空気猫
空気猫
ハッピーサンデー
「……うずまきナルトファイアーだってば!」
気合一発、両腕を振り上げて、玄関の鍵を閉めると、ナルトは土煙を上げて演習場に向かう。
(ううう、流石にちょっと眠みぃ……)
なにしろここ数日、よく眠れなかった。ナルトは重たい瞼を擦りながら、大股で木の葉商店街を駆け抜けた。
「うわ!」
しかし、元気が有り余り過ぎ…
「おう、なんだぁ……」
曲がり角のところで数人の男たちとぶつかった。
「おい、こいつ九尾のガキかぁ?」
ナルトは、男たちを見上げて、ツイてないってば、と疲れたようなため息を吐いた。
「はぁ……」
「カカシさん、疲れ気味ですねぇ」
「そりゃあね、火影さまにこってり厳重注意を受けてましたから。あの晩、オレのこと、密告はおまえたちでしょ。余計なことしてくれたねぇ」
朝日の爽やかな林の中で、険悪な雰囲気で対峙しているのは、特別上忍の不知火ゲンマと上忍師のはたけカカシだ。上忍の眉間に刻まれた特大の皺に、ゲンマは苦笑する。
「いや、野暮ってことはわかってたんですけどねぇ。報告しないわけにもいかないでしょうよ」
「そういうのを大きなお世話って言うんだよ」
馬に蹴られても知らないよ?と淡々とした口調で上忍からクナイが飛んで来る。
「カカシさん…。危ないですよ」
「当たり前でしょ。当てるように投げたんだから」
「……。――――ところで、何をしてるんですか、それは」
「決まってるでしょ、怨敵抹殺の準備」
「……それって例の恋敵」
クナイを鋭く研いで、どこの忍集団の殲滅に向かうんだというような、殺気を醸し出す上忍にゲンマが片頬を痙攣させる。
「………あの、カカシ上忍、また余計なことかもしれないんですけど」
「何。言っておくけど、今度こそ邪魔したらおまえでもただでは済まさないよ?」
「あー…。いやなんつーか、うずまきの好きな奴の話なんすけど」
クナイにずっと目を落としていた、カカシの視線が、その時初めて上げられる。
「いや……っ。本当にオレには関係ない話なんですが」
「何」
「なんていうか、それほど気にしないでもいいんじゃないですか」
「気にしてないよ~、目障りなハエを始末するだけ」
千切りにしてね?
ちっとも笑っていない目でカカシが笑う。
「……めちゃくちゃ気にしてるじゃないですか」
ゲンマが背筋を震わして、さーて忍犬でも呼びますか、とカカシが印を組もうとしたその時だった。
「見たか、さっきの九尾のガキ」
「見た見た、いい気味だったぜ」
「本当、傑作だよな」
「ありゃ良かったよな。あのガキに手を出すと、最近はたけなんとかっていう上忍が煩かっただろ?」
「確かに。上忍がバックに付いてるとなると表立って手出しする奴が減ったからなぁ」
不穏な里人たちの会話に、ゲンマが顔を顰めて「カカシさん、今の会話ヤバくないですか」とカカシに話しかけようとした時、すでに銀髪の上忍の姿はそこになかった。
男たちに蹴られてナルトが道端に転がる。起き上がろうとしたところを、靴底で頭部を踏み付けられ、路上に小さな呻き声が上がった。
「キツネが人間さまの道を歩いてるんじゃねぇよ」
ナルトは自分に加えられる暴行を止めに入るわけでもなく遠巻きに眺める里人たちをぼんやりとした視界で捉えた。
最近、忘れていた冷たい視線を感じて、爪先にジャリが食い込むほど拳に力を入れる。
よくよく思い返せば、カカシがナルトを追い回し始めてから、里人から暴行される回数が極端に減っていた。どこを歩く時も、抱っこされたり、手を繋がれたりされたせいで、ナルトが一人になる時間がなかったのだ。
「ほらほら~、化け狐ちゃん。人間さまの靴の底を舐めな?」
「泥道を這いずってるのがおまえにはお似合いなんだよ」
「………っ」
地面に突っ伏したまま、歯を食い縛る。
「なんだ、その反抗的な態度は…」
顎を持ち上げられそうになった瞬間、上の方で男たちの悲鳴が聞こえた。
「汚ない手でこの子にさわるな」
「……ひ!」
「カカシ上忍っ」
「その手、どかせよ。オレが潰してやるからさぁ?」
ぎゃー…っ!と断末魔のような声が轟く。ナルトは男たちの悲鳴を瞑った瞼の裏で聞いた。
「………ナルト」
両腕で持ち上げられて、きょとんとナルトの碧い瞳がカカシの姿を映した。地面には真っ赤な血の水溜りを作って男たちが倒れている。
「……カカシ、先生?」
「ナルト、おまえねぇ忍なんだから受身くらい取りなさいよー」
蒼褪めた表情のナルトを見て、カカシはやんわりと地面に子供を降ろした。
「だいじょーぶ、殺してないよ?」チラチラと視線を彷徨わせるナルトの頭をぽふぽふと撫でて、カカシがポケットに手を突っ込んで、苦笑する。
「泥だらけじゃない、おまえ。一回家に帰ってお風呂に入ろうか?」
オレが抱っこして運んであげるね、と言われてナルトが頬を紅くする。ナルトの初々しい反応にカカシは苦笑して、「可愛い…」とため息と共に耳元で囁き掛ける。
「………っ!!!」
ズザザザザとナルトが息を吹き掛けられた耳を抑えながら、カカシを見上げる。効果覿面なその反応に「おや?」とカカシが首を傾げた。
「ナルト?」
「なななな、なに!?」
「………いや、なんでもないけど、おまえ、顔が真っ赤だよ?」
ボンッと音が出そうなほど、ナルトが赤面して、「あー」とか「うー」とか唸りだして、「どうしたものか」と頭を掻いてたカカシの忍服をナルトが掴む。
カカシが「とりあえず着替えを」と踵かえそうとしたからだ。
「待てってばカカシせんせぇ…」
ぎゅう、とカカシの腰のあたりにナルトが抱きつく。
「助けてくれてありがとうってば」
「……ま、当然でしょ。おまえの担当上忍なんだから」
「………っ」
「と、言うのは建前で、好きな子の危機には当然駆けつけるでしょ~」
ぽかんとナルトがカカシを見上げる。開いた口には豆か何かを放り込めそうだった。
「……カカシ先生、昨日のこと怒ってないってば?」
「ん?」
「オレってば嫌っていっちゃったから、てっきりカカシ先生に嫌われたと思ってたってば」
