全身は過敏にビクついた。
「腰も細いし…ちょっと酷くしたら折れちゃいそ」
本や、もしかしたら歳月を掛けて部屋事態に積もっていたかもしれない埃が、部屋の中で二人の人間が僅かに身じろぎしただけで浮遊しキラキラと光った。
「―――カ、カカセンセ?」
やたらと喉が渇くのはなぜだろう。そのくせ、視界がぼやけたように潤んでしまうのは、どうしてなのか。
「ナルト。セーラー服、脱がしていい?」
下手に動いて本の山を崩してしまうのを恐れて、身動きが取れずにいたナルトを両腕で囲うようして、カカシはナルトが逃げ出さないように拘束した。
「な、ななに言ってるんだってば。どこ触ってんだよ」
「だってこのままだと邪魔でしょ。それとも着たままシちゃう?それもいいねぇ」
「―――あっ…うぁ」
スカート越しにカカシの手が柔らかなナルトの尻を揉み上げる。
「クリーニング代はオレが出すから」
「……―――っくん」
押し殺したナルトの声に、カカシの下半身が疼く。
「可愛い……」
耳元に鼻先を擦りつけられるように囁かれ、ナルトは思わず首を逸らし、歯を食い縛った。ナルトはカカシの行動にどう対処して良いか解らず、己の内腿を撫でる手を止めることが出来ない。
「ん、んんん……っ」
そうしているのと同時に階段を登るように、カカシの指が衣服の間を這い背筋を駆け上がる。
「ブラは付けてないんだ?」
「あ、当たり前だってばっ」
「それじゃあ下は何を履いてるのかな。下着も女の子の?」
「や、やぁ………っ!」
スカートの中に侵入しようとする手を抑えようとするものの、体格差では大人の力には敵わない。あっという間に下着にカカシの手が届く。
「残~念。中はトランクスか」
「………うう~っ」
無理に足を開かせられたナルトは、教務机の上で震えている。
「やらしい恰好……」
「………っ!?」
「ソソラれるってことだよ。こんなに色っぽくて可愛いナルト、誰にも見られなくて良かった…」
「へ……?」
「おまえ、オレ以外の奴とキスしたらダメだと思って逃げて来てくれたんでしょ?」
「っんなこと!」
「―――あるでしょ?」
カカシの両腕が、プリントが散乱した教務机にナルトを挟んで置かれる。
「この間の宿題、ちゃんと考えてくれた……?」
ワントーン落とした声に、ナルトの身体が知らずにずり上がるが、わからない、と紡ごうとした口唇が、カカシによって塞がれる。
「んう……」
「はたけカカシがうずまきナルトにキスをするのは、はたけカカシがうずまきナルトに恋をしているから」
「んんんふう……っ」
深いキスの合間に、囁かれる言葉。キスに馴れていないナルトは息継ぎを上手くすることが出来ない。
「うずまきナルトがはたけカカシにキスをされてドキドキするのは、うずまきナルトがはたけカカシに恋をしているからなんだよ」
「んー…っ、んー…っ、んー…っ!」
「シンプルで美しい公式でしょ?正しい論理から導き出された公式は無駄がなくて美しい」
カカシはシニカルな微笑を口の端に乗せると教務机にナルトを押し倒した。
「センセ…」
まだ少年らしい丸みを残す頬を染めたナルトは、ぼんやりと滲んだ視界で大人を見上げる。
「おまえに欲情した。オレのモノになっちゃいなさい?」
カカシはワイシャツのネクタイを緩めると、ナルトの膝裏を抱え上げる。その時、昼休みの終了の合図を告げるチャイムが鳴った。
「カカシ先生、授業始まっちゃうってば…。ん、んうっ」
衣服の中をまさぐられ、ナルトはあえやかな声を上げた。
「………あっ、あん」
カカシの言った推論には決定的な間違いがある。つまり、感覚的な観念から導き出された結果は、正しいとは言えないのである。
しかしナルトはそのことに気付かない。
カカシも気付かせない。
いかさま師が巧妙に仕込んだ舞台の上。口の上手い奴にはご用心。
数学準備室で、不誠実な口を使った教師のふしだらな手が生贄となった生徒のスカートの中に忍び込んでいった。
ここらで終わっとこう。
どこで寸止めるか非常に迷いました。
(そうですね自分相槌)
ちなみに今サクラちゃんはクラスの男子を正座させて説教中です。