空気猫
メイド×コスプレ×少年忍者
本日、はたけカカシ約2時間の遅刻。
「今日は迷子の仔猫ちゃんがにゃんにゃん泣いてどうしようもなくてな~」
おまえは犬のおまわりさんか!!と全員が突っ込んだところで、はたけカカシが今日の任務を言い渡す。
「今日は木の葉の里に新しくオープンした〝めいどかふぇ〟のイベントの手伝いだ」
後頭部を掻きつつ任務内容を記載した紙を読み上げた銀髪の上司に、下忍一同が首を傾げる。
「カカシ先生。それはなんですか」
「んー、オレもよくわからないんだよねぇ…」
「ちゃんと下調べしてこいよ。ウスラトンカチが」
「冥土…ってば?じいちゃんに聞いたことあるってばよ。この間オレが新しく改良したおいろけの術使ったらじいちゃんが危うくそこに住民登録するところだったんだってばよ。よくわかんねぇけどすげぇ怒られたってば」
「あんたねぇ…」
「ちがうんだってば?」
腕を組んで首を傾げたナルトに、カカシが目を細める。金色のくせっ毛をぽふぽふと撫ぜて、「ま、とりあえず行ってみればわかるでしょ」とひよこを引率する親鳥よろしく木の葉商店街の一角へと向かったのだった。
「今日はオープンセールなんだってばよー」
ヘッドドレスを付けてメイド服を着た短髪の子供がぴょこぴょこ飛び跳ねて道行く人々にチラシを配っている。
「素敵なメイドさんたちがご主人様にご奉仕するんだってばよ!」
「坊主が…?」
「オレはちがうってばっ。もっと綺麗なお姉さんたちがだってばよ。なんと木の葉メイド喫茶ではお酒も飲めるんだってば、お仕事帰りのひと時に是非是非いらっしゃってくださいませってば!」
満面の笑みでマニュアル通りの説明をする金髪碧眼の子供メイドに、通りすがりの鼻をズズズと啜った男が何となく心臓をドキマギさせて、小さな手の平から思わずチラシを受け取ってしまう。
「ナルトー。そっちはもういいから次はこっち配りなさいよー」
同じくメイド服を着たサクラがナルトを呼び戻す。ちなみにサスケはウェイターの格好だ。ナルトたちよりちょっと離れたところで大人のお姉さんにキャーキャー騒がれつつ、ぶすむくれた顔でチラシを配っている。
「サスケの奴ってばずっりぃのっ。オレもウェイターの服着たかったってば!」
「仕方ないじゃない、あれ1着しかなかったんだから。ほら、あんたもぶつくさ文句言ってないで残りの分も配っちゃいましょ」
う、うん…と後ろ髪引かれつつ、ナルトは改めて自分の服装を見下ろす。ふりふりひらひらの黒を基調としたエプロンドレス。パフスリーブの袖口。きゅっと絞られたウエスト。ナルトが着ると膝丈くらいのスカート。至るところにこれでもかというくらいたっぷりレースが装飾され、襟元には大きなリボンがあしらわれているとても可愛いメイド服だ。
「ひらひらだってばよ」
ナルトはくるんと一回転する。パニエをたっぷり仕込んだスカートがふわっと魅惑的に膨らんで、その仕草に道行く男たちが「おお!」とどよめくが、まさか自分が注目を集めているとは知らない本人は無邪気なものだ。「女の子か。それにしちゃ髪が短いな」「いやオレはむしろあのくらいのほうが…」「あんな可愛い子、うちの里にいたか?」服装が変われば、案外それが誰かと識別するのは難しいというもので、ふりふりメイドさんが「うずまきナルト」だと気付く通行人はいなかった。
「なんかスースーするってば」
スカートの端を摘んで持ち上げているとまた一段を大きなざわめきが起きた。そんなまさかのサービスショット(?)に横で見ていたサクラはふるふると肩を震わせる。「捲るんじゃないわよ!」と強烈な拳を落とされ、涙目になったナルトだった。女の子のプライドに賭けても男のナルトに負けるわけにはいかなかった、とは複雑な乙女の心理である。
―――時は少し遡る。
「よくいらっしゃった、忍のみなさん」
七班を出迎えたメイド喫茶の店長は顔に大きな十字傷がある強面の中年親父だった。イチゴとピンクに囲まれた可愛らしい店内とは真逆のヤクザ顔がなんともシュールな空気を醸し出している。明らかに堅気の人間では雰囲気を漂わしている店長に、ナルトとサクラは万が一の時はカカシを盾に…とでもいうようにささっと大人の後ろに隠れた。
「こーら、おまえたち。(気持ちはわからなくもないけど)失礼デショ?」
カカシがくくくと笑って、ほらほらと子供たち三人を自分の前に押し出す。
「おお、依頼した通り見栄えのいい忍さんたちばかりだ。こりゃ助かるよ」
十字傷の店長が品定めするようにカカシを含め、下忍三名を顎をさすりつつ見回して、今回の任務の趣旨を説明し始める。
なんでも店長は元は風俗店経営のオーナーだったらしく、しかし不況の煽りで閉店。やさぐれ寝転がってテレビを見ていた時にたまたま特集していたのが、男のロマンと銘打ったメイド喫茶。曰く、その瞬間「時代はメイド喫茶だ!!」ビビッときたそうで。
かくして十字傷のヤクザ店長。散り散りになっていた風俗嬢たちを再び呼び集め、「ニュービジネス」へと乗り出したのであった。ちなみにお店の経営方針は「ぼったくれるうちに波に乗って毟りとれ」と、非常に即物的なものである。
「はぁ、なるほどねぇ」
「それで今日は忍のみなさんに宣伝のチラシを外で配って欲しいというわけで」
ニカと笑うと金歯が一本見えて怖さ倍増である。
「おう、金髪の坊主。おまえ男のくせになかなか可愛い顔してるじゃねぇか。よし、十分イケるな。桃色の嬢ちゃんと金髪の坊主はこの衣装。そこの黒坊はこれを着てくれ」
無造作に手渡されたカルチャーショックな衣装を見て、子供たちは顔を見合わせ、思わず専属の上司を振り仰いだが、銀髪の大人は肩を竦めるだけで忍とは耐え忍ぶもの~なんてことをモゴモゴと呟いただけで終わった。
「お姉さんたちも大変だったってばよ」
不況の煽りでこんな180度違う世界に飛び込むことになるなんて、とナルトは隣でチラシ配りをする元風俗嬢・「不思議の星のからきたお姫様」系メイドさんを見上げてほうっとため息を吐く。なんでもチーフマネージャーと入念な相談と会議の結果このキャラクターが生まれたそうで、メイド設定用紙という紙には事細かに架空のプロフィールが綴られているらしい。計算の上それを演じているというなら完璧なプロである。
なぜなら、中忍風の男に、きゃんきゃんはしゃぎ笑顔を振り撒いて戻ってきたメイドさんは、ナルトの言葉に聞くと、にこぉと口の端を吊り上げてナルトを見下ろして、
「いーい、坊や。男なんてねぇ、酔わしちゃえばヤクザだろーが、サラリーマンだろーが、オタクだろーが、みーんな一緒なのよ」
「ふ、ふえ?」
「つまり不細工な貧乏人も、お金持ちのイケメンも料金さえ払ってくれたら、店の中では平等ってこと」
「………」
「ふふふ、坊やにはまだ早かったかしらねぇ」
きゃらきゃらボイスと180度違う艶のある声で微笑するメイドさん。
「坊や才能あるみたいだから、大きくなったらお姉さんのとこに来なさい。男に自分から財布を出させるテクニック、教・え・て・あ・げ・る・わ♡」