今までもずっと、そう思っていた。カカシは自分のことを嫌っているのだと。
「は?何言ってるの。オレがそんな程度のことでおまえを嫌いになるはずがないデショ。それくらい、ずーーーーっとナルトのことが好きだったんだけど、気付いてなかった?」
「……全然わからなかったってば」
呆然としたナルトの様子にがくんとカカシが肩を落とす。
「あのねー、オレは好きでもない子を膝の上に乗っけたり、ほっぺにキスとか、べたべたさわったりしないよ?」
「……そ、そうなんだってば?」
「そうだよ。おまえ、オレをどんな大人だと思ってたの」
「だってサクラちゃんがカカシ先生は〝節操無しの性にダラしない大人だから誰にでもベタベタするんだ〟って…」
「………」
当たらずとも遠からずなサクラの教育に、寒い空気がカカシの背後を通り過ぎた。
「あっ。でも、オレってば…!」
少しだけ背中に棒線を引いたカカシに慌てたナルトが拳を握って大人を見上げた。
「うん?」
「オレってば、カカシ先生が節操無しでもっ、んでもってすっげー遅刻までダラしなくても…っ」
「ナルト?」
「オレってば、カカシ先生のことが好きなんだってば…っ」
一世一代のナルトの大告白にカカシは目を見開いた。
「………本当に?」
「銀髪の兄ちゃんよりカカシ先生の方が好きだってばぁ…。だから行かないでぇ」
くすんくすん、と鼻を啜りながら泣きつかれて、カカシの心境は棚から牡丹餅状態だった。これは、これはもしやナルトから告白されるという美味しい状況なのだろうか。
「カカシ先生と話すと胸のここらへんがぎゅっとするんだってば。傍にいるとキンチョーするし、上手く喋れなくなるし、こんなの全然オレっぽくないんだけどっ……」
カカシせんせぇ…と真剣な顔で見上げた子供は、そこでハッとしたように、目尻に涙を溜める。
「……っごめんってばオレってば急に」パタパタと涙を零したナルトが耳まで赤くして、俯くが、次の瞬間カカシに抱き上げられた。
「ふぎゅう……っ?」
ぎゅうっとナルトの足が浮かんばかりにカカシがナルトを抱き締める。
「好きだよ、ナルト。これで両想いだね」
カカシの腕の中でナルトがおかしな声を上げてショートしてしまった。ゆでだこみたいに赤い顔の子供を見下ろして、ふらふらした身体を支えながら、カカシはナルトに微笑みかけた。
「キスしていーい、ナルト?」
「うぇ!?」
「だって両想いなんだから、いいでしょう?」
そう言われれば、そんなような気がしてナルトは、こくんと頷いた。
「う、うん」
「大人のキスも?」
「う、うん。……おとな?」
「この間してあげた奴」
「?」
「舌でくちゅくちゅする奴だよ」
「!!」
真っ赤になったナルトは、躊躇ったようにカカシを見詰める。
「お、おう……」
「意味わかって、頷いてる?」
「あ、当たり前だってばっ」
「くくく、怪しいねぇ…。ま、いいけどね今からゆっくり教えてあげる。もちろん実施でね」
「……っんせ」
カカシがナルトを抱き上げて、視線を合わせる。
ぎゅっと目を瞑って緊張するナルトの真ん丸い頬に手を添えて、カカシは口布を下ろす。
「………え?」
「ん?」
薄っすらと開けられた碧玉が、それこそビー玉のようにまん丸く見開かれた。
「ああああああああ、あの時の兄ちゃん!?」
「……はい?」
ナルトは、キスの甘いムードも忘れて、カカシの顔のど真ん中を指を差して驚く。
「オレを助けてくれた銀髪頭に、色違いの瞳の兄ちゃん」
「へ?」
カカシの顔形を確かめるように、ナルトが、カカシの瞼、顔のラインをなぞるように触れる。ふくふくとしていて、拙い指の動きにカカシが背筋を震わしていると、難しい顔をしたナルトが「うんうん」と頷いた。
「間違いないってば。カカシ先生があの時の兄ちゃんだ」
「オレが?」
「おう」
「それじゃあなんのことはないオレがおまえの好きな奴だったってこと…?」
「そ、そうだってば…」
「あらら、嘘デショ…?」
「本当だってばよ!」
ナルトは瞳を瞬かせて力説するも、すぐにカカシの腕の中でくてりと力を抜くと、
「なぁんだ」とナルトから安著のため息が漏らした。
その時の笑顔が余りに綺麗だったため、思わずカカシは息を吸うことも忘れて見惚れる。
「へへへ、あの時の兄ちゃんの正体はカカシ先生だったんだ」
ナルトの目尻に涙が溜まって、ぽたりと涙が地面に落ちた。
「なんだかほっとしたら涙が出ちゃったってば」
ニカっと笑ったナルトは、カカシに抱き抱えられたままの体勢で背筋を伸ばすと、大人の両頬を包み込んで、うちゅっとカカシの唇にキスをした。
まさかナルトのほうからキスをしてくれるとは思わず、カカシの瞳が見開かれる。
「あのね、オレってばカカシ先生が大好き」
「ナルト」
「どっちも好きになった人がカカシ先生で幸せだってば!」
「……おまえ、そんな殺し文句どこで覚えてきたの?」
「ふ、ふぇ?」
「もう、手加減してあげれないよ」
「?」
「ねぇ、今日オレにナルトの全部を食べさせて?」
だめって言われてももう我慢できないんだけど。
熱っぽい声で囁かれて、ナルトの目元が紅く染まる。
「最初から両想いだったんだね、オレたち」
「そうだってば!ちっとも悩むことなんてなかったんだってば」
「くくく。そうだね」
「…笑うなってば。だって、カカシ先生ってばいっつもマスクしてるんだもん、あの時の兄ちゃんだったなんて全然気付かなかったってばよ!」
「そうだったんだ。早くオレの顔をよーく見せておけば良かったね?」
ちゅ、と素顔のカカシに小鳥が啄ばむようなキスを落とされ、ナルトは頬を染めた。
「ねえ、それじゃあ改めて聞くけど。素顔のオレは男前?」
「……っかっこいいってばよ」
言葉に詰まったナルトの様子を見てカカシはくくくと笑った。
「さぁ、そうと決まったらお家に帰ろうね~」
「えっ。カカシ先生、演習は?」
抱き上げられて、足が宙に浮く。ナルトはカカシの首に腕を回して、こてんと首を傾げた。
「サボり。はい、ちなみにこれをよーく見てね」
ナルトの膝の裏を持ち上げ、カカシは屋根に飛び移る。
