空気猫
空気猫
ミナトさんはそんなわけで失踪しました。
ミナトは困ったようにカカシを見て、カカシは「先生。いい加減、観念して下さい」と肩を竦めた。
「なんで、こんなに近くにいるのに、一度もオレに会いに来てくれなかったんだってば」
誕生日もクリスマスも、小学校の卒業式も、中学の入学式も卒業式も、ミナトは現れなかった。高校に入ったのかどうかさえ、知らなかったのではないかと思う。
なぜ、これほどまでに自分は避けられていたのだろうか、それがナルトにはわからない。自分は、何か父を不快にするような、重大な失態を犯してしまったのだろうかと、ナルトは、何度も、何度も、父との最後の記憶を手繰り寄せた。一日中河原で遊んだ、夕暮れ刻の帰り道。ミナトと手を繋ぎ、まだ幼かったナルトは、自分の父親に甘えてじゃれ付いた。それが親子の最後の思い出だった。
もしかしたら、自分は我儘を言い過ぎたのかもしれない。父は、せっかくの休日に自分となど遊びたくなかったのかもしれない。自分となど手を握りたくなかったのかもしれない。「かもしれない」の想像は一度始ると、止まらなくて、父が自分に見せてくれた少し困ったような笑顔さえも、もしかしたら自分は嫌われていたのではないだろうか、と思わせるのに十分な材料になった。
だって、嫌いでなければ、なぜナルトのことを置いて、彼はどこかへ行ってしまったのだろうか。家族三人で幸せに暮らしていたのに、それ以上に大切なものが外の世界にあったのだと言われるのが、ナルトは何より怖かった。
「先生、ちゃんとナルトに説明してあげて下さい」
「………」
「オレの口から出すことではないとわかっていたから、オレはずっとナルトに黙っていたんですよ。貴方のことも、オレがここで働いていることも…」
大きな大人の手の平に拳を握られて、ナルトは、上を向く。顔を上げると、横で色違いの優しい瞳がナルトに向かって注がれていた。大人に包み込まれた両手が、温かい。
カカシと息子に見つめられて、ミナトは長いため息を吐いた。
「おまえに会いには、いけなかったんだよ。そういう〝約束〟だったから」
ミナトは視線を自分の手に落とす。
「……?」
「オレから、おまえに会いに行くことは禁じられていたんだ」
「…んだってば、それ」
「おまえたちが自発的に会いに来てくれない限り、オレは家族に会っちゃいけない約束だったんだ」
ミナトが肩を竦め、寂しそうに笑う。カカシの方を見上げれば、カカシも同じように苦い顔をしていて、それが真実なのだとナルトは知った。弾かれたようにナルトが立ち上がる。
「誰と、そんな約束をしたんだってば……っ」
そんな約束を勝手にするなんて、とナルトは抗議の声を上げたが、「クシナさんのお義父さんとね」と、ミナトの唇から出るオトウサンという単語をナルトは不思議な気持ちで聞いた。ぎゅっとカカシの手を握る手が強くなる。
「クシナさんが、人より身体が弱かったことは、ナルトも知ってるよね」
こくりと慎重にナルトが頷く。
「おまえが、7歳の頃。クシナさんは、ちょっと胸に悪い病気を患っちゃってね。長く入院することになったんだ」
ミナトが出て行ってすぐ、母のクシナは、家に帰って来なくなった。祖父に聞けば母は心労で入院したのだと、教えられた。
もしかしたらミナトが家を出て行ったことと関係しているのだろうかと、ナルトは酷く良心が咎めて、それ以上詳しくあの杖の老人には尋ねることができなかったのだ。
「それがなんで、父ちゃんが家を出て行ったことに繋がるんだってば?」
ミナトは苦笑した。
「あの頃は、家族三人で楽しく暮らしていたよね。だけど、クシナさんの病状が悪化するにつれ、病院に付き添うオレは店を休まなきゃいけなかったし、おまえはいつも家に一人になった。薬代も入院費もバカにならなくてねぇ、オレの給料ではクシナさんの入院費、家族三人分を養う生活費は、とてもじゃないけど稼げるものじゃなかった。それでおまえのお祖父さん、つまりクシナさん方の家に、お金を頼ることになったんだ」
それみたことか、と言われたという。元々、ミナトとクシナの結婚に反対だった彼は、娘のクシナが身体を壊したのを理由に、ミナトを糾弾した。当時もミナトは喫茶店を経営しており、そこの給仕を、クシナが手伝っていたのだ。身体の弱い娘は慣れない重労働のせいで、身体を壊したのだと彼はミナトを責めた。
クシナが身体を壊した理由は他にもあったかもしれないが、そう言われてしまえば、言い返すことも出来ず、ミナトは喫茶店を一時閉店させ、お金を借りる代わりに、サラリーマンとしてUZU商事に勤めることになった。
「まぁ、性にあってなかったけどねぇ」
苦笑気味にミナトは笑って「ごめんね」と囁いた。
「クシナさんの手術が決まった時、手術代を出す代わりに出された条件が、二度と自分からクシナさんや息子に近寄らないことだった。直接会いに行くことはもちろん電話さえも駄目だった。ただし、クシナさんやおまえから、オレに連絡をとるのは自由。オレはその条件を呑んで、家を出た」
つまりほとんど追い出されるようにして、ミナトはナルトたち母子の元から去ったというのだ。
「………」
呆然とナルトはミナトの話を聞いていた。「……んでっ」ナルトはがたんと椅子から立ち上がった。
「なんで、そんな条件を飲んじまったんだってば!!」
「ごめんね、ナルト」
「だってオレは…ずっと嫌われてると、思ってた。父ちゃんは、オレたちと〝家族する〟のが嫌になったから、家を出て行ったんだと思っていた。嫌われるのが怖くて、会いに行けばわからなかった。父ちゃんはオレたちが嫌で家を出て行ったのに、どうしてオレが会いに行けるんだてっば……?」
