空気猫
コーヒーと煙草の匂いのする店内でふわりと香ったヒヤシンスの香水。鼻の利くカカシはこの店では珍しい上品な客に上体を起こした。カカシが顎だけ乗っけて突っ伏していたのは客席側のカウンター。髪の長いフレアスカートの女性がカカシの座っている丸椅子の隣に腰掛けた。
大人っぽい女性なんて見慣れているはずなのに、カカシはなんとなく気不味くなって視線を逸らした。
「コーヒー、貰えるかしら?」
たっぷりとした毛質の夕日のように赤い髪。元の素材の良さを引き立てるだけの薄化粧。
何よりこの店の店主である男と女性の間に漂っている他者の介入を許さない親密な雰囲気にカカシは声を出すことを忘れた。夕焼け色の髪の女性は店主の大人と一言二言言葉を交わし、コーヒーを一杯だけ飲むと出て行った。
「―――ちょ…先生あの女の人のお代」
「いいんだよ、あの人はこの店では永遠にコーヒーの代金を払わなくてもいい特別な人だから」
サイフォンに視線を落とした大人にカカシは「オレは不機嫌になりました」という顔でぶすむくれたのだけど。
カカシが彼の息子である「うずまきナルト」に会いに行ったのはそれから約三日後。
真昼間の公園。
「やだってばぁ!!」
その日、カカシは仔犬用の餌を近所のコンビニで買い求め少しだけ公園に到着する時間が遅れた。
いつもどおり動物を模った遊具を横切り公園に足を踏み入れると、聞き慣れた子供の叫び声が聞こえて、カカシはコンマ一秒で走り出した。
公衆トイレの横、ちょうど公園の死角になっている場所に駆けつければ、巨漢の男とナルトの姿。
「………っ!?」
でっぷりとした腹の男に手を握られているナルトの姿を見て、カカシの全身が総毛立つ。
「てめ……っ」
地面を蹴り殺気を出したカカシを見て、男が急いだように逃げて行く。
すぐに肥満の男を追い掛けようとしたカカシだが、「ねずみ……」と震えた声で呼ばれて、足を止める。公衆便所の横で、ナルトが蒼褪めた顔でカカシを見上げていた。
「―――ナルト……っ」
カカシは呆然とした顔で立ち尽くすナルトを抱き上げる。外傷はない。衣服の乱れも。
「ねじゅみ……っ」
「どうした、何があった…。何もされなかったか!?」
「………ふぇ」
カカシの詰問に腕の中の子供がびくんと肩を竦めた。しまった。ナルトを怒ってどうするんだ。自分が冷静にならないでどうすると、カカシは己を叱咤する。
「…ごめん。何があったかゆっくり話してごらん?オレに聞かせて?」
抱っこした背中を撫でながら優しく訊ねれば、碧玉が恐る恐るカカシに向かって上げられる。
「砂場で遊んでたら、さっきの太っちょの兄ちゃんが来て……」
「うん」
「無理矢理、手ぇ引っ張られてここまで連れて来られたの」
「うん…。びっくりしたね?それで?」
「いつまでも手ぇ離してくれねぇし、ハァハァ息遣いはうるせぇし、オレってばなんかおかしいなって思って、逃げようとしたんだってば」
確かにナルトは、カカシの目から見ても恐ろしく愛らしい顔をしている。金髪碧眼に、ぷっくりと膨らんだ赤い唇。丸い頬。日に余り焼けてない色素の薄い肌。その手の趣味を人間には堪らない外見をしていそうだ。
「あの人がへんしつしゃだってば?」
こてんと首が傾げられる。
「―――怖かったでしょ、ナルト。もう大丈夫だからね」
「………」
「……ナルト?」
「………」
バカだね。小刻みに震えながらもきゅうと首に巻き付いて来る小さな子供の頭を撫でて、カカシは男の消えて行った方角を眺め眉根を寄せた。
カカシはすっかり二人の定位置になった公園のベンチに腰掛けた。カカシの膝の上にナルトが向かい合ってちょこんと坐っている。
「いいかい、ナルト。今度、あいつに会ったら大声で叫ぶんだよ」
「………」
「ナールト、お返事は?」
「………大声で叫んだらねずみが来てくれるってば?」
ああ、この子は本当にもう。
「うん、おまえが危ない目にあったらいつでも助けに来てあげる」
「本当?」
「ああ、おまえが泣いていたらいつでも駆け付けてあげる」
「ねずみ、大好き!」
きゃらっとナルトが笑い声を上げる。先程までの怯えはどこへやら、無邪気な子供に愛おしさが募る。
「だけど、ナルト。危ない一人で遊ばない方がいい。また狙われるかもしれないよ。オレが来る前におまえが危ない目にあったら、オレは哀しいよ」
「………」
「なるべく他の子と一緒に…、」
いたほうがいいと、そこまで言い掛けてナルトの顔が暗くなっているのに気が付いて、はぁとカカシはため息を吐く。
「オレってば灰色ねずみの兄ちゃんがいればいいもん」
ナルトは、ぺとっとほっぺたをカカシの腹部に密着させて気持ち良さそうに目を細めた。子供たちから背を向けるような発言。同年代の友達はいたほうが良いに決まっている。
だけど、自分だけがいてくれればいいと言って懐く子供が愛しくないはずがない。それが間違った思考であっても今のカカシにそれを咎める強さはなかった。
「――――じゃあ、オレと一緒に来る?」
「う?」
「おまえ、オレだけのモノになっちゃう?」
「ねじゅみのもの?」
不思議そうにナルトの瞳が見開かれる。その碧玉が余りに澄んでいたので、カカシは次に言おうとした言葉を飲み込んだ。
「……なーんでもないよ」
「うぅ?」
「………」
