自宅のカレンダーに赤いインキで書かれたうずまき模様。今日はオレたちの記念日になるはずの日だった。「楽しみだってばよ」と言って笑ったおまえの顔を今でも覚えている。だけど、付き合って1年目を迎えることなく、オレたちは別れてしまった。パズルのピースがバラバラになるように、オレたちの関係は壊れてしまったのだ。
今年の春は、心地良いはずの春風がやけに憂鬱だ。オレは一人暮らしアパートの一室で、温かな春の陽射しが差し込む窓辺に立った。1年前にカレンダーの前に立って「楽しみだってばよ」と言って笑った、おまえのちっぽけな願いすらも叶えてやれなかった自分に少しだけ後悔した。
1年前の4月1日にオレはナルトに告白された。「それって本気?それとも嘘?」嘘吐きの日に告白されたオレは、笑顔でナルトに聞き返した。それは、オレがナルトの担当上忍として紹介されて、それほど経っていたなかった時のことだと思う。そんな短期間で人が好きになれるものなのかと、オレは浅はかな子供の行動に残酷な気持ちになった。
嗜虐心をそそる人種と言うのは、確かに存在する。うずまきナルトとは、まさにその手の人種なのだ。大体、ナルトの生い立ち事態、笑ってしまうくらいデキ過ぎているだろう?贖罪の羊、里の生贄、罪の実態化、身代わりの王様、憐れなスケープゴート。全てナルトを表す単語だ。そのうえ、親無し、嫌われ者、邪魔者、退け者、ひとりぼっちの子供、ここまで揃えばもう悲劇と言うより、喜劇に近い。
「ナルトも大胆なことするよねぇ、上忍のオレを騙そうとする奴なんて早々居ないよ。オレを誑かしてどうするつもり?」
「え…?」
優しい昼間のオレしか知らなかったナルトは、ぽかんとした顔でオレを見上げていた。ほら、その顔堪らないね。背筋がゾクゾクしちゃうよ。
白い牙の息子であるオレもまたこの里では腫物のような扱いを受け、針のむしろのような場所で忍としての人生を駆け上がった。オレは、以前は自分に冷たかった大人が、実力を付ける自分に恐れをなして媚び諂うようになるまでの課程を目の前で目撃したのだ。
だから、ある意味オレとナルトはどこか似ている。最悪の地点から出発した者同士という点では。
だけど、人間は痛みを共有することが出来ない。病気の子供に、母親がよく言ってるだろう。〝代われるものなら、その痛みを代わってやりたい〟と。それは、彼女が子供の痛みを想像することしか出来ないからだ。
つまり、誰にも個々の痛みを共有することが出来ないというなら、ナルトの受けた想像を絶する孤独も、オレの受けた孤独も想像するしかないと言う点では同じだということにならないだろうか。あちらが、理不尽且つ天災のような不幸に見舞われていたとしても。
だからと言って、退け者同士は助け合うものだと思ったら大間違いだ。オレは、自分はこの子よりも幾らかマシな存在なのだと思うことで、優越感に浸り、それどころか同族嫌悪からナルトの受けた傷を想像することが出来る分、もっと奈落の底に落ちてしまえと思うことも出来た。結果としてオレはナルトに対して他の人間よりもより残酷になれるのだ。
オレはナルトに屈み込むと、今日は馬鹿な人間に嘘を吐き騙して楽しむ日だと教えた。
ま、大筋は間違ってないでしょ。エイプリルフール。又の名称を万愚節。大法螺吹きが大手を振って闊歩して良い日だ。そんな日に愛の告白をするなんて、おまえの人生はなんて滑稽なんだろうね?