怖くて仕方がなかった。小さな頃に渡された紙切れ。魔法使いの住処。祖父代わりだった老人が死んだ時に今際の際に渡された父の経営する喫茶店の住所と電話番号が書かれた紙切れ。
どちらも、すぐに会いに行けばミナトに会えたのに、ナルトは行けなかった。
ぼんやりとだが、幼い頃のナルトはその紙切れの文字が指し示す道が、どこに続いていたのか、わかっていたように思える。だからこそ、宝物箱に入れてそっと仕舞い込んだのだ。
「ずっと寂しい、哀しい想いをさせていたんだね…」
「父ちゃんのバカァ…」
「オレは、クシナさんやナルくんが嫌いだとか邪魔だとか一度だって思ったことはないよ。ずっと二人のことを愛していた、もちろん今もね」
ナルトの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。父の事は慕っていた。だけど、もし会いに行って拒絶されたら、どうすればいいのだろうとずっと思っていた。ナルトはミナトのことを恨んでいない。むしろ好きだ。しかしミナトは、どうなのだろう?実の父から、厭われるという事実に、直面する準備も勇気も、ナルトにはまだ出来ていなかった。だから、先に延ばして、誤魔化して、ずっと逃げていた。父と会う決心が出来たのは、カカシと出会ったからだ。誰かに好きだと言って貰えて初めて、「今なら会いに行けるかもしれない」と思った。
そして、現実は、想像していたより、呆気なく終わり、ナルトの想像を遥かに超えていた。
「ナルト、今までクシナさんにオレたちのこと聞いたことあった?」
「…ほとんどねぇ。聞いちゃいけないことなのかと思ってたし、聞いて、母ちゃんと気不味い雰囲気になりたくなかったから」
「そっか」
「……なぁ父ちゃん」
「なに、ナルト」
「母ちゃんはどこまで、知ってるんだってば?」
「クシナさんはさっき言ったことは全部知ってるはずだよ」
「それじゃあ、母ちゃんは……!」
「知ってておまえには全部黙っていたみたいだね。きっとあの人なりに何か考えがあったんだと思うよ」
ナルトが声にならない言葉を発し、ミナトが口を開こうとした時だった。closeのプレートが掛っていたはずの木の葉喫茶の扉を開ける女性の影が伸びた。
「あらぁ、ナルトじゃない!久しぶり!!」
中に居た男三人の目が開かれる。最初に、持ち直したのはミナトだった。
「ちょうど、きみの話をしようと思ってたところなんだよ、――クシナさん」
来店した女性にミナトは微笑み掛けた。
元波風家大集合。
風を切って疾走して行く、金糸の少年をカカシは、全速力で追い駆ける。しかし、十代と三十代の違いと、普段からの運動量の差で、なかなかナルトに追い付くことは適わなかった。ただでさえ彼は体育会系ではないのだ。
「……ナルト!!」
やっとナルトを抱き締めることができたのは、木の葉喫茶から大分離れた道端でだった。お互いに息を切らして、その上、腕の中でナルトが暴れるものだから、カカシはいっそう強くナルトを抱き締めなければいけなかった。
「やだ、離せってばカカシ先生。カカシ先生のこと信じてたのに。そりゃカカシ先生になら、傷付けられてもいいって思ってた。だけど、こんな裏切りは酷過ぎるってば。父ちゃんの知り合いってどういうことだってば。なんで黙ってたんだってば。最初からオレのこと知ってて近付いた?偶然じゃなかった? …騙して、オレのことを影で笑ってた?―――大嫌いだってばっ!」
背後からカカシに羽交い絞めにされて、身長差のために足は宙に浮く。ナルトは精一杯の抵抗とでも言うようにバタバタと大人の腕の中で暴れる。
カカシは、心臓を氷の矢で貫かれたように固まっていた。背筋が冷えて、腕の中で動いているナルトは、確かにリアルな存在であるはずなのに、ただバタバタと暴れる生き物になってしまったみたいだった。
ドクドクと脈打つ心臓とは真逆に指先は凍りつき、感覚がなくなる。身体の震えが来る前に、カカシは腕の中の存在を確かめようとナルトを掻き抱いた。
「……ナルト。そんなこと言わないでよ」
カカシとミナトの関係を知った時のナルトの反応をある程度、予想していたカカシだが、まさかこんな拒絶…、別れ話にまで発展するとは思わず、心臓がつぶされそうな思いだった。
「嫌だ、さわるなってばぁ…。なんで父ちゃんの恋人なのに、オレに好きだって告白したんだってば」
「……はい?」
「カカシ先生なんて永遠に父ちゃんとイチャイチャしてればいいんだってばぁ…」
「ちょっと待って。なんでそこでオレが先生の恋人になっちゃうわけ?」
波風ミナトと自分の間に繋がりがあったことを隠していたのは、悪いことをしたとカカシは思っていた。だが、聞き捨てならない言葉にカカシは今度こそ蒼褪めた。
「……カカシ先生は父ちゃんの恋人だってば」
「あ、あのねぇどうしてそんなおっそろしい思考回路になっちゃってるわけ…?ていうか…いやもうゾッとするような想像だから、止めて貰えると嬉しいんだけど?オレとあの人が、とか本当に勘弁でしょ」
確かに、波風ミナトに憧れめいた恋心を抱いていたことは過去にあった。しかし、そこに肉体的な欲があったかと言えばそうではない。抱いたり抱かれたりという感情ではなく、波風ミナトに対する想いは周りに近しい大人がいなかった故に発生する単純な、思慕だった。それを恋だと勘違いしたのは、カカシにまだ甘えがあったからだ。倒れそうな木が支えを欲しがるように、あの頃のカカシは父の代わりとなる存在を無意識に探していた。甘えていた言ってしまえばそれまでだが、ミナトはそんなカカシの支えであったに過ぎない。
