空気猫
空気猫
拝啓、オレは今日も元気です。
「おろせってばよ、カカシ先生!」
ここは、木の葉商店街のど真ん中。本当はなるべく目立ちたくないんだけど、オレってば大声を出して猛烈に抗議してしまった。ああ、人様の視線が痛いってば。
それというのも全部、全部カカシ先生が悪いんだってばよ!
「やーだよ。ナルトが転んだら危ないから先生が抱っこしててあげるね?」
下にも置かない扱いってこういうことなのかな。そりゃ、オレってば道とかでよく転んでるけどさ。こんな露骨に実行してくれなくてもいいってば!!
「オレってばもう下忍だってばっ」
小さい子みたいに抱き上げられてオレの足はジタバタと宙を蹴る。木の葉丸だって見てるのに恥ずかしいってば。
ここは、木の葉商店街のど真ん中。本当はなるべく目立ちたくないんだけど、オレってば大声を出して猛烈に抗議してしまった。ああ、人様の視線が痛いってば。
それというのも全部、全部カカシ先生が悪いんだってばよ!
「やーだよ。ナルトが転んだら危ないから先生が抱っこしててあげるね?」
下にも置かない扱いってこういうことなのかな。そりゃ、オレってば道とかでよく転んでるけどさ。こんな露骨に実行してくれなくてもいいってば!!
「オレってばもう下忍だってばっ」
小さい子みたいに抱き上げられてオレの足はジタバタと宙を蹴る。木の葉丸だって見てるのに恥ずかしいってば。
「あー、可愛い」
だけど、ぎゅううと抱きしめられてオレってば、思わず身体の力が抜けちゃった。うう、これが惚れた弱みだってば?
オレが抵抗しなくなったのをいいことにカカシ先生は、オレの頬に顔を擦り寄せて、はぁ…っなんてため息を吐いてる。
だけど、ぎゅううと抱きしめられてオレってば、思わず身体の力が抜けちゃった。うう、これが惚れた弱みだってば?
オレが抵抗しなくなったのをいいことにカカシ先生は、オレの頬に顔を擦り寄せて、はぁ…っなんてため息を吐いてる。
「ナルトの兄ちゃんはオレのだってば、コレ!」
なぜか、木の葉丸がムキィと怒っていた。オレってば、カカシ先生に背中を撫ぜられてる途中だったので、年上として超恥ずかしかったってば。耳まで真っ赤になってしまった。
そのまま、カカシ先生の肩に顎を乗っけて瞳を潤ませていると、ええとカカシ先生と別れている時に親切にしてくれた人たちなんだけど、特別上忍のゲンマさんや、ハヤテさん、鼻と顎の人たち、傷の兄ちゃんに、眼鏡の兄ちゃん、アスマ先生までもが顔を赤くさせてこちらを見ていた。な、なんだってば…?
オレは前屈みになって股間を抑える兄ちゃんたちに驚いてしまった。皆、腰痛でも患っていたのだろうか。
「ナルトォー。あんまり可愛い顔、皆に見せないでよー」
〝全員、殺したくなるから♪〟と、笑顔で言われてオレは凍りついた。
「カカシ先生、殺人は駄目だと思うってば…」
オレは呆れてしまった。だけど、オレが困った顔をしても、カカシ先生はニコニコ笑ってる。まったくこの人は…。反省の色がないってばよ!
「ナルト、任務の後なのにお日さまとシャンプーの匂いがする…」
あまつさえ、カカシ先生はうっとりとした顔でオレの髪の毛をくんくん嗅ぎ出してる。もー、汗いっぱい掻いたんだからさ、ばっちいだろっ。頭に鼻を埋めないで欲しいってばっ。
「離せ――!」
「ナルト、大好きだよー。んー、可愛い♡」
ちっとも会話が噛み合わない。オレを好きだと自覚してから、カカシ先生は変わった。それまでの態度を180度変え、オレに極甘になった。もうセックスしてすぐに帰っちゃうことも、浮気されることもない。オレは毎朝カカシ先生の腕の中で目覚めるようになった。
だけど、だけど、だけど、だけど…!!カカシ先生の全開の好きは極端なんだってばよ。ぜってぇどっかズレてるんだってば!
「今日は先生がお家まで抱っこして運んであげるからねぇ?」
ううう、もうオレは子供じゃなくて下忍だってばよーーー!?バタバタと手足を動かしたけど、カカシ先生の前では無駄な抵抗だったみたい。流石、上忍だけあるってば。
そのまま、カカシ先生に運ばれてると、以前火事のあった店舗の前を通り掛った。
「猫面の兄ちゃん!」
焦土となった店の前に見知った背格好の人が居たんだってば。
オレってば、心が明るくなってしまった。猫のお面の兄ちゃんだってばよ。オレってばこの兄ちゃんのことがだぁああい好き。優しいし、ラーメン奢ってくれるし、からかうと面白いんだってば!
「……ねぇ、ナルト。なんだかオレが暴れ出したくなること考えてない?」
「? そんなことねぇってばよ?」
カカシ先生が湿度のある視線でオレのことを見てきた。どうも、カカシ先生はオレと兄ちゃんの関係を疑ってるらしいのだけど、オレと猫面の兄ちゃんは全然そんな関係じゃないのに、変なの。
「猫面の兄ちゃん、抱っこしてってばー」
「わっ、ナルト。寄せ…!」
オレってば猫面の兄ちゃんの首に飛び付いちゃったってば。猫面の兄ちゃんがカカシ先生の殺人光線を浴びて死にそうになってる。この兄ちゃんってなんだか、神経細そうだよな。
「なっ。今度こそ、一楽連れてってば!」
「ああ…、今は仕事中だからまた今度でいいかな?」
「もう。オレってば何回も頼んでるのに、猫面の兄ちゃんってば、そればっかりだってば。どうして?」
「……。……きみはよくこの状況で僕にくっつけるねぇ?」
「?」
オレってばきょとんとしてしまった。何か不都合があるだろうか。そのまま、兄ちゃんと密着していたら、むんずって首根っこを掴まれて、あっという間にカカシ先生腕の中に戻されちゃった。
「恋人がいるのに他の男とイチャついたらダメでしょ~?」
「???」
ニコニコ笑いながら、カカシ先生が怖い顔をしている。意味がわからないってば!
見れば、猫面の兄ちゃんが腰を抜かして、震えている。貧血?と思ったら、猫面の兄ちゃんの足元にクナイが刺さってた。
いったい誰が投げたんだってば!?酷いってばよ!!
「兄ちゃん、兄ちゃん。まだお仕事だってば?」
「あ、ああ…」
猫面の兄ちゃんが調査してた店舗を燃やした犯人はまだ捕まっていないようだ。あの後サクラちゃんに聞いたことには夜中に出た不審火のせいで店は全焼したらしい。
「世の中には酷いことをする人もいるもんだってばよ」
「何言ってるの。この店なら自業自得でしょ?」
「え?」
ぷくうと膨れたオレの頬にカカシ先生が〝かわいいー〟とちゅーをする。
「覚えてないの。あの店だよ。ナルトが前に買い物に行った店」
「あ…!」
オレってばそれで全部思い出した。ここって前にオレが店長さんに店の奥に連れ込まれて、危うく大変な目に合わされるところだったんだってば。
「ここの店だったんだ…」
オレってば辺りを改めて見回す。犯人は余程容赦のない人物だったのか。その店の敷地だけ見事に焼け野原だった。
なんだかあれがずっと前のことみたいに思える。だけど、オレが感傷に浸っていると、カカシ先生がとんでもないことを言い出した。
「あはは。ここの店ねぇー…。あんまりムカついたから、オレがこの間が燃やしちゃった♡」
笑顔のカカシ先生に、オレってば、〝コメカミ〟が痛くなったってばよ。
「はぁっ!?カカシ先生、何を言ってるんだってばよ!?」
「だって、あいつのせいでナルトがオレとの待ち合わせに遅れちゃったでしょ。それにあの店、ナルトのこと、良く思ってなかったし。だからね、きちんと跡形もなく燃やしたから」
カカシ先生の台詞にオレってばザザザーって蒼褪めたってば。カカシせんせぇ、それは犯罪だってば…!