特別よ?と囁いて、彼女はふりふりスカートでスキップしながら新たなターゲットを見つけてチラシを配りに行った。
お姉さん、設定キャラと中身まるで違う人だってばよ?そんなカオスもメイド界では結構あることらしい。お金を稼ぐとは誠に大変なことだってばよ、とうずまきナルトその時なんとなく悟ったという。
その頃、メイド喫茶店内ではカカシが窓辺で子供たちの働き振りを、イチャイチャパラダイスを片手に観察していた。現場責任者としては三人全てに注意を向けてはいるものの、ただ一人に結構注意が傾いてしまうのは、彼も忍である前に一個人である限り仕方ないことで、具体的に言えばちょろちょろ動く金髪の子供に視線を囚われ気味であった。その子が元気良く跳ねるたびにひらひら揺れるスカート。
(あー…、変なスィッチ入りそう。そんな趣味なんてなかったのにねぇ)
先程からちっとも進まない気に入りの本のページ。何度も読み返した本ではとても太刀打ち出来ない愛らしいお子様。ちらちら見える、細っこい生足。見た目は少年そのものなのに、格好だけがふりふりひらひらの女の子仕様の洋服。それがなんとも倒錯的だ。
はたけカカシのマニアックな一面が発掘されたところで、キャー!と店内で叫び声と共にお皿の割れる音が鳴り響いた。
「……―――どうしたんですか?」
カカシは、流石は上忍という身のこなしで椅子から立ち上がって店長とメイドたちの元に駆け寄る。長椅子に横たわっているすらりとした背丈のメイドは店内で1番背の高い子だったか。
「ああ、カカシさん。この子が貧血で倒れてしまったみたいで。実は彼女、妊娠中でして。風俗店の方も先月で引退するはずだったんですけど、今日のために特別に出て来て貰っていたんですよ」
「店長、新人の子が入るのは明日ですよ。困りましたね。今日のメイドが1人足りなくなってしまいます」
おかっぱ頭のメイドの言葉に、十字傷ヤクザ顔の店長はふーむと考え込んだあげく、
「……え。オレ?」
視線をロックオンされたのは、はたけカカシ上忍。エリート街道まっしぐらの彼に降りかかった災難たるや、彼の華麗な英雄譚の中でも語り草になったとか。
「メイドさんって、けっこう楽しいってばよ」
外でチラシを配り終えたナルトはハフハフと息を切らして店に戻って来ると、店内に立ち込める何ともいやーな空気にきょとんと立ち尽くした。
「な、なんだってば?」
ナルトが驚いて店内を見回すと、見知った銀髪がなぜかお客さんが座る筈の椅子に腰掛けて頬杖を付いている。
「あ、カカ……――――シせんせぇ?」
オレってば外でちょー頑張ったんだってば!と、いつものように「いい子だね」と褒めて貰いたくて、身体ごと教師の懐に飛び込もうとしたナルトは、そこでハタと静止して、ぱちぱちと真ん丸い目を瞬かせた。
ナルトが今着ているメイド服とそっくりそのまま同じふりふりひらひらなアンティークドールのような服装に身を包んだ大人。銀髪の頭部にはヘッドドレス。足元は網タイツな使用である。そんな完璧メイドさんな格好のカカシなのだが、明らかに不機嫌ですといわんばかりのオーラを醸し出し、そのうえ…
や、やる気ないってばよ!!表情は見えないが、引き結んだ口元。頬杖を突いて、スカートだというのに足をがばっと大胆に開き、ダラしなく椅子に座る大人の、無言がなんとも怖い。普段はナルトに優しいカカシ先生から何か話し掛けてはいけない雰囲気が漂っている。
その時、ナルトの後ろから来店したのは4、5人のご主人様だ。すると、頬杖を突いたまままのカカシは顔だけ捻って、あのお決まりの文句を一言。
「おかえりなさいませ、ご主人サマ」
地の底から響くような低いハスキーボイスに、気弱そうな痩せ型のお客が総引きして腰を抜かした。こんなメイド喫茶に…、帰りたくない、帰りたくない!!夢の世界から現実世界に戻りたいです、是非!!!と上忍の殺気に気圧される、男のロマンを求めてメイド喫茶に来店したご主人様、もとい一般人市民。
カカシ先生、目が座ってるってば。ナルトもビクつきつつ固まっていると、ごつい手に肩を叩かれた。
「おう、坊主。戻ったか!」
「あ、おっちゃん。こ、これはなんなんだってばよ。カカシ先生ってばどうしたんだってば」
「見りゃわかるだろ。坊主、メイドさんだ。どうだ、センセーの立派な勇姿は!」
「………」
センセーの方はアダルト仕様で網タイツなんだぞ!とガハガハ笑う店長。流石は風俗店閉店の逆境からメイド喫茶に返り咲いただけは…、あるのだろうか。とりあえず何事にも飛び込んでみるチャレンジ精神は豊富なような気がした。
「カカシせんせぇ…。んと、気持ちは複雑だと思うけど任務はちゃんとしないとダメだってばよ?」
店長から事情を聞いたナルトは大人を説得するべく、カカシにおずおずと駆け寄る。ちなみにカカシの周囲、5メートルは綺麗に円を描いて客が寄り付いていない。
「し、忍とは耐え忍ぶものっ、だってば?」
ちゃっかり大人が先程言ったの言葉を引用して、ナルトがこてんとカカシの膝上のスカート(女物なのでカカシが着用すると裾が短くなるのである)を引っ張る。
「……ナルト」
「こういうカカシ先生ってオレ、キライじゃないってばよ。新鮮だし…、素敵だと思うってば…!」
「ナルト…、本当に?」
お互いふりふりひらひらメイド服に着用した状態でちっとも恰好が付かないどころか、喜劇のような光景なのだが、本人たちは手を握り合って、真剣そのものだ。
――描写は省いていたが、遅れて店に戻ってきたサクラとサスケは呆れ顔で半ば魂を飛ばしている。その時、ちりんちりんと鈴の音と共に新たな団体客が来店した。
「ここのパフェ、オープン記念で50両ってほんとかな」
「――たく、めんどくせぇ。チョウジの食い意地に付き合うとアスマの財布が萎むな」
「アスマセンセーっ。奢りありがとーございまーす!」
「おめぇらは任務が終わるたびにオレに集りやがって…」
来店したのは、いのしかちょうトリオとアスマ上忍の十班の面々。店内禁煙の張り紙がある中、煙草を咥えつつ店に足を踏み入れたアスマはしかし、自分の前にどん!と立ちはだかったやたら体格の良いメイドに(随分と足のごっつい女だなぁこりゃあ…)と下から視線を上げて、ぽろっと煙草を落とした。
次の瞬間、ギャ――!!とこの世の終わりのような叫びが木の葉の里に木霊した。
「アスマ、うるさいよ。人の顔見て悲鳴を上げるなんて失礼な男だね」
「カカシっ。お、おま、何やってやがる」
「見ての通りメイドだけど?」
カカシは再び、上からアスマを見下すように、「おかえりなさいませご主人サマ…?」と呟く。口元にはもう何かを振り切ったような余裕の笑みさえ、浮かんでいた。
そ、そんな高圧的なメイドさん…!
一同があまりのことにビビッて仰け反る。はたけカカシという男と長い付き合いのアスマも、余りのことに言葉を失くす。
暗部所属の頃から、冷酷非道だと名を馳せたはたけカカシが、任務とはいえ下忍たちに付き合って、この男がこんな格好をするようにまでなるとは…。人とはこんな変わるものなのかという驚きと共に、
ここここ、こんな面白いこと滅多にないぞ!ガイや紅にみしてぇ!!