もし、今この子を自分が連れ去ったらどうなるだろう。ナルトが今の家で大切にされていないと言うなら、オレがもらってもいいのだろうか。だってオレにはこの子がこんなにも必要だ。そしてナルトもまたオレを必要と…してくれてるだろ?折檻を受け、こんな公園で孤独にいるより自分のマンションで暮らした方が数倍幸せなのではないか。アスマにはまぁ適当に説明して、反対されたら今住んでいるとこを出てもいい。追って来る警察から隠れ逃れてカカシとナルトだけ二人っきりで生活をする。倫理に反してるなんてどうでもいいことだ。
朝飯だってこいつのためなら作ってやれる。目覚める楽しみがあるなら早起きだって出来る気がした。
きちんと週五日間働き、休日は一日中ナルトと一緒に過ごす。夜はお風呂から上がったら風邪を引かないように柔らかいタオルで髪の毛を優しく拭いてやろう。女とも全部縁を切る。人肌を恋しがることも、この子供の温もりさえあれば、なんの問題もない。ナルトと一緒のベッドで眠るのだ。だって、子供の体温は他の女より数倍温かい。ナルトとならただ傍にいてくれるだけでよく眠れる気がした。性的な繋がりよりもっと強い絆を築いてみたい…。
朝、目が覚めるとこいつの顔が1番近くにあったらどれだけ幸せな気持ちになるだろうか。
現実問題有り得ない想像をしてカカシは、はっと我に返る。
…何を考えているのだろうか、自分は。本当にこれでは自分が誘拐犯か何かのようではないか。それこそ世間を賑わす幼児愛好者の変態みたいだ。
「……ねずみ?」
ぎゅっとカカシの服を掴んでナルトが見上げて来る。
「さっきから黙ってばっかでつまんね…」
ナルトの頬が子リスのようにぷっくりと膨らむ。こすこす柔らかい頬がカカシの腹部に擦り付けられた。
「おまえ、本当に無防備だね」
「?」
ああ、可愛い。カカシに構って貰えないことにスネている仕草が非常に愛らしい。
この子の瞳は甘い麻薬のようだ。どうしようもなく惹かれている。信じられないことだけど、オレはこの8歳の子に。
「ねずみに突撃だってば!」
両腕を広げて、ナルトがカカシの顎に頭突きをして来る。イテテ、と渾身の一撃に顎を擦りつつカカシは半眼になる。
「おまえねぇ、こんないい男の顔を間近で見れるんだから感謝しなさいよ」
「オレってばそーいう空気はまだわかんねぇトシゴロだってば」
「………。生意気」
カカシはナルトが膝から転がり落ちないように子供の丸こい後頭部を押さえながらおでこを弾いてやった。
ナルトの手を引っ張ってカカシはうずまき家の自宅の前にきていた。
「一応、報告しなきゃマズいでしょ」
結婚の報告…ではなく、ナルトが変質者に襲われたことの報告だ。結局、あのあと仔犬に餌を上げてから、公園から一人で帰すのも心配だったので、カカシが家まで送ることになった。河原で仔犬とじゃれるお子様を土手に座り込みながら眺めて、わりと癒された気分になりながら。
「うわ…。豪邸」
聳え立つ威風堂々とした門構えに野良猫生活の長いカカシは引き腰になる。まるで浮浪者が、大富豪の家の娘さんの家に招かれた気分だ。
「おまえ本当にここ住んでるの……?」
「おう」
「お母さんは…?」
「母ちゃんは入院中だってばよ」
……初耳だ。
「ずっと、病院と家行ったり来たりだってば」
「そ…」
「オレってば寂しくねーよ。いい子で待ってるんだってば」
ニシシと笑った金髪頭をカカシは無言でしゃくしゃと撫ぜてやる。インターホンを押して、お手伝いさんらしき女の人の声がした。
玄関に入り、カカシが中年のお手伝いさんに先程公園であったことを説明していると厳格そうな顔の初老の男性が出て来た。
もしかしてあれが…?カカシはパーカーのフード越しに男性を見つめる。初老の男性は二十歳過ぎくらいの得体の知れない若者を上から下まで一瞥すると、胡散臭そうに顔を顰めた。
「この子が貴方に何か失礼なことでもしましたか?」
まだ一本も白髪がない和服姿の男性から飛び出した第一声にカカシは砂を噛じったような気分になった。
「……いえ、実はこの子が公園で変質者に襲われまして」
届けに上がりました、と言おうとしたカカシの言葉は、信じられないような言葉に打ち消された。
「浮ついた態度でふらふらしておるから、そんなめに遭うんだ」
一瞬、カカシの思考が停止する。冷たい氷がカカシの心臓をそろりと撫でた。
「―――は?」
何言ってるんだ、このジジィは。思わずカカシの口の悪い台詞が出そうになって、だけどあまりのことに唖然とするしかない。
「もっとしゃんとしていればそんなことにはならなかったはずだろう。おかしな行動をしているから、変な人間を引き寄せるのだ」
全てナルトの責任だとこの男は言うのだろうか。まだ8歳の子供だぞ。被害にあったナルトの方を責める、この男の思考がカカシには理解出来なかった。
「まったく何度、叱ればいいのやら…。手の掛かる。これだからイワシの頭の子供は躾が大変だ」
心底、呆れ果てたという口調で、ナルトを見下ろす男。社会的な地位があるかどうか知らないが、この男には人を思いやる言葉を選ぶことが出来ないのだろうか。
カカシとて、それほど他人の心を汲む方ではない。だけどこれほど血の気が引くような言い草をする人間に出会ったのはこれが初めてだった。もっとも恐ろしいことは男が自分は正当なことを言っていると思い込んでいることで、小さな子供が自身の親を罵られどれほど傷付くのか、鈍感なカカシにだって想像出来る。何故、その少しのことを、想像する力がこの男にはないのだろうか。
アンタ、と叫びそうになって、手を繋いでいたナルトの小さな手の平が、きゅっと強くなる。見下ろせば、眉根を寄せた子供がニシシと笑って唇が〝ヘーキ〟と模った。
「……ナルト」
おまえはどこまで強くなる気なのよ。空にまで飛んでいっちゃうつもり?