「ちょーききゅうかねがい?」
下忍の部下に、紙切れ1枚を見せて長期休暇を告げる担当上忍。「って…カカシ先生。ジイちゃんからぶん取る気かよ」ナルトが呆れたようにカカシを見上げる。
「当たり。オレがここ数日被った心労を考えたら妥当な願い出でしょ」
それに、とカカシは腕の中のナルトに微笑み掛ける。「取るんじゃなく、今から受付に押し付けに行くんです」と笑って、カカシはお姫さま抱っこでナルトを家まで運んだ。
「くぁ…。今、朝だってば昼だってば?」
毛布の中からぴょこんと頭を出したのは服を身に纏っていない子供だった。どこか気だるそうに、欠伸をして、カーテンに手をかけようとしたところで、ベッドの中からにょきっと伸びた大人の手に再び、抱き込まれた。
「ふぎゃ、カカシ先生、もーギブギブギブ!!!」
助けて~~!!!と憐れな子供の悲鳴が上忍のアパートの中で木霊する。「こら、ナルト。人聞きの悪い…」とカカシがナルトのおでこにキスをする。
「オレが無理矢理してるみたいデショ~」
「最後の方はもう無理矢理だったってば…っ。あっ、あんっ!」
「ん~、いい声♪」
「変態~~」
「もうちょっとダラダラしていよーよ。せっかく休みなんだし」
一旦無言になったカカシの提案に咋にほっとした顔でナルトがこくこくと頷く。そしてえいやっとばかりにカカシの腕の中に飛び込んで頬を摺り寄せる。
「へへ、カカシ先生の身体ってば冷やっこい」
すりすりと頬を寄せると、ぎゅうと抱き締められた。
「はぁ、可愛い」
「か、可愛くないってば…」
「オレにはおまえが世界一可愛いーの。一目惚れだったの」
「……っカカシ先生って恥ずかしいこと平気で言うってばよ」
「あれ、知らなかったの?」
しれっとした顔でカカシが言って退けナルトは、はぁとため息を吐いた。
この数分後、結界の張られたカカシ宅にサスケとサクラの七班の面々、ナルトの保護者イルカに、暗部、果ては上忍、特別上忍、最後はやたらややっこしい結界を解くために奔走してゲッソリとした顔の火影が、
「こんのっ、変態上忍!!」
と乗り込んで来るとも知らずに。
ナルトの正当な恋人だと主張する上忍(しかし半裸)と、衣服を身に纏っていなかったためにシーツの中に隠れなければいけなかったナルト。
ナルトの様子を見て、木の葉の里の面々の怒りはヒートアップしたものの、
「オレってばカカシ先生と両想いなんだってばよ……」
と顔を真っ赤にさせてナルトが小さく呟いたので室内は静まった。そして言わなければいいものを、「も、もうオ、オトナのカンケイなんだってばよ…っ。色々教えて貰ったんだってば!」と言った。
本人としてはカカシの弁護をしたつもりであっただろうが、ナルトの居た堪れない発言のおかげで、サクラはキャ!と手を覆い(しかし内なる何かが見えていた気がする)、特別上忍`Sは「あー…」と口を開け、イルカは泡を吹いて卒倒した。
三代目火影はさすがは年の功…とあって、屹然と立っている、と思われたが、どうやら立ったまま三途の河を渡りかけていたらしい。
衝撃の発言をしたナルトといえば、オレってばやり遂げた!という得意満面の顔で、「そうだよね~、オレとナルトはも切っても切り離せない深―い関係なんだよねー」とカカシに頭を撫ぜられていた。
銀髪上忍の背後に怪しいショッキングピンクのチャクラが漂っていたが、初期教育の賜物かナルトは、カカシのことをちっとも怪しいと思わなかったらしい。
とりあえず、カカシがナルトを抱き締めて、ナルトがカカシにキスをして、しあわせな日曜日。
end
軽い年齢制限あり。
真夜中の木曜日
夜露で濡れた窓の淵にカカシがナルトを抱き抱えて音もなく降り立つ。いつも鍵のかかっていない窓から部屋の中に入るとカカシはそっとナルトをベッドの上に降ろした。
己の担当上忍が屈み込んで自分のサンダルを優しく脱がしてくれた瞬間、ナルトは真っ赤になってしまった。
電気も点けない暗い部屋の中で、カカシのシルエットだけが、月明かりに照らされて浮かび上がる。
「せんせ…?」
「お風呂、行こうかナルト」
「へ…?」
拒む間もなく、また抱き上げられると、浴室で、熱いシャワーを掛けられる。それも服を着たままで。ナルトはあっという間に濡れ鼠のような風体になってしまった。
「カカシ先生なにするんだってば!?」
「殺菌に決まってるでしょ~…」
「???」
「他の男にさわられちゃだめだよナルト」
「へ…?」
「ね?」
ぱたぱたと顔に掛かるシャワーと、慣れない大人の手の感触。わしゃわしゃと髪をかき回されて洗われて、ナルトはきょとんとしてから、心臓を早鐘のように速めた。さきほどゲンマにふれられたところを念入りに洗われたのだと理解できたから。
「……カカシ先生はオレのこと好きなの?」
するりと口から滑り出た言葉にナルトが自分の口を手で覆う。
沈黙が落ちて、カカシと目が合う。色違いの瞳に見つめられるとドキドキした。ゲンマやライドウに声をかけた時、カカシはなんだか機嫌の悪い顔をしていたのは自分のせいなのだろうか…。
「スキダヨ」
「!」
ナルトの目がまん丸に見開かれる。
「なあに、ナルト。難しい顔しちゃって」
抱き上げられて、おでこにキスをされたので、ナルトは今度こそ目を見開いた。
「あのさ、カカシ先生…」
〝スキダヨ〟なんて言われたのが嘘みたいだ。ずっとカカシに嫌われていると思ってたから。ナルトはバスタオルにくるまれて、ポタポタと水滴を垂らして、大人を見上げる。
「ん~?」
先程の言葉が幻聴だったのではないかと思うくらいカカシの弓なりに曲がった目からは感情が伺えない。怒っているのだろうか、不機嫌なのだろうか。だけど帰るわけでもなく、沈黙が落ちている。黙っていられると、端正な顔をしたカカシは怖い。
「くっしゅんっ」
ナルトのアパートは壁が薄く、あたたかいとはいえない。濡れたままの身体では、体温が下がった。ナルトが身震いすると、「ああ、ごめんね」と乾いたバスタオルでくしゃくしゃと丸ごと拭かれて、動物か何かになってしまったようなおかしな気分になった。