「なんでナルトはそう思っちゃったわけ?」
己が大人だという年齢に到達して初めてわかったことは、波風ミナトが格別変わった大人であったということだ。それまで、十代の時も少々抜けている大人だという認識はあったが、しかし「大人」は「大人」というカテゴリに分類され、それ以上でも以下でもなかった。
そして現在、波風ミナトとカカシの、年齢の距離は縮まらないが、大人と子供、つまりは精神的な距離は縮まり、思ったことは一言。――あの人、頭おかしい。これに尽きるのである。
たとえば、波風ミナトという男は、カカシがどんなに細かく予定を立てても、「その日の気分」とか「直感」とかで、物事を動かしてしまう。そして、大変悔しいことに、波風ミナトの直感に従った方が、数倍物事が上手くいくのだ。たとえ、その過程で、カカシがちょっぴり魂を抜きかけるほど労働したり、してもだ。
海外から帰国したあと、カカシはしばらくぼんやりと職探しをしていたのだが、波風ミナトに誘われて彼の経営する喫茶店で働き始めて、無茶ぶりに振り回されているうちに、わずかに残っていた自分の「常識」「計画性」「真面目」さはすっかり損なわれていった、と本人は強く主張している。
なので、十代の頃に抱いていた仄かな憧れは既に消え失せ、ナルトと出会って以来は、目障りでしかない存在になったと言っても良い。そんな心情だというのに、自分と先生が…なんて、ゾッとするような想像である。
「ナールト、なんでオレがその…おまえのお父さんのオンナになっちゃうの、教えて?」
「……だって言われた」
後ろ向きのまま、耳朶を甘く噛んでやれば、観念したナルトがぼそぼそと喋り始めた
「誰に何を言われたのかな~」
「………」
カカシがナルトの耳朶にちゅっと唇を寄せる。人様の恋人に変なことを吹き込みやがって。内心モクモクと暗雲を渦巻かせつつ、表面上はにこやかにカカシが問い正した。
「じぃちゃん」
「猿飛さんが…?」
「そっちの方じゃない、じぃちゃん」
「………!」
「父ちゃんはもう別な女の人と一緒にいるから、オレが会いに行っても迷惑なだけだって…」
「そんなことを言われていたのか…?」
「実際そうだと思ったし…、オレが会いに行ったら出て行った父ちゃんに迷惑になるじゃん…」
「はぁ…」
「………?」
「通りでおまえがいつまで経っても会いに来ないわけだ…」
カカシは独り言のように呟いて、ナルトの頭を自分の懐に引き寄せる。
「………カカシ先生?」
「オレたちはおまえが来るのをずっと待ってたんだよ」
「………?」
「ねぇ、ナルトは恋人のオレのことよりそのジイサンの言葉を信じるの?」
「だって……」
「はぁ…。まだまだ甘やかしが足りなかったかなぁ」
ナルトの頭にカカシの顎が乗っかって「え?」とナルトは首を傾げる。
「だって、もし父ちゃんが別の人と幸せに暮らしてるなら、オレってばお邪魔虫だってば。嫌われたら怖くて、会いになんて行けなか…っ」
「違うよ、ナルト。あの人はいつもおまえのことを大事に思ってたよ。いつもおまえのことを考えていたし、どれだけ心配して大事に思っていたか…」
「…カカシせんせぇ?」
「ナルト、オレはおまえが好きなの。愛しちゃってるの、そこらへんだけは絶対、変ることがないから、疑わないでね」
いつのまにか、壁際に背中を押し付けられえて、キスをされていたナルトはぽやんとした顔でカカシのことを見上げる。
「喫茶店に戻ろう、ナルト。ここからは直接あの人の口から聞くべきだ」
カカシに促されて、ナルトは曖昧に頷く。そしてナルトはバツが悪そうにカカシを見詰めた。
「……カカシ先生、勘違いしてごめんってば」
「ま。まさかオンナだと間違われているとは思わなかったけどね。さすが意外性ナンバーワン」
「だって…、カカシ先生男の人にしては口調が怪しいし、オレに平気で道端とかでキスするし、真性のゲイなのかと…」
「………」
無言で頬を抓られて、ナルトは「いひゃいいひゃい」と、笑った。そのまま二人はどちらからともなく唇を合わせる。一部始終を偶然通りかかったシカマルが声を掛けるに、掛けられないまま終わったとも知らずに。
「……ナルくん!!!」
再び喫茶店のドアを開けると、黄色い閃光が、ナルトに向かって突進して来た。どうやら、窓からナルトが来るのを確認していたらしい。約8年ぶりに再会する父親に抱き締められて、ナルトは混乱の最中にいた。
「心配したんだよ、もう戻って来てくれないのかと思った」
大袈裟な仕草で泣きまねをするミナトに戸惑いつつ、ナルトは再びカウンターの丸椅子に座る。
そしてそのまま、けたたましい騒音が厨房に上がった。ドンガラガラガッシャーン。笑顔のまま、ミナトの手からフライパンやら鍋やらが盛大な音を立てて落ちていく。ついでに頭を戸棚にぶつけて彼は物の見事に転倒した。
「……と、父ちゃん?」
「ごめん、本当におまえがもう帰って来ないんじゃないかって心配で……」
「………へ?」
「あははは。パパ、ちょっと舞い上がっちゃってみたいだよ。だって本当に久し振りなのに、嫌われちゃったら笑えないでしょう?」
「………」
満面の笑みのまま、ミナトが答える。ミナトの言葉にナルトはぐるぐるぐと思考を巡らせた。ニコニコ笑っているから解り辛いが、本当に緊張しているのだろうか。
まさか、と思うが、男性客がレジに立ちお会計を済ませようとすると、ミナトはゼロが二つほど付け足した値段を満面の笑みで告げた。
「6万円になります」
珈琲を一杯だけ飲み、財布を出した客は素晴らしい営業スマイルのマスターによって万単位のお金を要求され、ここはぼったくりバーかと、しばし固まってしまったようだった。
