空気猫
読みきりのはずがブログの文字数制限オーパーで連載へ。
犬塚キバは白い水面が波間、一直線に駆けて行ったかと思うと、太陽をバックに、海の中にダイブした。その後に、忍犬の赤丸も続く。乾いた砂浜に、飲料水の缶が太陽の光に反射して、水滴を垂らしている。先頭を切った短髪の少年に続き、少年少女の賑やかなざわめきが、今は潰れてしまった海水浴場に近付いて来る。海岸に他の人間の姿はなく、いわゆる穴場と呼ばれるビーチだ。
「ちょっとぉ、荷物を出すのくらい手伝いなさいよぉ」
「馬鹿ねぇ」
「キバくん……」
山中イノが、ビニールバックや手荷物を砂浜に置きながら、呆れ返り、春野サクラが軽蔑した視線を送り、日向ヒナタが恥ずかしそうに俯いた。
「ずりぃ、あいつ。オレも、キバに続くってばよ!!」
犬使いの少年に先を越されて、ブゥたれたのはうずまきナルトだ。例の半袖短パンの私服姿で、逸早く海に飛び込んだ友人に続こうとする。
「こら、待ちなさい。ナルト」
そして、今にも海に向かって駆け出しそうなナルトの首根っこを引っ掴んだのは、今回の海水浴の〝保護者〟であるアカデミー教師うみのイルカだった。
「まったく、おまえという奴は。海には準備体操をしてから入らないとだめだぞ!」
「えええー。んなの、今どきアカデミー生だって、やってねえってばよ。オレってばもうガキじゃねえんだからな。16歳!」
「だめだ。だめだ。いいか、ちゃーんと身体を解してから入らないと足を攣るんだぞ」
イルカのお説教が始まり「なんで、オレばっかり」とブツブツと文句を垂れて落胆するナルトの頭に、シカマルが「面倒臭せぇこと言ってねぇで、さっさと着替えるぞ」と手を置く。
「シカマルは最近、ますますアスマ先生に似て来たよな」
「ばっか。オレはそこまでオッサンじゃねぇよ」
そこでナルトは、ニシシと笑う。
「へへーん。オレってば、もう下に海パンを履いて来たもんねー。あとは脱いで飛び込むだけ―!!」
ナルトが得意気に胸を反らした時、クーラーボックスを横掛けにした大人の懐に金髪のふわふわ頭がコテンと乗った。
「おまえねぇ。気を付けなさいよ」
「あっ。ごめんってば、カカシ先生。サンキュ!」
謝りながら豪快に服を脱ぎ出したナルトに、カカシはため息して、そのまま手慣れた動作で少年のTシャツを脱がしてやる。
「おまえね、場所を考えて服を脱ぎなさい」
「んー、あー…」
「まったく。こんなことになると思ったよ。だからオレの言った通り先に家で海パン履いて来て正解デショ」
「おう」
「ほら、あっちの店仕舞いしている海の家で下も脱いできなさいよ?」
「………」
「………」
少しだけ、怪しい空気を醸し出した二人に、木の葉の里、同期の子供たちの口がまるで砂利を噛んだような表情になる。大人の名前は、はたけカカシ。海水浴の〝引率者〟だ。
「あの人、絶対あいつの生着替えを見せたくかなったんだぜ…」
「それも念入りに水着まで装着させて。ナルトのなんかアカデミー時代にいやってほどみてるっつうの」
「本にはそれは〝嫉妬〟と呼ぶのだと書いてありました。まさか男同士でも当て嵌まるとは」
シカマルが呟くと、海から上がって来たキバが同意して、サイが生真面目にまとめた。少年等の会話を尻目に、カカシは、ビーチパラソルの下で折り畳み式の椅子に越し掛けると愛読書のイチャイチャパラダイスを開き、そのまま読書を始めた。
「カカシ先生は海に入らねぇのかよ」
「生憎、オレは海ではしゃぐような年齢でもないんでねぇ」
「ちぇ。つまんねぇってばよ」
