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空気猫

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悪魔が家へやってくる

子供は先程から視線を上げて下げることをしきりと繰り返している。キッチンで客人用らしき牛乳をコップに注ぐ時から子供の視線を嫌というほど感じていたが、それをあえて無視してカカシは子供の家のリビングで椅子に腰掛けていた。ちなみにこの家で唯一の椅子なので、子供は立ちっぱなしだ。
「この牛乳、賞味期限切れてなぁい?」
呆れるほどの視線の上げ下げの後、テーブルの上に恐る恐るといった調子で出された飲み物に文句を垂れると、子供が目の前で物の見事に固まっている。ごとん、と音がしたと思い、視線を下げれば、テーブル一面に真っ白な液体が零れていた。
「いや。別に怒ってないし」
興味がないのだ。怒りすらも感情から摩耗し、冷めているというわけでもなく、ただ何も感じないだけ。唯一綺麗だと感じたあの人を失ってから何もかもがどうでもいい。だが、ついと視線を下ろしてみれば、ぽかんと自分を見上げる子供の姿に気が付く。
「なに」
カカシが問いかければ、子供はぶんぶんと大きく頭を振る。そのまましばしの無言。気まずい沈黙が室内に充満して、自分はどうしてこのガキの部屋にいるんだっけ?というようなわりと初期の段階で悩んでおくべき事柄を考える。
カカシが子供のことを他の人間よりほんの少し気に掛ける理由といえば、子供がかつて師と呼んだ人の息子であって、煌めくような金糸と碧い瞳がうり二つで、そんな子供が里で惨めな境遇を受けているのが、常人よりも僅かに気にくわない、とただそれだけであったはずだ。
子供といえば零した牛乳を気にも止めず、少しだけひしゃげたカップラーメンをダンボール箱の中にぎゅうぎゅうと押し込んでいた。ふと、子供が酷く痩せていることに気が付く。栄養の足りない食生活を送っていれば当たり前だろう。カカシはそれを哀れとも可哀想だとも感じない。ただ、子供のやけに着古して擦り切れたTシャツから覗く腕があまりにか細かったので、この子供に暴力を振るう大人の気が知れないなと思っただけだった。
子供は部屋のあちこちをうろちょろしたあと、カカシの膝元にやって来た。物言いたげな瞳ではない。しかし、驚くほど大きな瞳でじぃっとこちらを見てくる。
「この牛乳は大丈夫だってば、あと一日は」
両の手で差し出されたコップ一杯の牛乳をカカシはやや呆然とした顔で見下ろす。もっとも、青年の顔は犬の暗部面で覆われていたので、子供からはその表情は窺い知れない。
「ありがとな…」
カカシは子供からコップを受け取ると、にしゃっと失敗したような笑みが返ってきた。子供から貰った牛乳をテーブルの上に置き(牛乳が零れたままだったので、べしゃっという音がした)、目の前で揺れる金色頭に視線を流しつつ、手持ち無沙汰になる。
ああ、子供の扱い方ってどうしたらいいんだっけ。人の殺し方ならいくらでも知っているというのに、今目の前にいる子供とどう接していいか皆目わからない。暗部のカリキュラムには子守任務なんてありはしないんだ。子供ってどうしてこう弱っちそうで、でこ突いたら泣き出してしまいそうで、それでいてやけに純粋なのだろう。
別に自分は新しい牛乳が飲みたかったわけではなく、いやだからといって腐った牛乳で良かったのかと問われればそういうわけでもなく、〝つまり〟〝だから〟を傍目にはクールそうに繰り返す暗部の青年を子供は不思議そうに見上げている。
「ん」
カカシは考えあぐねたあげく目の前にあった金髪頭をくしゃくしゃとかき回した。とくに意味などなかったが、子供の髪の毛はパラパラとあちこちに跳ね、散らばった鳥の巣のようになった。子供はびくんと痙攣してから頭上を浮遊する手を凝視する。
「んー。イイコ、イイコ…」
まるで頭の足りない人間がいう台詞だな、と面の下で自嘲気味に嗤い、ふと手の平の下の子供の顔を覗き見て、ぎょっとする。子供は泣いていた。
いや、待て。やはり牛乳は飲むべきだったのか(しかし暗部の規則で面を取るわけにはいかないのだ)、それとも頭を撫でられるのが嫌だったとかいうのだろうか。オ、オレの下に小宇宙が広がってる…。理解に困ったカカシは表面上は完全にフリーズして、子供の頭の上に置いた手を動かすことも出来ずに、肩を震わす子供を見降ろす。頭の中でミニチュア版の自分が「どうする!?」と書かれた大きな荷物を持ちながら右へ左へとあわくって盛大にコケるが、されど解決策が見つかるはずもなく、だからといって一旦置いた手を退けることも出来ず、泣く子供を前に暗殺のプロと呼ばれる暗部がいとも簡単にフリーズする。しばらくカカシが「あー」とか「う゛ー」とか唸っていると、
「オレってばこんなにやさしくされたの初めて…」
「はぁ!?」
子供がぼそりと口を開いた。なんだそれ。頬を真っ赤にした子供を見降ろす。〝いいこ、なんて言われたのも初めて〟手の平の下のお子様は、一生懸命嗚咽を押し殺しているが、ぐす、ぐすと途切れ途切れに嗚咽が漏れてくる。
今までの一連の己の動作を振り返ってみるが、自分がもし子供だったとして、テーブルに頬杖を突いたまま役に立たない大人だなんて、大人と認めるにはあまりに過不足で…――いやだねそんな大人。自己判断であっさり下した結論は、しかし目の前のお子様には当てハマらなかったらしく、子供の中での最高点を弾き出したらしい自分にくらりと眩暈がした。
零れたままの牛乳がテーブルを伝い床にまで達していた。子供は床に広がる白い液体を踏んでいるが、まったく気にしていないようだ。(衛生観念の低い子供である)
試しに、置いたままだった手で子供の頭を再び掻き回してやる。にしし、と手の平の下で子供が笑った手ごたえを感じ、ああ、こうしてやれば良かったのか。たったこれだけ。たったこれだけのことでこの子供には良かったのだ、とそれが堪らなく胸を締め付けられた。
「ねぇ。一緒にお昼寝しようか?」
「へ?」
「今日の任務はおしまいにすることにしたんだよね」
おまえの監視任務。そうとは言わずに、子供を抱き上げれば、見た目通り酷く軽くて、甘ったるい匂いがした。散らばった空き缶だとか、ゴミ箱に投げ損なった紙屑を避けて歩きながら、カカシは子供をベッドへと運ぶ。子供の部屋というのは全てのスケールが小さい。数歩進んだだけで、何もかもがこと足りてしまい苦笑を禁じ得なかった。
「かーわいいね、おまえ」
子供用のベッドは大人には小さ過ぎて、暗部服のまま身体を丸めて寝転がる。強張った背中を抱き込むようにして瞼を閉じれば、そよそよと金色の毛が顎に当たった。
「悪い大人に捕まったら、オレに教えなさい。今日からおまえのこと守ってあげるから」
火影の命令?暗部の禁則事項?それどころじゃないんだ。カカシは腕の中に囲った子供をぎゅうぎゅうと抱き締めながら、幸福な眠りに身を任せた。

















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管理人の生態
自己紹介
名前    空気猫、または猫
職業    ノラ
趣味    散歩・ゴミ箱漁り
餌      カカナル
夢      集団行動
唄      椎名林檎
性質    人間未満

日記    猫日和

ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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