オレってば、男として?恋人として?カカシ先生のことを叱ってあげなきゃいけなかったんだけど、カカシ先生はやっぱり悪気がないみたいで、仔犬のような顔で笑ってる。
オレってば、男として?恋人として?カカシ先生のことを叱ってあげなきゃいけなかったんだけど、カカシ先生はやっぱり悪気がないみたいで、仔犬のような顔で笑ってる。
「……カカシ先輩。今の話、本当ですか?」
「そうだけど、何か問題でもある?」
「もし本当だとしたら問題にな…、りませんよね。先輩なら…」
「そうそう。オレにはナルトに何かした奴を制裁する権利があるからねー」
オレってばビックリしてカカシ先生と向かい合った。もしかして、オレの監視任務の延長上の権利なのかな?オレってば難しいことはよくわからなかったけど、一生懸命事件の犯人を探していた猫面の兄ちゃんは背後に棒線状態。明らかに落胆して肩を落としてる。ええと、こういう人をなんていうんだっけ。貧乏クジを引き易い人?苦労症?
「僕のこの数日間の調査はなんだったんだ…」
同情に値するってばよ。兄ちゃんの背中が黄昏ていた。うう、ここは恋人として怒らなければいけないってば?
「カカシセンセェは極端過ぎるんだってばよ」
「うん?」
「もう勝手にこんなことしちゃだめだってば…。先生が捕まったり、上忍じゃなくなったら、オレ、哀しいってばよ…?ね、ダメだってばよ?お願い…?」
オレってば仕方なく、カカシ先生におねだりした。上目遣いに目を潤ませっていう、必殺技なんだってばよ。
………。
しばしの沈黙。
……………。
ん?
………………。
んんっ?
……………………。
オレと密着している先生の股間のデカくなってるのは気のせいだってば?
「センセー、オレの太股に硬くてデカイものが当たってる気がするってば?」
「ごめん。ナルト。センセー、興奮しちゃった」
頬を染めてもダメだってばよ!〝ポッ〟じゃねぇえええ。こんなとこでなんつーとこを腫らしてるんだってば。変態さんだってばよ!
「ナルト。はぁ…、可愛いぃ…」
「え、ちょ、カカシ先生!?」
オレは公衆の面前で卑猥な行為に及ぼうとするカカシ先生を必死に止めなくてはいけなくて、ジタバタと手足を動かしたが、哀しいかな。下忍のオレには無駄な抵抗だった。ぎゃーー…。
「じぃちゃん。カカシ先生のことなんとかしてくれってば!」
その次の日。オレってば、火影のじぃちゃんに直談判に行った。本当は火影室って、中々人の入れないところなんだけど、オレは特別なんだもんね。
「このままじゃオレの平和な生活がままならないってばよ!」
その次の日。オレってば、火影のじぃちゃんに直談判に行った。本当は火影室って、中々人の入れないところなんだけど、オレは特別なんだもんね。
「このままじゃオレの平和な生活がままならないってばよ!」
じぃちゃんの執務机の上にオレは両手をつく。オレの余りの剣幕に、じぃちゃんは驚いたようだった。しかし。オレってば、次のじぃちゃんの言葉に衝撃を受けてしまった。
「許せ、ナルト。わしにはどうすることもできん」
じぃちゃんが首を横に振る。どうしてだってば。じぃちゃん。オレを見捨てるの?
「カカシは性格はともかく、里を代表する忍じゃ。おまえと離したら里抜けをすると言っておる。わしにはアヤツの暴挙が止められんだ……」
カカシ先生ってばどうやら先回りして、火影のじぃちゃんにも脅しを掛けていたらしい。じぃちゃんが気不味そうに切り出した。
「すまんの。おまえにばかり重荷を背負わしてしまって」
火影のじぃちゃんがどこからか出したハンカチで〝うっ、うっ、うっ〟と目尻を拭っている。
じぃちゃんってばちょっと痩せたってば?そういえば肩も細くなって心なしか頼りない感じがするってば。
「じ、じぃちゃん!!」
オレってば思わずじぃちゃんに抱きついてしまった。
火影のじぃちゃんがどこからか出したハンカチで〝うっ、うっ、うっ〟と目尻を拭っている。
じぃちゃんってばちょっと痩せたってば?そういえば肩も細くなって心なしか頼りない感じがするってば。
「じ、じぃちゃん!!」
オレってば思わずじぃちゃんに抱きついてしまった。
「カカシ先生のことは、オレに任せて?じぃちゃんは心配しないで、火影の仕事に専念してってば!」
「おお。そうか、やってくれるか、ナルト…!」
「おう、カカシ先生のお世話は任せろってば!」
「ナルト!」
「じぃちゃーーーん!!」
執務室でオレとじぃちゃんは熱い抱擁を交わしたんだってば。うう、任してってばじいちゃん。男、うずまきナルトに二言はないってば。カカシ先生のことはオレに任せろってば!
使命感に燃えるオレは、こうして12歳の身空でカカシ先生という厄介な人を押し付けられてしまった。
使命感に燃えるオレは、こうして12歳の身空でカカシ先生という厄介な人を押し付けられてしまった。
そんなわけで今日もオレはカカシ先生のセクハラに耐えていた。
「カカシせんせぇー…。オレってば勉強中――…」
「んー。わかってる。だから、大人しくしてるでしょー?」
二人っきりの部屋で、カカシ先生が興奮したように、オレに腰を擦り付けてくる。オレの背中にはずっと硬いモノが当たってた。オレってば、日々シュギョーが日課なわけで、巻物を読んでいたのに、後ろ抱きにされた状態で、カカシ先生が発情していた。あが!
「ナルトはオレのお膝抱っこ大好きだもんね~」
「………」
何もしてないけど、物凄く存在感のあるモノが主張しているってば。はぁ、はぁ、はぁ、とカカシ先生の荒い息が首元に掛る。本当に交尾前の犬のようでちょっと怖い。
以前のように、心のない行為に及ばれることはない。だけど、恋人であるオレの〝良し〟を〝待っている〟カカシ先生はかなり鬱陶しかった。
「明日は、草取り任務だから、シちゃだめだってばよ…?」
オレがちょっと困った顔で恐る恐るカカシ先生を見上げると、先生が堪らないって感じで、ため息を漏らした。カカシ先生はオレのこの顔に弱いらしい。
「ナルト、ぎゅううー…」
「ぎゃーーー…!」
オレはカカシ先生に抱き潰された。大人の体重で押しつぶされれば、まだ子供なオレは敵わない。愛に目覚めたらしいカカシ先生の?息苦しいほどの拘束は、公私問わずオレの全生活面に及んでいた。
サクラちゃんに言われた。「よく我慢できるわね」って。サスケにも心配された。「アイツの執着心は異常だ」と。オレたちの関係は異常なのだろうか。比べるものを持たないオレにはわからない。
サクラちゃんに言われた。「よく我慢できるわね」って。サスケにも心配された。「アイツの執着心は異常だ」と。オレたちの関係は異常なのだろうか。比べるものを持たないオレにはわからない。
「んんん~。可愛い、ナルト。ねぇ、先生とセックスしようよ?」
「あ、だっ、今日はだめだってばよっ!」
「……―――。これでもだめ?」
「あ…、やぁん!」
そろりとカカシ先生の指が、オレのお尻の孔の辺りをなぞった。そ、それは反則だってばよ。精通っていうものをしてからオレの身体は格段に感じやすくなった。オレがフルフル震えていると、あっという間に下半身だけ脱がされてしまった。
「だ、だめだってばよ…!」
オレってば床に転がっちゃったけど、一生懸命、両手でお尻を隠したんだってばよ。だけど…。オレのその格好を見て、ごくん、とカカシ先生が唾を飲む音が聞こえた。
「ごめん、ナルト。我慢出来ない」
「ふぇ…。ぎゃあああああっ!?」
両手を拘束され、いきなりカカシ先生のモノが押し入ってきた。はぁはぁと切羽詰まったように、カカシ先生が腰を振り出した。そこらへんの強引さはちっとも変わらないってば。
「可愛いね、可愛いね。んー…」
「あっ、ああああっ!」
お尻の中に熱いモノが注ぎ込まれも、まだカカシ先生は腰を動かしていた。何度も名残惜しそうに、前後して、くちゅんとオレの中からカカシ先生が出て行く。
コトが終ったあと、オレはぐったりとしてしまった。先生の精液まみれのオレを見て、カカシ先生が嬉しそうに笑った。
「ナルト、大好き」
夜。2人っきりの部屋で、セックスして、愛し合って、オレの膝の上でカカシ先生がまどろんでいる。2人とも裸のままだ。
「ずっと傍にいてね…?」
オレは無言で、ただカカシ先生の髪の毛を梳いてあげていた。
「明日は、お買い物に行こうよ。そのあとに、甘栗甘に行ってさ…」
カカシ先生が、しあわせそうに目を細めている。きっと明日のことを想像しているのだろう。
「ねぇ、ナールト?」
「……うん」
オレは、まどろみながらも返事をした。
「明日も明後日もずーっと、ずーっと一緒にいようねぇ?」
カカシ先生も赤ちゃんみたいに縋ってくる。凄く眠たそう。このまま寝ちゃうのかな?