唇を尖らせたナルトに「いいから、遊んで来なさい」とカカシは笑みを零した。金髪の頭をくしゃっと撫でると、同じくらいくしゃっとした顔のナルトは微笑んで「行って来るってばよ」と砂浜を駆けて行った。
キャーキャー、という少女たちのはしゃぎ声。ワーワー、と騒いでいるのは少年たちだ。少年たちは、浜辺でビーチフラッグをしているらしく、キバが先頭を切り、あとにチョウジ、リーと続く。
常から夜の任務が多い暗部出身の上忍と言えば、元から色素の薄い体質も手伝って、死人のように不健康な肌色だったが、ビーチパラソルの下でそれなりに海を満喫しているらしい。そう、彼は大人の楽しみを見出していた。
「んー…。これは、なかなか、目の保養になるというか、美味しい光景だな…」
焼けるように眩しい太陽の下、寄せては返す波音、透けるような青空と、笑顔の――ナルト。最高の組み合わせである。
「カカシ先生―!」
(可愛いねぇ。オレのこと気にしちゃって)
どうやらナルトはカカシにも海に入って欲しいらしく、先ほどから何度もちらりちらりと視線を送ってくる。おそらくカカシと一緒に遊びたいのだろう。それなのに、カカシが本に構い切りなものだから、不満なのだ。16歳とは言ってもそこら辺はまだまだ子供だ。
「なぁ、海。すっげー気持ち良いってばよ。先生も来いってばよ!」
(こら。こら。今、先生だけだと二人いるデショ)
ナルトの背後に居る、アカデミー教師の存在にため息しつつカカシは、イチャパラ越しに、可愛い恋人が自分に向かって微笑み掛けているというアングルに目を細めた。もちろん、イチャパラ本で顔のほとんどを隠しているので、傍目には弛んだ口元の変化など気付かれないだろう。
「こら、ナルト。カカシ先生をあんまり困らせちゃいかんぞ。すいません、カカシさん」
「いえいえ…、そんな迷惑だなんて。まったくないですよ」
「まったく」に露骨でないにしても聞く人が聞けばわかる程度に力を込めて、カカシはうみのイルカに人工的な笑みを返す。そんな上忍の態度をどう思っているのか、うみのイルカは、人畜無害な笑みを浮かべて頬を掻いていた。
(―――まったく。火影様も、オレのことを信用していないよねぇ)
ナルトが、大事に思われているのは良いことだが、過保護過ぎるのも問題だ。というか面倒である。
今年の夏、木の葉の子供たちで、海水浴に行くという話が持ち上がり、シカマルを参謀役に2週間後全員の予定が開く日が1日だけだが出来た。そこで、五代目火影に休暇を出願したところ、彼女は度重なる任務の慰労を含めて快く快諾したのだが、子供たちが海水浴に行くには引率者が必要ということになった。10代とはいえ、忍里で育った子供たちである。今更大人の監視の目が必要かと疑問が上がるところであるが、彼等の中に〝うずまきナルト〟が居たため、大人、それも手練な能力を持つ上忍が必要となった。他里やナルトを追け狙う暁の存在があるためである。
そして、そうした任務に最も適切な人物がただ一人だけ居た。写輪眼の持ち主にして、コピー忍者のはたけカカシである。また、件の少年と只ならぬ仲(五代目火影はあまり二人の仲をよく思ってないのだが)であることも考慮され、一見ビーチが最も似合わない男が引率者として選ばれたのだった。
しかし、である。海水浴、当日。不自然なくらい詐欺臭いニコニコとした笑みで執務机の前に立った銀髪の男を見て、五代目火影の不快度指数は今年の夏の湿気を上回るほどには上昇した。
「カカシ。わたしは、どうもおまえが信用ならなくてねぇ。そこでもう1人引率者とは別に、あの子等に〝保護者〟を付けることにした」
「保護者、ですか」