「父ちゃん、お会計は600円だと思うってば」
「…んー?」
「……6万円なわけがないってば」
「あはは、そうだっけ?そうかもねぇ」
ナルトは呆れて父を見た。ミナトという人はある意味、最強に感情が表に出ない人なのかもしれない。子供の頃の父との思い出を記憶の中からひっくり返して思い出してみるが、パズルのピースはすでにバラバラで、上手く繋ぐことは適わなかった。
大体、小さな子供にとって父親とはかなり格好良く見えるものである。それが男の子なら尚更だ。男親とは世界一格好良く見える。
当時のナルトにはわからなかったが、ニコニコした顔のまま、…確かにドジをやらかしていたかもしれない、おそらく。
河原でボールをなくしたり、…そうだ砂場でも不器用な一面を発揮していたかもしれない。
「本当に嬉しいかったんだよ。ナルくんがパパに会いに来てくれるなんて」
無事に?お会計を終え、ミナトが再び感動したように呟くのを余所にナルトは手元のすっかり冷えてしまったココアのカップに目を落とす。
「…そんなに嬉しいなら、なんで父ちゃんは今までオレに会いに来てくれなかったんだってば」
ぼそっとちょっとだけ恨みがましく、言ってしまった。ナルトが涙腺が弛むのを堪えていると、後ろからぽふぽふと頭を撫ぜられる。見上げれば、口元に優しげな微笑をのせたカカシが居た。
「父ちゃん…。オレってば…」
突然、呼吸が楽になったような気がした。
自分には、今、カカシが居るのだ。
「どうして父ちゃんが家を出て行ったか、オレが解るように説明して欲しい。オレ、ちゃんと聞くから」
「ナルくん…」
「それに、オレってばもう“ナルくん”なんて歳じゃないってば」
ナルトは厳かに父親と向き直ると「ナルくん呼び禁止!」を宣言した。
「そ、そんなぁ~」
「ダメったらダメ。オレ、もうすぐ16歳だってばよ。もうそんな歳じゃねぇの」
「ナルくんはナルくんでしょ、それに父ちゃんじゃなくパパって呼んで欲しいのに~」
ナルトの冷たい視線に四代目はよよよとスポットライトを当てられ、ステージ上で泣きマネをする人のような恰好を取る。
「息子相手に鳥肌立つような事言うなってば…」とナルトは、怒りながらも、また少しだけ、呼吸がしやすくなったことを感じた。
まだ、ナルトが両親と三人で暮らしていた頃、波風家の朝食は真っ黒に焦げたトーストだった。彼女が、料理ベタだったのか、それとも消炭の味がするトーストが味覚オンチの彼女のマイブームだったのか、今でもナルトには判断できないが、とにかく彼女がキッチンに立つ姿を見るのがナルトは好きだった。
母のクシナは身体が弱かった。ナルトが幼い頃より入退院を繰り返し、普段は人一倍元気なくせに、ちょっと無理をするとニコニコ笑いながら突然倒れた。
ミナトとナルトが倒れたクシナ夫人を前にオロオロするのは、わりと波風家ではよくある光景で、ミナトが家を出て行った後も、すぐにクシナは入院してしまい、しかもそれは長い闘病生活になった。ナルトは母方の祖父の家に預けられていたが、そこはナルトにとって馴染める場所ではなく、別に卑屈になっていたわけではないが、ただ、どんなに話しかけても「コレ」とか「ソレ」とかモノ扱いしか、されなかったから、諦めてしまっただけ。酷く叱られることも多々あり、叩かれることもあった。理由は「行儀が悪い」ことに始り、「学校に馴染めない」こと、……父のことと、様々だった。
そのうえ、学校の同級生からは、たびたび子供特有の無邪気な残酷さで父親がいないことをからかわれた。そのたびにナルトは子供たちと喧嘩をしては問題を起こした。情緒が不安定なのだと担任から家に電話がくれば、それは全て父のせいになった。ナルトがそんなことはない、父は関係ないのだと、いくら首を振っても、小さな子供の意見は受け入れられなかった。
だから結局、近所の公園と母の入院していた病院が幼い頃のナルトの避難所だった。
「ナルト、また喧嘩したの?」
「………」
「ナルト?」
「父ちゃんの悪口を言う奴をボコボコにしてやっただけだってば」
見舞いに行くと、よく母に顔の傷に付いて訊ねられた。むうとむくれてから、病院のベッドの上でしょんぼりと顎を乗っけるナルトを見下ろして、やんわりとクシナが笑う。
なぜ、我子がひとりぼっちで平日の午後を過ごしているのか、母であるクシナは察していたのだろう。祖父との確執も、ナルトは彼女に一切話さず口を噤んでいたが、薄々は気付いていたかも知れない。
ただその時点で、入院中のクシナに出来ることは酷く少なくて、ただ我子の腫れた頬や、額に出来た傷を女性特有のしなやかな指で撫でることだけだった。
気持ち良さそうに細められた碧い瞳、閉じられた瞼を、彼女は愛おしそうに慈しんだ。それが、その時のクシナとナルトのささやかな交流であった。
「母ちゃん、オレってば可哀想な子供なんだってば?」
「ナルトはなんでそう思うの?」
「学校の先生に言われたからだってば」
またある時、ナルトが投げかけた質問に、クシナは困ったように、だけど明るく笑った。
「いーい、ナルト?」
病室から見える窓の外は、青空が広がっていた。ナルトは、母親を見上げて首をこてんと傾げる。たっぷりとした赤毛が白いシーツの上で流れた。
「同情してくる奴等は勝手に好きなこと言わせて起きなさい。やっちゃったことはしょうがないし、別れしちゃったものは仕方ないの。それは事実なんだもの」
ナルトの外見は、ミナト。性格はクシナと言われるほど、クシナはきっぱりとした竹を割ったような性格の女性だった。
「だけどわたしたちは、可哀想だからいじけて肩身を狭くしてればいいの? 違うでしょ?