本当に損する性格。強い子、そしてそれ故になんて哀しい子供。
「この子の心配はしてやらないのですか。貴方のお孫さんでしょう…!?」
背の高い青年とナルトに漂う親密な雰囲気に、初老の男性は腕を組んで顔を顰めた。
「この子と私の血は繋がっておりませんのでな。わざわざこの子を送ってくれて申し訳ありませんが、そろそろお引取り願えますかな。会社を抜けて来ているので急いで戻らなくてはいけなくてね。今日は家人の者が失礼致しました。人様にご迷惑を掛けてしまって本当にお恥ずかしい。この子によく言い聞かせますので」
「オレが言いたいのはそういうことではなく…っ」
「この方に謝礼を」
後ろに控えていたお手伝いの女性から金銭を渡されそうになってカカシはかつんと音を立てて大理石の床を一歩下がる。
「いりません、そういうつもりでこの子を連れてきたわけではありません」
「いえいえ、ほんのお気持ちですから。どうぞ受け取ってください」
初老の男性はおだやかな表情を浮かべたまま微笑む。だけど、その目はまったく笑っていなかった。金だけカカシに渡してそれで済むと思っているのだろうか。吐き気がするような価値観だった。
「こっちに来なさいおまえはどこまで私に迷惑を掛ければ気が済むんだ」
「や……ったい」
〝やだ、痛い〟カカシの手からナルトが引き離される。片手を吊り上げられたナルトの小さい身体が宙に浮いて、引きずられる。碧色の瞳が揺らめいて、カカシを映した。
「……ナルっ」
有難う御座いましたと儀礼的なお礼と共にバタンと閉まった扉。アンティーク調の細工の施された豪奢でいて、堅固な厚い板。ドン、と扉を叩いて、カカシは声にならない嗚咽を漏らす。この扉の向こうであの子が悲鳴すら上げず痛みを堪えているというのなら、きっとこの世界には神も仏もないと思った。
水飲み場から帰ってくると、警察官に声を掛けられた。
「ちょっとそこの貴方。その子の身内の方ですか?」
「―――は?」
「身分を証明出来るものを出して欲しいんだけど、いいですか?」
カカシが「あー」と「えー」の中間の顔のままで固まっていると、ますます警察官の顔が厳しくなる。
別に。酒も煙草も飲んだり吸ったりできる年齢を満たしてるし、疾しいことは…まぁ多分していない。面倒臭いなとぼんやりしているとちょっと署までご同行の雰囲気がそこはかとなく漂ってくる。職務質問にしては随分険しい表情の警察官に内心首を捻っいたカカシだが、
「この兄ちゃんはオレの兄ちゃんなの!」
下の方で、鼓膜を右から左へジェット機のようにキーンと突き抜ける叫び声が聞こえた。視線を下げれば、頬を高潮させて、カカシの足に腕を巻きつけ全身の毛を逆立たナルトが警察官を威嚇していた。
「兄ちゃんのこといじめんなってば!」
嫌なおまわりさんだってば!ぷんすか膨れて、警察官のスネに向かって飛び出す蹴り。
「こら、ナルト。ダメでしょ?」
カカシがやんわり嗜めると、「兄ちゃん、だっこ」とナルトが催促をする。
「だっこってば!」
ん、と手を広げる子供。
「あー…。はいはい」
―――頬を膨らませご機嫌斜めになった子供より強いものなんてこの世に存在しないのかもしれない。
そのままカカシの首に巻き付いて、ナルトは警察官を睨みつける。歯を剥き出さんばかりのナルトの剣幕に、警察官はたじたじになった。
「あ…、失礼しましたご兄弟でしたか」と警察官が気まり悪そうに頭を掻く。
「あー、ごめんねボク?」
ぷいっとそっぽを向いたナルトに「嫌われてしまいましたね」と先程とは打って変わって柔和な態度になった警察官。
「………?」
「ああ、すいません」
警察官はぺこりとカカシに向かって頭を下げる。
「実は近頃、このあたりに変質者が出没しているようなんです。弟さんとあなたがその…あまり似ていなかったもので年も離れていますしもしや…と思ったのですが、申し訳ありません」
「はぁ?」
へ、変質者だって?
「小さい子供ばかりを狙った犯行が続いていまして。ペットの連れ去り事件の捜査と平行して見回りが強化されているんです。最近は物騒な世の中ですからね、昼間とはいえくれぐれも弟さんから目を離さないようにしてください」
「………」
「不審者を見かけたら署までご一報下さい」
それでは、と警察官がお辞儀をする。
「それにしても仲の良いご兄弟ですね、羨ましい」
お兄さんを守るなんていい弟さんですね、と言い残して去って警察官は行った。あとに残されたのはナルトを抱き抱えたまま立ち尽くすカカシ。
変質者って。
………………オレ?