「そうだ、打って付けの人物が一人居るであろう。子供からも好かれ人望のある男がねぇ」
「保護者」という単語に、嫌というほど当て嵌まる人物を思い出し、カカシは口布越しに若干口元を引き攣らせたが、かろうじてポーカーフェイスを留めることに成功した。
「恐れながら、五代目。既に上忍に昇格した子供たちも居る中、これ以上無用な人件を割くのは無用かと思いますが」
「納得がいかないようなら、わたし自身が保護者として海に行ってもいいんだよ。なにしろ、わたしは〝あの子〟の後継人だからね」
「……。……失礼致しました、火影様」
グラビアイドルも真っ青なボンキュンボンでセクシーな水着に身を包んだ里長の姿を想像して、カカシはガックリと項垂れた。ついでにどこぞのベストセラー作家が取材と称して浮輪と共にプカプカと波間に浮かんでいる映像付きでだ。
「よし、文句はないね。では、中忍うみのイルカ。ここに参れ」
「はっ」と短い応答があり、ドアから入って来た人物を見れば案の定。中忍認定試験以来犬猿の仲になった、とカカシが一方的に思っている人物が居た。おそらく向こうも自分を苦手としていることであろうが。
「イルカ。こいつが、余計なことをしないように曇りのない瞳でよーく見張っておいておくれ」
「はぁ?」
意味を量り兼ねると言った感じでうみのイルカが頷き、ついで猫背気味の上忍の姿に気付いてひょいと頭を下げる。中間管理職のサガなのか、彼が律儀であるか判断し兼ねるが、「ナルトと海水浴でパラダイス」なんて年甲斐もなくイケナイ妄想をしていた銀髪の大人はバツが悪そうに、恋人の元恩師に対して会釈した。とんだ、お目付け役が付けられたものだ。下手にこの男を怒らせれば、五代目にカカシの素行がバレるだけではなく、恋人の――ナルト自身にも大目玉を喰らう可能性があるわけである。
そのような課程を経て、今回の海水浴は木の葉ティーンズと、引率者・保護者同伴という何ともへんてこな編成で行われることになったのである。
「ぷはー、生き返るってばぁ」
飲料水を一缶あっという間に飲み干して、ナルトは椅子に腰掛けるカカシの傍でノビた。そして、カカシからゆったりとしたサイズのパーカーを借りると、そのまま足を投げ出した。
遠くでは、リーとネジが組み手を、イノがトラ柄の水着を披露して、サクラはどこかに遠出したようだ。青空にカモメが、1羽、2羽、3羽と飛んでいる。
「なぁなぁ、カカシ先生も荷物番なんてしてねぇで、海で遊ぼうぜ。どうせ、この浜辺にはほとんどオレたちしかいねぇんだろ?」
「おまえねぇ、さっきも言ったでしょ。年寄りに無理させないでよ」
腕をくいくいっと引っ張る少年に苦笑しつつ、カカシは重い腰をいつまでもあげようとしない。ナルトはわかりやすく唇を尖らす。
「カカシ先生もさぁ、少しは日焼けをするべきだってば。ちょっとくらい焼いた方がいいってばよ。カカシ先生ってば、白過ぎ」
「紫外線は肌に大敵なんだぞ、ナルト」
「カカシ先生が気にするタチかよ。どうせ、無駄な体力使いたくねぇだけなんだ。ずっりぃの」
「お。オレのこと、わかってるんでしょ」
褒めれれてもまったく嬉しくないという顔で体育座りを始めたナルトに苦笑して、カカシは手元の本に目を落とす。
「ちぇ。つっまんねぇの」
「カカシ先生と、オレはカカシ先生と遊びたいんだってば!」
「わかんないかなぁ、この微妙且つ重大な違いがさぁ」とでも言いたげに、ナルトは例の可愛らしいとは言い難い糸目になるので、カカシは思わず吹き出した。
「笑うなってばよ」
「くくく。ごめん、ごめん」