「ナルト、大好きだよー…」
「………」
オレとカカシ先生の最近の関係はこんな感じだ。カカシ先生はオレに依存している。オレはそれを許している。だから、オレたちは任務さえなければ、朝も昼も夜も、いつも一緒にいた。
「ずっと一緒にいようねぇ…?」
「………」
――本当に。カカシ先生はバカだってば。
〝ずっと一緒にいたい〟
永遠なんてあるわけないのに。オレたちは忍なんだってばよ?明日。カカシ先生は任務で死んじゃうかもしれないのに。もし今、木の葉で暴動が起きたら、九尾であるオレなんて、真っ先に血祭りにあげられるのに。
馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿。能天気。お気楽者。楽天家。そんなこと、無理だって、冷酷な世界を見て来たカカシ先生が1番よく知ってるはずなのに。
オレ、知ってるんだ。カカシ先生の大事な人がもうこの世に1人もいないこと。皆、カカシ先生を置いて死んでしまったこと。カカシ先生に失うものなんてもう何もないってこと。
ひとりぼっちになったカカシ先生は何を考えたかな。きっと、今までカカシ先生がベッドを共にした女の人の数の分、カカシ先生は寂しかったんだと思う。オレのことも含めて、寂しかった分だけカカシ先生は無意識に人の肌の温もりを求めた。
なんて可哀相なカカシ先生。だから、カカシ先生は大人になっても恋の仕方すら知らなかった。未だに、オレとの接し方もこんなにもぎこちなくぶきっちょで齟齬を生む。
嫌われ者のオレだって、まともな人間関係を築いてきた方ではない。だからオレたちの関係は、螺子が外れ、壊れた時計の長針と短針のよう。
「ナルト。オレから逃げないでね。逃がさないし、許さないよ?」
「……うん」
「大好き…。だからずっと傍にいて」
だけど、なぜだろうか。オレの膝の上で胎児のように丸まるカカシ先生の寝顔を見ていると、オレってば、もう少しだけカカシ先生の傍に居たいと思ってしまうのだ。
2人は幸せに暮らしましたとさ。
お隣のカカシさんシリーズ第4弾。出稼ぎのカカシさん。
ナルトは出てきません。タイトルは適当です。
ナルトは出てきません。タイトルは適当です。
超妄想K氏の苦悩と葛藤
最近なんとなくツイていないことが続いている。頑張っているのに、報われない。やること成すことが全部悪い方に向かっていて、もういっそ何もしない方がいいのではないかというくらいで、自動販売機で缶コーヒーを買おうとしたら売り切れていたり、ホットを買ったつもりでホットではなかったり、電車から降りた瞬間どしゃぶりの雨に打たれたり、日常の中の些細なマイナスが積み重なると結構堪えるもんだ。
極めつけ、つい一昨日携帯を紛失してしまった。疫病神か何かに祟られているのだろうか、と思ってしまう。
オレは、通りに立ってアンケート調査をしていた。何故、いち会社員であるオレがこんなアルバイトまがいの事をしていると、複雑な事情があるのかと言えばまったく全然そんなことはなく、博打で大負けした上司が腹いせにパソコンを殴って今までアルバイトが集計したデータを飛ばしてしまったからに他ならない。
そのアンケートというのは某大物政治家に対する国民の意識調査というものから、20代女性の連休の過ごし方というものまで、実にどうでも良い類のものばかりだったのだが、データ消失事件のおかげでオレの長期出張は蛇の尾の如く伸びに伸びている。つまりいくら最新機器を使う会社だと言ってもそこで働く人間はアナログから進化出来ないという現実に直面しているのである。いや、これでは論点がズレているか。
まぁ、最近は不況のせいで、木の葉ソーシャルネットワークサービスでもこういった雑用じみた仕事が増えて来ている。
オレから言わせれば、自分以外の人間の物差しばかりで、物事を判断するなんて頂けないな、とアンケートの山を見て思うのだが、世の中はどうも多数決の時代らしいのだ。
「嫌になるね」
とにかくアンケート調査はまったく進まない。大体、個人情報のうるさいこの時代に、簡単に自分の名前や住所を教える人間がいるのだろうか。オレは、バインダーを首から下げたまま項垂れた。
「カカシ先輩。せめてもう少し楽しそうな顔をして下さいよ」
「三十路の男が猫の着ぐるみの横でヘラヘラ笑えるもんじゃないでしょうよ」
「アスマさんを見て下さい。しゃんと立っているじゃないですか」
「あれのどこが…?」
「あ、あれっ。さっきまで真面目に看板を持って立っていたのに!」
オレの横には、黒い猫の着ぐるみを着たテンゾウが居る。向かいの歩道に居るのは、ショッキングピンクのうさぎの着ぐるみに被った猿飛アスマだ。
180センチのショッキングピンクのうさぎが、風俗店の看板のようなものを片手にアンケート調査をしているのは、なかなかシュールな光景だ。
しかしうさぎはどうやら労働疲れを起こしているらしく、アスファルトの地面にヘタり込み、被り物の隙間から器用に煙草を吸っていた。ファンシーなうさぎの中身が髭面の親父だなんて、まるでこの社会の理を表現してるかのようだと思う。
「アスマさん、勝手に休息に入らないで下さいよ~」
「おー、わりぃわりぃ…」
ショッキングピンクのうさぎの片手が上げられる。冬眠を終えた熊の腹の底から響くような低い声に、着ぐるみの近くを通り掛かったピアスやら鎖やらをジャラジャラ吊した若者がぎょっとした様子で、飛び上がった。まったく、あれでは森の可愛いお友達というより、公共道路に立つ凶悪犯だ。あれは、お子様の教育上大丈夫なのだろうか。オレの、けして姿勢が良いとはいえない背中がますます丸まる。
「やってられないよ。ほとんどビルに缶詰状態なんて。ヤクザの企業じゃないんだからさ…」
恋人に、連絡する暇だってありはしない。思わず、はぁ…とため息が出る。
怒っているだろうな、と思う。もしかしたら、連絡を寄こさない男の事などもう忘れられているかもしれない、と思う。携帯電話を無くしただけで、これほど不便だと感じた事など今まで無かった。可愛いあの子は、どこのお空の下なのでしょうか。
約1年前。マンションの廊下で擦れ違った少年にオレは一目惚れした。オレは、縫い止められたように、引っ越し用のダンボール箱を抱えた少年が、自分の部屋の隣の扉の前に立ち、ジーンズのポケットから鍵を取り出すその一挙一動を見守ってしまった。
―――君さ、その部屋に越してきたの?
咄嗟に話し掛けてしまったのは、つい思わず。内心の動揺とは裏腹に声は落ち着いていたと思う。少年は、本を片手に持ったオレを(おそらく少年から見ればオレは猫背でくたびれていて、ちょっと冴えない休日のサラリーマン)驚いたように見た。
目、でっかいなぁ。それが第一印象。都会のスモッグで曇った空では噸とお目に掛かれないようなスカイブルーの瞳。最初はカラーコンタクトても入れているのかと思ったが、どうやら金髪のツンツン頭と同様に地色であるらしい。単純に綺麗な子だと思った。
――オレ、隣に住んでいるはたけカカシ。よろしくね?