だから、いつでも笑っていなさい。哀しいことがあったらそれを弾き飛ばしちゃうくらい笑顔でいなさい。そうやっていつでも前を向いているのよ」
ぽかんとした顔でナルトがクシナを見上げる。そんな我子を見下ろして、クシナは夫にそっくりな金糸を愛おしそうに撫ぜた。
「それともナルトは自分のことを可哀想だと思ってるの?」
ナルトは一拍置いたあと激しく首を振った。
「そうでしょ?」
クシナはくすくすと笑い、うーんと何か考え込むような素振りをした。
「むしろそうねぇ、可哀想だと同情してくれる人たちはとことん利用してしまいましょう。凄く良い考えだと思わない?だってわたしたち親子はこんなにか弱いんですもの。ちょっとくらい助けて貰ったってバチは当たらないわ」
か弱いを、強調してクシナはガッツをする。
「波風家訓、使えるものは最大限に利用すれ!」
「か、母ちゃん……?」
「ふふふ。ナルトも逞しく生きなきゃだめよ、なんていったってわたしの子供なんだから。それにせっかくわたしが可愛く産んで上げたんだから、その顔は活用しないとダメよー。あなたは本当に要領が悪いんだから!女の子だったら、びしばし教育したところだわ。ううんでもちょっと待って…。男の子だからって可愛いのが役に立たないわけじゃないわ、人生どんなことが起こるか…」
ブツブツと何事か呟き始めた母の独り言をナルトは若干引き気味に聞いていたのだが、思えば病室の母のサイドテーブルには果物やらお見舞いの品が絶えたことがなかった。クシナ夫人は、「あ、ちょっと眩暈が」などと言って人様を顎で使うことを得意としていて、彼女が重たいものを持っているのを、ナルトはついぞ見たことがない。彼女は、人に命令することなく、にこにことした笑顔のまま、人をこき使い、トラブルを解決し、あげくは人を押し退け、それほど苦労することなく世の中を渡っていくミラクルな女性だった。
難しい顔で考え込んでいたナルトはしばらく眉間に皴を寄せたあと、クシナに尋ねた。
「母ちゃんは、しあわせ…?」
「そうねぇ…。ナルトがいてくれたらしあわせかな?」
懐に抱きついてきた我が子に柔らかい笑みを落として、ふふふ、とクシナが笑った。
+ +
追憶の中からナルトは現実世界へと引き戻された。
「さぁ、さぁ、さぁ。ナルくん、ずずいっとここに座っちゃってよ」
「………」
あまりのミナトの歓迎振りに驚いて、別にちょっと寄っただけだからともごもご呟くナルトに反して、いいじゃない、久しぶりの親子の再会なんだからゆっくりして行きなよ、と無理矢理カウンターの席を勧められたら断れなくて、ナルトは胡散臭そうに木製の丸椅子に腰掛けた。
「よく会いに来てくれたね、何年ぶりかなぁ…」
「8年だってば」
「そうそう。そんなに経つよねぇ、元気だった?」
「………」
離れていた年月などなかったかのように、満面の笑みのまま、軽やかに自分に向かって喋りかけてくる父親を前に、ナルトは曖昧に頷いた。
まるでちょっと遠い所に旅行に行っていて、数週間ぶりに再開したような会話だが、実際離れていた年月の長さは、ナルトの人生の約半分に相当する。
ミナトは漂っている微妙な空気に気付いているのかいないのか、ニコニコと厨房に立っていた。ナルトが不思議そうに首を傾げると「今、ちょっと手が離せなくてごめんねぇ」と、すまなそうにあやまって、そういえばボックス席に数名の先客がいることに気が付いた。
なんだ、ちゃんと繁盛しているんじゃんと、てっきり野垂れ死に一歩手前の生活かと思っていたから、どこかほっとしたような微妙な気分になって、働く父の姿を奇妙な気分で眺めた。
何度か視線が合うと、そのたびに微笑み掛けられ、なんとなく気不味いような雰囲気になったが、そう思っているのはナルトだけかもしれなくて、それもちょっと決まり悪い、と思ってしまった。
「忙しいなら帰るってば」
「ううん、そんなことないよ。来てくれて凄く嬉しい。もうちょっとで落ち着くからちょっと待っててね」
「で、でもさ…」
「あー、せっかくナルくんが来てるのに仕事だなんて、ちっとも身が入らないよ。お客さん追い出しちゃおうかなぁ」
「そ、それはダメだってば。父ちゃんなに言ってるんだってば」
ガタン、と驚いてナルトは席を立ちそうになる。
「そう?」
“父ちゃん”と呼ばれて、ミナトは嬉しそうに微笑む。ナルトは気が付いてなかったが、ナルトが店に招かれた時点で、店の前の「open」「close」の黄金色のプレートはちゃっかり「close」になっていて、店に入って来ようとしたお客の何名かが、首を傾げながら通り過ぎて行った。
「もう来るなら事前に連絡してくれたら良かったのに」
「電話番号なんて知らねぇもん」
「あ、そうだったね……――ごめん」
「謝るなってば」
「うん、ごめん」
「………」
ジャズの流れる店内は、壁に掛けられている仕掛け時計が時間を刻む音以外静かだった。なんとなく手持無沙汰になったナルトは、しばらくの間、会話の間を埋めるための暇潰しの道具を探したが、カウンターには、砂糖のポットと銀製のスプーン、紙ナプキンしかなくて、格別楽しいものとか、眺めて気を紛らわすものなど何もなかった。