オレの大まかな説明に、ナルトは真っ赤になった。そして、無様なくらいに取り乱し、「オレはそんなつもりじゃ!」「本当にカカシ先生が好きなだけだってば」と、真実にオレのことが好きなのだと、違うのだ嘘ではないのだと、おそらく小さな頭で思い付く限りの有りっ丈の言葉を尽くして、弁解した。アカデミーを出たばかりだったあの子は行事に疎く、教えてくれる親も大人もいなかったのだろう、オレはそれを解っていながらわざと気付かないふりをした。
自分の一挙一動におどおどするナルトの姿を見るのは、甘露を口に含むような陶酔をオレに齎した。やがてナルトの蒼白な頬に涙の筋が伝う。意外だったのは、汚ないばかりだと思っていたナルトの泣き顔が、はっとする程、美しかったことだ。
人の泣き顔は汚ないものだろ?だけど、ナルトの涙はダイヤモンドの粒と同じくらい綺麗だった。
同時に、はらはらと涙を流すナルトを見て、オレは下半身が硬く勃起するのを感じた。そう、オレは泣くガキの顔に性的興奮を覚えたのだ。理由は解らない。ただ、ナルトを無茶苦茶にしたかった。
「オレもナルトが好きだよ」
自分から告白をしたくせに、オレのその返答をナルトは想像していなかったのだろう。ナルトは、オレの思わぬ返事を聞くと花が綻ぶように笑った。
普段の騒がしいナルトらしからぬ表情に、オレの下半身はまたしても疼いた。
オレはナルトを抱き上げてキスをした。そのまま狭い粘膜を思うまま貪る。ナルトの身体は、あちこち柔らかくて、どこを持って良いか困ってしまった。
キスが終わると、ナルトの頬は桜色に染まっていた。それどころか、初めてのキスを終えたナルトは、先程には無い色気を身に付けていた。古来、狐には色の才能があるという。自分の手の中で急速に開花して行く花に目を見張りつつ、オレは薄暗い気持ちになることを止められなかった。
オレが狐憑きを好きになるとでも思ったの。
馬鹿だね、簡単に騙されて。
好き?
それはオレがエイプリルフールに吐いたナルトを傷付けるための残酷な嘘だった。
付き合い始めてからというものナルトは甲斐甲斐しくオレの世話をした。女のように奉仕するナルトは、オレの家にやって来た家政婦か何かのように献身的だった。食事の仕度から、風呂の準備まで、一人暮らしが長かったナルトに出来ない家事はなかった。もっともドジな性格から、包丁で指を切ったり、鍋を噴き零してしまう事はあったのだが、ニシシと笑いながらも自分の失敗を恥じるようにリビングのオレに向かって振り返るナルトの姿は〝いとけない〟という表現がぴったりで、愛があればあの子の幼さから来る拙い失敗が堪らなく愛らしい仕草に映ったかもしれない。
だけど、ナルトがオレに尽くせば尽くす程、オレの気持ちは氷のように冷めていった。そのうえ、夜伽の相手をするという点では、ナルトはそこらのハウスメイドより地に堕ちた存在だったのだ。そんなにオレのことが好きなのかと、オレは毎晩ナルトを女の代わりにしてやった。
抱いてやるとナルトは、未発達な身体を差し出して、尻の孔にペニスを突っ込まれたままヒィヒィ泣いて悦びの涙を流した。
馬鹿だね、腰を振るだけの運動なんて、愛が無くても出来るのに。
どんな無理な体勢を強いても、任務中に身体を求めても、NOと言うことを知らない子供は、恰好のセックスドールだった。それこそテーブルのお盆からキャンディを摘まむように、セックスしてもナルトは拒まなかった。
「好きだって嘘を吐いたんだよ」
玩具に飽きるのに、そう時間が掛らなかった。散々、ナルトの身体を貪った夜、汗を吸ったシーツに突っ伏したあの子にオレは言ってやった。ナルトに真実を教える時のオレの顔には、笑みすら浮かんでいただろう。それは、掴まえた蝶の羽を捥ぐ少年の気持ちに似ていた。
だけど、ナルトから返って来た返答は、オレの予想を裏切るものだった。
「知ってたってば」
何それ。呆気に取られるってこういうこと。ナルトは涙一つ見せなかった。淡々とオレの言葉を受け入れていた。オレが見たかったのは無様にオレに縋りつくナルトの姿だったのに。
月明かりの下に浮かび上がったナルトの白い裸体は、驚くほど綺麗だった。呆然とするオレと向かい合ったナルトは、憐れなものを見る目でオレに同情していた。
オレの吐き出した精液で汚れているくせに、聖人気取りのその顔はなぁに。
おまえの方こそ、愛を知らないガキのくせに。
オレが人を愛せないことを馬鹿にしているのだろうか。
そこでオレは、はっと気付く。オレはナルトより劣った存在だというのか。
ナルトより可哀相な人間はオレだった?