ひゅるりーと古典的な表現ではあるが背中に木枯らしが吹く。ご丁寧にも物哀しい横線付きである。
はたけカカシ22歳。まさかの打撃である。そういえばこの間、公園の前で転んだ子供の母親がやけにきつい目で自分を見てきた。あの時はさして気にもしなかったが、あれはこの辺りに出るという不審者を警戒していたのかもしれない。
不審者だと疑われていたのか、オレ…。普段、不審者と真逆の扱いを受け大人のお姉さんにちやほやされていたカカシには軽いカルチャーショックであった。
確かにこのクソ暑い時期に灰色のパーカーのフードを被ったままのカカシはかなり、いやとてつもなく怪しい見かけかもしれない。
「ナルト、おまえさー不審者のこと知ってた?」
「ふしんしゃ?」
「変なおっさんとかお兄さんのこと」
「オレってば最近ここらへんに引っ越して来たばっかだから知らないってばよ」
「そ・…」
ぶんぶんと首を振ったナルトの鼻の頭を「マヌケな顔だねぇ」と突いてやるも、カカシが自分の兄だと警察官に思わせるように仕向けてくれたことは感謝しなくてはなるまい。
結局、カカシもナルトも嘘は吐いていない。ナルトは「兄ちゃん」と呼んだだけ。それを聞いて本当の兄弟だと勘違いしたのは警察官の方だ。だけどそれを咄嗟の判断でやったのだとしたら、意外と思考能力の高いお子様なのかもしれない。
まぁ、偶然かもしれないが…
「ありがと、ナルト」
カカシの言葉にナルトは何も言わずにんまり笑うだけで何も答えなかった。
ナルトが、カカシの前を元気良く闊歩していた。ナルトは、だらだら歩くカカシに「ねずみってば、速く歩けってばよ!」と時々、カカシの服の裾を引っ張りに戻ることを繰り返している。
そうこうするうちに流線形のカーブを描いた道路に出て、見慣れた道。見慣れた場所。あの河原。モクモクと煙を吐き出す河向こうの工場。
「……あ~、よく考えればそうだよねぇ」
ここはあの人のお気に入りの場所でもあったのだから。その息子を連れて来ていてもおかしくない。
「こっちだってばよ、ねずみ!」
手招きされてカカシは土手を下り橋の下へと向かう。
「……仔犬?」
「こいつってばここに捨てられてたんだ。オレが育ててるんだってば」
カカシはダンボール箱の中にいる真っ白な生き物を覗き込んだ。
「ねずみにだけ教えてあげる。他の人にはナイショなんだってばよ」
「へぇ…」
ころころ太った仔犬を抱きあげて、ナルトが誇らしげに言う。どっちが犬っころなんだか…、とカカシは力なく笑う。
「ねずみもだっこする!?こいつってばすげーふかふかなんだってばよ!」
気持ちいいんだってば、とナルトは真っ白な毛に頬を寄せる。
「いや…。遠慮しておくよ」
当時のカカシはそれほど犬好きというわけではなく、遠巻きに仔犬とナルトを見比べているだけだった。
「おまえ、こいつの餌はどうしてるの?」
「給食の牛乳だってば!」
ああ、なるほど、とカカシはナルトの傍にしゃがみ込む。
「家では飼えねぇからここで飼ってるんだぁ」
なー?とナルトは仔犬に相槌を求めるように頭を傾ける。ペロペロとナルトの丸い頬を子犬が舐め回す。
「はは、くすぐってぇ…」
「………」
「ん、くはは。おまえ、甘えん坊だな」
おいおい、おまえちょっと舐めさせ過ぎじゃないの。ほら、バイ菌もらったら…困るデショ?カカシは我知らず腰を浮かして、犬と戯れていたナルトを自分の腕の中に引き入れた。
「……ナルト、もうちょっと犬から離れなさい」
「……なんで?」
「どうしても」
「変なねずみ!」
腰に回された青年の腕を見下ろしてナルトはニシシと笑った。
「ナルト、あんまり河の近くに行くなよー」
「わかってるってばー、灰色ねずみの兄ちゃん」
「いいからこっちで遊びなさいよー」
「はぁい」
きゃんきゃん子犬の声が草原に響く。草原にしゃがみ込んだカカシは、そこらへんから毟り取った猫じゃらしで仔犬の頭目掛けてタシタシ叩く。犬特有の匂いが苦手で仔犬に直接さわりたくなかっただけの理由だったのだが「あ、それオレもやりてー」と何故か小走りではふはふとやって来たナルトが喜んで二人仲良くじゃれつく仔犬と遊んでいるという状況。
仔犬の肉球の辺りをこちょこちょとくすぐっているナルトの金色頭を撫でて、カカシはふと子供の手の平に視線を落として訊ねた。よく見れば、金糸の髪の毛から覗く項にも奇妙な痣がある。
「おまえ、今どこに住んでるの?」
「………?」
カカシが首の痣を撫でるとナルトの身体がびくりと跳ねた。
「さっき引っ越したばかりって言ったデショ。前に住んでいた家にはいないの?」
碧球が揺らめいて、たしたしと猫じゃらしを動かす手が速くなる。
「あっち」
子供が指差したのは、以前カカシが行った波風家とは逆方向。
「母ちゃんの生まれた家に住んでる。すっげーおっきい家」
確か母親方の祖父は大会社の社長であっただろうか。カカシは記憶の中から弾き出す。
「おまえ、眉間の皺」
「ん…っ」
カカシがナルトの額を突く。
「寄ってたよ」
「ん……」
ナルトは先程とさほど変わらない表情で犬を弄っている。その表情はほとんど変わらないが、一瞬子供の顔に差した影をカカシは見逃さなかった。
「……厳しい人なのか?」
「ねずみはすごいってば。本当になんでも知ってるってば」
「まぁね…」
「あの人、オレきあーい」
「……なんで?」
「父ちゃんの悪口言うから」
「………」
「オレがべんきょーできねぇのも、悪戯ばっかして人に迷惑かけるのもみんな父ちゃんのせいなの」
トモダチいねぇのも全部。オレが欠陥品だからなんだって。
「オレってば悪い血が混じってるんだって。だからいっぱい叱られる」
仕方ないことなんだって?