なんでこの店はメニューがないんだってば、ともうそんなに子供でもないのにむうと頬を膨らませていると、目の前にミナトが居た。
「ところでナルくんは今年で中学生だっけ」
「………」
普通、息子の年齢を間違えるだろうか。目の前に湯気の立つカップを置かれながらミナトに尋ねられ、ナルトは呆気に取られて、次の言葉を飲み込んだ。もしかして、やっぱり綺麗さっぱり存在自体忘れられていたのだろうかと、微妙にショックを受けてナルトは落胆してしまった。
「ナルくん…?」
「高校生だってば」
「ええっ、全然見えないね!?」
「………」
「ああ…。ごめん、ごめん。そんなに睨まないでよ。久しぶりにナルくんの顔を見たらパパも緊張しちゃってさ」
「………」
目の前に置かれたカップを睨んでナルトは「……父ちゃんオレってばもうココアなんて飲まねぇってば」と俯いて、小さな声で呟いたが、フライパンでニンニクを炒めているミナトには聞こえなかったかもしれない。
昼も近い時分だというのに、店内にはミナト一人しか居ないらしい。ウェイターやウェイトレスの一人でも雇って居ないのだろうか、と思ったが、彼等とミナトが仲良くお喋りとしているのを見るのも、たぶん微妙な気分になっただろうから、かえって良かったのかもしれない。
それに…とナルトは杖を持った老人に言われた言葉を思い出す。大きな屋敷に住んでいた和服の老人に放たれた言葉は幼いナルトにとっては呪縛のような響きで胸に刻まれていた。
店内は相変わらずゆったりとした時間が流れていたが、
「あのさ、父ちゃん――」
「んー…?」
ナルトが思い切って話を切り出した時、カランカランと来店者を告げるベルが鳴った。
「先生、店先のcloseってどういうことですか」
後頭部を掻きながら、店の中に入って来たのは銀髪に猫背気味の男だ。耳に心地よい低音の声。男は「まったくおちおち昼休みもとってられないですよ」とぶつぶつと文句を言いながら、半眼になっていた。
「よりにもよって、稼ぎ時に閉店ってやる気があるんですか。別にいいですけど?休みにするなら前もって教え下さいよ、こっちにだって用事ってものが――……」
そこで、眠たそうな半眼で来店した箒頭の男の色違いの目が驚きで見開かれる。
「ナルト!?」
「カカシせんせぇ…?」
ナルトの目の前に居たのは、銀髪でオッドアイ、ホワイトカラーのシャツにカフェエプロンを身に付けたはたけカカシだった。
「え、なに。二人とも知り合い?」
目を真ん丸くした二人を交互に見て、ミナトは首を傾げる。
「この子は、うちの手伝いをしてくれてるはたけカカシくんだよ。男前でしょー、ちょっとヘタれてるけどねぇ」
「誰がへたれですか、誰が」
シャツのボタンを締めつつ、カカシはナルトに微笑み掛けながら、厨房に入って行く。
「やぁ、ナルト。久しぶり」
「お、おう…」
お互いに微妙な間を開けつつ、挨拶をして、気まずい沈黙が二名の間に落ちる。
そして、ナルトは呆然としたまま、真ん丸いまなこでカカシを見詰めた。
「こんなの嘘だってば」
「ナルト…?」
「ナルくん…?」
服の袖をぎゅっと握って、ふるふると小刻みに身体が震えだしたナルトを見て、カカシがぎょっとする。 ナルトの目尻にこんもりと涙の粒が溜まっていたからだ。
「ひ、酷いってば、カカシ先生のこと信じてたのに」
ナルトが立ち上がった瞬間に、椅子が床に倒れる。
「ナルトっ?」
「―――――カカシ先生が父ちゃんの〝オンナ〟だったなんて!」
「ナ、ナル。……オンナ?」
「カカシ〝先生〟……?オンナ?」
ぽかんとした大人二人を余所にうわあああんとナルトが叫び出す。
「カカシ先生の裏切り者。父ちゃんとのこと黙ってるなんてサイテーだってば!オレのこと好きだって言ったくせに…。付き合いたいってのも、全部、全部嘘だったんだろ、オ、オレの父ちゃんとイチャイチャして、……浮気もの――――!!!!」
脱兎の如くナルトが泣きながらドアから飛び出して行く。
「………」
「……ナルくん、なんで?」
シーン…という木枯らしが吹き荒ぶような寒い空気が店内に流れて、一拍置いたあと叫んだのはもちろん彼だった。
「ナ、ナルト!?」
蒼褪めた表情で、転がるようにカカシが店を出て行く。「待って、誤解だよ!?」とどこか昼メロチックな台詞を吐きつつ、ナルトを追う。入れ違いで「なんだぁ、今のデキのわりぃコントは…」と煙草を吹かしながら来店したアスマは、ぽかんとした顔で取り残された木の葉喫茶のマスターに説明を求めた。
「さぁ?オレにもよくわからないよ。ナルくんが突然オレとカカシくんのことで怒って出て行ったみたい」
「はぁ…?」
(バカップルが痴話喧嘩か…?)とうっかり口に出しそうになって、アスマは黙り込んだ。
(そういやカカシの奴、お姫さんと自分のことは四代目にはコソコソ隠していやがったな……)