腹が捩れるほどの爆笑がアスマを襲った。
「ぎゃははははは!!」
「……いい度胸じゃないアスマ」
「バカやろう。スイート系が来るかと思いきや、がっつり系が目に飛び込んできたオレの心臓を考えろってんだ。あー、おもしれぇ」
「アスマァ。文句があるなら表に出ろや、こら。勝負つけっぞ」
「まぁ、待て。落ち着けカカシ。つか、おまえ、その格好で外歩けんのか?」
「………」
アスマの冷静なツッコミにカカシは固まり、しかしそのまま両者一歩も譲らず無言でいると、
「メ、メイドさんが裏の控え室で煙草を吸ってたってばよ」
うさぎの着ぐるみの中身がおやじだったってばよ、と同じ口調でいつの間にか騒ぎの場から席を外していたナルトが涙目になって店の裏側から戻って来て、睨み合う大人にぽかんと口を開けた。
そして誰も近付けないでいた殺気に包まれた上忍二名の元に大胆にも接近して、あろうことか攻略難易度が高いと思われる銀髪の男の方に駆け寄る。
「……ナルト、なにかな?」
ギスギスした声の大人をものともせずスカートの袖をぎゅと引っ張ってナルトは臆することなく言い放った。
「カカシ先生。お客さんと喧嘩はよくないってばよ?」
「………」
「オレ、厨房でメイドさんパフェ作るんだってばよ。材料貰ってきたからカカシ先生も一緒に作らねぇ?」
「おい、ウスラトンカチ。おまえはちょっと黙ってろ」
「む。なんでだってばサスケ…。は!もしやおまえもパフェ作り狙いだってば!?だめだってばよ、カカシ先生と作るのはオレだもんね!」
「誰がこんな変態と一緒に厨房に並ぶか。いいからパフェはオレと作るぞウスラトンカチ」
「いて。サスケ離せってば。オレってばウスラトンカチじゃねぇもん!」
首根っこを引っつかまれそうになったナルトはサスケの手を払い「サスケなんてイーっでベーっだってばよ!」と歯をむき出して舌を出す。そしてくるんと銀髪の大人を振り仰ぐ。
「オレってば、カカシ先生と一緒に作りてぇ!」
「………」
「だめだってば?」
己と一緒が良いと、ニカーと満面の笑みで無邪気に言われてしまえば、どんな人間だって悪い気はしない。意識をしている相手なら尚のこと。贔屓はだめだよなと思いつつ、カカシは満更でもなさそうに自分の手を引いて厨房に連れて行こうとする小さな部下を見下ろした。
「おまたせしましたってば。うずまきナルトすぺしゃるパフェなんだってばよ!」
メイド服のまま再び現れたナルト。なぜか背後にカカシもいるが、先程の騒ぎで店長が懲りたのか普通の忍服に戻っている。
「おお、あんがとよ」
アスマは礼を言ってしげしげと金髪碧眼の子供を観察する。
「同じヤローの女装でもこっちは普通にかわええじゃねぇか」
そう呟いて、ヘッドドレスの子供の頭をぐりぐりと掻き回すと、途端ぱしんとアスマの手が払われた。
「店内のメイドにはお触り厳禁ですよ、お・客・さ・ま?」
「……カカシ、叩く前に口で言いやがれよ」
「うるさいなあ。アスマ、この子に手ぇ出したら殺すよ?」
「あぁ?おまえ、なに本気で怒ってんだよ」
アスマから引き離されてカカシに抱き上げられたナルトはきょとんとしてカカシとアスマとを見比べ、わけもわからずニシニシと笑っている。どうやらカカシに抱っこされて嬉しいらしい。カカシも足をぷらぷらさせて喜んでいる腕の中の子供を見下ろし、愛おし気に微笑している。
「お、おまえらよぉ」
「ん、なによアスマ?」
「なんだってば、アスマ先生?」
「………。…い、いや。なんでもねぇ」
なんだなんだ。この痒いような微妙に居心地の悪い空気は、と思いつつも誤魔化すようにアスマは運ばれてきたやたら盛り付けの良いパフェを一匙口に運ぶ。普段はそんな女が喜んで食べるようなものに口をつけないのだが。
しかし次の瞬間、ぶはっとアスマは吹き出した。
「あっっめぇっ。うずまき、おまえパフェに何を入れやがった!?」
「え?あー、アスマ先生ってば気付いちゃった、気付いちゃった?普通の材料の他にそれだけじゃつまらないと思って隠し味を色々入れたんだってばよ。オレのオリジナル!あんみつと白玉とチョコレイトソースと粉砂糖と蜂蜜、あとたっぷり練乳を一瓶!」
「殺す気か!!!」
対辛党用の破壊兵器かというような激甘の物体にアスマはうっぷと吐き気を催す。上忍師であるカカシが傍で監督していながらこの有様。常識のある忍ならば任務中に私事の恨みをぶつけてくるとは思えないが、とアスマは「常識がない」で有名な銀髪の友人を疑わしげに見上げる。
「え、でも味見したカカシ先生はおいしいねって言ってくれたってばよ?」
嘘吐くな。「こいつは甘いもんは壊滅的にダメなんだよ」と言おうとしてアスマは言葉を切る。信じられない光景が目の前に広がっていたからである。
「カカシ先生、おいしくなかったってば?」
「いや。オレは普通に旨かったよ?」
「ほんとうっだてば?」
「うん。あんまり甘いもの得意じゃないんだけどねぇ。不思議とナルトの作ったパフェは食べれちゃったよ」
けろりとした顔で言い放つカカシはどう見ても冗談を言っている節がない。アスマは再び、なんだか居心地が悪い気分になって、それどころか背中に嫌な汗まで伝う始末。
「カカシせんせ、カカシせんせ、んじゃあさ今度、甘栗甘に善哉食べにいかねぇ?」
「んー、いいけど、その時オレは塩昆布茶だけで勘弁してね」
「なんでってば。カカシ先生、パフェは食べれたじゃん」
「たぶん、先生これ以外の甘いものは食べれないなぁ。ナルトがオレの家に来てなんか作ってくれるならいーよ?」
「カカシ先生ってば手の掛かる大人!じゃあさ、じゃあさカカシ先生の好きなもん教えてってば!オレってば腕によりをかけて頑張っちゃうってばよ」
「嬉しいねぇ。おまえの作ってくれるもんならなんでもいいよ」
「………」
砂吐き甘々な台詞をナチュラルに垂れ流す上忍師と子供に七班は慣れているのか諦め顔。いのしかちょうトリオはポカン顔。アスマは今見た記憶と不協和音を消し去りてぇとでもいうようにあさっての方向を向いて煙草を吹かし始める。
まぁ何はともかく。アスマ上忍が、「カカシ上忍が下忍のうずまきナルトと付き合いだしたらしいぞ」という噂を聞いて人生色々でコーヒーを噴き出すのはこれから約一ヵ月後のお話し。
どっちの女装も大好きです。
はたけカカシ22歳。身分、大学生。ちなみについ最近までは住所不定であったが、今は自分の爛れた私生活を見兼ねた髭の友人とルームシュア中。
もっとも家賃は7:3で、どちらかというと友人宅に棲み付いた野良犬状態。実質の居住区はパイプベットの上だと本人は主張。
女のところを渡り歩かなくなってよくなったが、いちいちカカシの生活態度に口出ししてくる熊型の友人をどう対処するべきかが、悩みといえば悩み。
現在、特にやりたいこともなく、大抵の若者が抱くような大それた夢もなく、人生という名の道に迷っているかもしれないと噂だが、青春なんてものは聞くだけで鳥肌立つので巻き込むなと断固拒否。
「せっかく才能があるのにもったいない」とか「もっと頑張れば…」とか周りのやけに熱い大人たちは色々と言ってくるのだが、本人はまるで気にしてなくて、大概はベッドに寝転がり、「ただいまはたけカカシは充電中」が口癖。大概は、同居人に「学校行け、学生!」と蹴り倒されるのだけど。
どちらかというとガキは嫌いなんだよ。うるさいし、理解不能だし。保護欲なんて沸きもしないね。では今現在なぜ自分は公園の砂場にしゃがみ込んで、右手にちゃっかりスコップなぞを握っているのか。
