失踪ディズ 番外編
ネオンがチカチカと眩しい歓楽街。ここに来るのも久し振りだってば、と思いながらナルトは古巣・・・もとい昔うろついていた夜の街を見渡す。
あそこのアーケードでよく蹲っていたんだっけ。それでカカシ先生に声を掛けられて・・・となんとなく懐かしくて、笑みが零れる。いい思い出でいっぱいの場所とは言い難いのだけど、この街が自分とカカシを引き合わせてくれたのだ。
「こんな格好でいいかなってば・・・」
改めて自分の服装を見下ろすナルト。ちょっと力の抜けた今どきの高校生がよく着ているようなくだけた服装は、金髪碧眼、くっきりとした顔立ちのナルトによく似合っていた。普段は気にもしない跳ねた髪の毛をつんと引っ張って、ショーウィンドーにうつる自分を確認する。
髭痣のある頬。自分でもわりとぱっちりしていると思っている瞳。普段は大口を開けて笑っている唇は引き締めていると精悍な印象を与える。うん、わりと・・・見れなくはない顔だと思うってば。たぶん。
なんてことを思ってだけど、やっぱり不安になってしまう。
この間の日曜日のこと。
「来週の金曜日に、会社の飲み会があるんだけどおまえくる?」
「・・・・・・ってこの間、言ってたやつってば?」
「うん。出たくないならいいんだけど」
「・・・・迷うってば」
「オレはどっちでもいいよ?おまえと一緒にメシ食えるのはうれしいけど、無理には頼まない」
視線を本のページに落としたまま、カカシが言う。ナルトが怪訝な顔で背後のカカシを振り仰ぐ。二人がいるのは大きめのソファーの上。カカシはナルトを抱き締めたまま、本を読んでいる。ナルトはなんだか小難しそうな文字を追うカカシに凭れ掛かりながら、たまにカカシの髪の毛を弄ったり、読書するカカシの邪魔をしていたりしていた(たとえば首筋にキスをしてじゃれついたりして)。
「・・・・・・・・カカシせんせぇってばやっぱガキの恋人とか恥ずかしいってば?」
オレ男だし、とナルトが眉間に皴を寄せれば、こつっと長い指におでこを弾かれた。
「バカだねぇ、おまえ。だって見せびらかしたらもったいないでしょ?」
本を閉じたカカシに前髪を掻きあげられて、キスを落とされ、ナルトはニシシと笑う。
「せっかくおまえのこと独り占めにしてるのに」
オレだけのナルト。カカシの指が意味ありげにナルトの身体を這う。くすぐったくて、だけど性感帯を確実に刺激する触れ方にナルトは息を漏らす。
「んっ。でもオレってばカカシ先生が会社でどんな人たちと働いているのか知りてぇってば。だめ?」
ナルトとカカシが出会ってまだ数ヶ月。まだお互い知らない顔がたくさんある。好きな人のことは全部知っておきたい。そう思ってしまう欲望が芽生えるわけで。
「・・・・・ナルト」
ゆっくりと身体をソファーに倒されて、キスの応戦が始る。どっちがたくさんキスを落としたか競争だと、やんちゃなキスをするナルトに、カカシは金色の色香にクラクラ目眩を起こしそうなのだけど、大人の意地にかけても負けるわけにもいかなくて、本気を出したカカシの巧みなキスにナルトの唇から色めいた声が上がり始めるまでそう時間は掛からなかった。
そんなふうに砂糖漬けに蜂蜜をぶっかけたくらいの糖度の高いイチャイチャした日常を送っている二人なのだが、今のところツッコミを入れる人物が現れないので、あまり健全とはいえない行いにふけってしまう休日の午後。
「カカシせんせぇ?今日はゆっくり動いてよ?」
「おまえねぇ、これだけ誘っといてそういうこという?」
「だってあんまり速いとオレが楽しめねぇんだもん。ゆっくりの方が好き」
「あれだけ気持ち良さそうにしてて生意気なこというね。激しい方が好きなくせに」
ナルトはカカシを誘ってやまない碧い瞳をつり目がちに細めると、大人の首に腕を絡めて、じゃあカカシ先生の好きに動いていいってばよ?と耳元で息を吹きかける。
「でも、今はノーセンキュー」
「・・・・・・・。なんで?」
「明るいから」
オレってば恥ずかしいってば?囁くようにカカシの鼓膜をくすぐる声音。
「ナルトー。おまえ・・・・わざとやってるでしょ?」
「あ、バレたってば?」
「小悪魔め。オレを手玉にとるつもり?」
シシシと笑った少年の衣服を大人が襟元から乱し始める。
「ふ・・・・・・・」
ナルトは己の薄っぺらな胸部に顔を埋めるカカシの両頬を包み込んで、自分の方へと向かせた。不満顔の大人にナルトが笑う。
「昼真っからヤるのキライぢゃないけど、今はダラダラしてぇの」
「それってオレはこのまま生殺しってこと?」
「シシシ、夜までおあずけだってばよ?」
「夜まで待てないよ」
―――この子を抱くたび天然の媚薬を嗅いでいるような気分になって、いつも抑制が効かなくなる自分がいる。