どうやらカカシは自分には優しいらしい。たぶんおそらくきっと。ならば、話しかけても大丈夫だろうか。ナルトが一代決心をして、大人を振り仰いだ瞬間、ベッドが軋んで大人に覆い被されたのだとわかった。
「な、 にっ?」
カカシの顔があまりに近くにある。いつかの草原でも、こんな体勢で、こんなシチュエーションがあった気がする。だけど、今夜のカカシは、あの時以上にずっと真剣で、ナルトは身動きがまるで出来なかった。
上着のファスナーをジジジと下げられて、うなじにカカシの唇が落ちる。ちくりと走った痛みに、ナルトは驚いた。そのまま、啄ばむように、首筋を何度か吸われて、ベッドに押し倒される。
頭の中は疑問符でいっぱいで、抵抗することすら思いつかなかった。カカシの手の平がナルトの薄い胸板を撫でて、滑る。胸の先端をごつごつした大人の指の腹が戯れるように彷徨い、腹の中心部を撫でる。ぞくりとした感覚に背筋が震えて、思わず、蹴りあがった片足は、いとも簡単に大人の手に捕獲されて、持ち上がった。
「――――カカシせんせぇ…?」
「ナルトは無防備だよね」
ギシ、と子供用の小さなベッドが二人分の体重で軋んだ。
「それに無邪気だ」
そこが可愛いんだけど、とカカシが呟く。
「おまえのことを好きかって?」
下肢に近い部分を撫でられて、ナルトの身体が跳ねる。
「好きに決まってるでしょ?」
「!!!」
噛み付くようなキス。ふぅ、ふぅ、と息が漏れて、何度か角度を変えて唇が合わさり、ぬるりとしたものがナルトの口の中に侵入してきた。下着の中に手が差し込まれて、ナルトの頭が真っ白になるような場所を撫でられた。
「ふぁ、ん…」
反射的に出た声に、こんなの自分の声なんかではない、と身悶える。「カカシせんせぇ、なんか変…っ」下腹部に舌を這わせるカカシの頭をどけようとナルトがもがくが、大人の、それも上忍の力に敵うはずがなく、抵抗は意味をなさなかった。
キャンディか何かのように、局部を舐められて、ナルトが押し殺した声を漏らす。「ふぁ、あ、ぁ、あ…?あっ?」ナルトは意味もわからずあっけなくカカシの口の中で射精した。
くてんと全身を弛緩させたナルトを見下ろして、カカシはその小さな身体を抱き締めた。
「もっと気持ち良くしてあげれるよ?」
「???」
はふはふとナルトの胸板が浅く上下して、カカシは子供のおでこに薄っすらと浮いた汗を拭う。
「してあげれるから、オレにしておきなよ」
「………?」
「他の男じゃなくて、おまえの恋人はセンセーにしておきなさい?」
「カカシセンセーで…?」
「そう。オレはお買い得だよ?上忍だし、頭は良いし、顔はカッコイイしね」
人が聞いたら呆れてしまうようなセールストークをカカシが喋る。上忍だの、頭のことだの、顔のことだの、褒めていたのは、カカシの事をキャーキャーいう女たちだった。ダイキライな奴等に持て囃されていた美点だが、それがナルトにとっても魅力的に映るというなら、カカシは最大限に利用する。
「ナールト、先生とお付き合いしよう?」
「?」
「意味わかる?」
ナルトは薄暗闇の中に浮かび上がる、カカシの顔をぽやんとした瞳で見上げる。カカシの口布を取った顔をナルトは一度も見たことがなかった。正確には一度、休日中に口布を取ったカカシの顔を見ているのだが、ナルトはそれを知らなかった。ぱしぱしと金色のまつ毛が何度か瞬いたが、ナルトがカカシの顔を確認する前に、カカシがまたナルトに覆い被さった。今度は胸の飾りを愛撫されながら、キスされる。ビリビリと電流のようなものが頭のてっぺんから足のつま先まで走って、
「いゃっ」
ついナルトは、どん!とカカシを突き飛ばして、拒絶してしまった。驚いた拍子に、真ん丸い頬を伝って涙も流れていた。
別にカカシのことがいやだったわけではない。ただ、えたいの知れない感覚に恐怖しただけだ。だけど壁際に縮こまって、服の胸元をぎゅっと握ったナルトを見て、悔しそうに顔を顰める。
「…オレじゃだめなのかナルト。そんなにっ、一度しか会ったことのない男がいいのか!」
カカシの怒鳴り声にナルトがびくんと身体を強張らす。「あ…」と、ちょっと呆然としたようなカカシの声。「ごめんね」とカカシが金糸にふれようとした瞬間、
「そこまでです、カカシ上忍」
見れば、昼間のお面の男たちがナルトの家の窓際に立っていた。気配すら感じなかった彼等の登場に驚きつつ、ナルトは乱れた息を整える。
「……ほーんと、おまえたち出歯亀って言葉知ってる?」
「生憎職務ですのでカカシ上忍」
睨む元暗部特攻隊長の両脇に立って後輩暗部たちは、淡々と述べる。
「……カカシ先生、あのさ、あのさオレ」
ナルトの、カカシに向かって伸ばした手は、夜に溶けこむ黒衣に遮られた。ベッドに座り込む金児に振り返ったカカシは「また明日の演習でね」とニッコリ笑って去って行った。
結局、ナルトの言葉はカカシに伝えられないまま。
ただ、
「……カカシ先生とキスしちゃったってば」
ベットの上でナルトはぺたんと座り込むと、誰にともなく呟いた。それに、もっと凄いこともされた気がする。真夜中の十二時ちょうど、人生で初めてのだるい身体の倦怠感と共に、ナルトは口を押さえて、ぐるぐるした。
その日はなかなか眠れなかった。
夜露で濡れた窓の淵にカカシがナルトを抱き抱えて音もなく降り立つ。いつも鍵のかかっていない窓から部屋の中に入るとカカシはそっとナルトをベッドの上に降ろした。
己の担当上忍が屈み込んで自分のサンダルを優しく脱がしてくれた瞬間、ナルトは真っ赤になってしまった。
電気も点けない暗い部屋の中で、カカシのシルエットだけが、月明かりに照らされて浮かび上がる。
「せんせ…?」
「お風呂、行こうかナルト」
「へ…?」
拒む間もなく、また抱き上げられると、浴室で、熱いシャワーを掛けられる。それも服を着たままで。ナルトはあっという間に濡れ鼠のような風体になってしまった。
「カカシ先生なにするんだってば!?」
「殺菌に決まってるでしょ~…」
「???」