――あ、オレってばうずまきナルトです。よろしくお願いしますっ。
私服姿だったが、格好や仕草から、自分よりもかなり年下の少年だという事はすぐにわかった。朝、学制服で飛び出して行く姿を見て、学生なのだと知った。
喋り掛けると、もっと好きになった。あの子と出勤時間が被った日は、なんとなく気分の良い1日を迎えられた。
仲良くなると、色々なことを知ることが出来た。少年は、この春から高校に通うために一人暮らしを始めたのだと笑った。
家族は既に他界しており、天涯孤独の身の上だという。だけど、明るく笑った笑顔が綺麗だと思った。
そして数か月前、オレは我慢出来ずに、自分の部屋に招き寄せた少年を押し倒した。オレから見ればまだまだ未発達な身体を床に転がし、キスをした。暴れられると思ったが、とくに強い抵抗もされず、少年はされるがまま、オレを受け入れた。
それから、オレとナルトはセックスをする関係になった。既にその時、オレとしては、ナルトと付き合っているつもりだったが、どうやらナルトはオレとの関係を、肉体だけのものと勘違いしていたらしく、誤解が解けてからは一層、優しく抱くようになった。
あの子には、少しだけ変わってるところがある。醒めているわけではないのだが、誰かに過剰に期待することもないようだ。だから、その日からオレは溢れるほどの愛情を与えることを心がけるようになった。抱き合う事で、少しでも距離が縮まるなら、とセックスを飽くことなく行った。
抱き締めると、見た目より華奢な骨格は、雄であるオレの欲望をそそる。服を脱がせると、あまり発育が宜しくない少年の身体は、肋骨が浮いていて、一個一個、舌でなぞるとオレに縋るみたいに抱き付く。
息を吐き出して波打つ腹筋。セックスをする時にオレとナルトの間に出来た、空間。お互いに背中を丸めて少し苦しい姿勢。最近の子はカップラーメンばかり食べてるから、ひょろひょろなんだと思う。ま、冷蔵庫に水くらいしか入ってないオレも似たようなものだけどさ。だけど、あんまり細っこいと、オレのアレを挿れてる時に、アンアン言ってるあの子が、可哀相になるから、もう少し栄養を付けさせてやりたい。野菜を持っていくと、凄くぶさいくな顔で嫌がるんだけどね。
今は、そんな表情すら懐かしい。最初は快感を得られないだろうと思った男同士の行為は、うっかりすると一晩に何度もあの子を抱いてしまうくらい気持ち良く、身体の相性というものは、確かにあるのだろうが、オレとナルトの相性は最高だった。何度、絶頂に達しても、まだ足りない、と思う。最後は言葉さえも、
「…輩」
ああ、またナルトの身体を抱きたいな。休みの日に、昼間までシーツに包まってさ。
「カカシ先輩―…」
細い身体を抱き締めると、最近では顔を寄せて来てくれるようになった。小さな進歩。小さな変化だったのに。オレが、幸せってものを教えてあげようと思った矢先だったのに。
「あ…っ。もしもし、綱手社長。お疲れ様です。あ、はい。アンケート調査は順調です。はい、はい、今日の夕方中には必ず…」
はぁーー…。
「カカシ先輩。カノジョと逢えないからってやさぐれないで下さいよ~」
正確には〝カノジョ〟ではないのだが…ま、いいでしょ。
「もぉー…、この人、全然使いものにならない」
しゃがみ込んだまま、空を上げれば、まぁまぁ合格点と言える青空。だけど、オレはもっと綺麗な碧に憧れる。雑踏、騒音、人ごみ、クラクション、渋滞、スモッグ、島国社会、腐敗臭。とりあえず、アンケート調査は進まない。
カカシさんはこの1週間後、出張から帰還します。
「カカシせんせぇ、カカシせんせぇっ?」
ぱたぱたぱたぱた……。お狐様がオレの腕の下で、か弱い抵抗を繰り返している。
オレは構わず、お狐様の口の中一杯に舌を差し入れた。ぱたぱたぱたぱた……。
「ふきゅう……」
お狐様がオレの腕の下で、ぐるぐると目を回していた。どうやら、本当に、か弱かったらしい。喉奥を犯していた舌を出す前に、オレの腕の下でお狐様が力尽きていた。
「ナルト…?」
「あぁっ、一瞬意識を失っちゃったってば!」
神様のあんまりな言葉に、オレはがっくりと項垂れた。おまえ、そりゃないでしょー…。オレは一気に身体の力が抜けるのを感じる。目の前にあった白く細い首筋に顔を埋めると、お狐様からはふんわりと砂糖菓子のような匂いがした。
「おまえ、お風呂ちゃんと入ってるんだね。それとも神様って皆こんなに良い匂いなの?」
「へっ?ええとお清めの儀式の事だってばっ?」
「ふぅん。なるほど、清潔なんだな」
「あ、あのさっ。カカシ先生、どうしたのっ。オレってば、鈍いからさっきからカカシ先生が何をしたいのかよくわからなくって…っ。んうっ」
オレが、再び口付けるとお狐様の耳が伏せられる。
「あ、あのっ、カカシセンセェ…!」
舌っ足らずなその声が、欲に塗れた人間を益々煽る事をこの小さな神様は知らないのだろうか。
「ひぁ、くすぐったいってばっ」
オレは幼い肢体を抱き上げると膝の上に乗せた。ふわふわの三角耳を甘噛みするオレに、戸惑ったようなナルトの声が掛る。
「……どうしてだろカカシ先生から、すげえいい匂いがする…。オレってばこの匂いを嗅いでると、カカシ先生の言ってることに逆らえない」
うっとりとナルトの表情が酒に酔った時のように蕩ける。どうやらオレの左目に反応しているらしい。この国の当主たちが持つ血筋が、神様に媚薬のような効果を生んでいるのかもしれない。
「なんだかずっとカカシ先生に抱き付いていたい気分だってば」
はぅ…と子供特有の甘い吐息が首筋に掛る。見れば、桃色に染まった頬の子供が、切なそうな瞳でオレを見上げていた。ごくん、とオレの喉が鳴る。
この国の当主たちは生まれながらに神々を従える力を受け継いでいる。そのオレの左目に敏感に反応するナルトは紛れもなく神仏なのだろう。
つまり、神であるナルトは無意識に当主の血を受け継いでる左目を持つオレに服従してしまうのだ。これは益々もって好都合な事だ。
「オレってば変。なんだかふわふわするってば…」
ふと思う。この国の真ん中で、王座に座っている少年が、この小さな神様を見つけたらどうするだろう。漆黒の髪を持つ少年王は毎夜、金色の神の夢を見るのだという。都で密かに囁かれている噂によると、美姫と呼ばれる姫君たちとの縁談を断っているのも、夢の中の金色の神様に心を奪われているためであるらしい。今、巷では帝の名の元、神狩りが流行っている。オレは地方の神社が彼等の無遠慮な足で無残に踏み荒らされている場面を何度も見た。一説に寄ると、金色の神を都に連れ帰る事が神狩りに課せられた勅命らしい。神狩りに抜擢された人間の何人がまともな〝眼〟を持っているか、オレは知らないが、ナルトの姿を見るまで、とうとうあいつも頭がおかしくなったのかと思っていた。
今、オレの前には金髪の色彩を持つお狐様が居る。こんなにも愛らしく、従順な生き物の存在を知ったらあいつはどうするだろう。
仏頂面を益々酷くさせるだろうか。いや、それはないだろう。少年王が、ナルトという神のことを知ったら、放っておかないに違いない。帝はこの小さな神様を所望して召抱えようとするだろう。傍に置いて、一時も離さないで、政を行うかもしれない。ナルトは間違いなく、帝が毎夜夢見るという…金色の神だ。
「ははは…。まさか、オレがおまえを見付けてしまうなんてね…」
ナルトは、自分は誰にも必要とされていないと思い込んでいるようだが、一度人里…それも人間の多い都に出れば、自分がどれほど今、所望されているか、嫌というほど知ることが出来ただろう。それも、この国の当主から直々に。
だが。それは非常に困る。何故なら、カカシもまたこの小さな神を所望しているのだから。
「これも何かの運命かもな。いや、天啓か?」
「カカシ先生?」
「ナルト。安心しなさい。おまえはオレが大事に護ってあげるから」
「え」
「本当はこのまま連れ去りたいくらい可愛いんだけど、おまえはこの神社の神様だからね、引き離すのは可哀相でしょ。オレは優しいから、そんなマネはしなーいよ?」
「へ、へ、へっ?」
