長い、長い情交の果て。やっとカカシ先生がオレの身体から離れていったかと思ったら、ふんわりと香った先生の匂い。オレはカカシ先生に口付けられていた。
「んう」
生温かい舌がオレの口の中で縦横無尽に動き回る。喉奥に深く舌を差し込まれ、歯列を確かめるようになぞるその動きに、オレは驚いて身じろぎ、息苦しさのあまりカカシ先生の胸板を叩くが、口付けは深くなるばかりで、合い間を縫うように、唾液を送り込まれ、呼吸することすら満足に出来なくて、生理的な涙が流れ落ちる。
「んっく、ふ…っ」
拒絶することも許されず、オレが与えられる垂液を飲み下すと、カカシ先生は満足そうに微笑んで、また深い口付けを繰り返す。
「せんせ、苦しぃ…ふ…ごほ、ごほ!」
涙を流し、呼吸困難に陥ったオレを、カカシ先生がうっとりと見つめて、ぺろぺろと犬みたいにオレの唇を舐め始める。
「…んで、カカシせんせぇ」
キス、してくれた…。ずっと、ずっと欲しかったカカシ先生のキス。
「オレ、カカシせんせぇがわからないってば…オレの心、引っ掻き回して楽しいの?」
優しくしてみたり、突き放してみたり、オレってば先生の気持ち、ちっともわからないってば。大人の恋愛は複雑なの?
好きだから一緒に居たい。すごくシンプルで簡単なことなのに、なんでこんなこんがらかって、難しいんだってば。
「カカシ先生はオレをどうしたいの。今、せんせは無理矢理オレとセックス、した。オレ、いやだって言ったのに。こーいうのなんていうか知ってる?強姦だってばよっ!」
ベッドに横たわったままカカシ先生を真っ直ぐ見上げて問いかけるとカカシ先生の眉がキュウっと寄る。
「せんせ……?」
ふいに圧し掛かっていた重みが消えてカカシ先生がオレから離れてベッドに腰掛ける。オレも起き上がってカカシ先生と向かい合う。
「答えて、カカシ先生…」
オレがにじり寄ると、カカシ先生が俯いて自分の手に視線を落としたまま、ぽつりと口を開いた。
「おまえに別れるって云われた時、世界が真っ暗になったんだ」
「え?」
「ねえ、ナルト。教えてよ。この気持ちはなんなの?」
「カカシ先生?」
「今も、すごく心臓のあたりが痛い。死にそうに痛いんだ」
息ができないんだ。カカシ先生が嗚咽交じりに頭を抱え出す。
「最初は好奇心でおまえと付き合いだしたよ。おまえに告白されて悪い気はしなかったし…、毛色が変った付き合いが面白そうだとも思った」
「………」
カカシ先生の告白は、予想通りだったけれど、やっぱりオレには痛過ぎるものだった。
「女とも遊んでたよ?誰に告白されたって変らない。ずっとそうして来たから、同じだと思っていた。ナルト、オレはね誰か1人となんて付き合ったことなかった。それが当たり前だと思ってたし、人でなしと言われようとそれでいいと思ってた。おまえの泣きそうな傷付いた顔、知ってたけど、自分さえ楽しければどうでも良かった。他の女にそうして来たように、呆れたら捨てればいいことだし、離れていくならそれまでだと思ってた。ただ、女とおまえの違いはオレがおまえの名前を覚えていたことと…、案外長く関係が続いていたことだったけど。それでも変らないと思っていた。だけどあの日、おまえがオレと別れたら他の男と付き合いだすんだって思ったら、なんでだろう、心臓が握り潰されそうになった」
え?とまたオレは意外な気持ちでカカシ先生を見詰め返した。
「もうおまえがオレのものじゃなくなるんだって。この関係が終わってしまうんだって、おまえに突き放された瞬間、胸がどくどく脈打って堪らなくなった…。どうにかしなきゃって思ったけど言葉が出なくて、焦って。あんな気持ち初めてだった。自分に心臓があることすら忘れていたのに。自分の気持ちがわからなくなって、まるで自分じゃないみたいで…、怖かった」
この感情は何?とカカシ先生が心底不思議そうにオレに尋ねる。
「ナルト、おかしいんだ。おまえが誰かと話しているだけで、平静じゃいられなくなる。寝ても覚めてもおまえの顔ばっかり頭に浮かぶんだ」
「せんせ……それは、」
「ったくないっ」
オレの言葉を遮るようにカカシ先生が叫ぶ。
「別れたくないっ」
カカシ先生が泣き始めた。あとからあとから零れるその滴を、オレは黙って見続ける。自分よりもずっと年上で、大人だと思っていたカカシ先生が、子供みたいに「いやだいやだ」と泣きじゃくっている。
「どうやったらナルトはオレの傍に戻って来てくれるの?どうやったらナルトは離れていかないの?他の女じゃいやなんだ。満たされないんだ。今までは平気だったのにっ。誰でも良かったのに。オレはなんでおまえじゃないとダメになったの?!」
矢継ぎ早に飛ぶ質問。カカシ先生はいよいよ背を丸めて、蹲ってしまった。オレは…
そんなカカシ先生を呆然と見詰めた。
「カカシ先生……」
ごくんと唾を飲み込んで、オレは、カカシ先生の頭をそっと抱えた。
「カカシせんせー、それは好きって感情だってばよ?ちっともおかしいことじゃないってば。苦しいけどとっても大事な感情なんだってば?」
「好き?」
まるで遠い異国の言葉を聞いたかのようにカカシ先生がオレの腕の中で顔を上げる。
「オレもね、カカシ先生のこと考えるとここら辺がぎゅってなるってばよ?」
「ナルトも?」
「そ。いっつもなってたってばよ」
「………」
自分の心臓に手を当てると。
「…………今は?」
「へ?」
「今も、ぎゅってなってる?」
伺うような怯えるようなカカシ先生の問いかけ。オレが答えるのを待っているの?