「他の男にさわられちゃだめだよナルト」
「へ…?」
「ね?」
ぱたぱたと顔に掛かるシャワーと、慣れない大人の手の感触。わしゃわしゃと髪をかき回されて洗われて、ナルトはきょとんとしてから、心臓を早鐘のように速めた。さきほどゲンマにふれられたところを念入りに洗われたのだと理解できたから。
「……カカシ先生はオレのこと好きなの?」
するりと口から滑り出た言葉にナルトが自分の口を手で覆う。
沈黙が落ちて、カカシと目が合う。色違いの瞳に見つめられるとドキドキした。ゲンマやライドウに声をかけた時、カカシはなんだか機嫌の悪い顔をしていたのは自分のせいなのだろうか…。
「スキダヨ」
「!」
ナルトの目がまん丸に見開かれる。
「なあに、ナルト。難しい顔しちゃって」
抱き上げられて、おでこにキスをされたので、ナルトは今度こそ目を見開いた。
「あのさ、カカシ先生…」
〝スキダヨ〟なんて言われたのが嘘みたいだ。ずっとカカシに嫌われていると思ってたから。ナルトはバスタオルにくるまれて、ポタポタと水滴を垂らして、大人を見上げる。
「ん~?」
先程の言葉が幻聴だったのではないかと思うくらいカカシの弓なりに曲がった目からは感情が伺えない。怒っているのだろうか、不機嫌なのだろうか。だけど帰るわけでもなく、沈黙が落ちている。黙っていられると、端正な顔をしたカカシは怖い。
「くっしゅんっ」
ナルトのアパートは壁が薄く、あたたかいとはいえない。濡れたままの身体では、体温が下がった。ナルトが身震いすると、「ああ、ごめんね」と乾いたバスタオルでくしゃくしゃと丸ごと拭かれて、動物か何かになってしまったようなおかしな気分になった。
どうやらカカシは自分には優しいらしい。たぶんおそらくきっと。ならば、話しかけても大丈夫だろうか。ナルトが一代決心をして、大人を振り仰いだ瞬間、ベッドが軋んで大人に覆い被されたのだとわかった。
「な、 にっ?」
カカシの顔があまりに近くにある。いつかの草原でも、こんな体勢で、こんなシチュエーションがあった気がする。だけど、今夜のカカシは、あの時以上にずっと真剣で、ナルトは身動きがまるで出来なかった。
上着のファスナーをジジジと下げられて、うなじにカカシの唇が落ちる。ちくりと走った痛みに、ナルトは驚いた。そのまま、啄ばむように、首筋を何度か吸われて、ベッドに押し倒される。
頭の中は疑問符でいっぱいで、抵抗することすら思いつかなかった。カカシの手の平がナルトの薄い胸板を撫でて、滑る。胸の先端をごつごつした大人の指の腹が戯れるように彷徨い、腹の中心部を撫でる。ぞくりとした感覚に背筋が震えて、思わず、蹴りあがった片足は、いとも簡単に大人の手に捕獲されて、持ち上がった。
「――――カカシせんせぇ…?」
「ナルトは無防備だよね」
ギシ、と子供用の小さなベッドが二人分の体重で軋んだ。
「それに無邪気だ」
そこが可愛いんだけど、とカカシが呟く。
「おまえのことを好きかって?」
下肢に近い部分を撫でられて、ナルトの身体が跳ねる。
「好きに決まってるでしょ?」
「!!!」
噛み付くようなキス。ふぅ、ふぅ、と息が漏れて、何度か角度を変えて唇が合わさり、ぬるりとしたものがナルトの口の中に侵入してきた。下着の中に手が差し込まれて、ナルトの頭が真っ白になるような場所を撫でられた。
「ふぁ、ん…」
反射的に出た声に、こんなの自分の声なんかではない、と身悶える。「カカシせんせぇ、なんか変…っ」下腹部に舌を這わせるカカシの頭をどけようとナルトがもがくが、大人の、それも上忍の力に敵うはずがなく、抵抗は意味をなさなかった。
キャンディか何かのように、局部を舐められて、ナルトが押し殺した声を漏らす。「ふぁ、あ、ぁ、あ…?あっ?」ナルトは意味もわからずあっけなくカカシの口の中で射精した。
くてんと全身を弛緩させたナルトを見下ろして、カカシはその小さな身体を抱き締めた。
「もっと気持ち良くしてあげれるよ?」
「???」
はふはふとナルトの胸板が浅く上下して、カカシは子供のおでこに薄っすらと浮いた汗を拭う。
「してあげれるから、オレにしておきなよ」
「………?」
「他の男じゃなくて、おまえの恋人はセンセーにしておきなさい?」
「カカシセンセーで…?」
「そう。オレはお買い得だよ?上忍だし、頭は良いし、顔はカッコイイしね」
人が聞いたら呆れてしまうようなセールストークをカカシが喋る。上忍だの、頭のことだの、顔のことだの、褒めていたのは、カカシの事をキャーキャーいう女たちだった。ダイキライな奴等に持て囃されていた美点だが、それがナルトにとっても魅力的に映るというなら、カカシは最大限に利用する。
「ナールト、先生とお付き合いしよう?」
「?」
「意味わかる?」
ナルトは薄暗闇の中に浮かび上がる、カカシの顔をぽやんとした瞳で見上げる。カカシの口布を取った顔をナルトは一度も見たことがなかった。正確には一度、休日中に口布を取ったカカシの顔を見ているのだが、ナルトはそれを知らなかった。ぱしぱしと金色のまつ毛が何度か瞬いたが、ナルトがカカシの顔を確認する前に、カカシがまたナルトに覆い被さった。今度は胸の飾りを愛撫されながら、キスされる。ビリビリと電流のようなものが頭のてっぺんから足のつま先まで走って、
「いゃっ」
ついナルトは、どん!とカカシを突き飛ばして、拒絶してしまった。驚いた拍子に、真ん丸い頬を伝って涙も流れていた。
別にカカシのことがいやだったわけではない。ただ、えたいの知れない感覚に恐怖しただけだ。だけど壁際に縮こまって、服の胸元をぎゅっと握ったナルトを見て、悔しそうに顔を顰める。
「…オレじゃだめなのかナルト。そんなにっ、一度しか会ったことのない男がいいのか!」
カカシの怒鳴り声にナルトがびくんと身体を強張らす。「あ…」と、ちょっと呆然としたようなカカシの声。「ごめんね」とカカシが金糸にふれようとした瞬間、
「そこまでです、カカシ上忍」
見れば、昼間のお面の男たちがナルトの家の窓際に立っていた。気配すら感じなかった彼等の登場に驚きつつ、ナルトは乱れた息を整える。