結論から言えば、オレは都で召抱えられるはずの神様を秘匿横領した男になるのだろう。友人には悪いが、オレの人生はどうも朝廷に謀反を働く運命ばかり辿ってしまうらしい。
「可愛い神様には素敵な神主様が必要なんでしょ。オレが神主になってあげるって言ってるの、わかる?」
「……カカシ先生がオレの神主様になってくれるの?」
「その通り」
ぽかんとしたナルトの顔は、あどけなくて、本当に千年生きているのかと疑ってしまうくらい無防備だった。
「えええーーー、本当だってばっ?だ、だってさっきはすぐに出て行っちゃうって…」
「しぃー…。ね、気が変わったの。おまえ、オレのこと、欲しいでしょ?憧れの神主様だよ。おまえだけの男。わかるでしょ、ねえ大事にしてくれるんでしょ?」
「お、おう。オ、オレってば、神主様を大事にする神様…!」
「そう、いい子だね。ナルトは良い神様だもんねぇ?オレのこと、大事にしてくれるもんねぇ?」
「大事にするっ、大事にするっ。オレってばカカシ先生のためならなんでもするってば!」
飛んで火に入る虫ならぬ神様に、オレはにんまりと口の端を吊り上げた。
「本当、可愛いね。おまえ…」
人間の言葉で言えば、世間知らず。神様の世界で言えば俗世に不慣れな、なんとも徳の高い、清らかな神様である。
「オレが身体を使ってたくさん慰めてあげるね」
「へっ?」
「神様のためなら、夜伽のお相手も惜しみませんよ」
訝しげな視線を注がれ、オレは笑いを抑える事が出来なかった。
「おまえ。オレより何百倍も長く生きているだろうに、色事を知らないのか?」
「イロゴト…?」
「そう。やんごとなき神様を慰めるのは、神主の役目でしょ…?」
オレ、おまえの男デショ。ボソボソと耳元で、囁くとナルトは見てるこちらが可哀相になるくらい顔を赤くさせた。キョロキョロと所在無く瞳を彷徨わせる神様の首筋にオレは口付けを落とした。
「え、えええとっ、これってばなんの行事なんだってばっ?」
オレは暴れるナルトの腕を床に固定する。甘い唇を貪れば、初心な神様は簡単に大人しくなった。
「く、――うんっ」
「ん。可愛いねぇ」
まさか、オレの自由気ままな旅がこのような終焉を終えると誰が予想したであろうか。オレの腕の下には、男との初めての体験に震える神様。
「ほら、神様。ちゃんとお口あけて?」
そのまま、オレは神様の着物に手を滑り込ませた。怯えた、だけどどこか嬉しそうな顔で神様がオレを見ていた。こんなに無邪気な性格でよく千年も無事でいたものだ。
「よろしくね、オレの神様」
そのままオレは神様をぺろりと食べた。
最初は神様強姦から始まるバチアタリな話を考えていました。
「おまえは毎日この神社の中で何をしてるんだ?」
孤独な毎日を送っている事がわかっていたくせにオレは訊ねた。そんな残酷な質問をするオレに対してこの神社に千年住まう神様は気にした風もなく答えてくれた。
「まず、朝一番に本殿と境内のお掃除をするでしょ、ご神体も洗ってあげないといけないし、その後は日課の見回り。お地蔵さんの様子も見に行かないといけないし…、オレってば大忙しなんだってば」
「ふぅん…?」
忙しいとは言っても、寂しさを埋める事は出来ないだろうに、ナルトの声は妙に明るい。また、つきりと胸が痛む。
「それに、神様としての日々のシュギョーだろっ。絶対、欠かせないってば。あとは御神酒造とかおみくじの補給とか…」
「真面目だねぇ…」
「でもオレってば弱っちぃ神様だから、あのっ、あんまりご利益はないんだってばよ…」
一転、ナルトの表情が暗く曇る。まるで小さくなれば、少しでも場所を取らなくて迷惑にならないとでもいうのだろうか。小さく小さく身体を丸めている。そんなお狐様の様子にオレは首を傾げた。
「でもな、うちの神社は今はお布施が少ないから貧乏だけど、オレってば立派な神様になって神主様に楽させてあげるんだ」
先程まで泣いていたくせに、ぷくんとした丸い頬が、紅潮する。オレは艶やかな金糸をくしゃくしゃに撫でてやりたい衝動に駆られた。
「木の葉丸って子がよく森の奥まで遊びに来るんだってばよ!やんちゃだけど、すげーいい子なんだ」
「イルカ先生はおっちょこちょいだけど、生徒思いのとってもいい寺子屋の先生なんだってば」
それからナルトは、嬉しそうに村人たちの話をした。駆除の依頼までしてきた村人に好意を寄せる、お人好しの神様にオレは半分呆れて、半分同情した。
「ナルトは本当に人間が好きなんだな」
「え…。お、おう…」
照れ臭そうにナルトが頷く。
「どうしてそこまで人間が好きなんだ?」
「神様なのに、変かなっ?」
「まぁ、変わってはいるだろうね」
大抵、神様と人間は同じ次元で生きていない。なので価値観はそぐわないはずなのだ。
「オレってば狐直なんだってば。カカシ先生ってば、〝狐のあたへ〟って知ってるってば?」
「あぁ…。名前くらいは……」
「千年くらい前に、この辺りを大飢饉が襲ったってば。オレの家は西から来た渡来系の家族で、狐と相性が良い家系っていうの?とにかくオレの祖先の誰かが、狐と凄く所縁のある人だったみたいでさ、オレは豊作と引き換えに九尾っていう大妖怪を腹の中に閉じ込めて神様になった」
「なるほど、おまえは元人間ってわけね…」
「オレってばその時はまだ本当に子供だったからさ、父ちゃんと母ちゃんより神様に捧げるには丁度良い年齢だったんだってば。長の人に頭を下げられたら父ちゃんも母ちゃんも断れなくてさぁ…。オレの家、貧乏だったから」
ナルトは言葉を濁したが、言うなればナルトは親に売られたのだろう。察するにナルトは生贄の子供だったらしい。それなのに、たった数百年で存在を忘れられてしまった。
大人の都合で神になった子供は、それから数百年誰にも顧みられず、たった一人、神として神社に棲み付いた。かつて、自分を神にした村人たちの祖先を恨む事なく見守りながら。
「オレってば交じりモノの神様なんだってば。だからかなぁ…力も弱いし、役立たずなんだってば」
逆にいえば、人としての性が、この子を自然に帰化させず、この世に留めていたのかもしれない。それでなければ大妖怪を取り込んだとはいえ、これほどか弱い神がこのご時世で生き残れるわけがない。
古来から妖怪と神の違いは曖昧だ。一般的に、人に悪さをするものが妖怪とされ、比較的に柔和なものが神として祀られる。それゆえ、神々の中には人に対して驚くほど残酷な所業を行う神が存在する。それは、妖怪と神との境界線など所詮、人間が勝手に作ったものに過ぎないからだ。
基本的に、神も妖怪も同じ異形の生物なのだ。幸いナルトは神と呼ばれる類の中でも優しく…優し過ぎるくらいの部類に入るのだろう。悪く言えば人臭い。よく言えば慈悲深い。今時、珍しい神様だ。
「昔、この辺りで戦があって村の男の人たちが駆り出されたんだってば。残された家族の人たちは夫や息子が無事に帰って来ますようにってオレのところにお願いに来たんだってばよ。でも、その人たちの事、オレってば助けてあげるコト出来なかった。だからオレは役立たずの神様なんだってば…」
ぎゅっとお狐様は自分の着物の裾を握って俯く。オレは、今になって初めてどうしてこのお狐様が異常に自分を責めるような態度を取るのかわかった。人間の願いを叶えられなかったという良心の呵責が絶えずお狐様を苛んでいるのだろう。
「そんなことないでしょ。いーい、ナルト。願いは自分で叶えるモンなんだよ。神様には自分の決心を報告するくらいでちょーどいいの。 ――おまえのせいじゃないよ。それが、その人たちの天命だったんだよ」
小さなお狐様は驚いたようにオレの顔を見ている。
今、お狐様はオレの横に座っている。肩が付きそうなくらい近くに座っているくせに、妙に遠慮しているのか、けしてそれ以上近付いて来ない。
そのくせ、オレが視線を落とすとこれ以上ないくらい嬉しそうな顔をする。オレが軽く相槌を打つだけで、ナルトは蕩けそうな笑みを浮かべて耳をぱたんと頭の上に倒した。本当に、ずっとひとりぼっちで、誰かと話すのが嬉しくて仕方ないのだろう。
「オ、オレ…」
「ナルトは悪くないよ。おまえは立派な神様だ」
ふぇ、と小さな泣き声が漏れた。
