空気猫
空気猫
罪の潜在意識。
―幕間―
夢を見た。炎に包まれる村の夢だ。
カカシは、夢の中で、己が皆殺しにしたあの村の中に立っていた。地面には村人の死体があの日と同じように転がっている。
自分が生を終わらせ冷たくなった物体を呆然と見下ろして、血だらけの忍刀と脂肪が燃える臭いに嫌気がさした。足元には女と子供の死体。女は子供を庇うように覆い被さっていて、己がどんだけ非道なことをしたのかわかりやすく教えてくれた。
「人でなし!」
罵倒された青年にカカシはやはり刀を振り下ろす。きっと何度も何度も振り下ろす。それが、カカシに与えられた任務であるなら、カカシは何度でも同じ選択をするだろう。ただ殺しの道具になれ。そう教えられたのは、もはやいつのことだったかわからない。
父が自殺して、導いてくれる者は誰一人としていなかった。幼少期に接したのが暗部の担当教官とばかりだったという笑えない思い出。
だがそれが変だとはこの里では誰も思わない。ことにカカシのように忍の才に長けた者には当たり前の成り行きで「なんて恵まれていることか」と逆に周囲から羨望されるだけだ。
いつか一般人家庭出身の同僚に言われた言葉を思い出す。おまえの人生は忍としてのエリートコース、だと。
彼に悪気はなかったに違いない。むしろ任務の際に的確な指示と判断を飛ばすカカシへ向けての賛辞であったのだろう。
だけど、冷徹非情の殺しの道具として生きていく日々の中で、たまに、道ですれ違う幸せそうな里人が羨ましくもあった。
それは憧れのようなものであったのかもしれない。
平和な暮らしとはどういうものなのか、体験したことがないカカシにとってそれは、想像するしかなかったが、酷く暖かいものに思えた。
自分は殺しのためだけの道具ではないと、血の通わない化け物ではないと信じていた。どんなに人を殺そうともそれは生業でしかなく、カカシ自身は確固たる個人としての人格を、維持できると、思っていた。
だが、人を殺して、殺して、無意識に疲弊して擦り減っていったものが、あったのかもしれない。いつの間にか、カカシの心は疲れていた。
「人でなし」
血と硝煙の匂い。
たくさんの人間の死体の山に立つ、
真っ赤な夢を見た。
「かぁーし」
大量の冷や汗と共に目を覚ました。人を斬った時の生々しい感触が手に残っていて、呼吸が酷く困難だ。
「かぁしってば?」
真っ白な腕が汗ばんだ首に絡められる。それは女の腕のように膨らみも、柔らかさもなく、骨ばって棒っこみたいで、ちょっと力を入れればポキンと折れてしまいそうだった。
ただただ幼いだけの、拙い抱擁。三角耳がぱたぱたと揺れる。路地裏で拾った子供は、耳と尻尾付き。おまけに虐待までされていて人間不信気味。ぼろぼろで汚くて、お風呂で洗ってご飯をあげると、金髪碧眼の綺麗な子供に変身した。
まだまだ太っているとは言い難いが、最近では三食きちんと食べてるからちょっとだけほっぺがふっくらとしてきた。
何より、上目遣い気味にビクビク怯えて誰かれ構わず睨み付けていた、ギラギラした瞳が和らいだ。今では、少しだけ「飼い主」のカカシに笑顔を見せる。
「ナルト……」
心配そうにペロペロと自分の頬を舐める、半人半獣の子供をカカシは無意識に抱き寄せた。
カカシとナルトと同じベッドに眠るようになったのはつい最近のことだ。一度懐くと、ナルトは尻尾をぱたぱたと振ってカカシのあとをついて離れなくなって、もうカカシがソファーで眠ることはない。一緒のベッドに抱き込んで眠ると、半人半獣の子供は温かく、思いの他、熟睡できた。その眠りは、今まで体験したことのない種類の安らぎだった。
「起こしちゃってごめんな?ちょっと怖い夢を見たんだよ」
「か、しぃ…かしぃ」
「おまえ、心配してくれてるのか?」
動物としての本能がまだ強いらしい。しっとりとした生暖かい舌にひたすら顔を舐められる。
ぶかぶかのシャツから覗く肩を風邪を引かないようにとあげて、カカシはナルトを抱き締めた。三角耳が鼻先をくすぐり、子供用のシャンプーの匂いがする。
カカシに抱き締められると狐の子の尻尾がふわりふわりと嬉しそうに揺れた。
「ありがとう、ナルト」
きゅう、と仔狐の咽が鳴った。―――人を殺して、殺して、無意識に疲弊して擦り減っていったものが、あったのかもしれない。それを癒してくれうるかもしれない、存在に出会えたことを、その日カカシは感謝した。
そんなわけで仔狐を飼うことになりました編8
―飼育許可を取りましょう―
「狐の子のぉ……」
「おそらく半人半獣でしょう」
火影邸の執務室。カカシはこの里の最高責任者と向かい合っていた。ナルトはカカシの首に腕を巻きつけたまま、狐耳をパタパタさせて二人の人間の会話に聞き耳を立てている。
火影の視線が紙面からナルトへと注がれると、ナルトはきゅっとカカシのベストにしがみついて尻尾を丸めた。「大丈夫だよ」とカカシがナルトの背中をあやすように撫でる。
微笑んだカカシの顔をぽかんと見つめたナルトは、カカシの表情を真似るように牙を見せて笑った。そんな二人の様子を見ていた火影はふうむと何事か考えた後頷く。
「ま、よかろう好きにせい」
書類にポンと判子を押しながら、三代目火影が答える。
「おぬし、表情が柔らかくなったの」
「は?」
「眉間の皺がとれたわい」
からかうように含んだ言い方をする老人に、なんと返していいかわからず「はぁ……?」と後頭部を掻いて、はたけカカシは火影室を退室した。
はたけカカシの髭の友人、猿飛アスマは顎をさすりつつ、自分の正面に座る一人と一匹と向かい合っていた。
カカシの腰には棒っこのように細い腕がしっかりと巻き付けられていて、吊り目気味の青玉が警戒したようにアスマのことを映していた。まるでカカシを取られるとでも思っているように。
(おいおいおい、勘違いだよそりゃぁ)
ゾッとするような勘違いをする子供にアスマの吸煙量がスパスパと増える。アスマがはたけ家の敷居を跨いだ瞬間、子供の三角耳は「侵入者」の気配を感じ取ってぴんっと立ち、アスマを一瞥すると、一目散にはたけカカシへ向かって駆けて行った。
それ以降、ナルトはアスマが話しかけてもぎゅっと目を瞑り、カカシの腕の間に隠れて、視線すら合わせようともしない。それどころかカカシの傍に居れば安心とでもいうようにくっついて離れない。
はぁ、とアスマからため息が出る。
「オレの買ってきた半ズボンはどうした」
「家にいると脱いじゃうんだよ」
そりゃめんどくせぇな…、とアスマは額に手を当てた。「今度、紅にでも相談してみるか」
このままではどうにも目がチカチカする。ついでに頭はくらくらする。
「随分と懐かれてるじゃねぇか」
「いや、この間からだよ、本格的にこうやって離れなくなったのは」
ちょっと今までの反動で過剰気味だけどねぇ、とカカシはのらりくらりと答える。
「おーい、狐っ子。オレのことは覚えてるか?」
きゅうきゅうとカカシの腰に腕を巻きつけていたナルトは、アスマに喋りかけられると、ぷいっとそっぽを向いた。
「嫌われちまったなぁ」
苦笑して、アスマが忍服のポケットから煙草の箱を取り出す。
「んー…、今のところオレ以外の人間には大体こんなものだよ?この間火影様のとこに行った帰り道もこんな感じだったしねぇ」
友人にフォローを入れながらカカシは、ナルトの顎をこしこしと撫でる。すると、狐耳の子供の瞳が心地よさそうにきゅうぅっと細められた。
「まぁ、なんとかオレが危害を加えない人間だってことはわかってくれたみたいだけどだねぇ」
「ほぉ?」
「他の人間と比べればオレが信頼できる、と思ったらから、余計に離れなくなったと思うんだよねぇ」
ね?とカカシが膝の上のナルトに同意を求めた。
カカシが頭を撫でると、ナルトの耳が気持ち良さそうに垂れて、まるで「もっと」とでもいうようにナルトはカカシの腹のあたりに頭を摺り寄せた。
「……なんつぅか」
アスマがカチカチとライターの火を点けて煙草を吹かす。
「そうしてっと飼い主とペット見てぇだな」
きょとんとカカシとナルトが同時に首を傾げて顔を見合わせた。ブワハハハとアスマが爆笑する。白い煙も一緒に吹き出された。
「へ?」
「犬猫にしちゃぁちとデカいがな」
己の頭の上で笑いあう人間二人を見上げて、ナルトは、眉の根を寄せる。「・………」まだ単純な回路しか存在しない思考回路を働かせ、しばらくの熟考したあとナルトはカカシの指に軽く歯を立てた。
「な、なんだ?」
「ああ、大丈夫だから。甘えてるだけ」
「は?」
「こーら、ナルト。だめでしょ?」
カカシが注意するも、ナルトはカカシの腕にぶら下がって、熱心にカカシの指に噛み付く。