「……ほーんと、おまえたち出歯亀って言葉知ってる?」
「生憎職務ですのでカカシ上忍」
睨む元暗部特攻隊長の両脇に立って後輩暗部たちは、淡々と述べる。
「……カカシ先生、あのさ、あのさオレ」
ナルトの、カカシに向かって伸ばした手は、夜に溶けこむ黒衣に遮られた。ベッドに座り込む金児に振り返ったカカシは「また明日の演習でね」とニッコリ笑って去って行った。
結局、ナルトの言葉はカカシに伝えられないまま。
ただ、
「……カカシ先生とキスしちゃったってば」
ベットの上でナルトはぺたんと座り込むと、誰にともなく呟いた。それに、もっと凄いこともされた気がする。真夜中の十二時ちょうど、人生で初めてのだるい身体の倦怠感と共に、ナルトは口を押さえて、ぐるぐるした。
その日はなかなか眠れなかった。
ウィークエンドの幻
次の日、2回目の草取り任務があった。前々日にナルト押し倒し未遂事件もあり、現場はピリピリとしていた。木の上では相変わらずカカシを監視するために暗部たちが目を光らせている。
ナルトも、相変わらず少しだけ落ち込みながら、草毟りをしていた。いつもだったら、抱きついたりべたべたして、任務の邪魔をするはずのカカシが、彼等がいると大人しく木の幹に腰掛けたままだからだ。(正確には縄で縛られたまま)
なんでカカシ先生はぐるぐる巻きなんだってば?とナルトが訴えると、サスケとサクラは気不味そうに視線を見合わせた。ちょっぴりカカシが気の毒になったのと、自分たちのカカシに対する行為が、もしかしたらナルトを護ろうとするあまりに、行き過ぎていたかもしれないと思ったからだ。
「いいですか、我慢できなくて飛びついたらまた簀巻きにして貰いますからね!」とサクラは何度もカカシに言い聞かせてから暗部等に頼みカカシの縄を解いてもらった。
ナルトといえば、サクラの方がカカシや暗部たちよりずっと年下なのに、まるで大人のようにカカシのことを叱ったり暗部たちに指示を出したりしていたので、「サクラちゃんすごいってば」と単純に感心してしまった。大事なところはそこではないのだが。
そんなわけでサクラに釘を100本ほど刺されたためか、それ以降カカシは大人しく18禁本を読んでいた。しかし、そんなカカシに対してナルトはなんだか物足りない。カカシが遠く離れたところで、自分たちの下忍任務の様子を見守っているだけだからだ。読んでいる本の内容はともかく、よくよく考えれば、それが本来の担当上忍のあり方というものかもしれないが、ナルトにとっては、自分に纏わりつくカカシの行動が、担当上忍のスタンダードな行動としてインプットされていたから、他の八班や十班の担当上忍も、シカマルやチョウジ、キバたちにくっついているだろうと、当人たちが聞いたら鳥肌の立つような勘違いをしていた。
背中に温もりがなくて寂しいなんて、カカシに出会うまで思っても見なかったことなのに、全部カカシのせいだとナルトはなんとなくムッとしてしまった。
だから、「なんでいつもみたいにぎゅってしてくれないんだってば?」と任務が終わったら聞いてみようと決心した。
カカシの機嫌が良かったら聞いてみよう。いつもみたいにちょっと屈んで自分の話を聞いてくれるに違いない。紺色の瞳をかまぼこみたいに細めて。きっとたぶんおそらく。
その結論に到達すると、素晴らしい考えのように思えてきた。俄然気持ちが明るくなってナルトは草をぎゅっと握って千切る。おまえたちに怨みはないけどこれも大事な任務なんだってばよ。植物好きなナルトは、ごめんってばと謝りつつ、しゃがみ込んで草を毟る。
―――どうやってカカシ先生を呼び出そうかなぁ。
ぶちぶちぶちぶち……
―――そういえばサクラにはカカシと二人っきりになるなと言われてたのだ。
ぶちぶちぶちぶち………
―――サクラとの約束を破るとどうにも後が怖い気がする。
でもカカシと話したい。
「いってぇっ」
迷いが作業にも出たのだろうか、勢い良く草を引っこ抜いた瞬間に、ナルトはそのまま地面に転んでしまった。
「もう、ナルトったら相変わらずドジね」
「ウスラトンカチが」
オーバーリアクションで転倒したナルトに気がついて七班の面々が振り返る。サクラがポーチの中からハンカチと消毒液を出そうとしたが、ナルトは慌てて手を引っ込める。
「ちょっとなんで隠すのよ」
「オレってばこれくらいの怪我へっちゃらだし!」
ナルトはニシシと笑いながらも、サクラから距離をとった。怪訝な顔のサクラを余所に尻餅をついた瞬間に手を擦って血の滲んだ手の平を見ていると、木の幹に背を預けて18禁本を読んでいた上司に、来い来いと手招きされる。
きょとんとナルトは首を捻った。既に音を立てて塞がり掛けている傷口。大人のカカシは自分のこの特異体質を知ってるだろうか。ならば見せても構わないに違いない。「ちょっ、ナルト」サクラの声が後ろから聞こえたような気がしたが、ナルトはたったかとカカシの元へと駆け寄った。木の上で暗部たちが、クナイなどを取り出したが、カカシの一睨みで、僅かに怯む。
「ただ傷を診てやるだけでしょ」
下忍二名のきつい眼差しと暗部の緊張が集中する中、カカシは小さく独り言を呟いて、駆け寄って来たオレンジ色の子供の手の平を握る。
「どれ、見せてごらん」
「カカシ先生、オレってばもう平気だってばよ?」
「傷口にジャリとか入ってたらどーするの」
「平気だってば」
「はい、ウソ」
くいっとナルトは腕ごとカカシに引き寄せられる。
「あ……、オレってば泥だらけだし、カカシ先生の手が汚れちゃうってばよ」
ナルトはモジモジと遠慮をして視線を逸らす。
「変な遠慮するんじゃないよ」
気恥ずかしくなったナルトは、せっかくカカシが傍にいるのに、カカシの忍服のポケットばかり見ていた。
そんなナルトを余所にカカシは手際良く包帯を巻いていく。その手付きは、普段はおちゃらけていても、さすが上忍だ。
あれ、前にもこんなことがあったような?とナルトは変な気分になった。これはデジャヴ?