「あー、山が崩れちゃったってば」
「………」
「そこはもっと角を作んなきゃダメだってばよ!」
「……べつにどうでもいいでしょーよ」
「よくないってばよ。ちゃんと砂のお城を作るんだってば」
「………」
現場監督チックな指令を出す子供に促されて手を動かしては見るが、まったくやる気というものが起きない。さながら自分はぐうたらな平の土木工員と言ったところであろうか。ま、相手は8歳児だけど。
いつの間にやらちゃっかり出来てる上下関係は、自分はこの公園では新参者ですし?とおいおいそれで納得するのかというような理由で、宇宙の彼方にうっちゃらって、さて何故このような事態になったかというと、そもそもの原因は時を遡ること30分前。
その日、カカシはいつもの如く熊の友人にベッドから叩き起されたのはいいものの学校には行かずにスロットをやって小金を稼いだり、なんとなく街をブラブラしたりして時間を潰していた。そして馴染みの店で適当に昼飯を食べ、さて次はどこに顔を出そうかなと頭を捻ったところで、ふとそこが最近一度だけ通った道だということに気が付いた。
…言って見れば気が向いただけ。けして足が自然と向いていた、なんてそんなことはないはずで。
ゾウの形の滑り台。パステルカラーのジャングルジム、卵形の砂場に、水色のブランコ。きゃーきゃー、はしゃぐ子供たちの声は相変わらず。若干のデジャブを感じる、なんとも長閑な昼下がりの公園。カカシの視線が無意識に何かを探して彷徨って、すぐに金児を捉える。
ぼんやりとシーソーに座っている子供。どこを見ているのか、やはりちょっと虚ろな傾いだ表情。子供の今日の注目の的はコバルトブルーの羽根を持った蝶だった。
だからあんなもの見て楽しいかねぇ?と思いつつ、カカシは自販機で缶コーヒーを購入して、子供に近寄るわけでもなく、距離の離れた真向かいのベンチに座る。
薄味でちっとも美味しくないで有名な水っぽい苦味に顔を顰めつつ、そのまま子供を観察していると、子供が蝶に手を伸ばして、何かを掴むように追いかけ、あろうことかぽてんとシーソーからずり落ちた。それも顔面から。舞い上がる砂埃。
(痛いだろ、まず間違いなくあれは)
呆れて、カカシはわけもなくズズズとコーヒーを啜る。子供と言えば猫背の怪しいパーカー男が自分の行動を逐一観察しているとも知らず土埃を払って何事もなかったかのように起き上がる。
やっぱり今日も泣かない子供。可愛くない、なんて思ってカカシはハッとする。では、自分はあの子が今、泣いたらどうするつもりだったんだろう。辿り着きそうになった結論に冗談ではないと半ば無理矢理終止符を打って、空になった缶をゴミ箱に放り投げる。
綺麗な放物線を描いた空き缶を視線だけで追いかけて、カカシはそのままベンチに背を預けて、雲ひとつない青空を振り仰ぐ。水底から地上を覗く魚のようにダラしなく口をぱっかりと開けていると、俄かに辺りが騒がしくなった。
(なんだ…?)
うるさいねぇと喧騒の方に目を向けると、公園の広場で金色の子供を同じ年くらいの子供たちが取り囲んでいる。
「おまえ、父ちゃんいねーんだろ」
「こっち来んなよ、うちにも父ちゃんいないのうつるだろ」
「どっか行けよー」
うわぁ…。
ガキってえげつなーい。片眉をひょいと上げて、だけど面白いことになって来たとカカシは仰け反っていた身体を正して、自分の膝に肘を突いて事の成り行きに耳を傾ける。
カカシの位置からは、俯いている子供の表情は見えなくて、好奇心から、どんな顔をしているか気になった。だって、薄暗い顔をしているに違いない。まるで自分が一番世界で可哀相だという表情で。それこそカカシの望んでいた子供の姿だったのだが次の瞬間、
「うっせーってば!」
空を駆け上がるような真っ直ぐな声がカカシの鼓膜を叩いた。
「やいやいやい、うずまきナルトさまが相手だってば。みんなまとめてかかって来いってば!」
だん!と地面を蹴る小さな足。
「父ちゃんの悪口言う奴は許さねーからなっ」
噛み付くように啖呵を切った子供。小さな背中が心なしか大きく見えて、周囲の子供たちがわーと逃げていく。
「あらら、これまた随分と活きの良いこと」
意外だった。いじけた性格の、暗いガキだと思っていたのに。絶対に負けるもんかという表情で食ってかかる子供の後姿に、ガラにもなくちょっと胸を打たれた。
頼りないひょろっこい肩のくせに、どこにそんな力が隠れてるのだろう?すっからかんの空気みたいな自分とは全然違う、自ら光を放つ太陽みたいな塊が眩しかった。
だけど、あの子供の中には確かに数日前やシーソーの上で見せた底の計れない一面も持っていて、
興味が湧いた。明るさと薄暗さを明滅させるように併せ持つアンバランスな存在に。思わず、
「おーい、がきんちょ」
とカカシは声を掛ける。自分に向けられたらしい呼びかけに、
「う?」
と子供がきょろきょろと辺りを見回して振り返り「あー…!」と口をぱっくりと開ける。
「灰色ねずみ!!」
ぴし!とちっちゃな一指し指がカカシに向けられる。人のこと指差すなよ、と三白眼で頬に手を充て肘を突いたまま、カカシがまた片方の手でちょいちょいと仔犬を手招くように指を動かせば、警戒心も欠片もなく近付いてくるヒヨコ頭。
「おまえ、トモダチいなーいの?」
さっくり酷いことを言って、首を捻れば、子供もカカシと一緒になってこてんと首を傾ける。
「ねずみ……、また来たってば?」
「とうとうオレはねずみ扱いかよ」
しかも「ねじゅみ」に近いかなり怪しい発音。カカシは足を組み直し、わしっと子供の金糸を撫でてやる。
「オレが遊んであげよーか?」
「!」
子供が弾かれたように顔を上げる。
「おまえのトモダチになってやってもいいよ?」
「……オレのトモダチってば?」
「そ。ほら、握手」
「う?」
「これでオレとおまえ友達ね。遊んであげる」
にっこりと、だけど「おまえ本当は心の底では笑ってないだろう」とわかる人にはわかる笑みを作り、
「ほら、オレの気が変わらないうちに言いなさいよ?」
カカシがとんとんと指で膝をノックすると、子供が少しだけ目元を赤くして、視線を忙しなげに上下させる。―――睫毛長いねぇ。なんて、関係ない感想を抱いていると、
「……ってば」
「ん?聞こえなーいよ」
「……砂のお城作りたい、ってば」
ぼそぼそと黒いTシャツの裾を握り締めて囁かれた台詞。
「砂のお城?」
「だめってば?」
大人が本当に自分と「トモダチ」になってくれて「遊んでくれる」のか疑わしそうな、だけど期待いっぱいの表情に、カカシは内心、ここで思いっきり突き放したらどうなるかな?なんて、意地の悪いことを考えつつ、上目遣い気味の潤んだ碧い瞳に何か抗えない引力的なものを感じて、砂遊びかいや別に良いけどねと後頭部をカシカシ掻きつつ、承諾したのであった。
公園で遊ばなくなったのはいつからだったけなとかなり平和なことを考えつつ、カカシは改めて己の手元に目を落とす。
「………」
砂のお城の定義がどんなものか知らないが、少なくとも今現在カカシと子供が作成している「お城」は似ても似つかない不恰好な砂の集合体だ。
「できないよ、こんなもん。もっと簡単な奴じゃだめなわけ?」
「だめだってば。お城でなきゃやだってば」
「砂のトンネルとかなら簡単にできるでしょ」
「お城がいいんだってば!」
「……はぁ」