すりすりとカカシの長い指にじゃれついて、カプりと両手でカカシの手を持って甘噛みする。以前のように、血が出るような噛み方ではなく、やわやわとカカシの五指に小さな牙を立てる。
くすぐったさから、カカシはクククと笑いをもらした。
「なんだか噛み癖がついちゃったみたいなんだよねぇ」
カカシは困ったように頭を掻きながらも、満更でもないという様子で頬を弛ませた。「はぁ…?」と「へぇ…?」の境目の表情のままアスマは、しばらく唖然と煙草を吹かす。
友人のカカシが、自分の予想していた以上に、拾いものの半人半獣の子供を気に入っているらしい、ということが少々意外だった。
はたけカカシという男は、そう簡単には誰かを己の懐の中に入れない。
それなのに、今のカカシは、鼻の頭をこすりつけるように、ナルトに擦り寄られ、「今はお客さんと話してるからあっちに行って遊んでなさい」と、口ではいさめているのだが、「きゅうん」と甘えたような鳴き声と共にイヤイヤと首を振られると、それ以上咎めなかった。
「やっぱり凄い勢いで懐かれてねぇか」
「そう…?」
「今、どうみたって焼きもち妬いて寂しがってただろ、そいつ」
「は?なんで」
「相変わらずこういう微妙な感情にはニブいよなぁてめぇは。おまえとオレが仲良くしてたから、仲間外れにされたって思ったんだろ」
「まさか」
「いやそうだろ」
「……そうなの、ナルト?」
己の膝の上の子供にカカシが視線を落とすと、目が合った瞬間に、
「なうと……」
と、にへーと笑ってナルトがカカシの頬を舐め始める。動物のスキンシップに近い行動なのだろうか。パタパタと尻尾が振られて、丹念に口元も舐められる。
「ん?おなか空いたのか」
「ケン!」
おお、通じ合っている、通じ合っている、とアスマは、台所に向かった男の足に、尻尾を振りながら纏わりついて行った仔狐の姿を見送った。
「………カカシ、そのメシはなんだ」
「うーん……?」
胡乱な視線を感じてカカシは、底の深い皿に視線を落とす。しばらく考えたあと「ああ……」と合点が言ったようにのろのろと口を開いた。
「初日にラーメンを食わせて以来、味をしめちゃったみたいで、ラーメン以外食わないんだよね。それだと栄養が偏っちゃうからご飯を混ぜてるんだけど」
「炭水化物と炭水化物摂らせてどーするんだよ。野菜とか食わせろ」
「……野菜ねぇ、なるほど」
二人が会話をしている間も、カカシの持っている皿目掛けてナルトがぴょんぴょんと飛び跳ねて、よだれを垂らしている。
「なうと、なうと、ごはん、ごはん、ごはん」
「はいはい、今あげるから待ってなさい。それにオレはカカシだからねー」
さっくり訂正を入れつつ、カカシがフローリングに皿を置くと、間髪入れずナルトが食事にガッつく。ナルトの食べ姿を見て呆れたため息を吐いたアスマだが「きちんと飼い主してるじゃねーか」と笑いを噛み殺しながら呟いた。
「………だからさ、アスマ。飼い主って、何。この間、こいつを忍犬と一緒にするなって言ったのはおまえでしょ」
「くはは。だってよォてめぇらを見てると……コントみてぇつうか、喜劇っつうか」
「ちょっとオレはいつでも真面目だよ?」
カカシが半眼で睨むと、「いいじゃねぇか」バシバシとアスマがカカシの肩を叩く。
「まぁ、こいつが懐いてるのは今のところおまえだけだろ?」
「まぁね」
「しっかり〝飼い主〟しろよカカシ」
「飼い主ねぇ…。そんなつもりはなかったんだけど」
「とりあえず最低限のテーブルマナーくらい教えてやれや」
カカシは傍目には凡庸な表情で〝ペット〟と呼称された狐の子供を見下ろす。
「ケン!」
食事を終えたナルトは米粒だらけの顔で、ニカっとカカシに飛びつく。小さなミサイルに突っ込まれた弾みでカカシは後ろのめりになって、上忍らしくもなく床に後頭部を強打した。
「痛いよ、ナルト」
わりと平素の声を出して叱ったカカシの首元に抱きついてナルトがパタパタと尻尾を振った。
そんなわけで仔狐を飼うことになりました編 終了。
そんなわけで仔狐を飼うことになりました編7
―名前を呼んであげましょう―
「はい、〝ナルト〟。言ってごらん、おまえの名前は〝ナルト〟だよ」
「ぐるうるるー」
「違う、違う。口の開き方はこう。おかしいねぇ。声帯には問題ないから練習したらすぐに喋れるようになるはずなんだけど…」
やはり、いきなり発音は無理なのかと思いつつも、人間の言葉をほぼ理解している仔狐は、きっかけさえ掴めれば喋りだすのではないか、とカカシは考えていた。この子が喋れないのは、まともに喋りかける人間がいなかったためだろう。
そんなわけでムニっと頬を引っ張りつつ、牙をきゅっきゅっと弄っていると、ナルトの顔がくしゃくしゃになった。
「ケン!」
「いたっ」
かぷっとカカシの指にまたしてもナルトが齧りついた。ふわふわの尻尾でぺしりと顔を叩かれて、そんなものはちっとも痛くないが、四つん這いで逃げ出した子供に「こら、待ちなさいナルト!」つい強い口調で言ったのが不味かった。
仔狐はびくんと全身の毛を逆立てて、部屋の隅っこのカーテンの中に隠れると、尻尾を丸めてしまった。
それ以来いくら呼んでもうんともすんとも言わず、唸り声すら上げない。完璧な無視。ちっとも進歩しない関係。それどころか、後退している気がしないでもない。嫌われちゃったかなぁとカカシはやっぱり後頭部を掻いた。
猿飛アスマ27歳。彼を形成する単語。髭、煙草、上忍、…はたけカカシの数少ない友人。
「カカシ、なんだその奇天烈な生き物は!?」
「アスマ、うるさいよ。ナルトがびっくりしてるでしょ。それにその暑苦しい顔をナルトに近付けないでくれる?」
チャイムを鳴らし、のっしのっしと友人宅に入ってきたアスマは、勝手知ったる何とやらで、迷うことなく(迷うほどの広さもないという)はたけ家の居間に到着すると、殺風景な部屋の中で、やけに目立つ、金髪碧眼の子供を発見した。
「おまえ、とうとう幼児趣味の犯罪に走ったのか…」
しかも、カーテンの裏に隠れている子供は三角耳にふわふわの尻尾付きというなんともマニアックな格好。おまけに身体はガリガリで、ちょっと虐待にあったような風体だ。「拉致・監禁」なんて失礼な単語までアスマの脳裏に思い浮かんでしまった。とうとう仕事が忙しくて脳までやられたかと疑い深かそうな顔でカカシを見ていたアスマは「失礼な想像しないでよね」と先に釘を差されて、まぁ座れよと長椅子…ではなく床に促された。
なぜなら長椅子がベッド状態になっていたからだ。で、本物のベッドがどうなっているかというと、黄金色の毛と中身を出された枕の綿が散乱していて、まぁ大体どういう事態になっているかは察しがついた。
のんびりと茶を啜りながら今日までのいきさつを聞いたアスマは、おまえが拾いものねぇと鼻を鳴らした。
「そういや、てめぇは昔っから人間には冷てぇくせに、捨て犬には優しかったな」
「いや…、まぁ」
実を言うとカカシの忍犬たちは捨て犬だったり、保健所に処分されそうになっていた犬たちだった。
「半人半獣の仔狐ねぇ」
スパスパと煙草を吸いながら、アスマが好奇の視線をナルトに視線を向けると、三角耳の子供はびくんと身体を強張らせて、遊んでいたカカシ人形を抱き締める。
「おー、おー、警戒してる警戒してる」
「おい、アスマ。あんまりからかうなよ」
むっとしたようにカカシが注意すると、アスマがへいへいと肩を竦めた。「やけに可愛がってるなぁ」とあと一言二言冗談を口にしようと思ったアスマだが、友人の目がやけに真剣だったので止めにした。
そんな二人の様子を横目で見ていたナルトは、抱き締めていたカカシ人形の頭の部分をハムッと齧った。
「で、あの仔狐をどうするつもりだ。このまま置いておくのか?」
「あの子に行く所がないなら、そのつもりだよ。だけど、さすがに忍犬と一緒の扱いにするわけにはいかないし、一度は火影様に報告に行こうと思って」
当たりめぇだ、とズレた感覚の友人の頭を叩きつつ、アスマは顎を擦る。
「あー…、こいつの出所に心当たりがないでもないがな」
「大方、金持ち連中が主催のブラックマーケットとかでしょ」
「そんなとこだな」
「ま、オレが一匹くらいネコババしたって構いやしないでしょ」
吐き捨てるように、カカシが呟く。
「はー、いいんじゃねぇか。今のところどっからも文句は出てねぇみてねぇだしな」
脱走したのか、捨てられたのかまではわからないが、金持ちに買われた子供の末路なんて胸糞悪くなるだけだ。
忍の世界にいるとそうしたことにも詳しくなる。きらびやかな豪邸の地下に用途不明の座敷牢があるなんてことはざらで、家主が依頼人である限り、気付いてもアスマたち忍にはどうすることもできない。見てみぬふりをするだけ。