躊躇いもせず自分の手にさわる大人。
紅く火照った顔で、視線を真っ直ぐ固定すると、口布をつけた大人の顔。左目には額宛。
「カカシ先生……ってさ」
――――あの男の人に似てる。
「ん」
「な、なんでもないっ」
ズザザザとナルトが砂埃と共に、仰け反った。そんなナルトの行動に、暗部たちがクナイを構えて、現れる。うんざりしたようにカカシが顔を顰めた。
「何もしてないよ」
今回は、と付け加えたが、仕事熱心な暗部たちは、カカシの腕を拘束する。…少しばかり後輩教育を間違ったかもしれない、とカカシが後悔しているのを余所に、ナルトは顔を真っ赤にさせて心臓の辺りを押さえていた。カカシと目が合うと、ビクンっと肩が上がる。
(あーあ、せっかく近寄って来てくれたのにすっかり怯えられちゃってるし…)
はぁ、とため息を吐く。
(……っカカシ先生、ため息吐いたってば)
ナルトは泣きそうに眉を潜める。カカシに見詰められるとわけもなくドキマギしてしまって、何となく気不味い雰囲気になる。
おかしいってば。カカシ先生と喋る時に緊張したことなんてなかったのに。心臓がドキドキしてその日、ナルトはとうとう任務が終わってもカカシに声を掛けることが出来なかった。
わからない。この気持ちはなんなのだろう。教えて、カカシせんせー。
―Wednesday night―
「オレたちの奢りだ。食えや」
ひっくひっく、涙を零しているナルトの前にドンブリが置かれる。一楽の座席に座っているのは、左から、ナルト、ゲンマ、ライドウだ。
「……早くしないと伸びるぜ?」
「うううう~」
ポタポタと大粒の涙がドンブリの中に入る。泣きながら、味噌味のラーメンを食べ始めたナルトの頭に、ゲンマの手がぽんっと置かれる。
「しょっぱいってば」
「そりゃな…」
苦笑して、ゲンマが横で酌を傾けているライドウに同意を求める。
「オレにふるな」
ガキの涙には弱いんだよ、とライドウがため息を吐く。ナルトは、そんなライドウの顔を見た後に、またじわりと目尻に涙を溜めた。
「うお……!?」
泣いた、泣かせた!?とライドウが椅子から転げ落ちんばかりにズザザザと仰け反り、「落ちつけや」とゲンマが楊枝を咥え直す。
「カカシせんせぇ、怒ってたってば」
「あー…。そうだな?」
「なんで急にいなくなっちゃったんだろう」
ゲンマとライドウはお互いにナルトから視線を逸らす。彼等はカカシがナルトの「好きな人」の話をナルト自身の口から聞いたために、不機嫌になったと知っていた。だが、それをこのお子様に告げて良いものだろうか。
担任からlike以上の思いを寄せられていることに気付いていないお子様は、単純に自分が何か失敗をして「また」カカシに嫌われたと思っているようだった。
「ほら、食えよ。好きなんだろ。ラーメン?」
「……カカシせんせぇと一楽食べたかったってば」
ナルトはしょんぼり肩を落とす。おいおい、奢りでそれを言われちゃあこっちの立場がねぇよ、とゲンマは、乾いた笑いを漏らした。
風の噂では、下忍のうずまきナルトに一目惚れした上忍のカカシが、傍迷惑な自分の恋を実らせるために部下であるナルトを追いかけ回しているという噂が流れていた。
これまでは、ゲンマ自身もはたけカカシの一方通行だと思っていた。しかし、今、自分の横に座るうずまきナルトの様子を見て、あながちはたけカカシの恋は一人相撲ではなかったのではないか?と思えてくる。
「うずまきは、カカシさんのことが好きなのか?」
「………っ」
ゲンマの言葉に、ぶわっと、碧い瞳から涙が溢れ出す。ナルトの想い人は、以前に里人に暴行されている時に助けてくれた男の人。カカシではない。
だけど、演習の時カカシに頭を撫ぜてもらえないと哀しくて、カカシに拒絶されると、胸が絞られるように痛かった。
ナルト自身も担当上忍に対して芽生えた想いに戸惑いを隠せないでいた。
「オレ…っ。その…っ。わ、わからな…っ。ふぇ…」
「あー…。すまん」
とりあえず食え、とゲンマは気不味い顔で、視線をそらして、ぽふぽふとひよこ頭を撫でる。
大きなドンブリを前にすると一層ナルトの小ささが目立つ。足をぶらぶらさせて、目とほっぺを真っ赤にさせながら、ラーメンを頬張るナルトはさながら小動物のようで、見降ろすゲンマの表情が緩む。
そんな視線を余所に、箸を進めていたナルトは、麺を飲み込んだあと伺うようにゲンマとライドウを見上げた。
「ゲンマさん、ライドウのおっちゃんありがとうってば…」
「まぁ、あのまま放っておけなかったしな。成り行きだ」
「誰がおっちゃんだ!」
二人の声が重なって、きょとんとしたナルトは一拍おいてニヘヘと笑う。
その笑顔が余りに綺麗だったので、ゲンマとライドウはしばらく固まる。
「こりゃ、カカシさんが嫉妬の鬼になる気持ちがわかるな」
「……ああ」
実際、人生色々で泣いていたお子様をあのまま放っておくのは如何なものかと子供が好きだと噂のラーメン屋へと連れ出した二人なのだが、それはナルトが人生色々であまりに目立っていたためだ。
別にそういった趣味の人ではなくても、ぐらりとグラつく何かを、子供は持っていた。ゲンマが目に見えない吸引力に引き寄せられて、ふわふわの金糸を弄んでいると、
「おい、ゲンマ」
「ん、なんだ?」
「もう止めとけ…」
「?――……っと」
ライドウに肩を突かれて、振り向いた先には、銀色の上忍がいた。