ナルトは、人の愛し方を知っていた?
だからオレの偽物の睦言を見破ったというのか。
精液が伝ったナルトの太股をオレは持ち上げた。オレのペニスを受け入れたくせに汚れを知らないかのように慎ましやかな蕾に、オレの思考は瞬間的に沸騰した。その後、無理矢理ナルトを抱いた。セックスの後で疲れきっていたナルトの身体は悲鳴を上げた。オレは嫌がって暴れるナルトを犯した。
翌日から二度とナルトはオレの家に来なくなった。オレたちの関係はこうして最低な感じで終わりを遂げた。
ナルトと別れて、オレは一人になった。お揃いの歯ブラシも、カップも、食器も、汗と精液を吸ったシーツも、ナルトと共有したものを、全てオレは捨てた。まるでナルトがそこにいたことを丸ごと消すように、オレは家中を掃除をした。
結果的に、ゴミステーションがオレの部屋から出た粗大ゴミで一杯になった。こんなにも多く物を誰かと何かを共有したのは初めてだった。そう言えば、使い捨ての女を家に上げる事はなかったな…と気付いたのはナルトと別れて二か月が経った頃だった。
部屋に居る誰かに微笑を向けることもなくなり、ナルトと別れてから、オレの周囲が簡略化していった。
任務中、ナルトの様子が変わる事はなかった。あれで冷めた子供だったのかもしれない。サクラに向ける笑顔も、サスケに叩く憎まれ口も、騒がしい態度も、何一つ変わりはしなかった。いつも通りの日常。変化した事と言えば、オレが任務帰りに花街に通うようになった事だろう。
だけど腕を絡める商売女の香水の匂いに辟易している時も、脳裏に浮かぶのは何故か淡い金色だった。あの子はオレとセックスする時、特別甘い声を上げて啼いた。性急に硬いペニスで突いてやれば、四肢を震わして、涙を零した。オレしか知らないナルトの秘部。紅潮した頬に、上目遣い気味の潤んだ瞳、ペニスを受け入れる時の怯えた仕草。恥ずかしがりながらも、口の端から零れた唾液を指で掬う時の艶めかしい表情。
もしかしたら、今頃ナルトは、オレに抱かれていた時のように、他の男に抱かれているのかもしれない。あの安アパートに男を連れ込んで、男の欲望に尻の孔を貫かれ、ヒィヒィ言ってるのかもしれない。そんな事はないと頭では解っていても、淫蕩なナルトの痴態を想像する事を止める事は出来なかった。
(あ、あんっ。せんせぇ、もっと頂戴ってばぁ…。あ、あっ、凄いっ)
やはり、ナルトの事を思うだけでオレの下半身は疼いた。途端、オレの横でキャハキャハ笑う商売女が急にうざったらしくなる。汗の混じった香水臭い匂いにもうんざりした。オレは軟体動物のように自分に巻き付いていた女の腕を容赦なく振り払った。地面に尻餅を付いた女は悲鳴を上げた後、オレに何事か文句を言っていたが、既にそれは肉の塊にしか見えなかった。
オレと手を繋ぐ時、ナルトはそっと目を伏せたものだ。
写輪眼のカカシと嫌われ者の九尾が一緒に歩いている事を里人に見咎められやしないかとビクビクしながらも、ナルトはオレと一緒に歩く特別を噛み締めているようだった。
いつも騒がしいナルトがオレと手を繋ぐ時だけ、大人しくオレの横に並んで歩いた。お互いに目が合うと、ナルトはやはり花が綻ぶように笑うのだ。
ナルトがオレと手を繋ぐという行為を特別に思うから、いつの間にかオレにとっても手を繋ぐという何でもない行為が、特別なものに変わってしまった。
そうやっておまえは、オレにとっての退屈な日常生活を、次々と特別なものに変えてしまったのに。
セックスの後、ベッドにへたり込んだおまえは、まだ年端も行かぬ子供とは思えず綺麗だった。だから今のオレは、汗を掻いた時にキラキラと光る金糸を梳く見知らぬ誰かの指に、嫉妬した。