―――目の前の子供は、獣耳と尻尾を除いて見れば7、8歳くらいのガキだ。痩せた身体に人を相容れないギラギラした瞳。同じ年頃の甥っ子を持つアスマとしては、複雑な心境となる。
いっぱいカカシに美味いもん食わして貰えよ、となんとなく心の中で激励を送りつつ、アスマは「まぁ、なんだ」と切り出した。
「てめぇに懐いてるみたいだし、このまましばらくここに置いてやったほうが幸せかもしれねぇなぁ」
「いや、オレも懐かれてるのか微妙なところだよ。むしろちゃんとコミュニケーションを取れてるのかも……、謎」
最後のあたりは尻すぼみになり、説明していて落ち込んだのか、はたけカカシはがっくりと肩を落としている。
「で、今日はなんでおまえを呼んだかというとね」
「ああ、珍しかったな。てめぇから呼び出しなんて」
「ちょっと火影様に挨拶してくるからさー、それまでコイツのこと見ててくれる?」
「ああ?」
アスマがダミ声を出し、それまでカカシ人形で遊んでいたナルトの耳がぴくんと反応する。
頭部から出たカカシ人形の綿をモクモクと口に含みつつ、ナルトは注意深くカカシの動向を観察している。
「どうもこいつをまだひとりで残していくのは心配なんだよねぇ」
「オレは子守か」
「そ。よろしく~」
「上忍雇うと高けっぇぞ!」
「はいはい、飲み1回で」
ほっぺに綿をいっぱい詰め込んで、カカシたちから少し離れた床に座るナルトに苦笑して、カカシは腰を浮かす。
「ナルト~、ちょっと出掛けてくるね」
「!」
帰りがけに新しいおもちゃでも買ってあげようかなと思いつつ、いい子にしてるんだよ?と手を振りながら、カカシが立ち上がると、
ナルトは、ぽかんとアスマとカカシを見比べたあと、
ダッシュでカカシの腰に突進した。
それもほとんど四つん這いで、その速さ、まさにケモノの如し。
「お。ナ、ナルト?」
「なんだぁ?」
腰にきた衝撃に驚いてカカシが振り返れば、きゅう、きゅうとカカシにしがみ付く仔狐一匹。
床の途中にはころんとカカシ人形が捨てられていた。
そんな一人と一匹の様子を見ていたアスマは「ぶはは」と吹き出した。
「はぁー…。オレと二人っきりにされるのはイヤだってよ」
アスマが煙草を吹かしながらニヤついた笑みを浮かべる。カカシは困ったように、腰に巻きついてくる三角耳と尻尾付きの子供を見下ろした。
「ナルト、おまえねぇ。オレは出掛けないといけないんだけど?」
カカシが後頭部を掻くと、イヤイヤと小さな爪先が真っ白くなるまで、服に爪を立てられる。
「困ったなぁ」
「もう火影邸に一緒に連れてけばいいんじゃないか」
「まだ人前とか無理でしょ、この子は」
「抱っこして連れてけや」
「んー…、でもねぇ。こーら、ナルト。離れなさい?痛いでしょ?」
己の忍服に食い込んだ五指を一本ずつとって、やんわりと抱き上げようとすると、
「なうと!」
ばっと手を払われ、代わりに腰に腕を回され、潤んだ瞳でナルトがカカシを見上げた。
「なうと…!なうと…!なうと…!」
「え?」
壊れたオルゴールのように、なうと!と繰り返す仔狐。
「なうと、いっちゃだめ……」
「………」
そこでようやくカカシは「なうと」の言葉の意味を理解した。同時に笑いも込み上げてくる。カカシは、膝を折ると、ぽふぽふと泣き出した仔狐の金糸を撫ぜた。
「バカだね、〝ナルト〟はおまえの名前だよ…」
きょとんと首を傾げた、狐っ子。三角の大きな耳も一緒に傾いでいるから面白い。
「オレは、カカシ。おまえはナルト」
カカシは人差し指をナルトの胸にあてると「ナルト」と呟き、今度は自分の方を指して「カカシ」と呟く。
ナルトは碧い瞳を真ん丸くさせて、精一杯カカシの言葉を聞き取ろうとしているようだが、「あー」と「うー」と、考え込んだあと、
「なうと……」
カカシを指差して、こてんとまた首を傾げた。カカシはナルトの肩に両手を掛けたまま、がくんと項垂れて、「ゆっくり覚えていこうねぇ」と苦笑した。
その日はナルトが始めて自分の名前を呼んだ日になった。
「あー…、お二人さん。いいところを邪魔して悪いんだが」
こほんこほん、と空咳をして、一人と一匹で世界を作っていたカカシとナルトに話し掛けたのは何を隠そう、来客だというのに、ナルトのよだれでベトベトの床に座ったままのアスマだ。
「カカシ」
「なに」
「オレはてめぇが世間様から変人奇人だといくら言われてようが、根はまっとうな人間だってよく知ってるつもりだ。その、なんだ付き合いの長い友人だから言うんだけどな…」
アスマのやたら前振りの長い話を、カカシはナルトと向かい合って抱き合ったまま聞く。
ちなみにカカシはアスマの顔が正面に来る位置にいて、ナルトはカカシにしがみ付きながらもアスマの方へと振り返って三角耳をぱたぱたさせている。
つまり、アスマの位置からはナルトの後姿がモロにみえるわけで…
三十手前の男は、赤面したように、半人半獣の仔狐から目を背けた。
そして、苦肉の表情で一言。
「…………てめぇ、パンツぐらい穿かせろよ」
「へ?」
「そいつのことだ」
「ナルト?」
「なうとー!」
覚えたての言葉を繰り返す金髪碧眼の子供に、残忍非道と巷で有名なはたけカカシが蕩けるような笑みを零す光景を、半分魂の抜けた状態で見つつ、アスマはガシガシと頭を掻き回した。
「そのまんまの格好だとよう…、その、いくらガキでも差し障るだろ」
「なにが?」
大人がそんな仕草をしてもちっとも可愛くないのだが、こてん、とカカシが首を傾げる。
思わず、腕の中のナルトを見直すが、カカシにはアスマが顔を顰めるわけがわからなかった。それよりも、今までは抱き上げるだけでも生傷ものだったのに、さきほどのことで、わだかまりが解けたのか、ナルトが大人しく、カカシの腕の中に収まっていることに感動した。
そのうえ、カカシがどこにもいかないと安心したのか、ふくふくしたほっぺをカカシの上服に摺り寄せてくるのだ。これが可愛くないわけがない。
「あー…て・め・ぇ・は!ガキ相手にダラしねぇ顔で弛んでねぇでもっと他にやるべきことがあるだろうがよぉ!」
アスマの怒鳴り声に、ナルトのふんわりとして、それでいてふさふさの尻尾がピンと立つ。「あー…、また見えた」とアスマは片手で目頭付近を覆って天井を仰ぐ。
カカシが首を傾げるとナルトも一緒に首を傾げ、こいつら親子か…となごむまではいい。だが、カカシの貸したTシャツを一枚羽織っているだけのナルトの下肢は、今まで家に人間がカカシだけしかいなかったためツッコミを入れるものが現れなかったが、何も穿いていない状態なのである。
尻尾が上がれば、尻が丸見えという…なんていうか傍目から見ていて、居た堪れないというか、目のやり場に困る光景が広がるわけで、つまり先程四つん這いになってナルトがカカシに駆け寄った時、アスマはばっちりと、ナルトの尻とか局部とか色々見えた。
もちろんアスマには異性のボンキュンボンとした恋人がいるわけだから、子供のおいろけシーンなぞ見ても露ほども感じない。しかし、だ。
「パンツぐらい穿かせろ」
会話の議論は初めに戻った。
「おまえ、なんだって可愛がってるガキにこんな格好しかさせてやんないんだ」
「いや、だってオレの服の裾を折って穿かせても動きづらいのかすぐ脱いじゃうし、小さい子って、外でも公園の噴水とか見るとぽんぽん服脱いじゃってない?」
それと同じ原理で、心が子供のナルトも本人が恥ずかしくなければ、例え下半身がヌードの状態であってもいいのではないかというのが、はたけカカシの言い分だった。
「てめぇの言いてぇことはよくわかる。おまえの趣味が年上の清楚系だということも良く知ってる。しかしな、世の中には世間の目っつーのがあって、独身の男のアパートに下半身すっぽんぽんのガキがいたら色々差し障るんだよ!」
後生だからこの微妙なニュアンスで理解してくれ、オレに皆まで言わすな!というアスマの願いも虚しく、「なんで」と疑問符を飛ばした友人にアスマは、頭を抱えて蹲った。
結局、オレがやらねば誰がやる…ではなく、オレがやらないと友人が捕まる、と思ったアスマは立ち上がった。
「子供用の半ズボン買ってくるからそこから動くなよ、そのガキ抱えて玄関を一歩もでるなよ!?」
何度も念を押すように釘を刺して、上忍速度で商店街に走ることになり、あとに残されたカカシはナルトを抱っこしたまま、ナルトの噛み癖でぼろぼろになったシーツの上にボーっと座ることになった。
「おかしな髭クマだねぇ、ナルト」
「なうとー!」
「そうそう、上手上手」
暗殺のプロ、はたけカカシがそれ以外では結構なヌケ作であることは一部の友人にだけ知られてる事実である。
「だーかーらー、おまえはダメだっていうんだよ!」
この非常識人!朴念仁!