こりゃ面倒臭ぇことになりそうだ、と瞬時に、アスマの直感が働き、店内に入り掛けた足を外に出す。
「おっといけねえや、ちょっと用事を思い出し…」
「待ちなさい、アスマくん」
アスマの肩にしなやかな五指が乗せられる。
「ちょっとコーヒーを飲んでいかない? 奢りにするからさ?」
ニコニコした笑みのままミナトは髭の男に微笑んだ。一見優男風の喫茶店のマスターの細腕のどこにそんな力があったのかというほどの腕力で肩を掴まれ、「ねぇ、いいでしょう?」と、やんわり和やかに強制着席を促される。近所の奥様方をイチコロにしていると噂の微笑が、今はやけに恐ろしい。
「いや、なんつぅか四代目。カカシとナルトは少し前から親交がありまして…兄と弟のようにその」
傍目には平和な空気を醸し出しつつ、恐ろしい空間に早変わりした喫茶店内の空気を読んだ残りの常連客は早々と薄っぺらな財布から札を置いて撤退し、あとに残された猿飛アスマはあんな友人なんかと手を切っておくんだったと後悔をした。
猿飛アスマの受難録
イチゴミルク続編。
現代パラレル最終シリーズの連載です。
――スプーンとフォークで楽しいお食事会を開きましょう。
今日のメインディッシュは、きみのお気に召すまま。
いらっしゃいませ――
長い煙突から、空に向かってモクモクと煙が吐き出されている。学校帰り、ナルトは、木の葉町の片隅にある工場地帯を歩いていた。スモッグの匂いと、河の音に混じって、歩道の両側からは定時の就業時間を終えるまで1日中機械音が鳴り響いている。中学時代を過ごした今は懐かしい風景に目が細まった。
カエルのマスコットキャラクターのキーホルダーが付いた横掛け式の学生用布鞄が、ぱこんと揺れる。河岸に沿ってスロープした道を歩き、家屋と家屋に挟まれてゴミバケツと配管と野良猫でごちゃごちゃした小道を抜けると、表通りのオフィス街にある高層ビルとは正反対の佇まいで営業している古びた整備工場の前に出た。
「おーい、綱手のばぁちゃーん。生存確認に来たってばよー!」
ナルトは、工場の横にあるプレハブの建物に向かって顔の横に手を当て大声で叫んだが、建物の中からは返事はなかった。事務室か、と古びた工場の二階に目を向ければ、火花が散るのではないのか、という勢いで殴られた。―――後頭部から。
「うう。いってぇ」
「あ、あひぃ。ナルトくん…」
「誰が生存確認だってぇ?」
小ブタを抱えたシズネが口の中に手を入れてガタガタと震える傍で、豊満な胸の年齢不詳の女性が拳を握っていた。
「綱手のばぁちゃん。せっかく会いに来たのに、いきなり殴るなんて酷いってばよ…!」
地面にしゃがみ込んだナルトは恨めしげに緑色の半被を着た綱手を睨み上げる。
「〝せっかく会いに来た〟だぁ?」
「うぉ……っ」
ぶん、とナルトの頭部の辺りで風が薙ぎ、ナルトは間一髪の所でそれを避ける。
「あっ。危ないってばよ、ばぁちゃん。オレのこと、殺す気かよ!」
綱手の突然の暴力に、ナルトが抗議の声を上げ掛けたが、豊かな胸が視界一杯に広がって思わずたじろいだ。
「おまえは、なんで今の今までなんで連絡を寄こさなかったんだい!」
「ばぁちゃん…」
ナルトは目尻に浮かんだ涙を引っ込めて綱手の抱擁を受けた。
「たく、自立は許したが、少しは私たちを頼ってくれてもいいんじゃないのかい。電話もロクに返さないで、私たちがどれだけ心配したと…」
「ご、ごめんってば…。ばぁちゃん。オレ…」
そういえば携帯電話が壊れて以来、綱手たちと連絡を取る事が出来なくなっていた。結果、綱手等との連絡を疎かになってしまい、知らない間に随分と心配を掛けたようだ。
「このど阿呆が!」
「まぁまぁ、綱手様」
綱手を宥めるシズネの後ろで「血管切れますよー綱手社長」と工具箱を持ったコテツとイズモが笑いながら通り過ぎる。
ナルトは軽く工員等に手を振って、ニシシと笑った。
「……おまえ、随分とすっきりした顔になったじゃないかい」
「んぁ。そうかな?」
「なんだか、迷いが取れた顔をしてるな」
「ニシシ、まぁな。ここを出てから色々、あったかな…」
「そうか…」
ナルトの回答に、綱手がどこか安堵したかのように肩を落とした。
「今日は綱手のばぁちゃんの顔を見に来ただけだからもう行くってばよ…。この後、用事があるんだ。近い内にまた来るってばよ。またな、ばぁちゃん、シズネの姉ちゃん!」
「――お、おい。ナルト!」
「あ、あれ。事務所でお茶は飲んで行かないんですか、ナルトくん…!?」
シズネが、お盆を持って事務室から出て来たが、既にナルトの後ろ姿は遠くにあった。
「まったく相変わらず云うことをちっとも聞きやしない子だねぇ。どこを跳んで歩いてるんだか」
「そう言いつつ綱手様、顔が嬉しそうですよ?」
「うるさい、シズネ。とっとと仕事に戻りな」
「あひぃ。綱手さまぁ…」
「まったく。どいつもこいつも仕様がないガキだねぇ…」
そう言って綱手が見上げた空は青く、澄んでいた。
同刻、同じ空の下。
