失踪ディズ 番外編2
乾杯!と言う前にフライングで銘々に飲み始める社会人。すでにジョッキ一杯空にした者もいる中で木の葉商社社長がやっと腰を上げる。今夜は無礼講!とジョッキを上げて投げられた自来也の言葉にどっと場が沸く。
「ねぇねぇまつ毛何センチ?」
「へ…!?」
「なんでそんなに可愛いの?」
「か、かわ…?」
「やだ私、年上好きだったのに。年下にハマっちゃいそうだわ。どうしよう今のカレシ三十上なのに~」
さんじゅ!?電話受付のお姉さんの意外な私生活が暴露され、ナルトは目を白黒させる。
「学校で女の子にモテるでしょ~?」
そんなわけないってばよ。きのうも教室でキバと騒いでたらサクラちゃんに怒鳴られたのに。
「ああ、いいなつるぴかのお肌~」
なんだか根こそぎ生気を吸い取られそうな感じがするのはなんでだってば?質問攻めにあってナルトはたじろいでしまう。
「ちょっと、おまえら。あんまりこの子のこといじめないでくれる?」
ナルトが困っていると隣に座るカカシがやんわりと会話に入ってきて取り成してくれた。
「いじめてないぢゃない。人聞き悪いわね。ねー、ナルトくん?」
「え、え、あのその・・・・・」
どう答えていいかわからなくて、ナルトはカカシを見上げてしまう。その仕草すらも可愛いー!と歓声が上がってしまい、ナルトは居た堪れない。
大きめの宴会場を一室貸しきった木の葉商社の飲み会。座敷席で長いテーブルにずらりと社員が並んで、銘々につまみを注文してぱかぱかお酒を飲んでいるという状況なのだが、なぜかカカシとナルトの周りに集まる人だかり(正確にはナルトに)。
押しの強い女の人は苦手なんだってば?
ナルトは内心冷や汗だ。
なんていうか自分から行くのはいいのだが、人から来られると凄く弱ってしまう。だって、誰かから・・・それも普通の大人からこんなふうにあたたかく歓迎されたことなんてなかった。
綺麗に化粧をした女の人たちは始終ニコニコしていて、仕事用にまとめられた髪型すらさり気なく今年の流行を取り入れており目に華やかだ。こんな人たちに自分が無条件に好意を寄せられてるなんて信じられなかった。
会社の同僚に囲まれて、戸惑い半分に、だけど少しずつ打ち解けて喋り始めたナルトに隣のカカシは杯を傾けながら見守る。
そこにどん!と徳利が置かれる。カカシがおや、と視線を上げると・・・
「やっと会えたのう、ナルト。カカシの奴め、わしが連れてこいと常からいっておったのに出し惜しみしおって」
自来也の言葉に、そうだーとすでにアルコールでご機嫌になっている誰かが合いの手を入れる。
「カカシからおまえのことはよーく聞いておってのぉ。男、自来也、人生の先達者として道ならぬ恋は大いに応援じゃ。ナルト、色々あったと思うがのぉ、今夜は遠慮しないでどんどん飲み食いしていけ」
自来也が豪快に笑い出す。「自来也社長、今夜はおごりっすか?」と新入社員の男が小さくガッツをしている。
「ほれほれ、どんどん飲めってぇの」
「自来也社長、この子未成年ですよ」
「なに、ちょっとの年齢なんぞ誤差みたいなもんだからのう!」
カカシがやんわりと止めに入ると自来也がナルトの肩をばんばん叩く。
すでにできあがっている男が飲んでいたジョッキをおもむろに傾けると「ま、試しに一杯」とナルトのコップに残っていたぶんの白っぽい液体をなみなみと投入する。
炭酸水の中に問答無用でアルコールを注がれて、ナルトが困ったようにコップを見ていると横からひょいっと腕が伸びて、止める間もなくカカシが炭酸水とアルコールの即席カクテルを飲み干す。
「マズ…。おまえらねぇ、うちの子にこんなもん飲まさないでくれる?」
ぽいっと無造作にコップを投げたカカシにブーイングが巻き起こってナルトはおろおろとしてしまう。
「・・・・せんせぇ、オレってば少しだけなら酒飲めるってばよ?・・・・そのキバたちとよく飲んでたし」
「だーめ。べつに旨いと思って飲んでたわけぢゃないでしょ?―――おまえらもガキの飲み会ぢゃないんだから飲めない奴に無理に酒勧めるんぢゃないよ」