大人なのに、友人知人からそしられることのわりと多いはたけカカシ26歳であった。
ペットライフのカカシ先生はちょっとズレてるけどまともな人です。
あと「ナルトがしゃべった!」はハイジのテンションで。
訪問者さまからイラストを頂きました↓
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棒アイスネタ。
アイスキャンディの憂鬱
はたけカカシは今日何度目かのため息を吐いた。彼の小さくて可愛い恋人は無邪気で残酷だ。
最近、カカシを憂鬱にさせているもの。それは15本パックのアイスキャンディ。カラフルな五色のアイスキャンディは目にも鮮やかでお子さま心を刺激する。ストロベリー、ソーダ、オレンジ、メロン、ミルク味…。もちろんカカシの可愛い恋人ナルトにとってもお気に入りの冷菓の一つだ。
「カカシ先生。今日、センセーの家に遊びに行っていい?」
大人の部屋に行けば、冷蔵庫にアイスキャンディが必ず用意されていることを覚えたナルトは、最近では任務が終わると思わずカカシの表情が弛んでやに下がるようなことをおねだりしてくるようになった。
「おい、ウスラトンカチ。またカカシの家に行くのかよ」
「んだよ、サスケ」
「…最近、毎日だろ」
モゴモゴと歯切れが悪い台詞を吐きつつ何故か地面右下に視線を逸らしたサスケにナルトの眉根が寄る。ふっくらとした頬を膨らませてナルトがサスケを上目遣い気味に睨み付けた。
「文句あるってば?サスケもカカシ先生の家に来ればいいだろ。ね、カカシ先生!」
「そうそう。おまえだっていつでも来ていいんだよ~」
「………」
来るんじゃないよ、お邪魔虫。ニコニコと弓なりに曲がったままのカカシの目が如実にそう語っていた。「カカシ先生ってばやっぱ優しいっ」と自分の足にじゃれ付くナルトを抱き止めつつ、カカシはサスケに向かってあかんべぇする。そんな三人の様子を見ていてため息を吐いたのはサクラだ。
「カカシ先生、大人げないです」
「サクラだってウチに来ていいんだよ~?」
「結構です」
「サクラちゃん、来ねぇの?」
「行かないわ。カカシ先生の家なんて行ってもつまらないし」
「そんなことないってばよ。カカシ先生の家って案外〝くつろげる〟ってばよ?」
ナルトは担当上忍と親子の如く手を繋ぎ合った状態で顔を見合わせると「ねーっ」と頷き合った。しかし、子供のナルトはともかく二十代も半ばの、しかも老け顔の大人が首を傾げても、ちっとも全然可愛くなかった。
「そりゃあんたはね…」
この二人が里一のバカップルであることは周知の事実だ。触らぬ神に祟りなし。姑息な手段を使って幼い恋人に対して点数をちまちまちまちまちまと稼いでいる教師に呆れつつ、「行きましょ、サスケくん」ちゃっかりサスケの腕を掴んでぐいぐいと引っ張っていくサクラを、カカシはナルトと一緒に満面の笑顔でそれを見送る。
そんなわけでカカシは毎回ナルトをお持ち帰りすることに成功していた。サスケの悔しそうな顔を背中でほくそ笑み、カカシは大人の特権とばかりにナルトの小さな身体を抱き上げると自宅へと向かった。
部屋の中でカカシとナルトは二人っきり。これは、はたけカカシ的イチャイチャパラダイスである。
「ナルト」
「んー…」
「垂れちゃうでしょ。ほら、下から舐めて?」
「んんー…」
「そうそう上手。顎もちゃんと使って吸い上げてねー」
「んく…ちゅ、ん、ん、ん」
(カカシせんせぇのおっきぃってば…)(せんせぇのミルク苦いってばよォ)カカシの脳内で繰り広げられる色めいた妄想はいつものこと。
「ナ、ナルト。アイス…おいしい?」
「おいひぃ」
大人の妄想を余所に、ナルトは寛ぎムードで、胡坐を掻いているカカシの膝の上で巻物に目を落としている。カカシは思わず片手で口を覆って、ナルト+アイスキャンディという刺激物から視線を逸らした。薄っぺらくて赤い舌が白濁蝕の棒を舐める姿はこの世の天国だが目の毒だろう、危うくカカシの部屋が血の海になるところであった。
そればかりか、アイスキャンディを食べに来るナルトはそのままソファーの上で丸くなってお昼寝してしまったり、時にはカカシの膝の上で寝息を立て、カカシ的にパラダイスな展開を提供してくれた。
今日もナルトは冷蔵庫からいそいそとアイスキャンディを持って来ると定位置と成りつつあるカカシの膝の上にどかっと腰を降ろし、カカシの方を降り仰いだ。
「カカシせんせぇ?」
ナルトは〝アイス、アイス〟とハートを周囲に乱舞させながら包み紙を剥がして、自然とそうなってしまうから仕方ないのだが上目遣い気味に大人を見上げた。
「……っ!」
最近、ナルトはカカシと二人きりの時だけ限定で、躊躇うように甘えてくるようになった。誰かから甘やかされ慣れていないお子様に「オレを困らせるくらい我儘を言ってみてよ」と約束させたのはカカシだった。
それ以来、ナルトはイルカに甘えるのとは違う恋人同士の甘え方を覚えた。
「……ナルト、巻物読むのにアイスが邪魔でしょ。オレが持っててあげるよ」
「カカシ先生、ありがとうってば」
はにかむように微笑まれ、カカシは息を詰まらせる。最近、はたけカカシを憂鬱にさせているもの。それは15本パックのアイスキャンディを頬張る彼の愛しくて可愛い恋人。
アイスキャンディの棒をはくりと咥えてそのままちゅーちゅーと吸い付くナルトの姿に、カカシの喉がごくんと鳴る。イケナイことを子供に教えている大人の気分になるのはどうしてなのか?ぷくんと膨らんだ頬。ナルトの持っているアイスキャンディの棒にカカシが手を添えて、くしゅくしゅと出し入れしてやれば、うっかりナルトの喉奥を突いてしまい、ナルトの眉が苦しげに寄せられる。
「んう…」
それでもナルトは精一杯アイスキャンディを頬張った。半分ほど引き抜くと、つぅと唾液とも溶けたアイスとも知れない甘い糸がナルトの口の端に伝う。
口から出して、アイスキャンディをナルトの目の前にぶら下げると、アイスキャンディを追い掛けるように、ナルトの顔が宙を彷徨い、目標物を見つけた犬のように、はくんとアイスキャンディを再び咥えた。
「……おまえ、そんなにコレが好き?」
「んんう、好きぃ」
アイスキャンディを吸い上げる唇が愛しくて、ぐん、とつい強く押してしまった。
「ううう、カカシ先生。苦しいってばぁ」
咳込んだナルトの口から垂れたアイスを自らの親指で拭いてやる。
「んんん…っ、ごほごほ」
「大丈夫、ナルト?」
「ぷは。ちょっと苦しかったけど、オレってば平気」
ニカ!と笑うナルトに(なんて健気な恋人なんだ!)とカカシはまたまたナルトの台詞から別の妄想を始める始末だ。そんなカカシにナルトは…
「あ、ごめん。カカシ先生」
暑さで熔けたアイスがカカシの指に垂れていた事に気付き、長く細い大人の指を凝視する。ナルトは「垂れちゃって勿体ないってば」と言いながら、ぺろっとカカシの指を舐め始めた。
ちゅ、ちゅ、ちゅっと破裂音と共に、柔らかな舌の感触。カカシの手を両手で持ちながら、伏せられたナルトの睫毛。
――ああ、神さま火影さま。オレの理性を試しておられるのですか。傍目には沈黙を守っているカカシだが心の中では「夏万歳ありがとう神さまああああ――-!!!」と大絶叫していた。
「カカシ先生、なんか座り心地ち悪いってば」
自分の手にも垂れたアイスを舐め取りながら、ナルトがカカシの膝の上で身動ぎする。
「……せ、せんせぇ。なんかさなんかオレのおしりのとこに硬いものが当たってるってば」
ナルトはカカシの中心に視線を落としてぎょっと目を見開く。
「なななななにカカシ先生ってば病気…!?」
「いやいやこれは当然の反応というか。ナルトがあんまり可愛かったっていうか。男の生理現象というか。ナルトも同じ男ならわかるでしょ」