「カカシせんせぇ……!?」
次の瞬間、ナルトがお姫さま抱っこでカカシに抱き上げられる。いつもは無臭のカカシの忍服から煙草の匂いが香って、抱き締められた腕の強さにナルトの涙が引っ込んだ。
「オレの生徒と、何してたの…?」
「何って普通にメシ食ってただけっすよ」
「それにしては随分、ベタベタさわってたみたいだけど?」
露骨に牽制をかけてくる上忍の殺気に、ゲンマとライドウの背中に嫌な冷や汗が伝った。しかしその時、
「…せんせぇ?」
カカシの腕の中で、もぞもぞとナルトが身じろぎする。
「ナルト。ごめんね、また潰しちゃった?」
それだけで上忍の纏う空気が柔らかくなって、この上忍のわかりやすさにゲンマとライドウは呆れ果てた。
「あれぇ…?」
カカシの間の抜けた声。
「ナルト、どうして泣いてるの」
「ふぇ」
涙のあとが残っていた目尻をカカシの親指でそっと拭われる。
「もしかして、あいつらに泣かされた?」
鋭い視線が特別上忍コンビに向けられる。ぶんぶん、と慌ててナルトが首を振った。
「ちがうってば!」
「ちがうの?」
「お、おう」
「それじゃぁ、なんで泣いてるの?」
「それはそのっ。オレってばカカシ先生と……」
「オレと?」
「カ、カカシ先生と…」
「なぁに?」
ぽっとナルトの目元が赤く染まり、子供はカカシの忍服を掴んでそこにそっと顔を埋めた。
「カカシ先生と一緒に一楽行きたくて。でも先生に嫌われるのが怖くて、オレってば勇気なくて誘えなかったから…」
「え」
「カカシ先生と一緒に、一楽に行きたかったのに」
すん、とナルトは鼻を啜る。本当は言いたかったことはそれだけではないのに、ナルトはそこで黙り込んだ。何かを言ってカカシに嫌われたらと思うと、これ以上喋れなかった。
「そっか。オレのせいか…」
カカシが息を吐いて、ナルトの頭を撫でる。優しい声で言われたら堪らなくて、「……カカシせんせぇのせいだってば」とナルトはぎゅっとカカシの首に抱き付いた。
「あの、カカシさん。この後オレたちが、うずまきを家まで送ってく予定だったんすけど」
「ふうん、ご苦労さま。でも、もう用無しだね。ナルトはオレが家まで送ってくよ」
ゲンマが横から喋りかけるが、間発いれずナルトを抱えたままカカシの気配が消える。
「……割り込みかよ」
「こえぇぇ」
お互いに顔を見合わせた特別上忍コンビが、最重要危険人物にうずまきナルトが「お持ち帰り」されたことに気付くのは、その数秒後の話。
人生色々を出てしばらく歩いたカカシは、傍の壁に寄りかかると、はー…と長いため息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。
「あー、ヤバい。ナルトの前でぶち切れるとこだった」
流石にそれはヤバいでしょー、と普段は滅多に吸わない煙草なんてものに火を点けてみる。
「……なんで、ナルトの好きな奴がオレじゃないのよー」
煙草を片手にカカシは頭を抱えた。ナルトの好きな男。考えるだけで腸が煮え繰り返った。八つ裂きにしてやりたいとも思う。自分はすごく我儘な人間だから、そいつがナルトと幸せになる未来より、大切なはずのナルトを不幸にしてもいいから、ナルトの傍にいたいと思う。
そうした愛し方しかできない人間だと自覚しているし、それが自分の中にある歪みだった。
だって、綺麗事ばかり言ってナルトを奪われるくらいなら、まともな精神などいらないのだ。それ事態が余人からすればおかしなことなのかもしれないが、まるで駄々っ子が玩具を強請るように、カカシはうずまきナルトが欲しいのだ。
「不味…」
久し振りに吸った煙草はやっぱり好きになれず、よくこんなもの毎日吸えるよねぇとヘビースモーカーの友人に向けて独り言をぼやいた言葉は人生色々の窓から見えたそれに消えた。
しばらくして、潔癖症の嫌いがある子供っぽい大人は指に付いた特有の匂いに辟易した。
一方その頃。ナルトと言えば、混乱の最中にいた。
どうして? カカシ先生が怒っていた。
自分のこと見てくれない冷たい目。ズキンと心臓が痛む。
やっぱりオレのことがキライなの?
「………お、おい。うずまき?」
隣でゲンマ、ライドウの慌てた声が聞こえたが、ナルトは堪えきれずボロボロと大粒の涙が零した。
「どどど、どうしようってば。オレってばカカシせんせぇに嫌われちゃった」
小さなハートは許容量がいっぱいいっぱい。
わんわん、と大声を上げて泣いた、涙の水曜日。
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自己紹介
名前 空気猫、または猫
職業 ノラ
趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
夢 集団行動
唄 椎名林檎
性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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性質 人間未満
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ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
足跡