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空気猫

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おまえの泣き声はいつも聞こえない。




 
 
No Call, No Cry

例えば、依頼人が九尾の被害にあった人間の遺族であったなんてよくあることで、いくら自分が名立たる上忍とはいえ一忍である以上任務は選べるはずもなく、それでも裏で手を回してそういう依頼人に当たらないようにとか、人が聞いたら呆れるような姑息な工作をしていたのだが、世の中そうも上手くことが運ばなくて、結局あの子の心にまた傷が付いた。
今日の任務は犬の散歩。依頼人は木の葉の里でも指折りの旧家の奥方で、上品に着物を着こなした婦人の顔は、ナルトの姿を見た瞬間に醜く歪んだ。
九尾に対する一般人の憎しみはカカシとて重々と承知したことであったが、それでもそれが、どれほど酷いものであるのかというついての認識を、カカシはまだ甘く見ていて、依頼主の憎しみの視線に気付いていながら対処を怠った、それがはたけカカシの最大の失点であった。
事件が起こったのは、カカシが他の子供たちに指示を出すために依頼主から離れたほんの僅かな時間。その場に残ったのはなんの因果かナルトと婦人で、彼女はナルトに犬を仕向けた。
よく訓練された犬たちは主人の命に従って、ナルトの腕に噛み付いて、絹の切り裂くような声を聞いてカカシが駆けつけた時には、数頭の大型犬が子供に群がっているというかなりひやりとする光景が目に飛び込んだ。
「……っナルト!!」
犬を容赦なく蹴飛ばしてナルトを抱き起こし、そんなカカシを、ナルトは朦朧とした顔で見上げた。
「痛かっただろう。今すぐ手当てをしてやるからな」
ナルトの額を掻き上げながら医療用のポーチに手を伸ばしたカカシに、ナルトは瞳を何度か瞬かせ、ただ一言漏らした。
「なんで助けてくれたんだってば?」
心底不思議そうに首を傾げた子供に、カカシはただ呆然とするしかなく、噛み傷だらけの子供を支える手が冷たく凍り付いた。
「オレが、おまえを助けるのは当たり前でしょっ」
「そーなの?」
「おまえ、オレをなんだと思って……」
そこで、カカシは言葉を切る。ナルトの顔に〝ニシャリ〟と笑顔が浮かんだからである。
「へへ。カカシ先生、ありがとう。もう、大丈夫」
ナルトは、カカシの腕から抜け出すとぴょこんと立ち上がり、何事もなかったようにオレンジの衣服に付いた砂埃を払い始めた。けろりとした子供のジャッケットの裾を引っ張って、カカシは子供を引き止める。
「ナルト、手を出しなさい。怪我してるじゃない」
「別にいいってば。オレってばノーセンキューっ」
「いいから大人しく言うことを訊きなさい!」
幸い、遠くに居たサスケたちにはこの騒ぎは聞きつけられずに済んで、それだけが救いだというこの救いようのない状況。傷の手当をしようとして断られ、苛立って、少しきつく叱咤して無理矢理近くの石に座らせて包帯を巻けば、また何かを勘違いした子供の顔がいびつに歪んだ。違う。おまえのことを憎くて怒ったんじゃない。オレは、おまえの味方なんだ。そう伝えたくても、言葉は喉に張り付いて出て来ることなく、普段は無駄に回る口がこんな時に限って役立たずで嫌になる。
どうして自分に助けを求めてくれなかったのとか、もっと頼ってよとか、言いたい事は沢山ある。心の中で言葉は洪水のように溢れるが、何を言っても今この場で身も心も傷付いてズタボロの子供を前にして無効になる気がして、つまり、オレはおまえの担当教官なんだからとかなんて、あとから取って付けたような言い訳しか思い浮かばず、カカシはただ小さな身体を抱き締めた。
「カカシ先生、どうしたんだってば?」
「………」
「どうして抱き締めてくれるの?」
ビクりと強張った身体を無視して、閉じ込めるように、強く掻き抱く。もっとこの子は他者に助けを求めるべきだと思う。だけどそこまで考えて、今までこの子に手を差し伸べてやる大人がいったい何人いたのだろうかと、胸が苦しくなりそうな事実に気付いて、愕然とする。
よくよく思い返せばマダムしじみのようにナルトを毛嫌いすることなく、何度も任務を頼んでくる依頼人は稀少なのだ。彼女は、ナルトが一番にペットのトラを捕らえた時は、すすんで熱烈な抱擁をするような人で、女性との接触が極端に少ないナルトが、ギャーギャー騒ぎながらも彼女とのスキンシップを嬉しく思っていることをカカシは知っている。彼女はたしかに見た目は派手だし、お喋りで姦しいが、一度としてナルトのことを差別的な目で見たことはなかった。カカシはそんな彼女を密かに尊敬している。
「ここも、ここも、おまえ傷だらけでしょーよ」
自分の手を持ち上げながら傷口を指摘する担当上忍を見下ろして、ナルトは居心地が悪そうに、地面の土を蹴る。