もごもごと言い訳を始めたカカシに変態!変態!とナルトの拳が落ちる。色事に疎いナルトであったが、それなりにカカシと実践経験があるために、カカシの身体がどういう状態なのか理解することが出来た。
だが、どうしてカカシが真昼間からそんな状態になっているのか、ナルトにはわからない。棒アイス=アレだなんて妄想を、大人がしているなんて露ほども思っていないナルトは慌てるばかりだ。
「うぎゃー、近寄るなってばよカカシ先生っ」
「ええっ?」
「もう帰るってばー!」
「え、なんで。お泊りは!?」
「なし!」
「だめ。それだけは、絶対だめ」
「はーなーせーってば。カカシ先生!」
カカシは愛妻に実家に帰りますと宣告された夫の如く蒼褪めて、ナルトの腰にしがみ付く。そんな大人を見降ろし、思案すること3秒。離せー、とナルトが再び扉に向かって前進を始めた。
「お願い、帰らないでくれ!ナルト!!」
「な、ならなんで…、カカシ先生ってば変になってるんだってば」
「いや、それはその…」
やましい想像をしていただけに下手に反論ができないうえ、ナルトの潤んだまなこを直で見て、ぐん、とまたカカシの下肢が育つ。
「カカシ先生の変態――!」
「ナ、ナルト」
ナルトの絶叫。カカシの悲鳴。その日、カカシは「変態」と連呼してポカポカと振ってくるナルトの拳を甘んじて受けたのであった。
だってナルトがオレの知らない時間を話すから。
サイダー水のキス
たまの休日。カカシの部屋にナルトが遊びに来ていた。ナルトは扇風機の前にぺたんと座り込み「あ゛ー」と口を開けて、ダレている。
「ワレワレハ宇宙ジンダ」
「なにそれ…」
「カカシ先生、このアソビ知らねぇの」
「知らない」
「オレも物知らずだけど、カカシ先生も結構ズレてるとこあるってばよ」
ニシシ、と悪戯っぽく笑みを見せて笑ったナルト。そりゃ5歳から忍者やってたズレた人間ですよ、悪かったね。してやったりな顔が小憎たらしくも可愛い恋人はまだたった12歳。
なんでこんな犯罪臭い年齢の子供を好きになってしまったのかなんて聞かないで頂きたい。変態、ロリコン、淫行教師。周囲から罵られることを百も承知で手を出して早三ヶ月。最近では、どうも反対に「してやられる」ことが多い気がする。ほら、今日も。
「この間、シカマルんちお泊りした時に教えて貰ったんだってばよ」
あっさりさっくり言い放たれた言葉。グラスを載せたお盆を持ったまま、固まるしかない自分。
「すげー楽しかった。でもさーシカマルの部屋ってば本ばっかなの」
「…………」
恋人の前で他のオトコの話するもんじゃないよ。そりゃ、おまえの交友関係をとやかく言うつもりはないよ?了見の狭い恋人だと思われたくないし、恋人と過ごす時間と同じくらい同年代の友達と遊びたい盛りなのもわかる。だけど、だけど。これ見よがしにそんな可愛い顔で、楽しげに教えてくれなくてもいいじゃない。オレが知らないおまえの時間を。
「シカマルくんちにはいつ泊まったの?」
「この間、カカシ先生が長期任務だった時。シカマルの母ちゃんの料理ちょーうまかった。んでシカマルの父ちゃんと将棋指した。そのあとシカマルとキバとチョウジと一緒に寝た」
ふーん、そう…、と傍目には平常心を保ちつつ、カカシはグラスの中に氷を投入する。ちょっと投げやりな音が響いたのでナルトが驚いたように振り向いた。
「……カカシせんせぇ?」
カカシの顔が不機嫌になっていたから、ナルトの眉根が綺麗に寄る。
「オレってばなんか気にさわること言った?」
「別に」
「それじゃあ、なんでいじけてるんだってば」
「いじけてない」
「いじけてるじゃん」
「いじけて…」
「嘘だってば」
いじけてる大人にどうして?とそれとなく話の水を向けると、「おまえさぁ、デリカシーがないよ」と、どうやらシカマルの家に泊まりに行ったことがお気に召さなかったようで、大人のカカシが、十代の子供相手にヤキモチを焼いていることにびっくりした。
「だって、シカマルだってばよ。それにお泊りにはキバとチョウジもいたし」
「その無闇な信用はどこから来るわけ。シカマルくんたちだって男なんだよ…。おまえ、自分がモテてる自覚ある?」
「それを言うならカカシ先生の方がお姉さんとかにモテてるじゃん、オレなんて…」
「〝オレなんて〟?おまえが気付いてないだけだよ」
事実、カカシはシカマルやキバがそれとなくナルトに思いを寄せていることを知っていた。だから、よりにもよってカカシが里にいない時に、ナルトが他の男の家に泊まっていたなんて聞いたら、心配だ。
今まで付き合った女だったら、どこでどうしてようとカカシには関係なかった。誰とどこに飲みに行こうが、別れた後に自分の同僚と付き合い始めようが一切関知しなかった。
だけど、カカシにとってナルトは大事な子だから、特別で1番だから、どうしても心配なのだ。
「カカシ先生がそうだから、シカマルたちもそうだって決め付けるなんてサイテーだってば」
「ナルト、おまえはわからないかもしれないけど、男って言うのは大体みんなそんなもんなんだよ。好き嫌い関係なく可愛いものを前にすると我慢できなくなるの、性欲が抑えられなくなってオオカミになっちゃうの。わかる?」
「そんなこと言われたって…」
ショックを受けたようにナルトが俯く。
「おまえが泣いていやーって言ってもやめてくれないかもしれないんだよ?」
大人に、もっともそうな言い方で諭されて、ぐっとナルトが詰まる。なんだよ、と心臓がぎゅっとなる。だって、オレってば全然悪いことしてねぇのに、んなふうに叱られるみたいに言われたら、まるで自分が悪いみたいじゃんか。
「シカマルたちはんなことしねぇもん」
「どうだか」
氷よりも冷えたカカシの声。「自分は大人だから全てわかってるんです」って顔。
「じゃあさ、ナルトはオレが綺麗なお姉さんの家に泊まりに行ったらどう思う?笑顔で送り出してくれる?」
「………」
意地悪な聞き方だと百も承知。ナルトが、シカマルの家に遊びに行くのと、カカシが女の家に行くのでは、まったく意味も状況も違うのに、わざとナルトが困ってしまう例え話をして、ナルトが泣き出してしまいそうになることを訊ねる。
「……そりゃカカシせんせぇがいねぇ時に勝手に遊びに行ったのはマズかったかもしれねぇけど、じゃあオレってばカカシ先生の許可なしにはシカマルとかキバとかと遊んじゃいけねぇってこと?」
しどろもどろナルトが答える。
「そういうわけじゃないけど」
「そういう意味じゃん」
「そう、わかった」
「何が?」
「…結局、ナルトはオレといるより、シカマルくんたちと一緒にいる方が楽しいんでしょ」
涙目になったナルトを見て、あーあやっちゃったとカカシは自分の愚かさ加減を呪う。
年上の威厳台無し。意地悪を言って、年端もいかない子供を追い詰めて、これじゃあまるでガキみたいじゃない。大好きな子を泣かせちゃってどうするのよーと、だけど、こういう時に限って口から出てくるのは相応にしてちぐはぐな言葉ばかり。
「おまえはそうやってすぐ泣く」
唇を噛んでナルトが俯いてしまった。床にぽたぽたと大粒の滴が落ちている。
「………」
透明なグラスの表面で、水滴が汗を掻いて伝う。からん、と氷同士がぶつかる音。気がつけば、扇風機の前に座ったナルトがしくしくと泣いていた。
なんでこんなことになってしまったんだろう。ナルトは滅多に泣かない。いや、泣けない子供だったと言ってもいい。そんなナルトに向かってせっかく覚えた涙の流し方を揶揄するような言葉を選んで放ってしまった。
ナルトのことを泣かせるなんてサイテーだ。自分のことを自分で八つ裂きにしてやりたい。
ただ、ナルトに酷いことを言って傷付けたかっただけ。自分の言葉で泣くナルトの姿を見たかっただけ。オレのせいで泣くナルトの姿を見たかっただけ。そんなガキっぽい自分の思考回路に気付いた瞬間カカシはあっさりと自分の失点を恥じて、ナルトに謝ろうと思った。
「ナル…」
「聞きたくねぇもん!」