「せんせぇ・・・・」
「ナルトもね、おまえ無理して飲まなくてもいいんだからね」
「・・・・・・う、うん」
はたけさんお熱いですよーと女性陣がクスクス笑って男性陣からは囃し立てるような口笛が鳴らされる。やっぱり居たたまれなくなったのはナルト。
「ナルトくん、オレさぁ人のものになったヒトが忘れられないんだよー」
「うんうんってば?」
「もうあれ以上、いい女は絶対いない」
「ええと、人妻さんはダメだってば?」
不毛だってばよお兄さん。
「あーあ、なんでオレを捨てて結婚なんて。絶対、オレの方がいい男だし、しあわせにするのに!」
「お兄さん、きっと他にいい人があらわれるってばよ」
酒を片手においおい泣く男を慰めて、ふとナルトは我に返る。なんで十代の自分が人生相談みたいなことをしているのだろうか。
ナルトの膝で強かに泣き出そうとした男をカカシがやんわりと蹴り上げて、伸びた男にナルトの頬が引き攣る。
「カカシ先生、鬼だってば」
「だーいじょうぶ。こいつ、明日にはケロッとしてるから」
かんぱーい、とジョッキが合わさる音が鳴り響き、宴もたけなわという中、がらっと襖を開けて入って来たのは妙齢の女性。
「綱手副社長」
ナルトがきょとんとしていると「自来也社長の奥さんだよ」とカカシが耳打ちしてくれる。カカァ天下ともっぱらの噂で、木の葉商社の実質的な実権を握っているのは彼女らしい。
「なんかさー、迫力のあるバァちゃんだってばよ」
ぽつりと呟いたナルトの言葉に「ばか、おまえ」とカカシが慌てて口を塞ぎに掛かったが時すでに遅く、
「いい度胸だねぇクソガキ」
「うぇ、あのその…」
物凄い迫力の妙齢の女性がナルトに迫っていた。負けたくないってば。目を逸らさないで、ぎっと睨み返していると、
「―――あん?おまえがナルトかい?」
「そうだけどなに・・・ってば」
すわった目のまま女がナルトの顔をじろじろと見つめる。
「その度胸気に入った!カカシ、ずいぶんと気風のいい子ぢゃないかい!」
あとにナルト、女の人の胸の中で窒息死するとこだったってばと常々もらしたという。
「賭け率、0.5ォ?せこいことやってるんぢゃないよ。2.0だよ」
「げ、綱手。それはちょっと」
「そうですよバブルの時代ぢゃあるまいし。この不景気に!」
「ええい、男がみみっちいこと言ってるんぢゃないよ、どーんと賭けなきゃ博打の醍醐味が味わえないんだよ!」
まぁ、結局それで大負けした「伝説の鴨」と異名を持つ綱手なのだけど。
「あんたらには社長夫人を敬う気持ちがないのかい!」
「今夜は無礼講っすよ綱手副社長」
「大体賭け金跳ね上げたの綱手副社長ぢゃないですか問答無用ですよ」
イズモとコテツの平社員コンビがしてやったりの顔で、綱手の財布から札を徴収する。
社員相手に賭事に大負けして綱手が机をひっくり返しているのをナルトは大口を開けて笑う。
「オレってば久しぶりにこんなに笑ったかも」
「来てよかった?」
「…うん。なんか世界広がったってば。なんてーかさ、大人でもいい人たちっていっぱいいるんだってばね」
ナルトの言葉にカカシは笑みを零す。
「そうだよ。世の中の大人全員がおまえのいたような環境の人たちではない。―――もちろんいやな人間はたしかに存在するけどそれ以上に素晴らしい人たちもいるってことを忘れたらいけないよ。おまえは、おまえが選択した道を歩いて、広い視野で世の中を見ていきなさい?」
「カカシせんせぇ・・・」
「もちろん、隣にオレを置いてくれるとうれしいけど?」
ふいにカカシがテーブルの下で、そっとナルトの手を握る。誰にも気付かれない位置で、お互いの体温が合わさる。せんせ、と驚いて手を引こうとするがカカシは微笑を口元にのせたまま素知らぬ顔で前を向いている。
瞬間ナルトの顔が火のように熱くなる。
もうみんな酔っぱらってるから気付かないよ、と耳元で囁かれて、ナルトは潤んだ瞳で瞼を伏せた。乾杯を繰り返して騒ぐ人々に囲まれて、少しだけ銀髪の大人の方に金色の少年が近寄って二人だけの密やかな触れ合い。