木の葉一忘れられない忘年会の巻き!?
「うずまき上忍!」
木の葉マークの額宛の布がひらひらと揺れて、太陽の下を歩くたびに金糸が煌く。典雅な雰囲気を漂わす金髪碧眼の上忍に道行く人々から感嘆のため息が落ちた。
「これを着るんだってば…?」
中忍の女の子に渡された桐の箱の中身を見て、ナルトは片眉を顰めた。そんなナルトのちょっとした仕草さえも中忍くの一は「素敵…」と両手を握っててうっとりと見詰めていたのだが、ナルトの視線は桐の箱の中に注がれたままだったため、異性の女の子の熱い視線に気付くことはなかった。
「是非是非、うずまき上忍に着て欲しいんですう。これは私たち中忍くの一の夢なんです。お願いします!!」
「………へ?」
「今年の忘年会は是非この格好でお願いしますうずまき上忍!!!」
乙女のロマンスゲットなんです!と握り拳を振りあげられて、意味はよくわからないが、そこまで言われれば断ることも出来なくて、ナルトは「いいってばよ」と二つ返事で了解してしまった。
そして、忘年会当日。会場に現れたナルトの姿をみて会場内にどよめきが走った。チャイナ服からすらりと伸びた足に、悩殺スリット。目元には朱色の化粧を施している。青年期を迎えたナルトは背丈は高くなったものの、下手をしたらそこらへんの女の子より華奢で、平たい身体に身体のラインが綺麗に出るチャイナ服がよく似合っていた。
「ナルト、その格好はなんだめんどくせぇ…」
額に手を当てて天を仰いだのはシカマルだった。続いてキバがギャハハハと指を指してナルトの姿を笑い、上中忍の忍男性陣はしばらく顔を赤くさせてナルトのチャイナ姿に見惚れていた。ちなみに会場の注目が金髪碧眼の青年に集まる中、チョウジだけは黙々とテーブルの上の食事を胃袋の中に詰め込む作業に集中していた。ある意味、大物だろう。
「きゃああああ、うずまき上忍最高です!!」
中忍の女の子の席から、黄色い声が飛んでナルトは満更でもなさそうに、頭を掻く。
「お似合いですうっ」
「こ、こんな姿で本当に良かったんだってば…?」
「バッチリですうっ」
きゃーと黄色い声が上がって女の子たちが手を合わせ飛び跳ねて喜ぶ。
「いいぞ、うずまき!」
「色っぽいぞー」
「もっと足出せ、足ー」
「ははは。うずまき、こっち来て酌しろー」
男性陣側の席からもそんな声がいくつも挙がった。
サクラが呆れた視線を、少女たちに向ける。
「アンタたち、最近こそこそしてたと思ったらまたしょうもないことしてたのね。あーあ、ナルトったらあんなに足出しちゃって…。怒られるんじゃない?」
誰に、とは言わないで、サクラは意味有り気な視線を隣で熱燗をお猪口で飲んでいたイノに向ける。
「十中八九お怒りになるんじゃないのアンタたちの元上忍先生なら」
「そうよねぇ、嫌だな。次の任務、あいつらと一緒なのよ」
「あら、ご愁傷様。珍しいわね、最近はあの人たち単独任務がほとんどでしょう?」
「先生がリーダーのテロリスト殲滅任務なのよ。このままだと―――荒れるわね」
「本当に? 任務と私事は別でしょ?」
「そりゃ任務中は二人とも大丈夫よ。だけど長期任務は寝泊まりもしなくちゃいけないのよ。野営の時間の気不味さを考えるとうんざりしちゃうわ。私、いやよ。この歳になってまで犬も食わない類のいざこざに付き合わされるのは」
「下忍の頃は〝愛こそ〟なーんて言ってたサクラがねぇ。いっちょ前にエラそうなこと言うようになっちゃって」
「そういう、イノこそどうなのよ」
「シカマルと? まぁまぁってとこね」
イノはお猪口を傾けて、澄まして答えた。サクラはため息ひとつ吐くと、
「余計なことをしてくれたわねぇ」と中忍くの一たちを睨んだ。
「ナルトのことは、諦めたんじゃなかったの?」
「諦めましたよ」
「じゃあなんで…」
「私たち、悟ったんです。うずまき上忍のお近付きになるとか、恋人になるとかなんて、とんでもない話なんだって。うずまき上忍には私たちなんかより、ずっとお似合いの人と幸せになればいいって。だから私たち、うずまき上忍を遠くから見守って、愛でようって決めたんです!!」