友だち相手に疑いの目を向けられて憤然とするナルトと、他の男に恋人の無防備な姿を見られたと思うと堪らないと嫉妬したカカシ。二人にはそれぞれの言い分があったとは思うが、14歳年上の大人は罰が悪いやら、情けないやらで、困り果ててしまった。
「ごめん。オレが、意地悪だった」
「………」
「全面的にオレが悪かったデス。許してください」
カカシはぺたんと床に座っているナルトに屈みこんだ。真ん丸いほっぺには涙の筋が伝って、熱を持っているのかいつもより赤くなっている。
涙の痕を拭ってやろうとすると、ぺしっと手を払われた。ぐしぐしずずず…嗚咽と一緒に鼻を啜る音。
頑是ない、小さな背中。本当なら、外で同年代の子供たちと元気に遊んでいてもいい年齢なのに、「二人っきりがいい」という大人に付き合って真昼間から真四角で狭い部屋の中にいる。その上こんな大人のくだらない言い掛かりの様な嫉妬に付き合わされて、本当に可哀相。
「ナールト?」
「……ふぇ、うっくひっく」
「泣かせちゃってごめんね」
先程からカカシの横に置かれたままのお盆の上の飲み物。ぴと、とほっぺに冷えたグラスをくっつけてやる。
氷をたっぷり入れたサイダー水。やたら発汗と新陳代謝の良いお子様のために、飲み物のお代りを運ぶ途中だったのに、何故かこんなことになってしまって、ずっと放ったらかしにされていた。
ナルトが、カカシの家に来るようになってから増えた飲み物。牛乳もそう。戸棚一杯のお菓子も、カップラーメンも、全部、ナルトのため。大人の我儘で始めた本気の「恋人ごっこ」に付き合って欲しいがため。
「ね、こっち向いてよ。センセー死んじゃう」
わざと子供が驚くような台詞を選んで吐いてやる。やだよねぇ、無駄に経験値積んでると小賢しくて、狡賢い言葉ばかり浮かんでしまう。
案の定、素直で可愛いお子さまは「死んじゃう」の単語に驚いて、こちらを向いた。うるうる水分過多な碧い瞳に見上げられる。眉毛がへにゃっと垂れて、唇は戦慄き、身体全体がぷるぷる震えている。あ、その顔ヤバい。すごく、ぎゅってしたい。やっぱり油断ならないお子様。
「ごめーんね、機嫌治してよ?」
カカシはフローリングに膝を着くと、ナルトの腰に腕を回して懇願する。ほら、おまえのためならプライドだって簡単に捨てられる。
抱き締めると「ひっ」って小さい悲鳴が上がったが、聞かないふり。頭のてっぺんにキスを落として、カカシはそのまま腕の中に小さな身体を閉じ込める。
「……カシせんせぇ」
困りきったナルトの声。カカシのことを許してあげるか、それとも頬を膨らましたままでいるか、悩んでいる様子だ。
だけど、ナルト。おまえが優しいことを知ってるオレは、おまえの優しさに付け込む術をよく心得ている。ねえ、大人のオレがこんなに情けない姿をおまえに晒してるんだよ。
ちょっと可愛くない?
大の男がさ、床にへたって、子供のおまえからお許しが出るのを待ってるなんて。大きい犬みたいでしょ。飼い主はもちろんおまえ。全部、全部、ナルトが好きだからなんだよ。
ほら、情の深いおまえはオレを突き放すことなんて出来ない。一分、二分、三分。カップラーメンができる時間。カカシはナルトの腰に腕を回したまま、床に寝転がって、ぎゅうぎゅうナルトの腰の辺りを抱き締めてやると、やがて、ふうと吐息のようにため息が落ちた。ナルトを包んでいた空気が緩和する。
「反省したってば?」
「しました」
「がっつり?」
「そりゃあもう」
ぺらぺらよく回ると評判の口は今日も絶好調。サイダー水飲めば?とすかさず聞く。ナルトは差し出されたサイダー水を受け取ってパチパチ弾ける液体を垂下した。
ナルトのおなかのぷにぷにするところの感触を楽しみながら、子供の背中にぴたっと頬をつけていると、
「カカシせんせぇはさー、オレのこと全然わかってないよね」
ストローを咥えながら、ぷくう、と片頬を膨らませて、ナルトがぶんむくれる。カカシは床に這い蹲ったまま、何も答えない。
その代わりぎゅうとまた抱き締める。ナルトはよしよしとカカシの頭を撫ぜた。これじゃあまるで立場逆転。だけど、この大人が本当は酷く弱い人なのだとナルトは知っていた。
いつも飄々として、ナルトより倍は背の高いカカシ。下忍同士のことなんて、歯牙にもかけていないと思っていた。だけど、本当は違う。
付き合い始めてわかったこと。それは大人だと思っていた人がけっこうまだガキだということ。時々「えっ!?」って思うような子供っぽい可愛いところがあるっていうこと。
大人って絶対に揺るがない、もっとしっかりした人種だと思ってた。それなのに、目の前のカカシと言えば、子供がそのまま大きくなったような感じの人で、どうやらおそらくたぶん、世の中でいう大人っていう奴の正体は実はみんなそんな感じらしいと、ナルトは最近気付いてしまった。
大人というものは子供の延長線上にあって、忍者になる時のように試験などがあるわけではなく、ましてある日を境に突然なれるものでもないのだ。だから、大人は自分自身もいつ「大人」になったかなんて境界線がわからないから、子供の前では一応精一杯に「大人」を演技をしているらしい。なぁんだって手品の種が明かされてしまったような気持ちと、ついでに愛しさを覚えた。
確かに、恋人という関係になってから、カカシは上司としての顔の他に本当の「はたけカカシ」個人を見せてくれるようになった。我儘で、ヤキモチ妬きでどうしようもない大人。もしカカシがわざと自分にそうした弱い部分を見せてくれるなら、ちょっといやかなり嬉しい。
カカシの手管に上手く乗せられている気がしないでもないけど。
「オレは、こんなにカカシ先生にメロメロなのに」
ナルトは、「仕方ない大人だってばよ」とこてんと身体を傾けると、カカシの唇にキスをする。カッコイイけど、ちょっぴり可愛いナルトの恋人。オレが、こんなに大好きなのに疑うなんて失礼だってば。
「オレは、楽しかったことは、カカシ先生に話してぇの」
オバカな大人に、バーカと言ってやる。
「シカマルの家で遊んで楽しかったこととか、オレがどう思ったかとか、カカシ先生に全部教えてぇの」
別に、悪気があったわけじゃない。ただ一緒に共有したかっただけ。そう思ったらなんだか恥ずかしくなって、ナルトはぷいっとカカシから視線を外してしまった。
「うひゃ、冷めてぇ」
扇風機の風に、カカシを魅了して止まない金糸がさらさらと靡く。しっとりと汗を掻いた真ん丸いおでこ。ちなみにTシャツに、ズボンを膝頭まで折った状態のナルトに対して、カカシは季節を丸きり無視して上下忍服のインナーを着たままだ。
「ふぃー。気持ちいい」
口をぱかんと開けてナルトが目を細める。冷たいサイダー水を飲んでいると、長い腕が伸びて来て、ナルトのほっぺたにカカシの手が重なる。
「ナールト」
いつの間にかカカシが起き上がっていた。二人とも扇風機の前にぺたんと座ったまま、見つめ合う。
「ごめんね」
「いいってばよ、べつに…」
カカシの視線に、ナルトの頬が赤くなる。カカシはそんなナルトの様子に口の端を吊り上げた。
「仲直りのキスしよっか」
「ええ。まってカカシせんせ、ちょ……っん!」
「ん……」
問答無用で唇が合わせられる。
「ふう……っ」
ふっくらとしたナルトの唇に大人の薄い唇が重なって、歯列をなぞるように、カカシの舌が侵入し、あっという間に、ナルトの息が上がった。
「ふう、んんんう」
カカシが合わせた唇を離すと、いたいけなお子様はとろんとした表情になっていた。
「はぁ…。ごちそうさま」
ナルトのほっぺたは、やはり泣いたせいで、いつもより体温が高くなっていて、微熱気味。
熱を出したら看病してあげよう。そう思いながら、
「バカな大人でごめんね、ナルト」
そして、ありがとう。ちゅっと今度は軽く音だけを立てて、唇を合わせる。お互いの口の中でぱちぱちと弾けるサイダー水のキス。
