硝子玉の眼をした子供が唄う夜
「んー、おまえらの第一印象は…きらいだ!」
ぽふん、と落ちた黒板消し。まさか上忍師ともあろう人が、こんなイタズラに引っ掛かるとは思わなくて、自分で仕掛けたくせにちょっとびっくり。
「ねぇ、ナルト」
「………」
ナルトは初めからちょぴりこの上司が苦手だった。なーんか胡散臭いんだってば。そう思うのが身を護る術が上手い子供の当たり前。
「ナルトは火影になるの?」
「いきなり人の家に上がりこんでなんだってば?」
月齢17.4。ただいま深夜零時。人様の自宅を訪ねるには少しばかり非常識な時間帯である。しかし、ナルトのベッドの上にちょこんと座っている大人に世間一般の常識が通用するはずもなかった。
「こんな時間にいったいなんだってば」
「いやいやちょっと確認にね?」
「今?」
「今」
出逢ってまだ三日目。ナルトにはこの大人がわからない。真夜中に突然、窓を叩かれたかと思えば、銀髪の上司がいて、静止する間のなく靴を脱いで上がり込まれた。緊急の任務かと思えばそうでないという。ならば何をしに来たのかと問えば世間話に来たのだと上司は言った。カカシせんせーってやっぱどこかズレてるってばよ。カカシとベットで向かい会いながらナルトはうんうんと頷いた。
「おまえのベットちっさいね。ちょっと狭くなあい?」
「んなことねってば」
「あ、そっか。おまえにはちょーどいいかもね」
「…どーいう意味だってば」
「ははは。センセー、足が長いからなー」
「それスッゲー嫌味だってば」
「事実デショ?」
「カカシせんせー、ほんとに追い出すってばよ?」
ナルトが教師を睨みつけると、ベッドに腰掛けた銀髪の教師は意味ありげに笑った。
「好きなものはカップラーメン。もっと好きなのはイルカ先生…だったけ?に奢ってもらうラーメンだったよね。で、夢は火影?」
「それがなんだってば?」
「ナルトは今、下忍デショ。しかもアカデミーの成績はダントツでドベ。それで火影になれると思ってるの?」
「!」
「ナルトは本当になれると思ってるの?」
「んなのやってみなきゃわかんないじゃん!試してもいないのに諦めるなんて変だってば」
ぐっと強い意志が双眸に宿った。……いいね、碧の色味が増して、極上の宝石のよう。吸い込まれそうで、華奢な腕を引っ張って引き寄せて、子供は自分の腕の中へ。ぺろりと子供のまんまるの瞳に舌を這わした。
「ひゃ!?」
「……ん、オイシイね?」
「ぎゃぁああああなにすんだってばぁ!!!!」
「あ、悪い」
腕の中で子供がじたばた暴れだし、ベットの隅っこまで逃げていった。すかさず口布をあげて、カカシは余裕の笑みをこぼす。
「カカカカシッ先生ってば、変態!?」
「いや、ナルトが好きだから」
今度こそナルトが見事にフリーズした。あはは。わかりやすい反応だねぇ。
「頭おかしーんじゃねーの!?」
顔を真っ赤にさせて、ナルトが怒鳴る。
「オレはカカシせんせぇなんて好きくねーもんね」
あらら、フラれちゃった。
「そっか、おまえは……火影になるんだね」
「オレが火影になるのは決まってるの!だからオレの夢は火影を越すことだってば」
「悪い、悪い。間違った」
ほんとにわりィと思ってんの?ねめつけるような子供の視線にカカシはヘラーと笑う。いかぶしそうに細まる碧玉にカカシは苦笑した。カカシを見つめる子供の眼は警戒心剥き出しの動物そのもの。目の前の大人が敵かどうか見極めようとしているそれだ。別にとって喰いやしなーいよ。言ったところで信じてもらえまい。
「聞きたいことってもしかしてそれだけ!?」
「うん」
「カカシせんせぇってやっぱズレてるってば」
「そう?」
「うん!」
「まぁ、なにはともあれ。明日の任務がんばれよ?」
真ん丸い硝子玉の眼が見開かれる。ああ、綺麗だねぇとその碧に魅入られていれば、子供は耳朶まで真っ赤にさせて俯くと。消え入りそうな声で、ありがとうと呟いたのだった。