子供っていう生物はなんでこう一度言い出したらテコでも動かないのか。そのうえ、このお子さまときたら格別、頑固で意地っ張りな気がする。素直で従順な方が可愛げもあるというものなのに、と思いつつ無口だ無愛想だと友人知人(その他不特定多数の女など)から総じて評価されている自分がまともに子供の相手をしている事実に内心では結構驚いていたりする。とは言うものの、
「あー…。もう無理」
カカシはやたらデコボコした砂の山に、ざく!と無慈悲にスコップを突き刺す。飽きた、と呟く青年に子供が非難の声を上げる。
「酷いってばよ、灰色ねずみの兄ちゃん!」
ちっちゃめのスプーンみたいな砂場道具で一生懸命砂をかき集めていたナルトは心底憤慨したといった様子でパーカー男に食ってかかるが、長い指におでこを弾かれてころんと転がる。
「うううう…」
「オレに逆らおうなんて100年早いね」
オーボーだってばよ兄ちゃん…。ナルトが恨めしげに上目遣いで睨んで、カカシが得意気な表情で片頬を上げる。なんだか同レベルの会話を繰り広げている銀髪の青年と金髪の子供の珍妙な組み合わせは傍目から見たらさぞかし奇異に映っただろうが、子供は頬を膨らませながらもどこか楽しそうで、カカシの顔にはいつの間にか自然な笑みが少しだけ浮かんでいた。
ナルトの大きいお友だち灰色ねずみ。
「彼はイチゴミルク味のタラシ男」のカカシ過去編。
カカシ22歳、ナルト8歳です。
泣いた子供を灰色ねずみは見ていた
初めはそう、ただ憎かったのかもしれない。あの人の心を占めるあの子の存在が羨ましくて、いったいどんな能天気な顔をして、笑っているのだろうと見に行ったのが、きっかけだった。
もし幸せに包まれて育っているのなら壊してやりたい、そんな薄暗い気持ちすら、あの時のオレには普通のことでしかなくて、言ってみれば、どこか壊れたガキだった。
まぁ、今でも人様から言わせれば螺子の何本かは飛んでいるらしいのだけど。
メモ用紙を頼りにカカシは、「元」波風家へとやって来た。走り書きされている住所と、「波風」の小さな表札とを二度確かめ、人の住んでいる気配のないこじんまりとした平屋の家を前に立ち尽くす。
「あーらら、おっかしいなぁ」
もしかして引越し?と、不審者宜しく家の周囲をぐるぐる周り、窓を覗き、やがて肩を落とす。レースのカーテンが引かれた薄暗い部屋の中は人っ子一人いない。よくよく考えればこんな真昼間から家人がいる方が可笑しいのかもしれない。
なんとなく、なんとなくだが。まったく根拠も何もなく、母子二人が家の中で仲良く団欒しているイメージがカカシにはあって、ここにさえ来れば母子に会えると思っていただけに、拍子抜けした。疑いもせずやって来た自分がバカみたいだ。
せっかく大学をサボってきたのにねぇ…、と普段だってろくに通学していないくせに、こんな時ばっかり潰した時間を惜しみつつカカシは来た道を戻る。
だが、諦めてダラダラと歩き出した帰り道の途中、公園の前を通り掛ったカカシの足が止まった。そこは何の変哲もない住宅街の中の公園で、ゾウの形の滑り台や、パステルカラーのジャングルジム、円形の砂場に、水色のブランコ、たくさんの遊具が散りばめられていた。
カカシの耳に、きゃーきゃー、はしゃぐ子供たちの声がどこか遠い世界の音のように聞こえてきて、微妙な疎外感を感じた。
なんとなく入り口の前で立ち止まっていると公園に遊びに来たのだろう子供がいて、あっと思う間もなくアスファルトの地面に突っ伏して転倒した。子供はしばらく自分の擦り剥けた膝小僧と目の前のカカシを見比べた後、
「うぁあああああん」
と涙を流して泣いた。
「………」
耳を劈くような泣き声にカカシは手をポケットに突っ込んだまま、無表情で見下ろす。子供の涙がポロポロとアスファルトに落ちて、汚いなぁとそんな即物的な一歩ズレた感慨しか思い浮かばなかった。
―――だって。これ見よがしに泣いて、いったい何を訴えているというのか。泣いたって痛みがなくなるわけではないのに。まったく子供とは馬鹿な生き物だと思う。
オレの前で泣かれても困るだけだ。どうすれというのだ。優しい言葉なんて思い浮かぶはずもなく、そんな言葉を掛けてやる気持ちも欠片も思い浮かばなくて、改めて、オレって暗いうえに救いようのない性格だよなぁと自分を振り返ってちょっと自己嫌悪を抱いていると、フローラル系の香水の匂いがふんわりと香った。
すぐに長い巻き毛の母親らしき女性が駆け寄ってきて、子供を抱き上げる。そして、黙って突っ立って居る二十歳前後の青年と子供とを見比べて不審そうに、己の子供を隠すように抱き締めた。そさくさと去って行った母子に、カカシはぽつんと取り残される。
「なんだかねぇ……」
軽く肩を竦めた後、カカシは何気なくまた公園の中に視線を引き戻す。と、そこで、
公園のブランコに座っている金糸に目を奪われた。
「――――……?」
柔らかい風に靡いてふわふわと揺れている金髪。カカシの位置からでは微かにしか見えないが、丸るいほっぺ。子供は、頼りなげな細っこい足で、キコキコ、ブランコを一人で蹴っている。
若干のデジャブと、それ以上の―――、引き寄せられるような吸引力。カカシは、何か見えない糸に手繰り寄せられるように、公園の中へと足を踏み入れた。
大きな碧い瞳を縁取る金色の睫毛。空と太陽の色彩を持つ子供がそこに居た。
「みつけた……。うずまきナルト」
呟いた喉声は何故か乾きを訴えて掠れていた。瞬間、ドス黒い感情が湧き上がって、それを隠すようにパーカーのフードを深く被る。
「ま、見れない顔じゃないな。将来は美人になるんじゃなーいの?」
あの人の子供だから当然だけど、と呟きそうになってカカシは口を噤む。話しかけようか、しかしなんて?と思案していると、ブランコからぴょこんと飛び降りた子供が、他の遊具に移ろうとしたのか、歩き始めて1、2、3歩、かなり盛大にコケる。砂埃が舞い上がった。
「あーらら、痛そー」
ちっとも痛そうに思っていない口調でカカシは、やはり突っ立ったままの姿勢で成り行きを傍観する。
(子供ってのはどうしてこうもすぐにコケるのかねぇ)
やっぱ頭がデカいからかと、カカシはちっとも子供の知識に関しては詳しくないのだが、(そもそも彼の生活圏内に自分の膝下より小さな小生物は存在しない)そういえばぬいぐるみなどもバランスが安定しないよなとまったく関係ない所に結論が到達する。
「ん?」
砂利で擦れた膝小僧。痛いはずなのに、だけど子供は何でもないことのように砂埃をほろって立ち上がる。
カカシの顔が顰められる。いつまで経っても子供特有のあの盛大な泣き声がやって来ない。
「―――・…」
感情が欠落したような子供に似つかわしくない虚ろな表情。碧い瞳は硝子玉のようだった。うずまきナルト8歳、父親が失踪してちょうど一年目の夏だった。
「カカシくん、見て見て。これがうちの子の写真だよ!カーワイイでしょう?」
「っても男でしょう? 男に可愛いも何もないですよ」
「なーに言ってるの、うちの息子は世界一可愛いに決まってるでしょう!」
「あー、はいはい。わかりましたから―――離れてくださいって、先生」
「冷たいよーカカシくんは」
「二十歳過ぎの男に抱き付かないで下さい、気持ち悪いです」
ぴしゃりと言い放ったカカシに男が苦笑する。そんなに可愛いのなら会いに行けばいいのに。
薄っぺらい紙切れに少し困ったような、泣き笑いのような笑み零す男を見て、自分はどう足掻いてもこの人の世界一の存在にはなれないのだと突きつけられた気がした。
写真の子供はおそらくカメラを構えていただろう撮影者に向かって満面の笑顔で笑っていた。では、今オレの目の前にいるこの子は何故こんな無機質な表情をしているのか。