でもオレはおまえがいなくなったら生きていけないっていう弱々しい感情を何よりも強く大切にしたいと思うから。
たまの休日。カカシの部屋にナルトが遊びに来ていた。ナルトは扇風機の前にぺたんと座り込み「あ゛ー」と口を開けて、ダレている。
「ワレワレハ宇宙ジンダ」
「なにそれ…」
「カカシ先生、このアソビ知らねぇの」
「知らない」
「オレも物知らずだけど、カカシ先生も結構ズレてるとこあるってばよ」
ニシシ、と悪戯っぽく笑みを見せて笑ったナルト。そりゃ5歳から忍者やってたズレた人間ですよ、悪かったね。してやったりな顔が小憎たらしくも可愛い恋人はまだたった12歳。
なんでこんな犯罪臭い年齢の子供を好きになってしまったのかなんて聞かないで頂きたい。変態、ロリコン、淫行教師。周囲から罵られることを百も承知で手を出して早三ヶ月。最近では、どうも反対に「してやられる」ことが多い気がする。ほら、今日も。
「この間、シカマルんちお泊りした時に教えて貰ったんだってばよ」
あっさりさっくり言い放たれた言葉。グラスを載せたお盆を持ったまま、固まるしかない自分。
「すげー楽しかった。でもさーシカマルの部屋ってば本ばっかなの」
「…………」
恋人の前で他のオトコの話するもんじゃないよ。そりゃ、おまえの交友関係をとやかく言うつもりはないよ?了見の狭い恋人だと思われたくないし、恋人と過ごす時間と同じくらい同年代の友達と遊びたい盛りなのもわかる。だけど、だけど。これ見よがしにそんな可愛い顔で、楽しげに教えてくれなくてもいいじゃない。オレが知らないおまえの時間を。
「シカマルくんちにはいつ泊まったの?」
「この間、カカシ先生が長期任務だった時。シカマルの母ちゃんの料理ちょーうまかった。んでシカマルの父ちゃんと将棋指した。そのあとシカマルとキバとチョウジと一緒に寝た」
ふーん、そう…、と傍目には平常心を保ちつつ、カカシはグラスの中に氷を投入する。ちょっと投げやりな音が響いたのでナルトが驚いたように振り向いた。
「……カカシせんせぇ?」
カカシの顔が不機嫌になっていたから、ナルトの眉根が綺麗に寄る。
「オレってばなんか気にさわること言った?」
「別に」
「それじゃあ、なんでいじけてるんだってば」
「いじけてない」
「いじけてるじゃん」
「いじけて…」
「嘘だってば」
いじけてる大人にどうして?とそれとなく話の水を向けると、「おまえさぁ、デリカシーがないよ」と、どうやらシカマルの家に泊まりに行ったことがお気に召さなかったようで、大人のカカシが、十代の子供相手にヤキモチを焼いていることにびっくりした。
「だって、シカマルだってばよ。それにお泊りにはキバとチョウジもいたし」
「その無闇な信用はどこから来るわけ。シカマルくんたちだって男なんだよ…。おまえ、自分がモテてる自覚ある?」
「それを言うならカカシ先生の方がお姉さんとかにモテてるじゃん、オレなんて…」
「〝オレなんて〟?おまえが気付いてないだけだよ」
事実、カカシはシカマルやキバがそれとなくナルトに思いを寄せていることを知っていた。だから、よりにもよってカカシが里にいない時に、ナルトが他の男の家に泊まっていたなんて聞いたら、心配だ。
今まで付き合った女だったら、どこでどうしてようとカカシには関係なかった。誰とどこに飲みに行こうが、別れた後に自分の同僚と付き合い始めようが一切関知しなかった。
だけど、カカシにとってナルトは大事な子だから、特別で1番だから、どうしても心配なのだ。
「カカシ先生がそうだから、シカマルたちもそうだって決め付けるなんてサイテーだってば」
「ナルト、おまえはわからないかもしれないけど、男って言うのは大体みんなそんなもんなんだよ。好き嫌い関係なく可愛いものを前にすると我慢できなくなるの、性欲が抑えられなくなってオオカミになっちゃうの。わかる?」
「そんなこと言われたって…」
ショックを受けたようにナルトが俯く。
「おまえが泣いていやーって言ってもやめてくれないかもしれないんだよ?」
大人に、もっともそうな言い方で諭されて、ぐっとナルトが詰まる。なんだよ、と心臓がぎゅっとなる。だって、オレってば全然悪いことしてねぇのに、んなふうに叱られるみたいに言われたら、まるで自分が悪いみたいじゃんか。
「シカマルたちはんなことしねぇもん」
「どうだか」
氷よりも冷えたカカシの声。「自分は大人だから全てわかってるんです」って顔。
「じゃあさ、ナルトはオレが綺麗なお姉さんの家に泊まりに行ったらどう思う?笑顔で送り出してくれる?」
「………」
意地悪な聞き方だと百も承知。ナルトが、シカマルの家に遊びに行くのと、カカシが女の家に行くのでは、まったく意味も状況も違うのに、わざとナルトが困ってしまう例え話をして、ナルトが泣き出してしまいそうになることを訊ねる。
「……そりゃカカシせんせぇがいねぇ時に勝手に遊びに行ったのはマズかったかもしれねぇけど、じゃあオレってばカカシ先生の許可なしにはシカマルとかキバとかと遊んじゃいけねぇってこと?」
しどろもどろナルトが答える。
「そういうわけじゃないけど」
「そういう意味じゃん」
「そう、わかった」
「何が?」
「…結局、ナルトはオレといるより、シカマルくんたちと一緒にいる方が楽しいんでしょ」
涙目になったナルトを見て、あーあやっちゃったとカカシは自分の愚かさ加減を呪う。
年上の威厳台無し。意地悪を言って、年端もいかない子供を追い詰めて、これじゃあまるでガキみたいじゃない。大好きな子を泣かせちゃってどうするのよーと、だけど、こういう時に限って口から出てくるのは相応にしてちぐはぐな言葉ばかり。
「おまえはそうやってすぐ泣く」
唇を噛んでナルトが俯いてしまった。床にぽたぽたと大粒の滴が落ちている。
「………」
透明なグラスの表面で、水滴が汗を掻いて伝う。からん、と氷同士がぶつかる音。気がつけば、扇風機の前に座ったナルトがしくしくと泣いていた。
なんでこんなことになってしまったんだろう。ナルトは滅多に泣かない。いや、泣けない子供だったと言ってもいい。そんなナルトに向かってせっかく覚えた涙の流し方を揶揄するような言葉を選んで放ってしまった。
ナルトのことを泣かせるなんてサイテーだ。自分のことを自分で八つ裂きにしてやりたい。
ただ、ナルトに酷いことを言って傷付けたかっただけ。自分の言葉で泣くナルトの姿を見たかっただけ。オレのせいで泣くナルトの姿を見たかっただけ。そんなガキっぽい自分の思考回路に気付いた瞬間カカシはあっさりと自分の失点を恥じて、ナルトに謝ろうと思った。
「ナル…」
「聞きたくねぇもん!」
友だち相手に疑いの目を向けられて憤然とするナルトと、他の男に恋人の無防備な姿を見られたと思うと堪らないと嫉妬したカカシ。二人にはそれぞれの言い分があったとは思うが、14歳年上の大人は罰が悪いやら、情けないやらで、困り果ててしまった。
「ごめん。オレが、意地悪だった」
「………」
「全面的にオレが悪かったデス。許してください」
カカシはぺたんと床に座っているナルトに屈みこんだ。真ん丸いほっぺには涙の筋が伝って、熱を持っているのかいつもより赤くなっている。
涙の痕を拭ってやろうとすると、ぺしっと手を払われた。ぐしぐしずずず…嗚咽と一緒に鼻を啜る音。
頑是ない、小さな背中。本当なら、外で同年代の子供たちと元気に遊んでいてもいい年齢なのに、「二人っきりがいい」という大人に付き合って真昼間から真四角で狭い部屋の中にいる。その上こんな大人のくだらない言い掛かりの様な嫉妬に付き合わされて、本当に可哀相。
「ナールト?」
「……ふぇ、うっくひっく」
「泣かせちゃってごめんね」
先程からカカシの横に置かれたままのお盆の上の飲み物。ぴと、とほっぺに冷えたグラスをくっつけてやる。