「せんせぇ…。くすぐったいってば」
「んー…」
「手。はなせってば…」
やんわりと胸を押されて、カカシはナルトの傷口を辿る行為を中断した。そして、今、この瞬間は独り占めに出来ていると思ったナルトの視線が自分ではない場所に注がれていることに気付いて、カカシは胡乱気に、顔を上げる。
ナルトの視線の先にいたのは着物を着た貴婦人だった。まさか担当上忍が子供を助けに駆け付けるとは思わなかったのか、家屋の中に引っ込んで、こそこそとこちらを伺っている依頼人をカカシは射抜くように一睨みする。あとでどうしてくれようかと腸が煮えくり返って、カカシの眉間に寄る皺が深くなる。
「カカシせんせ……?」
「あ、すまん。なーんでもないよ?」
カカシはへらりといつもの笑い顔を造る。子供が安心出来る、気の抜けた顔だ。
「あのさ、オレ。サクラちゃんたちのとこに行って任務の続きするってば」
「だーめ。おまえの傷が治るまで抱っこしててあげる」
依頼人の視線を気にしているのか、ナルトは落ち着きなく、カカシから離れようとする。カカシはナルトを抱き上げると、自分の膝の上に乗せた。
「センセー……はなし」
「離しません」
顎をナルトの後頭部に乗っけて子供を拘束して、細い腹部に腕を回す。そして目の前でふわふわと揺れているひよこ頭に鼻先を埋めた。
「センセー…」
困り切ったナルトの声。むずがる身体。忍の世界で、甘いことばかり言ってられないことはよくわかっているが、教師の立場を放り捨て、どろどろに甘やかしてやりたくなる衝動が沸きあがる。
カカシとて、激動と言われる時代を生き残って来た忍だ。仲間をフォローすることは忍としてのスキルではあるが、過度な甘やかしが相手にとって毒になることも知っている。
カカシの手で完全に守ってやったとしたら、いつかカカシの保護区から飛び出したナルトがどうなるかなんて目に見えて解るだろう。カカシのエゴとお節介は、ナルトの忍としての生命と可能性を脅かすものでしかなく、だけどいとけないナルトを見ていると蜂蜜に包むようにして、蕩けるように甘やかしたいという衝動を抑えることができなくなる。だが、カカシの手の内に閉じ込めることによって碧い瞳が曇ってしまうことは本意ではないから、自分だけのものにしたいという甘美な誘惑を振り払うのだ。
「なぁーーると?」
特別甘く呼んでやれば、眉を顰めてナルトが振り向いた。腕の中のナルトは、怯えていた。カカシが、敵か味方か判断できないという顔だ。甘そうな唇に吸いつきたくなるのを、堪えてカカシはへらっと笑った。
「次、勝手に怪我したらちゅーしちゃうから」
「へ!?」
「いーい、仕方なく怪我をしちゃったんなら許すよ。だけど、自分の身体を粗末にして怪我したら、センセーは怪我した傷口にどんどんちゅーしちゃうからね。わかった?」
「ななななななな……っ、何言っちゃってんのカカシセンセー!」
「今、決めました。はい、決定♪」
「ぎゃーーーー、へ、ヘンタイだってば。オレってばそんな約束ぜってーしねぇからな!」
「ははは、なんとでもいいなさーい」
「いやだーっ。離せってばー!」
「嫌だったら、怪我する前にオレに助けを求めなさい」
「!」
「今日のこと、オレは凄く怒ってるんだよ。ナルトが、自分を大切にしなかったから」
泣きそうな顔で見上げられたので、「今はもう怒ってないよ…?」とふっくらとした頬を撫ぜる。途端、ふにゃ、と表情を崩して、小刻みに震えて、自分のベストにしがみ付く子供のさまが可愛い。だが、犬に噛み付かれる前に、カカシに助けを求めることも、この子になら出来たはずなのだ。それを怠ることを、カカシは次から許しはしない。
「ま、おまえがオレにキスされたいっていうなら怪我しなさい。ちなみにセンセーの希望は口の辺りかなぁ」
「ぎゃーー、サクラちゃーーん助けてってばーーー!!!」
「おい、ナルト。それはズルいぞ」
四肢をバタつかせるナルトをカカシはそっと抱き込む。じっとりと汗ばんだ背中が、ああ、まだこの子は自分に緊張しているのだということを教えてくれた。
そして子供の首筋に視線を落とせば、薄っすらと残る傷痕。九尾の力は、この子と生かすだろうが、ただそれだけだ。傷付けられた、という事実はいつまでも残る。
これからこの子が忍として里人に関わる以上、こういうことはまた多々起きるのだろう。この子の選んだ道はそういうことなのだ。
ナルトが傷付くことを止めることはできないし、カカシの見えないとこでも傷は増えていくのだろう。自分は助けてあげられない。なんて無力、なんて役立たず。
「あぅ―――……」
首筋に口付けると、ひくんとナルトの身体が跳ねた。いやだとも、離してとも言わないが、ナルトの、日に当たっても焼けることのない、白い肌は朱に染まっていて、それに苦笑して、カカシは視線を上げる。