およそ、この世の暗い影など似つかわしくなかった、子供がたった一年でこれほどまで変わるものなのか。
カカシは無言のまま、子供の前に立つ。子供はカカシの存在に気付いていないようで、何をしているかと思えば地面の蟻の行列に目を奪われているようだった。
数多く遊具がある公園で、アリンコの行列に夢中の子供。んなもん眺めてて楽しいか?と思いつつも、いつまでも自分に気付かない金色の後頭部に、なんとなくムカついてカカシは子供を蹴った。半ば、無意識で足が出ていた。真綿のように軽い感触。ころんと子供が転がる。
「あ、すまん」
普通の子供だったらんなことされたら大泣きしているところだが、やっぱり子供は悲鳴すら上げない。
「…ま、悪気はなかったけど、やる気はあったかな?」
半ば独り言のようにぼそりと呟いて、今日はどこに飲みに行こうかな、なんて全然違うことを考え始める。
安い酒が飲めて適当に一人暮らしの後腐れのなさそうな女がいてと、結構人間的に最低なプランを立てていると、子供がぽかんとカカシを見上げた。
「兄ちゃん。誰…?」
「………」
知らない男に蹴飛ばされたというのに第一声がそれだ。碧過ぎる、透き通った瞳に、カカシは何故か居心地が悪くなる。もういい歳のくせにまだ8歳のガキ相手に視線を逸らしてしまう。
「だあれってば?」
舌ったらずな口調にわけもなく背筋がゾクリと震えた。なんだよ、この感覚は。
カカシはポケットに手を突っ込んだまま、しばらく考えあぐねた挙句、
「……さてオレは誰でしょう。おまえはどー思う?」
気分は名無しの怪人Xで、さわったらふにふに柔らかそうなほっぺたを持つ子供を覗き込めば、
「灰色ねずみ…」
「は?」
「灰色ねずみ!」
びし!と人差し指でカカシを指差す金髪の子供。なんとも長閑で気の抜けた間が両者の間を通り抜ける。ファンタジーな表現をすれば、親鳥を追いかけたヒヨコがぴよぴよと行進したような。
「……おまえねぇ、随分と失礼なこと言ってくれるじゃない」
確かに。パーカーのフードを被ったままのカカシは某アニメに出て来るネズミ男と同じような格好だ。が、しかし、だが、しかし。続々と湧き上がる不定形の嵐。
「オレはどっちかと言うとカッコイイ銀色のオオカミデショ。ほら、ガオー」
長身のカカシが膝を折ってしゃがみ込み、真顔のまま子供の前で大口を開けてやれば(しかもご丁寧にも手まね付き)子供がびっくりしたように目を見開く。
それはライオンの鳴き声です、と正当な突っ込みをしてくれる良識的な大人は残念ながらここには居なくて、
「ガオーってば?」
「ガオーだよ、あんまり生意気なこと言うとおまえのこと食っちゃうよ」
頭の悪そうな会話が、青年と子供の間で繰り広げられる。
「頭から丸ごとぺろりとね」
冗談を言っているようには全然見えないで有名なカカシの無表情と淡々とした言い草に、普通の子供なら怯えてわんわん泣き出しても良さそうなものだが、目の前の金髪碧眼のお子様と言えば、怖がる様子もない。それどころか、「わかったってば灰色ねずみの兄ちゃん!」とのようなことを頭の悪そうな笑顔と共に返した。
「……おまえねー」
ちっともわかっていないお返事にカカシは半眼になる。ムカついたので、ぴん!と鼻先を弾いてやると「う?」と不思議そうに首を傾げる子供。
カカシを映す透明な碧玉。
「っ!!!」
ドキンとカカシの心臓が脈打つ。な、なんだ。今のは。経験したことのない胸の動機にカカシは後ずさりする。それがうずまきナルトとはたけカカシの初めての出会いだった。カカシにとっては運命の出会いだったのだけど。
拍手文はたけカカシ先生の妄想
ん、なあに。web拍手?
素敵な絵を下さったお礼に、blue shooting starのちょこさんに「うずまき上忍の困った恋人」投下して参りました。
う、うつくしい…!?
うずまき上忍の困った恋人
大通りを歩く、金色の青年の姿があった。人の目を惹きつける金糸が、さらさらと風に靡くたびに、縫い止められたかのように通行人の視線が集まる。
「えっらい美人な忍だな…女か?」
「いや。ありゃ、男だよ」
旅行者の男が呆けたように見惚れて、団子屋の店の主人が苦笑して説明する。
「彼はうちの里きっての、優秀な忍ですよお客さん」
まるで自分の息子の自慢話を始めるように語りだした店主に、旅行者の男は「へぇ」とか「はぁ」とか夢現に生返事をして、どこか典雅な雰囲気を漂わす青年の後姿を魂を抜かれたように追い掛けた。
「うずまき上忍!」
16歳を過ぎた頃からナルトは蛹が蝶へと羽化するように美しくなった。それに伴い忍としての才能もぐんぐんと伸び、彼は若干19歳で里の核を担う上忍へと成長した。今ではナルトを九尾の器として見る者はほとんどいない。
彼の歩く姿を見て、里の過去を知る者は、懐古と、かの人から受け継がれた美しさに息を呑む。もちろん、青年の今しか知らない若者も、金色の色香に誘われるように魅せられた。
「この間の任務の時はフォローしてくださってありがとうございましたっ。あの、あたしのこと覚えていらっしゃいますか?」
うら若い娘の声が、金色の青年に掛けられる。里でも目立つ顔立ちは、今では若いくの一や一般人の女性はもちろん同性にすら注目の的であった。
その日も、ナルトはあっという間にくの一集団に包囲される。その中の一人が、数日前の任務の補助をしていた中忍のくの一であったことをナルトは思い出す。敵の奇襲にあった時にミスをした彼女を助けた覚えがあった。
「この間の怪我はもう治ったってば?」
「はいっ。うずまき上忍が下さった傷薬をつけたらすっかり良くなりました!」
「そりゃ、良かったってば」
ナルトが徐にくの一の手を持つと、「きゃー」「ズルーい」と黄色い喚声が後ろの方から聞こえる。一方、手を握られたくの一は、憧れの上忍とのスキンシップに頬が真っ赤に染まった。
「うん、大分治ってるってば」
淡く微笑した青年に、その場に居た全員が見惚れたように顔を赤くさせた。
「でも、あれからも色んな任務で擦り傷が耐えなくって。女の子なのに恥ずかしいな。うずまき上忍の傷一つない肌が羨ましいです」
ナルトの肌に傷が残らないのは九尾の力のせいだ。だが、そのことを知らない世代にとっては、ナルトの肌の白さや美しさは賞賛の的でしかない。ナルトは複雑な気持ちで、自分よりも若い忍に出来た小さな傷たちを撫でる。
「そんなことないってばよ?」
「え?」
「傷はきみが忍として頑張った証だってば。オレのよく知ってる女の子も手にもたくさん細かい傷痕があるけど、オレはそれを素敵だと思うし、それだけ里のために頑張って仲間を守った証だから、誇るべき点だと思うってば」
「………」
「この傷の分だけ頑張ったんだってばね、偉いってばよ」
はんなりと微笑んだ青年に、手を握られたままのくの一はお得意のお喋りをすることも忘れて、ほうっと見惚れる。
「ナルト様、素敵…」
「さ、さま…!?」
ぽーと瞳をハートにさせたくの一に、ナルトが引き気味に後ずさりする。そんなナルトにくの一たちが群がった。
「あのっ、あたしお菓子を作って来たんです。よければどうぞ!」
「あー、ずるーい。あんた抜け駆けするんじゃないわよ」
「うずまき上忍、そんな子たちのお菓子なんか貰わないでー。おなか壊しちゃいますよ!」
「ちょっと、それってどういう意味よっ。あんたたちこそ横からしゃしゃり出て来るんじゃないわよ!」
「ふん、自分ばっかり可愛い子ぶってアピールするなんてやり方が卑怯なのよ」