「オレはただ寂しくて…、ちょっとでもいいからオレの存在に気付いて欲しくて、また仲間に入れて欲しかっただけなんだってば。でも、迷惑ならもう人里には降りていかないってば…」
オレは思わず微かに震えて泣きそうな子供の小さな身体を抱き上げた。子供は見掛け通り綿毛のように軽かった。
「ナルト。オレじゃおまえを慰めてあげることは出来ないかな?」
「え?」
「人間のオレじゃ、神様であるおまえのことを慰めることは出来ないかな?」
「そ、そそそんなことねえってばよ」
ナルトが三角耳の内側まで桃色に染めて答える。
「カカシ先生はオレに凄くよくしてくれたってばよ。オレってば久しぶりに誰かと話せて嬉しかった」
涙を拭いながらナルトは極上の笑顔で笑った。
「オレってばカカシ先生に出会えて良かった!」
「おまえ。可愛いねぇ……」
「へ?」
神様相手に失礼かもしれないが、オレは見るからに柔らかそうなほっぺを突いた。触れた感触は、見た目通り、生まれ立ての赤ん坊のように、ふにふにとしていた。
「カカシ先生っ?」
「ナルトに足りないものはさぁ…村人の誤解を解いてあげれる人間じゃない?」
「それってさぁ、やっぱり神主様って事だってば?」
「え…?ああ、そうだな。神主様っていうのは、神様と人間の間を取り持つ人間のことをいうもんな」
「やっぱり…!オレに必要なのは神主様なんだってばよ…!」
ナルトが全幅の信頼を置いているまだ会ったこともない神主様。そんなに神主とかいう男がいいわけ?なんだか、段々ムカムカとしてきた。そこでオレは考えてしまった。
「そっか。ナルトは、新しい神主様が来たらそいつのモノになっちゃうんだな」
「あっ、うん。神主様はオレにとってかけがえのない人だから…」
「それがどんなに極悪非道な男でも、そいつの言いなりになっちゃうんだ?」
「神主様に悪い人は居ないってばよ!」
「わからないよ、世の中は広いから。ナルトに酷い事をする男が来るかもしれない…」
「そ、そんなことねぇもん。オレは人間を信じてるっ」
「ご立派だねぇ。流石、神様」
「カカシ先生…っ?」
ナルトが傷ついたような声を出した。どうしてオレが突然意地の悪い事を言い出したか、この純粋なお狐様には理解し難いのだろう。
「あのさぁ。おまえ、もうオレのものになっちゃわない?」
「へっ?」
「他の男のものになるくらいなら、オレのモンになっちゃいな?」
オレは、ナルトの後頭部を引き寄せると、その朱唇に口付けた。他の誰かにおめおめと喰われてしまうくらいなら、オレが喰べてもいいだろう?――オレは出会ったばかりのこの小さな神様に惹きつけられる自分を抑える事が出来なかった。
「はぅ…」
甘い声に、頭の芯が痺れる。気が付くとオレは、小さな神様の狭い口内を貪っていた。ぱたぱたとオレの脇で白い足が宙を蹴っている。
それは、ある麗らかな春の日。
自宅のカレンダーに赤いインキで書かれたうずまき模様。今日はオレたちの記念日になるはずの日だった。「楽しみだってばよ」と言って笑ったおまえの顔を今でも覚えている。だけど、付き合って1年目を迎えることなく、オレたちは別れてしまった。パズルのピースがバラバラになるように、オレたちの関係は壊れてしまったのだ。
今年の春は、心地良いはずの春風がやけに憂鬱だ。オレは一人暮らしアパートの一室で、温かな春の陽射しが差し込む窓辺に立った。1年前にカレンダーの前に立って「楽しみだってばよ」と言って笑った、おまえのちっぽけな願いすらも叶えてやれなかった自分に少しだけ後悔した。
1年前の4月1日にオレはナルトに告白された。「それって本気?それとも嘘?」嘘吐きの日に告白されたオレは、笑顔でナルトに聞き返した。それは、オレがナルトの担当上忍として紹介されて、それほど経っていたなかった時のことだと思う。そんな短期間で人が好きになれるものなのかと、オレは浅はかな子供の行動に残酷な気持ちになった。
嗜虐心をそそる人種と言うのは、確かに存在する。うずまきナルトとは、まさにその手の人種なのだ。大体、ナルトの生い立ち事態、笑ってしまうくらいデキ過ぎているだろう?贖罪の羊、里の生贄、罪の実態化、身代わりの王様、憐れなスケープゴート。全てナルトを表す単語だ。そのうえ、親無し、嫌われ者、邪魔者、退け者、ひとりぼっちの子供、ここまで揃えばもう悲劇と言うより、喜劇に近い。
「ナルトも大胆なことするよねぇ、上忍のオレを騙そうとする奴なんて早々居ないよ。オレを誑かしてどうするつもり?」
「え…?」
優しい昼間のオレしか知らなかったナルトは、ぽかんとした顔でオレを見上げていた。ほら、その顔堪らないね。背筋がゾクゾクしちゃうよ。
白い牙の息子であるオレもまたこの里では腫物のような扱いを受け、針のむしろのような場所で忍としての人生を駆け上がった。オレは、以前は自分に冷たかった大人が、実力を付ける自分に恐れをなして媚び諂うようになるまでの課程を目の前で目撃したのだ。
だから、ある意味オレとナルトはどこか似ている。最悪の地点から出発した者同士という点では。
だけど、人間は痛みを共有することが出来ない。病気の子供に、母親がよく言ってるだろう。〝代われるものなら、その痛みを代わってやりたい〟と。それは、彼女が子供の痛みを想像することしか出来ないからだ。
つまり、誰にも個々の痛みを共有することが出来ないというなら、ナルトの受けた想像を絶する孤独も、オレの受けた孤独も想像するしかないと言う点では同じだということにならないだろうか。あちらが、理不尽且つ天災のような不幸に見舞われていたとしても。
だからと言って、退け者同士は助け合うものだと思ったら大間違いだ。オレは、自分はこの子よりも幾らかマシな存在なのだと思うことで、優越感に浸り、それどころか同族嫌悪からナルトの受けた傷を想像することが出来る分、もっと奈落の底に落ちてしまえと思うことも出来た。結果としてオレはナルトに対して他の人間よりもより残酷になれるのだ。
オレはナルトに屈み込むと、今日は馬鹿な人間に嘘を吐き騙して楽しむ日だと教えた。
ま、大筋は間違ってないでしょ。エイプリルフール。又の名称を万愚節。大法螺吹きが大手を振って闊歩して良い日だ。そんな日に愛の告白をするなんて、おまえの人生はなんて滑稽なんだろうね?
オレの大まかな説明に、ナルトは真っ赤になった。そして、無様なくらいに取り乱し、「オレはそんなつもりじゃ!」「本当にカカシ先生が好きなだけだってば」と、真実にオレのことが好きなのだと、違うのだ嘘ではないのだと、おそらく小さな頭で思い付く限りの有りっ丈の言葉を尽くして、弁解した。アカデミーを出たばかりだったあの子は行事に疎く、教えてくれる親も大人もいなかったのだろう、オレはそれを解っていながらわざと気付かないふりをした。
自分の一挙一動におどおどするナルトの姿を見るのは、甘露を口に含むような陶酔をオレに齎した。やがてナルトの蒼白な頬に涙の筋が伝う。意外だったのは、汚ないばかりだと思っていたナルトの泣き顔が、はっとする程、美しかったことだ。
人の泣き顔は汚ないものだろ?だけど、ナルトの涙はダイヤモンドの粒と同じくらい綺麗だった。
同時に、はらはらと涙を流すナルトを見て、オレは下半身が硬く勃起するのを感じた。そう、オレは泣くガキの顔に性的興奮を覚えたのだ。理由は解らない。ただ、ナルトを無茶苦茶にしたかった。
「オレもナルトが好きだよ」
自分から告白をしたくせに、オレのその返答をナルトは想像していなかったのだろう。ナルトは、オレの思わぬ返事を聞くと花が綻ぶように笑った。
普段の騒がしいナルトらしからぬ表情に、オレの下半身はまたしても疼いた。
オレはナルトを抱き上げてキスをした。そのまま狭い粘膜を思うまま貪る。ナルトの身体は、あちこち柔らかくて、どこを持って良いか困ってしまった。
キスが終わると、ナルトの頬は桜色に染まっていた。それどころか、初めてのキスを終えたナルトは、先程には無い色気を身に付けていた。古来、狐には色の才能があるという。自分の手の中で急速に開花して行く花に目を見張りつつ、オレは薄暗い気持ちになることを止められなかった。
オレが狐憑きを好きになるとでも思ったの。
馬鹿だね、簡単に騙されて。
好き?