「ちゃんとサイコーに気持ちよくさせてあげるよ、なーると?」
「――――っん!」
「オレの大切なナルト・・・・」
生暖かい舌が侵入してきて、ちゅ、と垂液が交わる。ナルトの手が自分の肌に吸い付くカカシを押しのけようとしたけれど、やがてソファーが規則的に軋む音が部屋を満たす。
「あ・・・・あぁ・・・・っああぁん。い・・・っ」
「〝い〟?なあに、ナルト。言ってごらん?」
カカシが意地悪く笑って、快楽に溺れるナルトを見下ろす。かといってカカシに余裕があるのかというとそうでもないのだけど、内壁のキツイ締め付けに眉を顰めながら腰を強かに打ち付けてやれば、下のナルトがあえやかな声で鳴いた。
「わかってるくせにっ」
恨めしげにナルトがねめつければ、カカシが心得たように、口元を吊り上げる。
「気持ちいいでしょ?」
「いい・・・・・・っ」
「あとでおまえのリクエスト通りゆっくり動いてあげる・・・」
好きなだけおまえのおねだりをきいてあげる。蜜のように甘く囁かれた。
近くの学校の野球部の球児たちの賑やかなはしゃぎ声が聞こえる。校庭を走らされているのだろう、ふぁいおー、ふぁいおー、と間の抜けた掛け声。カカシに服を乱され、喘ぎ声を上げるナルトにとってはどこか遠くの世界の音のように聞こえた。このマンションの一室は、自分とカカシだけの庭。同年代の少年たちが外で健全な部活動を行っている時間帯。なのにオレってばカカシ先生とソファーの上でこんなことしている。スポーツで汗を流している野球児たちの掛け声をBGМにナルトはカカシに抱かれた。レースのカーテンをひいた部屋でどちらのものとも知れぬ汗を流して、背徳的な気分。一度抱かれれば、ナルトにだって欲望があるのだから、自ら舌を絡めて、鎖骨に噛み付いて大人を煽れば、切羽詰った顔の大人にいっそう激しく抱かれた。
カカシの存在を感じたいから、優しく抱かれるのが好き。だけど本当は壊れてしまうくらい乱暴にされるのも好き。恥ずかしくて口になんて出せなくて、つい素っ気ない態度を取ってしまうけれど、カカシがナルトの意見よりも自らの欲望を優先させてくれるとうれしい。
それだけ欲されているのだと思うと安心するから。愛してくれてるのだと感じることができるから。
同じくらいの強さで自分はカカシを求めることはまだできないかもしれないけど、カカシががんじがらめの愛で自分を渇望してくれればいいと思う。歪むほどの愛を求める自分はおかしいだろうか。
これまでの渇きを癒してくれるナルトの最愛の人。
ナルトに新しい帰る場所を与えてくれた人。
どうしてこの人だったんだろうと時々思うけど、答えなんて見つからなくて、汗でしっとりと濡れた銀髪を掻き抱く。
この人の鳥籠になら囚われてもいい。休日の午後。ソファーの上で、ナルトはもっともっとと自分からカカシを求めていた。
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クラクションのけたたましい音が右から左へと走り去っていく。ナルトは指定された待ち合わせ場所へと向かっていた。
かなり緊張している自分がいた。自分が、傍目から見て真面目な少年に見えないことを、ナルトは知っていた。人目を惹く明るい色彩。軽薄な服装は、いかにも遊んでいます、という印象を与えるらしく、よく不良だなんだと誤解されることが多かった。
今から会うカカシの会社の同僚だという大人たちと上手く話すことができるだろうか。人から自分がどう見えるかなんて、同年代のキバたちと遊ぶ分には考えもしなかったことだ。だけど自分のせいでカカシが変な目で見られてしまうことだけは我慢できなかった。
そしてなにより。
「美人の奥さん」の単語にナルトは赤面する。オレってば男なのに。困るってばよ・・・。
期待を裏切るような結果になるなんて目に見えてるのに。
同性で、そのうえ自分は十代のガキ。どう考えても大人のカカシと吊り合ってみえるはずがないし、社会的にも認知されているとはいえない恋仲だ。あのマンションの中では、カカシはナルトだけのものだけど、こうして外を歩いていると不安になった。
それにカカシ以外の大人(イルカも平気だけど)は苦手なのだ。信じられない、という気持ちが大きくて、未だに身構えてしまう。
(オレたちのこと認めてくれてるってカカシ先生は言ってたけど本当かなあ・・・・)
ため息を落としそうになったところで携帯が鳴って、ナルトは画面に表示されている名前に「あれ?」と首を傾げる。
「カカシせんせぇ?」
「ん、ナルト。今、どこ?」
「そっち向かっているとこ。オレってば待ち合わせの時間間違えたってば?」