「なんですってぇこんの性格ブス!」
「うるさいわよ、あんたこそ鏡見てから出直して――」
「ああ~…、落ち着いてってば?」
小鳥のように騒ぎ出したくの一たちにナルトは仲裁に入ろうとするが収まるわけもなく、ナルトが困り切っていた時だった。
「うずまき!」
同僚の上忍から掛かった声にこれ幸いと、くの一集団の中から抜け出した。
「なんだってば?」
「今度の任務のことなんだけど、今いいか?」
「んー。なんか不備があったってば?」
「いや、おまえこの間、警護したお姫さんに偉く気に入られていただろ。うずまきナルトを名指してご指名だそうだぞ。よ、女誑し!」
体格のいい上忍にバシンと強く背中を叩かれて、華奢なナルトの身体がよろける。
「ええええ、うずまき上忍それって本当ですか!?」
「やだー、お姫様と結婚して忍を辞めちゃわないでぇ」
くの一たちから、きゃーと声が上がって、ナルトと同僚が苦笑して顔を見合す。
「ははは。そのお姫様はまだ6歳だってばよ?」
「なぁんだ。びっくりさせないでくださいよー」
「まぁ、てめぇの場合はその年齢差に笑えねぇけどな」
同僚のからかうような言い草にナルトは、苦笑う。そんな上忍たちの様子にまだ年若い中忍のくの一たちが「???」と首を傾げたところで、ヒューロロロと伝令用の鳥が空を回った。
「わり、また今度な」鳥を見上げて、同僚が手を上げ去って行った。
「んじゃ、オレもこれで…」
それに続くように、ナルトも手を上げる。
「えー。うずまき上忍もう行っちゃうんですかぁ?」
ナルトの忍服を引っ張り、甘えた仕草を見せるくの一に、ナルトはふっと笑う。
「今日は今から用事があるんだってばよ。だから勘弁な?」
額縁に飾って置きたくなるほど綺麗に微笑した青年に、文句を言える者がいるはずもなく、全員が胸の前で手を合わせて、頬を染める。
「あ、喧嘩は良くないってばよ?」
「は、はい!!」
「ん、みんな仲良くだってばよ~」
それじゃあ、と片手を振りながら去っていた、〝月華の君〟に一斉に感嘆のため息が漏れた。
「素敵よねぇ…。うずまき上忍」
「本当。周りの男共も少しは見習って欲しいわぁ」
「なんで彼女がいないのかしら。容姿良し、性格良し、その上、女の子にも優しくて、ちっとも偉ぶったところや嫌味なところがないし。上忍でしょ?」
「それに普段はあんなに明るい方なのに、時々ちょっと憂いた表情をしている時なんか最高よね!」
「そうそう、そのギャップが堪らないわよねっ。いったい何を考えてるのかしら、気になるー!」
拳を握る女の子たちに、ナルトの艶姿を遠くから見守っていた男等がげんなりとする。恋する乙女とはいつの時代もパワフルなのだ。
「ああ、アタシが彼女に立候補したーい!」
「アタシもー!」
だけど黄色い声を上げるくの一集団に、一石を投じる声。
「ちょっと、あんたたち、うずまき上忍のあの噂、知らないの?」
「え。何、何、何!?」
「遅れてるわねー、うずまき上忍と言・え・ば…」
訳知り顔の、くの一の1人が声を潜め、乙女たちが揃って顔を合わせたところで、
「きみたちー、随分と楽しそうな話してるねぇ」
妙に間延びした声が掛かった。あとに彼女たちはAランク任務だってあれほど恐ろしい目に合わなかったと語った。
「サクラちゃーん、お待たせだってばよ!」
「おっそーい。あんた、遅刻魔の人とあんまり長く一緒に居すぎて遅刻癖移ったんじゃないの?」
「あはは。相変わらずきついってばよ、サクラちゃん。いや、それがさぁ途中で、中忍の女の子たちに掴まっちゃって中々離して貰えなかったんだってば。最近の子たちはパワフルだってばよ!」
にこにこと笑うナルトの手元にはちゃっかり綺麗にラッピングされたクッキーがあって「天然誑し…」とサクラはぼそっと呟く。
「ん。なんか言ったってば、サクラちゃん?」
「なんでもないわよ―――ほーんと、まさかあのちんちくりんだったアンタが今じゃサスケくんと並ぶほどのモテるようになるとはねぇ」
サクラは自分よりずっと背の高くなった相手を見上げて、眩しそうに目を細める。〝オレのよく知っている女の子〟春野サクラ。誰よりも…、ただ一人を除いては誰よりも近くでナルトを見てきた彼女だからこそ…、言いたいことがあった。
「生意気だわ」
ぐにーと端正な顔立ちの青年の頬を引っ張る。先程の女の子たちが見たら、悲鳴を上げそうな光景である。
「いてて。サクラちゃん、酷いってばよ」
まったく19歳のうずまきナルトときたら、女の子にされるがままになっているその仕草すらも絵になってしまって・・・―――誠に気に食わない。
「それよりあんた最近…」
里内でも一際目立つ青年はすぐに噂の的となる。意味有り気にサクラが視線を送ると、
「気付かれちゃったてば…?」
ナルトは沈痛そうな憂いた顔でサクラを見つめる。
「オレってばすげー深刻な悩み事があってさ…」
その顔は百人中百人を落としそうな美人だ。しかし彼と付き合いの長い彼女は所謂〝月華の君〟の本性を知っているのである。この見てくれに騙されてはけしていけない。何故なら彼はうずまきナルトだからである。
「言って見なさいよ」
片眉をあげてサクラが促すと、
「サクラちゃん。最近、スーパーでサンマがすげー高いの!」
吐き出された言葉は案の定、素晴らしく日常的な単語だった。
「…あんたねえ」
「だって、だってさぁ、信じられないってば。二匹で620両だってばよ!?」
うずまきナルト。見掛けと中身の詐欺師である。
「無駄にいい顔で、んなこと考えんな!」
地面に拳が落とされて、ナルトがハハハと笑って降伏のポーズを取る。
「大体、どっちもいやってほど稼いでいるんだから、節約することないじゃない!」
「いやいやいや、それとこれとは別問題だってばよ」
真面目な顔で応える青年にサクラは軽くため息を吐いて、伝えなければいけない用件を思い出す。
「こんなアンタに教えてあげるのは癪だけど…」
「?」
「先生が、帰ってきたわよ」
「…え」
ただそれだけの言葉で、ナルトを纏っていた雰囲気が変わった。揺らめくように睫毛が数度、伏せられる。木の葉をバックに、佇む青年の姿は、女のサクラの目から見ても、綺麗だと思う。
「っごめん。サクラちゃん、甘栗甘はまた今度でいいってばっ?」
「一個貸しよ。ナルト」
「へへ、利子なしで頼むってばよ!」
音もなく、ふわりと跳躍した青年をサクラはクスクス笑って見送る。
「まったく。ああいうところは昔からちっとも変わってないんだから」
イイ男が二人も失われるのは忍びないわね、と思いつつ、サクラは暗部所属の猫面の恋人の元へと向かった。
かの人のアパートへと続く道を駆けていた青年は、ぴくりと何かの気配を感じて立ち止まった。そこは木の葉の里に点在する小さな森の中のような場所で、別称は忍者の通り道とも呼ばれる森だ。
「カカシ先生?」
虚空に向かって呟けば、木の葉が舞って、銀色の大人が現れた。後ろから抱き締められて、ナルトは精一杯首を捻ってカカシを振り仰ぐ。
「ただいま、ナルト。二週間ぶりだねぇ…?」
「おかえりってばよ、カカシせんせぇ」
弄ばれるように、髪を弄られて、久し振りの大人の体温にナルトは赤面する。
「オレのいない間に浮気しなかった?」
「するわけないってばよ…。カカシ先生ってばそれってすげぇ失礼な質問」
「くの一の女の子がね、おまえの憂いた顔が素敵だってさー、モテモテだよねぇおまえ」
「なにそれ…」
久し振りの逢瀬だというのに、グチグチと嫌味を言ってくる大人に、ナルトは半眼になる。