「……………愛でっ。そ、そうなの」
中忍くの一の妙な気迫にサクラは顔を引き攣らせた。そして、キバと飲み比べ対決を始めたナルトの元へと行くために席を立ったのだった。
キバと向かい合うナルトに「うずまき、色っぽいぞー」というすでに酔っぱらった野次が飛ぶ。
「キバ、尋常に勝負だってば!」
「はん、あとで吠え面かくなよ!」
「それはこっちの台詞だってば。おっしゃ、そんじゃあ早速飲み比べたいけ……――」
“つ”のところで、サクラがキバとナルトとの間に割り込んで二人の頭と頭をかち割る勢いで衝突させる。
「痛ってえ。んにゃろ、春野っ。何しやがんだ」
「痛いってばよ、サクラちゃぁあん」
「うっさい。キバ、バカナルト」
並んだ二つの頭を叩いてサクラが一睨みすると騒いでいた悪のりナンバーワンコンビがごくんと唾を飲んで押し黙った。
「正座よ、正座ぁ」
「は、はいっ」
「ふ、ふぁいっ」
サクラが拳をぶつけると、サクラの足下でキバとナルトが声を揃えて正座をする。
サクラは複雑な面もちでナルトの足へと視線を落とし、盛大なため息を吐いた。先程、ナルトは大股でキバと向かい合っていた時は惜しげもなく、スリットから太ももが露出して忘年会会場を湧かせていた。
「あんたいい加減にしなさいよ」
こっちが被る被害も考えなさいよ。
そう。忍里の忘年会とはいえ、立派な飲み会。普段は接点のない忍同士の出会いの場でもあるのだ。
それを何が哀しくて、男に…それも、サクラ曰く雅も粋もわかない見た目極上中身お子さま無自覚ど天然のナルトなどに会場内の注目を掻っ浚われなければいけないのか。
悪気がないだけに尚悪いとはまさにこのことだ。
「彼氏持ちは隅っこで大人しくしてろ!」
しゃーんなろとサクラが吠えて、ナルトのチャイナ服の胸ぐらを掴んだ。
春野サクラの男顔負けの大立ち回りに、おお、と会場内が図らずもどよめき、何故か中忍くの一等から黄色い歓声が上がった。
「カカシ先生、“これ”は丁重にお返しします」
目を渦にしたナルトの首根っこを引っ掴んで、サクラは某銀髪上忍の前に仁王立ちになった。
「そんな怖い顔してるくらいならしっかり見張っていて下さいよ」
「こいつが楽しそうだから、たまには我慢しようと思ってたんだよ」
銀髪の上忍は酒の入ったお猪口を傾けて、騒ぎから離れた所に座っていた。
「カカシふぇんふぇー」
ぽやんとした顔でナルトはカカシを見上げる。
「あれぇ、なんでここにいんのー?」
「ずっといたよ。おまえが気付かなかっただけでしょ」
「そうなんらー」
「ナルト。おまえ、飲み過ぎ」
「飲んでねぇもーん」
どうやら、遅まきながらに酔いが回って来たらしい。忍用の酒を煽るように飲んでいたのだから、当たり前だ。
「おまえねぇ…。あれほど飲み過ぎるなって言ったでしょ?」
当然、カカシの顔も険しくなる。恋人の媚態を晒す趣味は、カカシにはない。それに、ナルトが酒に弱いことは、カカシの睨みが利く同僚等はともかく若い連中に知られるのは宜しくないことだろう。
眉間に峡谷を作ったカカシを見上げてナルトはふにゃふにゃの笑顔でカカシに微笑み掛けた。
「カカシせんせぇー?」
ナルトはカカシの首に腕を回し、しなだれ掛かると唯一晒されていた右目の目元にキスを落とした。
「好きー」
「…………」
顔は見えないが、途端に機嫌を良くした上忍の背中にサクラは辟易した。
「おや、ナルトくんではないか。ははは、相変わらずカカシとべったりだな。うむうむ素晴らしい師弟愛。仲善きことは美しきかな」
そんな二人の傍で、正確にはカカシの横なのだが、マイト・ガイが大杯で酒を傾けていた。
(やだ。ガイ先生ったら、未だにこの二人の関係に気付いてないだわ)
これほど大っぴらにイチャつくバカップルを前に気付かないなんてある意味天然記念物並みな人だわ、と思いながらサクラはあるいは熱血青春教師なら有り得るのかも知れないと思った。そう、彼なら生徒に手を出すなんて天と地が引っくり返ってもしないだろう。