それはオレがエイプリルフールに吐いたナルトを傷付けるための残酷な嘘だった。
付き合い始めてからというものナルトは甲斐甲斐しくオレの世話をした。女のように奉仕するナルトは、オレの家にやって来た家政婦か何かのように献身的だった。食事の仕度から、風呂の準備まで、一人暮らしが長かったナルトに出来ない家事はなかった。もっともドジな性格から、包丁で指を切ったり、鍋を噴き零してしまう事はあったのだが、ニシシと笑いながらも自分の失敗を恥じるようにリビングのオレに向かって振り返るナルトの姿は〝いとけない〟という表現がぴったりで、愛があればあの子の幼さから来る拙い失敗が堪らなく愛らしい仕草に映ったかもしれない。
だけど、ナルトがオレに尽くせば尽くす程、オレの気持ちは氷のように冷めていった。そのうえ、夜伽の相手をするという点では、ナルトはそこらのハウスメイドより地に堕ちた存在だったのだ。そんなにオレのことが好きなのかと、オレは毎晩ナルトを女の代わりにしてやった。
抱いてやるとナルトは、未発達な身体を差し出して、尻の孔にペニスを突っ込まれたままヒィヒィ泣いて悦びの涙を流した。
馬鹿だね、腰を振るだけの運動なんて、愛が無くても出来るのに。
どんな無理な体勢を強いても、任務中に身体を求めても、NOと言うことを知らない子供は、恰好のセックスドールだった。それこそテーブルのお盆からキャンディを摘まむように、セックスしてもナルトは拒まなかった。
「好きだって嘘を吐いたんだよ」
玩具に飽きるのに、そう時間が掛らなかった。散々、ナルトの身体を貪った夜、汗を吸ったシーツに突っ伏したあの子にオレは言ってやった。ナルトに真実を教える時のオレの顔には、笑みすら浮かんでいただろう。それは、掴まえた蝶の羽を捥ぐ少年の気持ちに似ていた。
だけど、ナルトから返って来た返答は、オレの予想を裏切るものだった。
「知ってたってば」
何それ。呆気に取られるってこういうこと。ナルトは涙一つ見せなかった。淡々とオレの言葉を受け入れていた。オレが見たかったのは無様にオレに縋りつくナルトの姿だったのに。
月明かりの下に浮かび上がったナルトの白い裸体は、驚くほど綺麗だった。呆然とするオレと向かい合ったナルトは、憐れなものを見る目でオレに同情していた。
オレの吐き出した精液で汚れているくせに、聖人気取りのその顔はなぁに。
おまえの方こそ、愛を知らないガキのくせに。
オレが人を愛せないことを馬鹿にしているのだろうか。
そこでオレは、はっと気付く。オレはナルトより劣った存在だというのか。
ナルトより可哀相な人間はオレだった?
ナルトは、人の愛し方を知っていた?
だからオレの偽物の睦言を見破ったというのか。
精液が伝ったナルトの太股をオレは持ち上げた。オレのペニスを受け入れたくせに汚れを知らないかのように慎ましやかな蕾に、オレの思考は瞬間的に沸騰した。その後、無理矢理ナルトを抱いた。セックスの後で疲れきっていたナルトの身体は悲鳴を上げた。オレは嫌がって暴れるナルトを犯した。
翌日から二度とナルトはオレの家に来なくなった。オレたちの関係はこうして最低な感じで終わりを遂げた。
ナルトと別れて、オレは一人になった。お揃いの歯ブラシも、カップも、食器も、汗と精液を吸ったシーツも、ナルトと共有したものを、全てオレは捨てた。まるでナルトがそこにいたことを丸ごと消すように、オレは家中を掃除をした。
結果的に、ゴミステーションがオレの部屋から出た粗大ゴミで一杯になった。こんなにも多く物を誰かと何かを共有したのは初めてだった。そう言えば、使い捨ての女を家に上げる事はなかったな…と気付いたのはナルトと別れて二か月が経った頃だった。
部屋に居る誰かに微笑を向けることもなくなり、ナルトと別れてから、オレの周囲が簡略化していった。
任務中、ナルトの様子が変わる事はなかった。あれで冷めた子供だったのかもしれない。サクラに向ける笑顔も、サスケに叩く憎まれ口も、騒がしい態度も、何一つ変わりはしなかった。いつも通りの日常。変化した事と言えば、オレが任務帰りに花街に通うようになった事だろう。
だけど腕を絡める商売女の香水の匂いに辟易している時も、脳裏に浮かぶのは何故か淡い金色だった。あの子はオレとセックスする時、特別甘い声を上げて啼いた。性急に硬いペニスで突いてやれば、四肢を震わして、涙を零した。オレしか知らないナルトの秘部。紅潮した頬に、上目遣い気味の潤んだ瞳、ペニスを受け入れる時の怯えた仕草。恥ずかしがりながらも、口の端から零れた唾液を指で掬う時の艶めかしい表情。
もしかしたら、今頃ナルトは、オレに抱かれていた時のように、他の男に抱かれているのかもしれない。あの安アパートに男を連れ込んで、男の欲望に尻の孔を貫かれ、ヒィヒィ言ってるのかもしれない。そんな事はないと頭では解っていても、淫蕩なナルトの痴態を想像する事を止める事は出来なかった。
(あ、あんっ。せんせぇ、もっと頂戴ってばぁ…。あ、あっ、凄いっ)
やはり、ナルトの事を思うだけでオレの下半身は疼いた。途端、オレの横でキャハキャハ笑う商売女が急にうざったらしくなる。汗の混じった香水臭い匂いにもうんざりした。オレは軟体動物のように自分に巻き付いていた女の腕を容赦なく振り払った。地面に尻餅を付いた女は悲鳴を上げた後、オレに何事か文句を言っていたが、既にそれは肉の塊にしか見えなかった。
オレと手を繋ぐ時、ナルトはそっと目を伏せたものだ。
写輪眼のカカシと嫌われ者の九尾が一緒に歩いている事を里人に見咎められやしないかとビクビクしながらも、ナルトはオレと一緒に歩く特別を噛み締めているようだった。
いつも騒がしいナルトがオレと手を繋ぐ時だけ、大人しくオレの横に並んで歩いた。お互いに目が合うと、ナルトはやはり花が綻ぶように笑うのだ。
ナルトがオレと手を繋ぐという行為を特別に思うから、いつの間にかオレにとっても手を繋ぐという何でもない行為が、特別なものに変わってしまった。
そうやっておまえは、オレにとっての退屈な日常生活を、次々と特別なものに変えてしまったのに。
セックスの後、ベッドにへたり込んだおまえは、まだ年端も行かぬ子供とは思えず綺麗だった。だから今のオレは、汗を掻いた時にキラキラと光る金糸を梳く見知らぬ誰かの指に、嫉妬した。
今日は絶好の小春日和。桜の花びらが木の葉の里のメインストリートを埋め尽くす。オレの家のカレンダーにはナルトが付けた赤丸印。
「馬鹿な子。こんな日を大切にするなんて。子供っぽいのもいい所だよ…」
記念日なんて作らなければ、祝う事が出来なかった事をがっかりする事もなかっただろうに。
********
三年後。オレの時間はあの子と別れた時から止まったまま。
チャイムの音っていうのはどうしてこうも家人に対して無遠慮なんだろう。無機質な機械音に人を呼び寄せる権利なんてないと思う。
「あ…。ごめんってば」
最高に不機嫌な顔をして玄関のドアを開ければ、先方がオレの心の中を察したように謝って来た。
「先生ってば、まだ寝てた?」
ナルトだ。オレが、ナルトの気配に気付かなかったのは、考え事をしていたのとナルトの気配が植物のように薄くなっていたせいだ。そう、オレは遠い日の思い出に想いを馳せていたのだ。そんな過去の男の告白を、目の前のナルトは笑うだろうか。
「たまたま近くを通り掛ったからさ、ちょっと先生の家に寄ってみたんだってば」
「そうなの…。散歩でもしてたの?突然おまえが来たからびっくりしちゃったよ」
目の前のナルトは、昔のようにオレの腰元までしか身長のなかった子供とは違う。そんな子供とオレはセックスしていたわけなのだが、今のナルトはオレと肩を並べる事が出来るほど成長していた。
「シュギョー…!って言いてぇとこだけど、ビンゴだってば。春だからさぁ、そのへんをブラブラしてたんだってば」
ナルトはオレと別れてから、すぐに修行の旅に出た。結局、付き合っていたとしても、記念日は祝われる事はなかったのだ。
「何だか、おまえからいい匂いがする…」
「ええっ。そそそそんな事ないってばよ…!」
里に帰って来たナルトは、変わっていた。伸びた身長はもちろんの事、全体的な雰囲気と纏う空気まで。
ナルトはここ数年で綺麗になった。16歳になり、落ち付いた表情を見せるようになってから、ナルトの周囲に人が自然と集まるようになった。
九尾の檻という特別な目で見なければ、ナルトが如何に魅力的な少年であるか、誰もが気付き始めた。真っ直ぐで、下を向く事を知らない性格。仲間想いで、熱い発言は、聞く者の鼓膜を心地良く叩く。
挫折を乗り越え幾度も立ち上がる姿に、惹かれるなという方が無理なのだ。四代目と呼ばれた人のカリスマ性は消え行く運命を背負っている者が発するどこか儚いものだったが、ナルトのそれは力強く人々を導く輝きを放っている。
キラキラと輝く金髪と碧い瞳は、人を魅了した。あの黒い鉢巻が風に靡くたびに、道行く人々が以前とは違う視線で振り返るようになったのをあの子は自分で気付いているだろうか。
そんなナルトにとって、今やオレは過去の遺物でしか無く、オレはナルトの周囲を彩る連中の一人でしか無い。どこかでナルトの少し低くなった声が聞こえる度に、オレの胸は焦げ付くような焦燥に駆られるのだ。
馬鹿みたいだ。一度、手を離したものに縋り付くなんて見っとも無いマネをオレが出来る筈がない。
「カカシ先生、こんなに天気が良い日に部屋に居るなんて勿体無いってばよ」
自分の暗い性格を咎められたようで、オレはパジャマ姿のまま、眩しい太陽に目を細めた。橙色に黒といういつもの恰好で現れたナルトは、いつも通り背中を真っ直ぐ伸ばして立っていた。あの背中が、以前はオレの下で淫らに撓っていたなんて、誰が想像するだろう。ナルトの背骨は、オレと愛し合った流線形を覚えているだろうか…?