「うん、今も…だってばよ。だけど今はぎゅってして、ぽかぽかなってる」
「ぽかぽか?」
「カカシ先生の本当の気持ちを聞けて。ほっとしたの」
…カカシ先生のことが好きだったから、カカシ先生の家の前で待っていたんだってば。カカシ先生が好きだったから女の人との噂を聞いても傍にいた。キライだったら家にいかない。女の人とのこともきっと我慢できなかった。
だけど。もっと、カカシ先生にそのことを話していれば良かったのかもしれない。カカシ先生はオレが考えていたよりもまだまだ子供で。誰かの感情に鈍感で、こんなにも弱かった。
「カカシ先生は自分の気持ちに嘘吐いちゃったんだってば。怖がらないでちゃんと自分の気持ちと向き合ってみてってば?そしたらびっくりするほど楽になるってば」
「オレの本当の気持ち……?」
「うん」
「オレはナルトを好き?」
カカシ先生がまるで覚えたての言葉を繰り返す子供のように「オレはナルトが好き」と呟いている。
「せんせぇ……」
「そっか。オレはナルトが好きだったんだ。ずっと?ずっと?」
「うわっ」
カカシ先生の言葉に赤くなっていると突然カカシ先生に抱き締められる。そして「え?」と思う間もなく、眇めるようなキスをされた。見上げればカカシ先生の瞳がこれ以上ないくらいキラキラと輝いている。
……えーと、ちょっと待てってば。この、カカシ先生に押し倒されている状態は、いったいなんだってば?
「ナルト、しよ?」
ぎゃーっ。やっぱり。なんでその展開になるんだってば??カカシ先生ってばどういう思考回路でそこに行き着くんだってばよ!
「カカシ先生、ストップ!オレってば、まだ先生とやり直すって言ってないってばよ!?」
つっかえ棒よろしく腕でカカシ先生を押し返して叫ぶと、カカシ先生が石のように固まった。
「なんで?オレはナルトを好きなのにそれだけじゃダメなの?」
「オレの気持ちがないとカカシ先生は片思いだってばよ!」
言うと思ったってば!
オレがびし!と指を突きつけてやると、カカシ先生が驚いたように目を見開いている。お願いだからここでそんなに驚かないでくれってばよ先生っ。カカシ先生のズレ具合に、オレってば目眩を起こしそうになってしまった。
「とにかくそこに座れってば」
「っ!!!」
「正座だってばよ、正座!」
オレが怒るとカカシ先生はびく!と震えてベッドの上にちょこんと正座した。
「オレはまだカカシ先生のやったこと許してねえの。いきなりカカシ先生に好きだって言われたって〝はい、そうですか〟なんて納得出来ないってば!」
「そういうものなの?」
「そういうものだってば!」
「……わかった。ならどうしたらナルトはもう1回オレのことを好きになってくれるの?」
「は?」
「ナルトが好きになってくれるように努力するから、言ってみて?さっきのてんぞ…猫面みたいに優しくなればいいの?」
「えっと。猫面の兄ちゃんとはなんでもないってばよ?ちょっと前に偶然お世話になっただけなんだってば?」
「……ふうん、そうだったの?ま、それはあとで直接本人によ――――く聞くとして。で、オレはどうすればいいの?」
なんだか今。カカシ先生の目付きに猫面の兄ちゃんの生命危機を感じたってば。
「ナルト、なんでも言ってごらん?」
「……。ええとカカシ先生は、オレが言えばオレの言うとおりにしてくれるの?」
カカシ先生の笑顔に若干の胡散臭さを感じながらオレが首を捻るとカカシ先生はコクコクと聞きわけの良い犬みたいに頷いた。
「女の人とももうエッチなことしない?」
「ナルトが嫌だっていうならもう逢わないし話さない。寄ってきたら殴る」
な、殴らなくてもいいってばよ。冗談抜きにやりかねない雰囲気を漂わすカカシ先生にオレはがっくりと肩を落とす。基本的にサイテー男だってばよ、カカシ先生。
「だってオレが約束を守ったらナルトはオレの傍にいてくれるんでしょ?」
ニコニコとカカシ先生がオレの向かいに正座して笑っている。本当に、どうしようもない。オレがもうカカシ先生に愛想を尽かしてるとか考えないんだってば?
だけどこんなにどうしようもない人なのに、やっぱりオレはカカシ先生が嫌いになれないみたいだってば。ああ、オレってば12歳の身空にこんな厄介な人に引っ掛かってしまうなんて、不幸の星の元に生まれたとしか思えないってば。
オレは、もう1度オレが自分を好きになると一部の隙も疑うことなく待っているカカシ先生に、諦めて抱きついた。
「もー、しょうがないから、オレも好きでいいってばよ」
「え、ほんと!?」
「その代わり浮気はなしだってばよ?」
「ナルト、ありがとう!」
奇跡だってば。カカシ先生が感謝したってばよ。オレはこのあとに待ち受ける自分の運命をすっかり忘れ、カカシ先生に抱き締められたんだってば。
「ナルト。嬉しいよ。今度はとびきり優しく抱いてあげるね」
「はいっ?」
「そういえばおまえって精通まだなんだよな」
「?」
「ちょうどいいや。今からいっぱいキモチ良くさせてあげる」
「へ?」
「ナールト、覚悟してね?」
オレのホンキの好き、受け止めてね?
笑うカカシ先生の言葉の意味を理解してオレってば後退りしたんだけど、あっさり捕獲されてしまったんだってば。