カカシに遅れてサスケとサクラが騒ぎに駆け付けて来たらしい。もしくはいつまでも現れない担当上忍とチームメイトの不在が心配になったのか。――いい班だ。そう思う。自分の合格判定は間違っていなかったに違いないとも思う。
きっと今に里の自慢となる班になるだろう。カカシは嫌がるナルトを抱き上げると、二人と合流するべく立ち上がる。バタバタとナルトの手足が動いたが、アカデミー生に毛が生えた程度のナルトの抵抗など、カカシには赤ん坊がむずがる程度の抵抗でしかない。

「きゃ。カカシ先生。何してるんですか。セクハラですよ!」
「ウスラトンカチども何やってんだ」
「サクラちゃん、サスケェ助けてってば!!」
「おまえたち、ちょっと酷くなぁい?」
二人っきりの時は、あんなに静かだったくせに、駆け付けたサスケとサクラを前にナルトがカカシの腕の中で盛大に騒ぎ始める。
「こーら」だなんて言って窘めていると、子犬のような歯にカプッと齧りつかれる。本人も弾みでカカシの指に齧りついてしまったらしく、驚いたように目が見開かれて、頬が薔薇色に染まる。その顔、凄くいい。そそる。
欲望とかをありったけの理性で押し留めて、カカシは今はまだ教師の顔で笑った。








 
 





  
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管理人の生態
自己紹介
名前    空気猫、または猫
職業    ノラ
趣味    散歩・ゴミ箱漁り
餌      カカナル
夢      集団行動
唄      椎名林檎
性質    人間未満

日記    猫日和

ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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