「それ、誰かに貰った花束…?綺麗だね。おまえも随分モテるようになったんだねぇ」
「えっ。こ、これは…!」
突然オレの家にやって来たナルトは背中に大きな花束を隠していた。それは両手で抱えなければいけないほど大きなものだった。子供の代名詞のようだった子が、女の子から花を貰える年頃になったのだろうか。オレは少年の成長を眩しく思いながらも、皮肉のような台詞を言う事しか出来なかった。
「凄く良い匂いだね…」
「あ、あぁ…カカシ先生って花が好きだっけ?」
「んー、ただきっとこれをくれた人はナルトの事が大好きなんだろうな、って思ったんだ。こんな大きな花束をプレゼントするなんてそうに決まってるよ」
オレの揶揄をナルトがどう受け取ったかは解らない。ただ照れ臭そうに「これはそういう意味のプレゼントじゃないってばよ…!」と手をわたわたと振る大袈裟な動作は昔と変わらなかった。
「今日は、どうしたの。おまえがオレの家に来るなんて随分なかっただろ」
「あー、あぁー…それはその」
口籠ったナルトの唇が、癖なのだろう少しだけ尖る。
「たまにはさ、カカシ先生の家に行ってみるのも悪くねえかなって思ったんだってば。だってさ、オレとカカシ先生の仲だろ!」
オレとおまえの仲?
どんな仲なのだろう。教師と生徒の仲だと言ってくれるのだろうか。
それとも元恋人?
オレは12歳のナルトを強姦した犯罪者だが、それでもこの子はオレの事を好いてくれるのだろうか。許してくれるのだろうか。
笑っているナルトの顔には気負いはまったく感じられなかった。
過去のしこりだとか、遺恨だとか、そういうものは綺麗さっぱり吹っ切れているという顔だった。
その姿が、嬉しかった。
愛しかった。
ナルトの笑顔は涙が出そうなくらい綺麗だった。
こんなに綺麗な子がこの世に存在している事に、オレは感動してしまった。
折しも今日は4月1日。4年前、オレがナルトに告白された日だった。
この日くらい、自分の気持ちに正直になっても許されるだろうか。
世界中の人間が嘘を吐くというならば、オレくらい正直者になっても良いだろう。
オレのこの溢れる気持ちを、嘘吐きの日に載せて、誤魔化してしまう事が出来るだろうか。
オレの家の近くに桜の木がある筈がないのに、桜の花びらが舞ったような気がした。
いつの間にかオレはナルトの唇にキスをしてしまった。
驚きで、ぱちくりとナルトの瞳が瞬いている。その表情さえも、今のオレにとっては格別で、オレは惹き寄せられるようにその唇を再び啄ばんだ。
「ん、つぅ…。カカシセンセ!?」
扉を閉めて、オレはナルトを自分の家の中に引きずり込んだ。壁に押し付けられたナルトは、両手をつっかえ棒のようにして、驚いたようにオレを見上げた。ナルトからは春の良い匂いがした。外を歩いて来たせいだろう。
「ごめん。おまえがあんまり可愛かったから、我慢出来なかった…」
「へ!?」
「も、一回…」
壁にナルトを押しつけて、荒い息が重なる。男同士の行為ってどうしてこうも色気が足りないんだろうか。ドタバタとして埃っぽい。だけど、オレの腕の中に居るナルトの吐息はこれ以上なく甘かった。
「ずっと好きだったんだ」
オレは壁に手を付くと、柔らかいナルトの唇に口付けた。カレンダーの4月1日がオレたちの行為を滑稽だと嘲笑っているみたいだ。
「ずっと、ずっと、おまえだけが好きだったんだ」
「センセ…」
「この告白は嘘ぢゃない…」
真ん丸い碧玉から涙が零れた。
「……ホンキなのかよ、カカシセンセェ。今日は嘘吐きの日なんだろ」
ナルトの襟足を掻き上げてやると、俯いたナルトが、そう呟いた。ナルトの足元には、花びらの散った花束が落ちていた。この贈り主には悪いが、ナルトはオレが貰う。
「んぅ…、ん、ん、んっ」
合わさったお互いの唇から唾液が伝った。そっとナルトの衣服のチャックに指をかければ、沈鬱な顔をしたナルトと目が合った。
「本当に…?」
「今のキスに、嘘はなかったデショ?」
「おう…」
「4年前におまえを無遠慮な気持ちで傷付けてごめん。ずっと後悔していたんだ…」
「嘘…」
「本当だよ。今度こそ、自分の気持ちに嘘を吐かない…」
その後、オレは16歳になったナルトの身体を貪った。ナルトの背骨は再び、オレとの行為を記憶するためによく撓った。
「この花束はカカシ先生にプレゼントするために持ってきたんだってば…」
「え…?」
フローリングの床に突っ伏したナルトは、やはり沈鬱そうな顔でそう言った。何の事はない、激しいセックスの後で腰が重いのだ。
「オレ…、馬鹿みたいだけどいつまで経ってもカカシ先生の事が忘れらなくて、玉砕覚悟でまた告白しに来たんだってば」
「嘘デショ。おまえ、何を言って…っ?」
「オレはいつだってカカシ先生の事が好きだったってばよ。でも、ぜってぇフラれるって解ってたから、今日は先生の事を卒業するつもりで、花束を作って来たんだってば。しつこい奴は嫌われるだろ。でも花には罪がないから、それは先生への感謝のつもり…」
野の花が交る極彩色の花束はどうやらナルトの手作りだったらしい。散歩というのは、野原に花を摘みに行く事だったのだろう。通りでナルトから良い匂いがした筈だ。
「フラれた時に渡そうと思って。こんなにも人を好きになる気持ちを教えてくれたカカシ先生へのプレゼントだってば」
ナルトの言葉は皮肉を言っているようには聞こえない。真実に、オレに感謝の気持ちを伝えようとして来てくれたようだ。オレは、なんだかまた汚い自分が恥ずかしくなった。
「それじゃあこれは最初からオレのために…?」
「そうだってばよ。でも、その必要も無くなったみてぇ」
鼻先がくっ付くほど近寄ってしまったオレの様子に、ナルトが苦笑した。年上のくせに、ガッ付いてしまったオレは年甲斐も無く赤面してしまう。
「ニシシ。カカシ先生、ペン貸してくれねえ?」
「ああ、いいよ…。何に使うの」
上着だけ羽織ったナルトが気だるそうに立ち上がったかと思うと、戸棚の上に転がっていた赤いインキでカレンダーにうずまき模様を書いた。
その様子は何か重要な儀式をしているようにも見える。
「ナルト、何をしているの」
「今日は、オレとカカシ先生の記念日だってば。だから特別な日にはうずまきマークを付けなきゃな!」
ニカ!とナルトが笑った。
今夜、オレたちは4年越しの記念日を祝う事になるだろう。ケーキに、シャンパン…ちょっとパーティーには不似合いにあの子の好きなラーメンの出前でも良いかもしれない。
とにかく今日という日はオレたちの始まりの日なのだ。
ああ、神様。オレはあの時、確かに愚か者であったのです。
花が綻ぶように笑ったこの子はいつだって愚かなオレを許してくれる。
空気猫1周年記念小説です。
来て下さる方に感謝。
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ここは二次創作小説置場です。無断転載は禁止。本物のカカシ先生とナルトくん、作者様とは一切関係がありません。苦手な人は逃げて下さい。
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猫耳探偵事務所
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管理人の生態
自己紹介
名前 空気猫、または猫
職業 ノラ
趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
夢 集団行動
唄 椎名林檎
性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
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性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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