「手って、いたーい、いたーい?ってば」
カカシを見上げた子供がニシシと笑う。手は赤く腫れている。今どき折檻を受けているのだろうか。定規で叩かれたような痕。
おまえ、そこは笑うとこじゃないでしょ。
「ナル――…」
「でもオレってば絶対負けないもんね」
カカシの言葉を遮るようにナルトの言葉が重ねられる。カカシの位置からはしゃがみ込んだままのナルトの顔はよく見えない。
「父ちゃんの悪口言う奴等なんかに負けねぇの。〝オトコがスタル〟んだってばよ」
地面に俯いていたナルトがくりと上を向いて笑った。
「いじわるしてくる奴等はね」
「………」
「けちょんけちょんにしてやんのー!」
「……おまえ、口悪いね」
何故この子が泣かないのか、カカシは今始めて理解した。ナルトが泣かないのは抱き起こしてくれる大人がいないからだ。
転んだ子供は大概泣く。それはもう盛大に泣く。痛さと驚き。それ以上に泣いて誰かに助けを求める。しかしそれは差し伸べてくれる誰かの手があって成立することなのだ。多くの場合、親がその役割を担う。ナルトにはそれがない。おそらく母親とも引き離されてるのだろう。ならば今現在この子に差し伸べられる手はない。抱き起こされることのないナルトは泣かない。泣いたって誰も抱き起こしてくれないからだ。ナルトはそれを知ってるから泣かない。
「ははは…。これがナルト、おまえの種明しなわけ……?」
「?」
幸せに包まれてるなら壊してやりたいと思っていた。だけどその反面、オレはこの子に幸せであって欲しかったのかもしれない。手放しで愛を受けていたらと思うと嫉妬するくせに、この子だけでも、幸せであったなら、救われない子供だった幼き日の自分が救われる気がしたのだ。
父はカカシの目の前で自殺した。父の自殺を止められなかったカカシを義母は責めた。嫌になるだろ、そんな家に何年もいたら。存在自体が不定されて、気が滅入るってこういうこと。
それで身体の関係を持ってからは途端に女の仕草を見せるようになって、カカシは父によく似た顔をしていたから、彼女にとってはいい変わり身人形が出来たということであったのかもしれない。結局はそこにカカシ自身の価値なんてなかった。―――そんな繋がりなんて、欲しくもなかった。
親というもの、家庭というものに、憧れていたと思う。だから唯一尊敬できたと思ったあの人の子供は、幸せに育っていて欲しい。カカシは、心の奥底でそう思っていたのだ。
だって、でなければこの先どこに望みをみつけていいのかわからない。あの人の子供さえ暗い顔をしていたら、この世に救いなんてない気がした。
カカシはあの大人に恋心を抱いていると同時に、失った父親の面影を求めていたのだろう。そして大人からナルトの話しを聞くたびに、自分と重ね合わせていたのだ。自分が、あの大人の子供であったら幸せだっただろうかと考えて。
だからカカシはナルトに対して、自分のように不幸であってくれと思う一方で、どうか自分とは違って幸せであって欲しいという気持ちを抱いたのだ。複雑で屈折して、自分自身さえもまだよくわからないが、つまりそういうこと。
「ナルト」
長い思考の底からカカシは浮かび上がる。
「このあとさ、何して遊ぶ……?」
ちょっと擦れたような声で訊ねればお決まりの台詞が満面の笑みで返ってきた。
「砂のお城作りたいってば!」
「―――いいよ、おまえが望むなら」
いくらでも作ってあげる。子供は、花が咲くように笑った。以前のような薄暗い顔はなくなった。だけど、カカシは泣かない子供の涙が見たいと強く望んだ。
誰だっけ。人間の人生に必要な基礎は全て砂場で学べるとか言った哲学者は。砂場で他人と協調し合い山を作りトンネルを掘り、お気に入りの玩具を貸し与えることで他人と仲良くなったり、人の玩具を羨み喧嘩することで社会性が身に付くというのだ。
初めて聞いた時はまったくバカなことをいうじいさんもいるもんだと思ってカカシは小難しそうな哲学書を数ページ捲っただけで放り出したものだ。
人生の全てが砂場で決まるなんて、そんなの嘘だね。だって人は砂場では学べないことを、学ぶために大人になる。砂場は言わば人生の初歩を学ぶための練習場あって、それが全てだなんて有り得ない。出なければ、世の中でいう大人が全員、砂場の中で会議だのなんだのをしていないといけないだろう。ある意味ぞっとする光景だ。砂場にサラリーマン。
カカシ青年の脳内で繰り広げられる捻くれて斜めまで傾いて沈没寸前の思考はさておき。
カカシにとって冷や汗ものの難問が今、立ちはだかっていた。高尚な思考に浸っていた哲学者がまさに現実世界に足を取られ井戸の中に落ちたように。
「ねずみってば、本当に砂のお城作れんの」
胡散臭そうにカカシを見つめるお子様。ヤバい。カカシは背中に伝う嫌な汗をひしひしと感じていた。それほど集めてはいなかったとも思われる尊敬ゲージが今、もの凄い勢いで下がっている気がする。株式市場であるなら「灰色ねずみ」の株が急降下で下落の一途を辿っているに違いない。
「あー、これって結構難しいんだねぇ…」
「ねずみってばけっこー不器用?」
テンゾウの奴め。何が水を使えば何とかなるんじゃないですか、だ。簡単そうに言ってくれちゃって。
カカシは頭の中で後輩に向かって舌打ちをする。砂のお城の作り方を建築学の専門家に聞くカカシもどうなのかと思うが、使えない奴めと罵られるヤマトは報われない後輩であるだろう。
「ねずみ、ねずみ。魔法使いと女王さまが住んでる塔作ってってばよ」
「あーっ、塔なんて立つわけないでしょ、おまえ。いーい、地球にはね重力というものがあるの。砂は落ちるものなの、わかる?!」
何度目かの塔が崩壊して、カカシはついにキレた。
「ニシシ、ねずみってば顔はカッコいいのに、おっかっしいの」
「……オレの顔、カッコイイ?」
ナルトの言葉にカカシはオッドアイの瞳を瞬かせる。
「オレってば難しい言葉知ってるの。兄ちゃんみたいなの男前って言うんだろ~」
「………」
カカシはナルトの言葉を聞いて固まった。今までどんな女に言われたって嬉しくもなかったのに。どうしてだろう。浮き足立ってしまう。自分の顔なんて大嫌いだったが、この子がカッコイイと言ってくれるなら満更でもないなと思った。
カカシは、なんとなくスコップを握ったまま、砂を掻き回した。
「ねえ、大体どうして砂のお城なわけ?やけに拘るじゃない」