「しかし、おまえたちは本当に仲良しだな。オレとリーの仲でも流石にベッドまでは一緒に寝ないぞ」
「ま、おまえとリーくんならそうでしょ。ナルトは寒がりだからね。オレが温めて上げてるの」
「おお、そうだったのかナルトくん。今度ホッカイロをプレゼントしてあげよう。なるほど暖を取るために裸で寝ていたのだな!」
「そうそう。ついでに軽い腹筋運動もしてたでしょ」
「なるほどなぁ!ずっと疑問に思っていたのだが…。カカシィ、おまえ見掛けに寄らず部下思いの熱い男だったんだな!」
「まぁね」
「いやいやいやこのマイト・ガイは知っていたぞ、流石我が生涯のライバルだっ。しかしナルトくんはなんだか苦しそうな声を上げていたが大丈夫だったのか?」
そんな決定的な場面まで見ているのに!?とサクラは思わず歯を煌めかせているガイを見ながら涙ぐんでしまった。
「ん~。あれは“もっともっと温めてカカシ先生”って悦んでいたんだよ」
黙れ淫行上忍!!とサクラは頭に青筋を浮かべて拳を握り締めた。
「カカシふぇんふぇー…?」
「ん。なぁに、ナルト」
「オレ以外の男の人を見ちゃいや」
「………」
ぶちん、とそこでカカシの頭の辺りからおかしな音が聞こえた。
「カカシ先生…?」
サクラが恐る恐るカカシの背に声を掛ける。
「サクラ。あとの勘定を宜しく。もちろん二人分のね」
「はぁ…。わかりました」
馴れた様子のサクラの受け答え。
「それから中忍の君たち。ナルトはオレが貰って行くけどいいかな?」
「……は、はい!!」
「あともう一つ」
「……ふ、ふぁぃい!!」
「こいつ、頼まれると断れない性質だからさ、あんまりこの子で遊ばないであげてね~」
カカシに笑顔で釘を刺されて中忍くの一等が背筋を正す。
「ナルト、帰るよ?」
ふと周りを見渡せば、これ以上ないほど会場の視線が集まっている。腕の中を見下ろすと、アルコールを摂取しているため、通常よりとろんとした表情の美味しく出来上がった恋人。上気した頬に、チャイナのスリットから惜しげもなく再びさらけ出されていた。
「本当に罪な子だね」
「んんんぅ…。カカシ先生、もっとキスしてぇ…?」
「家に帰ったらたっぷりシテあげる…」
ふっと笑みを零すと、カカシは容易くナルトを抱き上げた。そして、素早く印を結ばれる。最後に見えた残像は、金色の青年の唇に愛おしそうに唇を寄せる上忍の姿だった。
「やっぱり一番可愛い子は、カカシさんがお持ち帰りかぁ…」
暗部出身者と思われる男が、諦めに似たため息を吐いた。
結局、白い煙と共にはたけ上忍とうずまき上忍は消えてしまい、あとに残されたのは、恋人同士の睦言を覗いてしまい微妙に顔を赤くさせた人々だ。
後日、忘年会でお持ち帰りされたうずまき上忍の噂は、未だ事情を知らなかった同性を含むごく一部の忍たちに涙を流させた。
しばらくの静寂の後「はぁー。やっと片付いたわ」肩をコキコキと鳴らしつつ、サクラはため息を吐いたのだが、
「サクラさまぁ!」
胸の辺りで拳を握った中忍くの一等に首を傾げて固まる。
「私たち、うずまきナルトさまのファン倶楽部の名前を返上して今日から春野上忍のファンになります!」
「はい?」
「サクラ様の男気に惚れ惚れしましたぁっ」
「なんで気付かなかったんでしょう。こんなに素敵な方が傍にいたのに。男前なサクラ様にゾッコンラブですぅ!」
「私たち、サクラさまに一生付いて行きますうっ」
「サクラさまぁ~」
中忍くの一の熱い眼差しにサクラは頬をヒクつかせた。
「私たちのサクラ様になってくださぁ~~い!」
ナルトォオオオオ…っ。なんて厄介なもの押し付けてくれたのよ。春野サクラ。図らずも女性陣に大いにモテてしまった年の瀬である。
現在、暗部任務中のサスケくん早く帰って来て上げて下さい。
サクラは両腕に女の子をぶら提げて、内なるものを爆発させたのだった。
数日後。
まったく不可抗力な苦情を申し立てる元チームメイトに、ナルトは、
「サクラちゃんって下手な男より男前だもんなー」
うんうん、と頷き、綺麗だと噂の顔に拳を受けることになった。
サクラちゃんに人生で至上最高のモテ期到来。