氷をたっぷり入れたサイダー水。やたら発汗と新陳代謝の良いお子様のために、飲み物のお代りを運ぶ途中だったのに、何故かこんなことになってしまって、ずっと放ったらかしにされていた。
ナルトが、カカシの家に来るようになってから増えた飲み物。牛乳もそう。戸棚一杯のお菓子も、カップラーメンも、全部、ナルトのため。大人の我儘で始めた本気の「恋人ごっこ」に付き合って欲しいがため。
「ね、こっち向いてよ。センセー死んじゃう」
わざと子供が驚くような台詞を選んで吐いてやる。やだよねぇ、無駄に経験値積んでると小賢しくて、狡賢い言葉ばかり浮かんでしまう。
案の定、素直で可愛いお子さまは「死んじゃう」の単語に驚いて、こちらを向いた。うるうる水分過多な碧い瞳に見上げられる。眉毛がへにゃっと垂れて、唇は戦慄き、身体全体がぷるぷる震えている。あ、その顔ヤバい。すごく、ぎゅってしたい。やっぱり油断ならないお子様。
「ごめーんね、機嫌治してよ?」
カカシはフローリングに膝を着くと、ナルトの腰に腕を回して懇願する。ほら、おまえのためならプライドだって簡単に捨てられる。
抱き締めると「ひっ」って小さい悲鳴が上がったが、聞かないふり。頭のてっぺんにキスを落として、カカシはそのまま腕の中に小さな身体を閉じ込める。
「……カシせんせぇ」
困りきったナルトの声。カカシのことを許してあげるか、それとも頬を膨らましたままでいるか、悩んでいる様子だ。
だけど、ナルト。おまえが優しいことを知ってるオレは、おまえの優しさに付け込む術をよく心得ている。ねえ、大人のオレがこんなに情けない姿をおまえに晒してるんだよ。
ちょっと可愛くない?
大の男がさ、床にへたって、子供のおまえからお許しが出るのを待ってるなんて。大きい犬みたいでしょ。飼い主はもちろんおまえ。全部、全部、ナルトが好きだからなんだよ。
ほら、情の深いおまえはオレを突き放すことなんて出来ない。一分、二分、三分。カップラーメンができる時間。カカシはナルトの腰に腕を回したまま、床に寝転がって、ぎゅうぎゅうナルトの腰の辺りを抱き締めてやると、やがて、ふうと吐息のようにため息が落ちた。ナルトを包んでいた空気が緩和する。
「反省したってば?」
「しました」
「がっつり?」
「そりゃあもう」
ぺらぺらよく回ると評判の口は今日も絶好調。サイダー水飲めば?とすかさず聞く。ナルトは差し出されたサイダー水を受け取ってパチパチ弾ける液体を垂下した。
ナルトのおなかのぷにぷにするところの感触を楽しみながら、子供の背中にぴたっと頬をつけていると、
「カカシせんせぇはさー、オレのこと全然わかってないよね」
ストローを咥えながら、ぷくう、と片頬を膨らませて、ナルトがぶんむくれる。カカシは床に這い蹲ったまま、何も答えない。
その代わりぎゅうとまた抱き締める。ナルトはよしよしとカカシの頭を撫ぜた。これじゃあまるで立場逆転。だけど、この大人が本当は酷く弱い人なのだとナルトは知っていた。
いつも飄々として、ナルトより倍は背の高いカカシ。下忍同士のことなんて、歯牙にもかけていないと思っていた。だけど、本当は違う。
付き合い始めてわかったこと。それは大人だと思っていた人がけっこうまだガキだということ。時々「えっ!?」って思うような子供っぽい可愛いところがあるっていうこと。
大人って絶対に揺るがない、もっとしっかりした人種だと思ってた。それなのに、目の前のカカシと言えば、子供がそのまま大きくなったような感じの人で、どうやらおそらくたぶん、世の中でいう大人っていう奴の正体は実はみんなそんな感じらしいと、ナルトは最近気付いてしまった。
大人というものは子供の延長線上にあって、忍者になる時のように試験などがあるわけではなく、ましてある日を境に突然なれるものでもないのだ。だから、大人は自分自身もいつ「大人」になったかなんて境界線がわからないから、子供の前では一応精一杯に「大人」を演技をしているらしい。なぁんだって手品の種が明かされてしまったような気持ちと、ついでに愛しさを覚えた。
確かに、恋人という関係になってから、カカシは上司としての顔の他に本当の「はたけカカシ」個人を見せてくれるようになった。我儘で、ヤキモチ妬きでどうしようもない大人。もしカカシがわざと自分にそうした弱い部分を見せてくれるなら、ちょっといやかなり嬉しい。
カカシの手管に上手く乗せられている気がしないでもないけど。
「オレは、こんなにカカシ先生にメロメロなのに」
ナルトは、「仕方ない大人だってばよ」とこてんと身体を傾けると、カカシの唇にキスをする。カッコイイけど、ちょっぴり可愛いナルトの恋人。オレが、こんなに大好きなのに疑うなんて失礼だってば。
「オレは、楽しかったことは、カカシ先生に話してぇの」
オバカな大人に、バーカと言ってやる。
「シカマルの家で遊んで楽しかったこととか、オレがどう思ったかとか、カカシ先生に全部教えてぇの」
別に、悪気があったわけじゃない。ただ一緒に共有したかっただけ。そう思ったらなんだか恥ずかしくなって、ナルトはぷいっとカカシから視線を外してしまった。
「うひゃ、冷めてぇ」
扇風機の風に、カカシを魅了して止まない金糸がさらさらと靡く。しっとりと汗を掻いた真ん丸いおでこ。ちなみにTシャツに、ズボンを膝頭まで折った状態のナルトに対して、カカシは季節を丸きり無視して上下忍服のインナーを着たままだ。
「ふぃー。気持ちいい」
口をぱかんと開けてナルトが目を細める。冷たいサイダー水を飲んでいると、長い腕が伸びて来て、ナルトのほっぺたにカカシの手が重なる。
「ナールト」
いつの間にかカカシが起き上がっていた。二人とも扇風機の前にぺたんと座ったまま、見つめ合う。
「ごめんね」
「いいってばよ、べつに…」
カカシの視線に、ナルトの頬が赤くなる。カカシはそんなナルトの様子に口の端を吊り上げた。
「仲直りのキスしよっか」
「ええ。まってカカシせんせ、ちょ……っん!」
「ん……」
問答無用で唇が合わせられる。
「ふう……っ」
ふっくらとしたナルトの唇に大人の薄い唇が重なって、歯列をなぞるように、カカシの舌が侵入し、あっという間に、ナルトの息が上がった。
「ふう、んんんう」
カカシが合わせた唇を離すと、いたいけなお子様はとろんとした表情になっていた。
「はぁ…。ごちそうさま」
ナルトのほっぺたは、やはり泣いたせいで、いつもより体温が高くなっていて、微熱気味。
熱を出したら看病してあげよう。そう思いながら、
「バカな大人でごめんね、ナルト」
そして、ありがとう。ちゅっと今度は軽く音だけを立てて、唇を合わせる。お互いの口の中でぱちぱちと弾けるサイダー水のキス。
でもオレはおまえがいなくなったら生きていけないっていう弱々しい感情を何よりも強く大切にしたいと思うから。
空気猫取扱説明書概要
ここは二次創作小説置場です。無断転載は禁止。本物のカカシ先生とナルトくん、作者様とは一切関係がありません。苦手な人は逃げて下さい。
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管理人の生態
自己紹介
名前 空気猫、または猫
職業 ノラ
趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
夢 集団行動
唄 椎名林檎
性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
職業 ノラ
趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
夢 集団行動
唄 椎名林檎
性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。
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