照れ半分に視線を逸らして尋ねるとナルトが、「よく父ちゃんと作ってくれたんだってばよ」とニシシと笑った。
「父ちゃんもすげー下手だったってば、砂のお城作るの。でもすげー、一生懸命作ってくれだんだってばよ」
「………ふうん」
カカシの脳裏に砂場で身を寄せ合う金色の親子の姿が思い浮かんだ。
「いい、お父さんだったんだな」
「おう!」
何だか面白くない。もしかしてオレって父親の代わりなわけ?そりゃ、おまえの父さんはいい父親だったろうよ。浮世苦節があったことも覗いてもね。カカシだってそんなこと百も承知だ。だが、しかし、どうしてか面白くない。
この時カカシは子供に対してではなく、大人に対して嫉妬をした。ナルトの心を占める自分ではない存在に。すでに彼の心は、大人にではなく、金色の子供へと向いていた。いや、もしかしたら初めて出会った時から彼は恋に落ちていたのかもしれない。わずか8歳のお子様に。
「………」
だから急降下するカカシの機嫌。敏感なお子様は素早く察知して、砂をかき混ぜる手を止める。
「ねずみ…?」
不安そうに縋るように、このお子様には珍しく媚びるような上目遣いで、カカシの機嫌を伺っている。
「ねじゅみ、怒ってうってば?」
「別に」
「嘘。怒ってう……」
「………」
ああ、これは捨てられたことのある子供の目だ。誰かを失った子供は自分から離れていくものに対して酷く敏感だ。
「うにょ……?」
カカシは、ナルトを抱き締めた。
「ねずみ……」
「怒ってないよ、ナルト」
「ねずみ怒らない?」
「うん、ごめんね。砂が目に入っちゃっただけだから」
カカシの言葉にナルトがスコップを放り出す。
「ねずみってば大丈夫?」
「ああ…ちょっと目が痛いな」
「大変だってば。もう、おっちょこちょいだってばねぇ。オレが水飲み場連れてってあげうってば!」
しょうがないねずみだってばよ、と言いながら小さな手のひらがカカシの手に重ねられる。
「お、おい。ナルト?」
「ねずみ、こっち来て。オレに連いて来て」
一丁前にカカシの世話を焼こうとする子供は、もう先ほどのことを忘れたように振る舞っているが、ちょっとだけ焦ったようにぎゅっと握られた手の平が、どこにもいかないでと小さく訴えているような気がした。
「ナールト」
思わず出た今まで出したことのないような気持ち悪い猫撫で声。だけど、誰かに優しく〝したい〟と思ったのは初めてだった。
「速く水で洗わなきゃバイキンが入るってばよ~!」
「ナールト、無理しなくていいんだからね?」
「………う?」
「もうオレは大丈夫だから。まだおまえと一緒に砂のお城作りたいな」
オレは作りたいけどおまえはどうなの?膝に頬杖をついてにんまり笑えば、目に見えて子供の顔が明るくなった。
「……っ!作る、作るってば!」
「んじゃ、オレは堀作るからおまえ塔ね」
「……ふぇ、塔」
「そう、塔」
「ねずみってばやっぱオーボーだってばよ」
むうと膨れたナルトにカカシはあははと笑った。この後カカシとナルトが作った砂のお城がどんなものだったのか、それは二人だけが知っている。
年齢推奨→イチャパラ読める人。
上忍先生とその部下の恋愛事情
「痛っ」
草むらで上忍に押さえつけられている16歳くらいの少年。
「やだ、背中痛いってばっ」
ん、ん、ん、んっと押し殺した声が上がる。それもそのはず、金髪の少年には無体なと言えるほどの楔が打ち込まれ、あまつさえ激しい律動中なのだから。背中が硬い地面に擦れる。痛い、痛いと文句を言っていると、背中に腕を差し入れられて身体ごと浮かされた。
「ひぁっ」
相手の腕の上で揺すられる、不安定な体勢に少年から嬌声が上がる。
「やだ、やだ、やだぁっ」
ず、ず、ず、との己の意志とは関係なく出し入れされるそれ。ぽたぽた、と上にいる銀髪の上司の汗が肌蹴られた薄っぺらな胸板の上に落ちる。
「カカシ先生、盛るなら別の場所にすれってばーっ」
あんっ、なんて色っぽい声が上がって、少年の白い足が、太陽の光の下にやけに生々しくはえる。真っ昼間から、何やら如何わしい行為に耽けようとしている銀髪の上忍とその部下。
いや任務中なのだ、この忍たちは。
「警備ってば?」
ナルトは額宛をきゅっと結び直しながら上司兼恋人のカカシに向かって首を傾げる。
「そ。一年に一度、各地の大名が集まる会議が今回は木の葉で行われることになったわけ。それで里を上げてその警備をオレたち木の葉の忍が引き受けることになったんだよ」
「それってばもしかして要人警護だってば!?うっしゃーっ!!」
「こら、まだ何も言ってないでしょ?オレたちは木の葉付近の近辺警備」
万歳した金髪頭にぽふんと手をおいて、カカシは苦笑する。
「またそんなショボい任務だってば?オレってばこうズバーンと目立ってドドーンと大活躍な任務がいいってば」
お決まりの台詞を言って文句を垂れるナルトにサクラがぽかんと拳を振り下ろす。
「あんたね、カカシ先生にならともかく私や書類上は下忍のあんたにそんなスゴい任務が回ってくるはずないでしょー」
サクラが呆れたようにため息を吐く。
「だってさー、だってさー」
「うるさいナルト!」
「さぁ。さくさく任務に行くぞ~」
肩をぽんと持たれてナルトはまだ不満そうにぶすむくれながらも、警備指定ポイントである森へと向かった。
「はぁ。待機って暇だってば」
ナルトは茂みの中で空を見上げる。
「平和に越したことないんだからいいでしょ?」
くつくつとすぐ隣で笑い声がして、ナルトは半眼で声の主を睨んだ。
「あーぁ、要人警護とかもっとすげー任務が良かったってば」
「ワガママ言わないの」
カカシは耳にイヤホンをつけて別の場所で警備をしているサクラと連絡を取り合っている。
「ズリィのっ。シカマルたちは里の警備なのになんでオレたちはこんな辺鄙なとこなんだってばよ」
「どんな依頼でも任務は任務。昔も教えたでしょ?」
カカシに後ろ抱きにされてナルトの顔が真っ赤になる。
「任務中だってばカカシ先生」
「近くに誰もいないしちょっとだけいいでしょ?」
「不謹慎だってばよ…」
「大丈夫、大丈夫。バレないから」
そういう問題じゃねぇってば!!と言ってやりたいが、耳元でボソボソ囁かれるとつい逆らえなくなってしまう。
背中にカカシの体温を感じながら、ナルトはため息を漏らす。ナルトのことを抱き締めてご満悦な笑顔のこの大人は本当に木の葉の随一の上忍なのだろうか?