今日は絶好の小春日和。桜の花びらが木の葉の里のメインストリートを埋め尽くす。オレの家のカレンダーにはナルトが付けた赤丸印。
「馬鹿な子。こんな日を大切にするなんて。子供っぽいのもいい所だよ…」
記念日なんて作らなければ、祝う事が出来なかった事をがっかりする事もなかっただろうに。
********
三年後。オレの時間はあの子と別れた時から止まったまま。
チャイムの音っていうのはどうしてこうも家人に対して無遠慮なんだろう。無機質な機械音に人を呼び寄せる権利なんてないと思う。
「あ…。ごめんってば」
最高に不機嫌な顔をして玄関のドアを開ければ、先方がオレの心の中を察したように謝って来た。
「先生ってば、まだ寝てた?」
ナルトだ。オレが、ナルトの気配に気付かなかったのは、考え事をしていたのとナルトの気配が植物のように薄くなっていたせいだ。そう、オレは遠い日の思い出に想いを馳せていたのだ。そんな過去の男の告白を、目の前のナルトは笑うだろうか。
「たまたま近くを通り掛ったからさ、ちょっと先生の家に寄ってみたんだってば」
「そうなの…。散歩でもしてたの?突然おまえが来たからびっくりしちゃったよ」
目の前のナルトは、昔のようにオレの腰元までしか身長のなかった子供とは違う。そんな子供とオレはセックスしていたわけなのだが、今のナルトはオレと肩を並べる事が出来るほど成長していた。
「シュギョー…!って言いてぇとこだけど、ビンゴだってば。春だからさぁ、そのへんをブラブラしてたんだってば」
ナルトはオレと別れてから、すぐに修行の旅に出た。結局、付き合っていたとしても、記念日は祝われる事はなかったのだ。
「何だか、おまえからいい匂いがする…」
「ええっ。そそそそんな事ないってばよ…!」
里に帰って来たナルトは、変わっていた。伸びた身長はもちろんの事、全体的な雰囲気と纏う空気まで。
ナルトはここ数年で綺麗になった。16歳になり、落ち付いた表情を見せるようになってから、ナルトの周囲に人が自然と集まるようになった。
九尾の檻という特別な目で見なければ、ナルトが如何に魅力的な少年であるか、誰もが気付き始めた。真っ直ぐで、下を向く事を知らない性格。仲間想いで、熱い発言は、聞く者の鼓膜を心地良く叩く。
挫折を乗り越え幾度も立ち上がる姿に、惹かれるなという方が無理なのだ。四代目と呼ばれた人のカリスマ性は消え行く運命を背負っている者が発するどこか儚いものだったが、ナルトのそれは力強く人々を導く輝きを放っている。
キラキラと輝く金髪と碧い瞳は、人を魅了した。あの黒い鉢巻が風に靡くたびに、道行く人々が以前とは違う視線で振り返るようになったのをあの子は自分で気付いているだろうか。
そんなナルトにとって、今やオレは過去の遺物でしか無く、オレはナルトの周囲を彩る連中の一人でしか無い。どこかでナルトの少し低くなった声が聞こえる度に、オレの胸は焦げ付くような焦燥に駆られるのだ。
馬鹿みたいだ。一度、手を離したものに縋り付くなんて見っとも無いマネをオレが出来る筈がない。
「カカシ先生、こんなに天気が良い日に部屋に居るなんて勿体無いってばよ」
自分の暗い性格を咎められたようで、オレはパジャマ姿のまま、眩しい太陽に目を細めた。橙色に黒といういつもの恰好で現れたナルトは、いつも通り背中を真っ直ぐ伸ばして立っていた。あの背中が、以前はオレの下で淫らに撓っていたなんて、誰が想像するだろう。ナルトの背骨は、オレと愛し合った流線形を覚えているだろうか…?