「バカ!」
カカシの頬にぺちんと平手。しかも両手である。
「憂いた顔って。カカシ先生のことばっか、考えてたに決まってんじゃん!」
食べることも、すべてがカカシに繋がっているナルトだというのに、まだ足りないという大人が信じられなかった。どれだけ自分の心を締めれば、この大人は気が済むのだろう。
「先生がいないのについ癖で2匹サンマ焼いちゃうくらいなのにっ。カカシ先生ってばすげー我儘!」
先程のくの一や同僚に見せていた大人びた表情はどこへやら、ナルトは感情を剥き出しにして、カカシに食って掛かった。あまつさえ、むくれて頬を膨らます始末だ。
「おまえ、綺麗な顔台無しよ?」
「うっせーってば。カカシ先生なんて、カカシ先生なんてぇ…!」
「少しは大人になったと思ったのに。まだまだ子供だねぇ」
「なっ。オレってばこれでも最近は大人っぽくなったんだってばよ!」
「ふうん、どこらへんが…?」
カカシの安い挑発にナルトはすぐ乗ってしう。カカシの首に腕を回すと、子供だった頃より近くなった大人の顔に自ら唇を寄せる。
「ん、んう…」
「なるほど、これが大人ねえ」
「ぷはっ。どーだ!」
へへん、と威張ったナルトに、カカシはくつくつと苦笑した。
「おまえねぇ、どーせ積極的になるなら口布くらいとってキスしなさいよぉ」
「う、うっせーってば」
カカシに指摘され、ナルトは顔を真っ赤にさせた。
「サンマ、2匹買っちゃったの?」
「うー…」
「おまえって上忍になっても抜けてるねぇ。まさかご飯も2人分作っちゃたとか…?」
「き、昨日はついぼーっとして…。別に毎回んな失敗しないってばよ!」
「オレのこと、考えてたら上の空になっちゃったんだ?」
「!!!!」
口布を下ろしつつ、ニヤニヤ笑う大人の顔はもう確信犯の笑みだ。ああ、カカシ先生が最近、エロ親父に見えてくるってば、とナルトは悲愴なため息を吐いた。本人が聞いたら、お仕置きという名のあんなことやそんなことをされそうなことを思いつつ、自分の腰に回る腕に頬を染める。
「まだまだだねぇ、おまえも」
「うっせぇの…」
カカシはいつだって、ナルトにとって導き手であり、背中を押してくれる人であり、絶対、な人。
ナルトの初めてで、最後の人。
「…ちゅ、ん」
「ん…。上手いよナルト」
口布を下ろしたカカシに、ナルトが舌を絡める。金糸を指に絡めて遊んでいる大人に褒められれば、ナルトは角度を変えて、より深いキスを送る。
下忍の頃からでは考えられないこんな行動も、ナルト曰く「スキンシップ大魔神」である年上の恋人に七年に渡って愛でられた成果というべきか。
だけど、
「んんんん…っ」
カカシをリードしていたはずのナルトが、悲鳴を上げる。年下の恋人のキスを大人しく(しかし奉仕されるのが当たり前の顔で)受けていた大人が、いきなり覆い被さって来たからである。
羞恥混じりのナルトの拙いキスとは違う、性技に長けたそれ。大人の舌の動きにナルトはあっという間に翻弄されて、形勢は逆転した。
「ん…っ、く」
人様が聞いたら赤面してしまうような淫猥な音が人通りの少ない森の中に響く。抵抗しようとした腕をあっさり掴まれ、ナルトは木の葉の落ちている柔らかい地面に押し倒される。華奢な青年を組み敷く大人は、満足気な笑みを浮かべ自分の下で恥ずかしそうに眉を顰める青年を見下ろした。
「カカシせんせぇ、ここ外…」
「2週間ぶりにおまえに触るんだよ、我慢できるわけないでしょ?」
「カカシせんせぇ…」
舌っ足らずに、懇願するように見上げる碧玉はカカシを煽るものでしかなくて、首筋を強く据われて、ナルトの白い頤が震える。
「がっつくなってばぁ…。オレは逃げねえっての」
「だめ、待てない」
低く色っぽい声で囁かれる。好きな人に求められて、嬉しくないわけがない。ベストを捲って侵入して来た手にイケナイ気分になっていると、かさと包装紙がひゃげる音がした。
「あ!」
ナルトが声を上げる。
「待っててばっ」
「ん~?」
ナルトが腕を精一杯突っ張ってカカシを引き剥がした。
「なんで?」
「貰ったクッキー。ぐしゃぐしゃになっちゃう…」
焦ったように言ったナルトに、カカシは物の見事に半眼になった。
「誰に貰ったの?」
「中忍の女子たちにだけど…?」
「…ヘぇ、女の子に」
「せっかく作ってくれたのにまだ一口も食べてない」
「手作りねぇ…」
「カカシ先生も一緒に食べるってば?」
「―――いや、遠慮しておくよ」
ナルトの首筋に舌を這わしながら、カカシはわざと体重を掛けてナルトに圧し掛かる。
「ダメだってば。どけってば、カカシせんせぇ」
じたばたとナルトがカカシの下で暴れ始める。カカシは何とも美しく成長した年下の恋人に目を細める。綺麗に育ってくれちゃって、とこの先もずっとカカシを魅了してやまないだろう青年にぺろりと舌舐めずりをして、天然無自覚の色香を振り撒いて人を魅了する恋人を腕の中に閉じ込める。
「カカシ先生ィ」
だけど、どんなに人がこの青年に近付こうとも、甘やかな声を聞くのは、自分だけの特権なのだ。
潤んだ碧い瞳はカカシだけのもの。
そのあとナルトは、カカシの自宅にまでお持ち帰りされる。もちろん貰ったクッキーは粉々になっていて、食べられたものではなくなっていた。
「えええええ、カカシ上忍とうずまき上忍がっ。がーん、ショック!」
アカデミーの任務受け付け所でくの一たちが情報交換という名の井戸端会議をしている。そこに、若干背中に影を背負った先日のくの一集団がやって来た。
「ねぇ、今話してたことってカカシ上忍とうずまき上忍が恋人同士だって話?」
「あら、知ってたの?」
「あたしたちも今日初めて聞いてもうびっくり。知っている人たちの間では有名な話だったみたいよ!」
「知らなかったのはごく一部だったみたい!」
「それにカカシ上忍ってすごーく嫉妬深いんですって。うずまき上忍にモーション掛ける人間には例え女でも容赦しないそうよー」
「もっと早くに知ってれば…」
「なに、なに?」
「酷い目にあったんだから。昨日あたしたちがナルト上忍の彼女になりたいって騒いでた時に、いつの間にか後ろにカカシ上忍が居て」
「絶対、最初から盗み聞きしてたわよね」
「〝だーれが誰の彼女になりたいって。言っとくけどうずまき上忍はもうオレのお手付きだよ、ざーんねんでした〟って言われたわ」
「カカシ上忍ってば目は笑ってるのに、すんごい怖いんだもん」
「あたし、ファンだったのに…。あんな人だと思わなかったわ、幻滅…」
「あたしたちだって、うずまき上忍のカノジョになれるなんて思ってなかったわよ。ちょっと夢を見てただけなのに。大人気ないと思わない?」
それに!!と先日のくの一集団は声を揃える。
「ついでにうずまき上忍がベットの中でどんだけ〝カワイイ〟か強制的に聞かされたわ」
「ウソ…」
「マジよ……」
「セ、セクハラ…」
困った恋人の非常識な行いをうずまき上忍が知って、未曾有の大喧嘩に発展するまであと数日。その後、一ヶ月、はたけカカシ上忍が年下の綺麗な恋人に謝り倒す姿が見られたという。
10 | 2024/11 | 12 |
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職業 ノラ
趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
夢 集団行動
唄 椎名林檎
性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。