「カカシ先生には大名の人たちの警護依頼来てたんじゃねぇの?」
「そりゃ。まぁ…」
「やっぱり…。なんで断ったんだってば。それってさ、やっぱオレが足引っ張ってるせい?」
「おまえが気にすることじゃないよ。それにオレが行かなくても木の葉にはまだたくさん上忍がいるからね」
「カカシ先生より勘の良い忍なんていないじゃん」
「おまえはオレを買い被り過ぎ」
「一忍が任務をえり好みしちゃいけねぇんじゃねぇの?断ってまでオレたちの傍にいてくれなくてもいい」
ぼそぼそとナルトが呟く。
「オレってばもう小さくねぇから平気だってば」
守られてばかりだった下忍の頃とは違う。暗にそう言って睨めば、バカだねぇと頭のてっぺんに顎を乗っけられる。
「重いってばカカシ先生!」
「はぁ……。こうしてる時が1番和むねぇ」
「任務中~!!」
ムキィとちっとも下忍の頃と変わらない仕草でバタバタと暴れ始めるナルトに、〝もうちょっとさぁ…〟とカカシはナルトが逃げ出さないように顎と腕でしっかり固定しながら、ため息を吐いた。
「おまえねぇ…。このところ任務続きで二人の時間がなかったデショ。少しは寂しがってくれてもいいんじゃないの?」
「……へ?」
「オレはつらかったなぁ、ナルトにさわれなくて」
「―――っ!」
「ねえ。それは、オレだけ?」
カカシの指が金糸を掬い取り、唇を寄せて食む。
「髪なんか食うなってば」
「いい匂い…。シャンプーとナルトの味がする」
上着の中に侵入してくる不届きな手にナルトが短く息を呑む。
「あ、だ、カカシ先生、だめだってば!」
「これくらいいいでしょ、ナルトのケチ」
「カカシ先生…」
だめだってばよ、とカカシの腕の中で身体を反転させて、困ったように眉根を寄せる。
「先生の馬鹿。オレだってつらかったに決まってるじゃん」
ぼそぼそと呟かれるナルトの本音。
「このあと任務が終わったらカカシ先生の家に行っていいってば?オレってば、それからならカカシ先生とエッチなこともしたい」
言いながらナルトの顔がカァアアアと真っ赤になる。
「へへへ。カカシ先生、さんきゅっ。オレもカカシ先生が大好きだってばよ」
ちゅっと素早くキスをして、ナルトは恥ずかしそうに俯く。16歳の少年にしては可愛らしいその仕草にカカシは身体が熱くなるのを感じた。カカシはイヤホンを取ると、
「カカシせんせぇ!?」
驚きの声を上げたナルトを押し倒した。
太陽が燦々と照る中。ナルトはなんでこんなことになったのだろうと思いながら、カカシにしがみ付いていた。激しく打ち付けられる腰。お互いの精液なのか汗なのかわからないものが地面に滴り落ちる。
「カカシせんせぇ」なんて舌ったらずな単語を何回言ったかもうわからない。
「カカシせんせぇ、誰かに見つかったら困るってば」
「大丈夫、周りに誰もいないよ」
「だってイヤホンが。サクラちゃんが呼んでるってば・・あっ」
「ん、もうちょっと」
やがて、ぶわっと下半身に広がる熱。ナルトの中にカカシの精が叩き付けられる。
「く……っ」
何かを堪えるようなカカシの表情。カカシ先生、気持ち良さそう…。それだけで全て許せてしまう自分は相当お人良しだと思う。だけど情事のあと優しく頭を撫ぜてくれる手は、誰よりも特別で大好きなのだ。
「カカシ先生、喉渇いたってば…」
「あー、いっぱい汗掻いちゃったもんね。水筒の水、飲む?」
「飲む」
はぁ、はぁと息をしてナルトが地面にへたる。ふいに視界が暗くなるとカカシの顔が近付いてくる。
「ん…」
口移しで飲まされた水。つう…と口の端に水滴が伝う。意識が朦朧としているナルトは抵抗することなく、水を飲み下し「もっと」なんて可愛らしくも迂闊な発言をしてしまい大人を煽った。ちなみにこの後、中の精液掻き出してあげるね?と言った大人のせいでナルトはもう一度鳴く事となる。
「おっそーい。カカシ先生、ナルト。どこに行ってたんですか?ちっとも応答してくれないんだもの!」
「ごめーんね、サクラ」
「ごめんってばよサクラちゃん。ううう」
「…………」
腰を抑えながら集合場所に登場したナルトの姿を見て、サクラが傍らの上忍を射殺しそうなほど睨みつけたのはいうまでもないことだ。その後、春野サクラ嬢の視線は氷点下より冷ややかだったとか。
とりあえず職務怠慢はほどほどに。上忍先生とその部下の恋愛事情。
任務を忘れてイチャパラでした。
以前「これはフィックションです」のコン太さまからメイド小説を頂いたお返しに書いたものです。
ナルト視点。
ナルトにとって公園は避難所。学校が終わるとすぐに公園に行く。あの家の中にはいたくなくて。
だって息が詰まってしまうから。公園にいたってひとりぼっちには変わりないが、せめて音がある場所にいたい。
灰色ねずみはオレの魔法使い