「それ、誰かに貰った花束…?綺麗だね。おまえも随分モテるようになったんだねぇ」
「えっ。こ、これは…!」
突然オレの家にやって来たナルトは背中に大きな花束を隠していた。それは両手で抱えなければいけないほど大きなものだった。子供の代名詞のようだった子が、女の子から花を貰える年頃になったのだろうか。オレは少年の成長を眩しく思いながらも、皮肉のような台詞を言う事しか出来なかった。
「凄く良い匂いだね…」
「あ、あぁ…カカシ先生って花が好きだっけ?」
「んー、ただきっとこれをくれた人はナルトの事が大好きなんだろうな、って思ったんだ。こんな大きな花束をプレゼントするなんてそうに決まってるよ」
オレの揶揄をナルトがどう受け取ったかは解らない。ただ照れ臭そうに「これはそういう意味のプレゼントじゃないってばよ…!」と手をわたわたと振る大袈裟な動作は昔と変わらなかった。
「今日は、どうしたの。おまえがオレの家に来るなんて随分なかっただろ」
「あー、あぁー…それはその」
口籠ったナルトの唇が、癖なのだろう少しだけ尖る。
「たまにはさ、カカシ先生の家に行ってみるのも悪くねえかなって思ったんだってば。だってさ、オレとカカシ先生の仲だろ!」
オレとおまえの仲?
どんな仲なのだろう。教師と生徒の仲だと言ってくれるのだろうか。
それとも元恋人?
オレは12歳のナルトを強姦した犯罪者だが、それでもこの子はオレの事を好いてくれるのだろうか。許してくれるのだろうか。
笑っているナルトの顔には気負いはまったく感じられなかった。
過去のしこりだとか、遺恨だとか、そういうものは綺麗さっぱり吹っ切れているという顔だった。
その姿が、嬉しかった。
愛しかった。
ナルトの笑顔は涙が出そうなくらい綺麗だった。
こんなに綺麗な子がこの世に存在している事に、オレは感動してしまった。
折しも今日は4月1日。4年前、オレがナルトに告白された日だった。
この日くらい、自分の気持ちに正直になっても許されるだろうか。
世界中の人間が嘘を吐くというならば、オレくらい正直者になっても良いだろう。
オレのこの溢れる気持ちを、嘘吐きの日に載せて、誤魔化してしまう事が出来るだろうか。
オレの家の近くに桜の木がある筈がないのに、桜の花びらが舞ったような気がした。
いつの間にかオレはナルトの唇にキスをしてしまった。
驚きで、ぱちくりとナルトの瞳が瞬いている。その表情さえも、今のオレにとっては格別で、オレは惹き寄せられるようにその唇を再び啄ばんだ。
「ん、つぅ…。カカシセンセ!?」
扉を閉めて、オレはナルトを自分の家の中に引きずり込んだ。壁に押し付けられたナルトは、両手をつっかえ棒のようにして、驚いたようにオレを見上げた。ナルトからは春の良い匂いがした。外を歩いて来たせいだろう。
「ごめん。おまえがあんまり可愛かったから、我慢出来なかった…」
「へ!?」
「も、一回…」
壁にナルトを押しつけて、荒い息が重なる。男同士の行為ってどうしてこうも色気が足りないんだろうか。ドタバタとして埃っぽい。だけど、オレの腕の中に居るナルトの吐息はこれ以上なく甘かった。
「ずっと好きだったんだ」
オレは壁に手を付くと、柔らかいナルトの唇に口付けた。カレンダーの4月1日がオレたちの行為を滑稽だと嘲笑っているみたいだ。
「ずっと、ずっと、おまえだけが好きだったんだ」