「ううん、まだだよ。やっぱり夜の街をひとりで歩かせるの心配だったから。―――変な奴にナンパされなかった?」
「・・・・・・せんせぇ、過保護すぎ」
オレをナンパしてお持ち帰りした人なんて後にも先にもカカシ先生くらいしかいないってばよ!(そりゃ綺麗なお姉さんには何度か話しかけられたけどこれはカカシには内緒だ、ベッドの中で物凄く粘着質に問い詰められるから)と電話口に怒鳴りそうになって、しかし前方に銀色の大人を発見して、ナルトは「あ、いたってば・・・」と呟く。携帯を耳に充てていた大人はナルトの姿を発見すると、周りにいた集団から抜け出して駆け寄ってくる。
「やっぱりマンションに迎えにいけばよかったねぇ」
「カカシ先生、仕事帰りぢゃん。一旦家に帰ってからまた出てくるなんて二度手間だってばよ」
「だってオレの時みたいに路上から掻っ攫われたらどうするの」
「・・・・・・・なわけねぇぢゃん」
街中だというのに、躊躇いもなく抱き締められて、ナルトは赤面してしまう。それに普通男が男をナンパしねぇって・・・とカカシの危惧の有り得なさに目眩を起こしそうになる。
「カカシ先生とは合意だったぢゃん…」
男の物の香水の匂いのするカカシのトレンチコートの中でまどろんでいると、がやがやとした集団が近付いてきた。
「・・・・・っ」
もしやあれが会社の人たちってば?初対面だというのに挨拶もせずに、恋人の腕に包まれているカノジョ・・・(しかし男)もとい奥さん?(しかし男)というのは、果たして如何なものなのだろうか。「もう、カカシ先生ってば離れろてば」と大人をなんとかどかして、怒っていると、
「可愛い~!」
黄色い感性にナルトがビクつく。
「ちっちゃい!細い!肌、白!」
「若い~、さすが高校生!」
「仔犬みたい!」
「はたけさんの奥さん犬系~」
「その髪の毛、地毛なんでしょ!?」
「すごいわ、外人さんみたいなのね。羨ましい~」
「いいわー若いオーラがでてるわー」
なんだろう。しょっぱなからテンションが尋常ではない気がする。まだノンアルコールですよね皆さま?と未だかつてない大人のリアクションにナルトが固まる。
個々の女の人たちを見ればきちんとした服装のおしゃれで上品な・・・街で見たら声をかけたくなるような、かなり綺麗な女の人たちの部類に入るのだろうけど、口を開いた瞬間、なんだか気品とかそういうものが、音を立てて崩れていた。
「おー、はたけの嫁さん別嬪だなぁ」
「オレ、この子ならそっちの道に転ぼうかなあ」
「やめろ。はたけさんが凄い形相で睨んでいる」
スーツ姿の男の人たちも、豪快に笑っている。あのもうちょっと同性愛に対する拒否反応とかないんですか?とナルトは順応性の良すぎる集団に唖然とする。
大勢の大人にわいのわいのと囲まれて、目を丸くしているナルトを見てカカシが苦笑していると(もちろん、手ェ出したらどーなるかわかってるよなと睨みをきかせつつ)ド派手な服装の同僚が横に立った。
「本当、可愛い。それに美人ね。顔の造作が整ってるわ。あんた、相変わらず面食いなのねぇ。だけど今までのと随分趣味がちがうみたいだけど」
「紅。おまえねえ。それアイツの前で言ったら承知しないよ」
「あら、あの子には何も言ってないの?昔のオンナの話とか」
「知ってるよ。出会った時、オレの女性遍歴話した上で抱いたからね」
ふうんなんて相槌を打ちつつ、
―――へえ・・・・・しっかり抱いてるわけね十五歳の高校生を。
紅は心の中でそっと乾いた笑みを浮かべる。一般的な男女ならそりゃ一緒に暮らしてればそうかと頷けるが、恋人同士の営みを目の前の男とあの少年が行っているのかと思うと妙な気分になる。仔犬みたいな笑顔の子なだけに想像しにくいわね。
「ま。まだオレばっかりが好きな感じがするけどねぇ。もっと頼って甘えて欲しいのにねぇ」
「そう?十分にあんたに懐いていると思うけど?―――ほら、今もあんたのことちろちろ見てるわよ」
不安そうにしてるから行ってあげなさいよと促されて、カカシが苦笑して頷く。
「まだまだだねぇ。もっと我儘言ってオレを困らせてくれないと」
「あんた、我儘を言われて困りたいの?」
「ナルトは〝家族〟でその練習ができてなかったからね。手放しの愛情が与えられてなかったから、自分が相手に逆らったら相手が離れていくと思っちゃうみたいなんだよねぇ。〝否〟を言っても相手が離れていかないってことをきちんと教えてあげないと。今はその訓練中だよ。最近、ちょっとだけオレに甘えて我儘を言い始めたかな?」
「あんたみたいな男でも恋ひとつで変わるもんなのね」
感心したように呟いた紅に、カカシはポケットに手を突っ込んで、微笑した。カカシは紅に背中を向けると、お祭り好きの連中に囲まれているナルトに向かって歩き出したのだった。