キャーキャーはしゃぐ子供たちの歓声に背中を向けて、ざく、ざく、ざく、一人砂場で砂を掻き混ぜる。
オレってば全然寂しくないもんねー。ざくざく、頑なにスコップを振り上げて、一人砂場に座り込むお子様。豪快に啖呵を切ってからというものナルトに話しかけてくる子供はいなくなった。
別に。オレってば誰とも遊びたくないし、ひとりでも平気だもん。
全然、うらやましくなんてない。
―――ふっくらとした頬を膨らましながらも砂を掻き混ぜる手に力が入る。
「いっ」
砂が目に入って、ナルトは思わず両手で顔を覆う。砂の付いた手で擦るが、逆効果でしかなく、(うう、痛いってばぁ……)ぺとんと砂場に座り込んでしまう。
だけど、ナルトが蹲ったって誰も心配しに来てくれない。相変わらず離れたところで、楽しそうなはしゃぎ声が聞こえるだけだ。当たり前だ、自分からキライだと、友だちになりたくないと言ってしまったのだから。自業自得だけど、まだ8歳のお子様に辛い日常。
「―――……っ」
ダイキライだってば、みんな。そんなふうに思ってしまうなんていけないことだと思う。だけど、嫌な気持ちはむくむくと黒い雲のように膨らんで、ナルトの心をいっぱいにしてしまう。
公園に設置されている背高のっぽの時計を見上げれば、もうすぐ3時を差すというところ。
―――絶対、来る。絶対、来てくれる。お気に入りの空色のスコップでざくざくと砂を掻き回して、ナルトは心の中で繰り返し呟く。
少し眠たそうな目で、少しダルそうな声で。
「おまえ、どーしたの?」
ほらね。来た。ちょっと猫背気味の傾いた影を持つ、灰色ねずみ。
オレを見下ろすの。
「うわ。目、真っ赤じゃない。なに汚い手で擦っちゃってるの。バイキン入るよ?」
バカだねぇと笑われて、どうしてかな。すごく、くすぐったい気分。
「おいで。水飲み場で目ぇ洗ってあげるから」
脇に手を差し込まれ、ふわっと足が宙に浮く。だっこして貰うとほっとする。肩口に顔を埋めると、何かを喋るたびにちょっと動く喉仏が不思議で仕方ない。男の人特有のそれ。まだ子供のナルトには縁のないもの。……うちゃん、ナルトの唇が切ない単語を呟こうとしたが、ぐっと飲み込む。
唇を噛んでいると、ぷにっとほっぺたを突かれた。
「おまえ、なあに膨れてるの。今日は〝秘密基地〟に連れて行ってくれるんでしょ?」
それとももう忘れちゃった?
コテンと首を捻って尋ねられて、ナルトは慌てて首を振る。
「ねずみにね、ねずみにだけ教えてあげるの!」
興奮して騒いだら、「はいはい、元気だねぇおまえ」って呆れられた。
口調はぶっきらぼうだけど、優しくて寂しい気分なんてどっかにいっちゃったってば。
不思議だってば。ねずみといると、安心する。
オレ、もうひとりじゃない。
「ねずみって魔法使いみたいだってば」
「はぁ?何言っちゃってるの、おまえ」
「ねずみが言ったんだってばよ、魔法使いの弟子って!」
「……ソーデシタネ。ソーデシタ」
「発音があやしいってば」
パーカーのフードを持って、ぎゅっと引っ張れば、青年が苦笑した。少しだけ顔を屈めた顔が近付いてきて、ちょんと唇をノックされる。
驚いたけど、これって特別って意味だってば?この間、教えてもらったことをナルトは反芻する。
ニシシと笑うと、ちょっとバツの悪そうな青年の表情。
オレたちってば、全然似てないのに。―――すごく似てる。きっと心の深い部分が。
だって時々、傍にいる灰色ねずみが泣きそうに見える。
泣いてないのに、泣いてるなんておかしいかもしれないが、ナルトに声を掛ける時の彼はどこか寂しそうな顔なのだ。
猫背気味で、ちょっとひしゃげた後ろ姿。声を掛けないでよ、と全てを拒絶しているようで、本当は心の空っぽを埋めてくれる誰かを待っていた。
大きな灰色ねずみと小さいナルト。
どちらも少しだけ人生とかいう道の中で、迷っていてそんな二人が奇跡的な偶然で出逢った。
泣いていたのはどっち?
どちらも斜め下を向いて、足元ばかり見ているが、なんとなく手を伸ばして、人間って言うものの温度を確かめてみる。寂しがり屋の手の行方がどこに落ち着くのか。その答えはまだ誰も知らない。
俯き合う仲間なんて、そんな関係なんてちっとも生産的でないと思うが、どうかもう少しだけこのままで。
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
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職業 ノラ
趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
夢 集団行動
唄 椎名林檎
性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。