「センセ…」
「この告白は嘘ぢゃない…」
真ん丸い碧玉から涙が零れた。
「……ホンキなのかよ、カカシセンセェ。今日は嘘吐きの日なんだろ」
ナルトの襟足を掻き上げてやると、俯いたナルトが、そう呟いた。ナルトの足元には、花びらの散った花束が落ちていた。この贈り主には悪いが、ナルトはオレが貰う。
「んぅ…、ん、ん、んっ」
合わさったお互いの唇から唾液が伝った。そっとナルトの衣服のチャックに指をかければ、沈鬱な顔をしたナルトと目が合った。
「本当に…?」
「今のキスに、嘘はなかったデショ?」
「おう…」
「4年前におまえを無遠慮な気持ちで傷付けてごめん。ずっと後悔していたんだ…」
「嘘…」
「本当だよ。今度こそ、自分の気持ちに嘘を吐かない…」
その後、オレは16歳になったナルトの身体を貪った。ナルトの背骨は再び、オレとの行為を記憶するためによく撓った。
「この花束はカカシ先生にプレゼントするために持ってきたんだってば…」
「え…?」
フローリングの床に突っ伏したナルトは、やはり沈鬱そうな顔でそう言った。何の事はない、激しいセックスの後で腰が重いのだ。
「オレ…、馬鹿みたいだけどいつまで経ってもカカシ先生の事が忘れらなくて、玉砕覚悟でまた告白しに来たんだってば」
「嘘デショ。おまえ、何を言って…っ?」
「オレはいつだってカカシ先生の事が好きだったってばよ。でも、ぜってぇフラれるって解ってたから、今日は先生の事を卒業するつもりで、花束を作って来たんだってば。しつこい奴は嫌われるだろ。でも花には罪がないから、それは先生への感謝のつもり…」
野の花が交る極彩色の花束はどうやらナルトの手作りだったらしい。散歩というのは、野原に花を摘みに行く事だったのだろう。通りでナルトから良い匂いがした筈だ。
「フラれた時に渡そうと思って。こんなにも人を好きになる気持ちを教えてくれたカカシ先生へのプレゼントだってば」
ナルトの言葉は皮肉を言っているようには聞こえない。真実に、オレに感謝の気持ちを伝えようとして来てくれたようだ。オレは、なんだかまた汚い自分が恥ずかしくなった。
「それじゃあこれは最初からオレのために…?」
「そうだってばよ。でも、その必要も無くなったみてぇ」
鼻先がくっ付くほど近寄ってしまったオレの様子に、ナルトが苦笑した。年上のくせに、ガッ付いてしまったオレは年甲斐も無く赤面してしまう。
「ニシシ。カカシ先生、ペン貸してくれねえ?」
「ああ、いいよ…。何に使うの」
上着だけ羽織ったナルトが気だるそうに立ち上がったかと思うと、戸棚の上に転がっていた赤いインキでカレンダーにうずまき模様を書いた。
その様子は何か重要な儀式をしているようにも見える。
「ナルト、何をしているの」
「今日は、オレとカカシ先生の記念日だってば。だから特別な日にはうずまきマークを付けなきゃな!」
ニカ!とナルトが笑った。
今夜、オレたちは4年越しの記念日を祝う事になるだろう。ケーキに、シャンパン…ちょっとパーティーには不似合いにあの子の好きなラーメンの出前でも良いかもしれない。
とにかく今日という日はオレたちの始まりの日なのだ。
ああ、神様。オレはあの時、確かに愚か者であったのです。
花が綻ぶように笑ったこの子はいつだって愚かなオレを許してくれる。
空気猫1周年記念小説です。
来て下さる方に感謝。