「ん…、んぅ、ん、ん、んん。ふぅ」
「ん……」
銀髪の大人によって壁際に背中を押し付けられて、金髪の少年が声を押し殺していた。ここは道端で、時刻は昼間。キスをし合う二人は同性で男同士。キスをされているのは先程の少年だ。そしてキスというよりは、食べるという行為に似た深い口付け。呑み込むように、舌を絡めとられ翻弄される。口内で蠢く大人の巧みな舌。含みきれなかった、だ液が伝う。
「ふぁ…っ。カカシ先生っ」
「ん、上手だったね…?」
別に二人はキス以上の行為に及んでいないが、十数分間に及ぶ長いキスに、大人の相手をしていた金髪の少年は息を荒げ涙ぐみさえしていた。
銀髪の大人の名前ははたけカカシ。金髪の少年の名前はうずまきナルト。なんとも目に鮮やかな色彩の二人である。
「けほ、けほ、けほ。はぁ…」
「だーいじょうぶ?」
咳込んだナルトの金糸を愛おしそうに弄びながらカカシは笑う。
「カカシ先生が無理させるからじゃんっ」
「はは、そぉー…?ちゃんと息継ぎ覚えなきゃねぇー…?」
とろんとした瞳のナルトを懐に招き入れて、カカシは腕時計を確認する。
「ナールト、そろそろバイトの時間だよ?」
「んー…」
瞼にキスを落とされてナルトの頬が朱に染まる。少年であるはずのナルトは、本来であれば、女性をリードする側の性に属しているはずだが、カカシと恋人関係になってから、受け身的な役割を担うことが多い。
年齢的な年の差を考えれば仕方がないことかも知れないが、ナルトは男としての意識が人一倍強い少年故、まだ照れが入ってしまうのだ。
だが、それに相反して、カカシの腕の中に居ると、この大人には甘えてもいいのだと、言いしれぬ安寧に満たされた。だから、今のように大きな身体で抱き込まれるとナルトは「うーうー」言いながらも大人しく降参してしまうのだ。
「あ、そうだ。カカシ先生、今週の日曜日なんだけど、オレってばちょっと用事があって逢えねぇの」
「あー、オレもそうかな」
「カカシ先生も?」
「ま、ね。そっかじゃあ外でデートはしばらくお預けかな?」
「………んー、んー、うん」
“デート”の言葉に赤くなっているナルトを見下ろして、カカシはニンマリと人の悪い笑みを浮かべる。
「じゃあ、ナルトのキス、日曜日の分もちょーだい?」
「――ん゛っ」
ナルトが長い長いキスから解放されたのはそれから更に数十分後。慌ててバイトに向かうナルトを平手を振って見送って、
「さ、オレもそろそろ仕事に行こうかねぇ…」
と、カカシはナルトのコンビニと真逆の方向へと歩き出した。
そして日曜日。
「ここが、そうだってば?」
ナルトは古びたメモ用紙を片手に喫茶店の前に立っていた。ナルトのアパートから少しだけ離れた場所にひっそりと佇む小さな店。古びて、罅の入った看板に書かれた店名は『木の葉喫茶』。緊張でこくんと喉が鳴る。
―――だって、8年ぶりの再会になるはずなのだから。
木製の雰囲気のあるドアの前でナルトは、入るか入らないか、迷ったあげく、ええいっと気合一発で扉を上げた。
扉に取り付けられていたベルがカランカランと鳴る。珈琲の香りと、煙草の匂い。喫茶店独特の空気に、しばしナルトは固まってしまった。
金髪碧眼の少年の登場に、中にいた金髪碧眼、ホワイトカラーのシャツにエプロンを着けた男の目がまん丸に見開かれる。
ガッシャーンと皿か何かが落ちる音と共に、歓声が飛んだ。
「ナルくん……!!」
「だ、だ、誰かナルくんだってばぁぁーーっ!!!」
抱擁してくる男を押し退け、ナルトのアッパーカットが見事に決まった。ああ、思い出なんて美しいままの方が良かったのかもしれない。ニコニコと満面の笑みで抱きついてくる男の名前は波風ミナト。そんな、父との8年ぶりの再会だった。
大変、お待たせ致しました。
セーラー服を求めていらっしゃったお客様へ。
ログをまとめて記載。この記事だけ見れば大丈夫。
注意:現代パラレル 女装アリ。
セーラー服を脱がさないで1 2 3
(空気猫では基本的に「パラレル系」は管理の人が分類に困るので日記のナルト本棚にごちゃ混ぜで移動します)
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ここは二次創作小説置場です。無断転載は禁止。本物のカカシ先生とナルトくん、作者様とは一切関係がありません。苦手な人は逃げて下さい。
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管理人の生態
自己紹介
名前 空気猫、または猫
職業 ノラ
趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
夢 集団行動
唄 椎名林檎
性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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