背中を小刻みに揺らしながら、カカシはひとしきり笑ったあと、ふと視線を上げた。そこには地元の青年らしい一団が4人ほど居た。何故わかったかというと、これでもかというくらい真っ黒に日焼けをしているからだ。毎日、海に来ていない限りこうはならないだろう。海の水で色素が茶色くなった青年等は、「いいからおまえが話し掛けて来いよ」だの「じゃんけんしようぜ」などと囁き合いつつきあっている。
訝しんでいると、どうやら代表が決まったらしく、こんがり日に焼けた青年の一人がカカシとナルトの前に立った。ナルトも訝しそうに、碧い瞳で青年を見上げる。
「あのさ、きみ。可愛いよね。ここら辺の子じゃないだろ?」
「……へ?」
「目、おっきいよね。髪の毛も金髪でサラサラだし。よく可愛いって言われるでしょ?」
「………」
ナルトは戸惑ったように、カカシの方を仰ぎ見た。しかしカカシの顔に答えが書いているわけもない。ナルトは己の上体を隠してるパーカーと青年等と見比べながら、
「あのさ。オレってばオトコ、なんだけど」
げんなりとした調子で言うと、少年等が一斉に「え!」と驚いた。
「女の子じゃないの!?」
露骨にビックリしましたというポーズをとる青年に、
「オレってば生まれてからこの方16年、男の中の男!なんなら証拠見るってば!?」
ナルトはそれはもう気持ち良いくらいキレた。ナルトを、金髪碧眼のショートカットの少女だと思ってた青年等はまたしても「え!?」と驚いた様子だった。大股開き担架を切ったナルトは、もちろんそんなことには気付かない。どうやら、パーカーを着ていたとはいえ女子陣より前にナンパをされたことが相当屈辱的だったらしい。キィキィ怒る様は男らしいというより、傍目には可愛らしく映るのだが、やはりそれにも気付かない。だから、見兼ねたカカシが仲裁に入るしかなかった。
「はい。はい。そこまで」
「カカシ先生!」
「――ナルト。無暗に一般人に喧嘩を売らない」
「う」
暗に忍者足るものという意味を含められ、ナルトは耳まで顔を赤くした。
「きみたちも、ごめんね。この子は見ての通り立派な男の子だから、これ以上ちょっかいを掛けないであげてね」
やんわりと青年等をいなし、縮こまったナルトを引き寄せてヨシヨシと頭を撫でてやる。
「もう。先生、恥ずかしいことやめろよっ」
ナルトがむくれるが、カカシはお構いなしに撫で続ける。そんな「教師」と「生徒」の間柄を青年等は、若干異物感があるように半ば呆然と見守っていたが、キッと睨みつけて来る碧に魅入られる。
「あのさ、きみたちいつまでいるつもり?」
「あっ!」
「その…」
「ええと、すいません。貴方は引率の先生ですよね」
「うーん。そうだけどねぇ…」
「違うんですか」
「人によって捉え方も違うだろうけど…」
カカシは、わざと長く考え込むようなふりをして、相手に想像の余地を与えた。青年等が身体を強張らせたところで、
「この子とは特別な関係かな」
にんまりと笑ってナルトを腕の中に引き寄せた。「!!」ナルトがカカシの台詞を追い掛けるように、首を捻った。斜め上には見目が整った大人の顔。
「この子、可愛いでしょ。つまりそういうこと。オレ専用なの。だから、手を出したらだめだよ」
「……!!!」
カカシの言葉に驚いたのは、青年等以上にナルトだった。唖然、といった表現が相応しい。
「すすすすいませんでした!」と青年等は90度に頭を下げて逃げるようにそさくさと去って行ったがもうナルトはそれどころではなかった。
「カカカカカカッッ」
「蚊?」
あまりのことに口が回らない。カカシに押さえ付けられたナルトはバタバタと暴れるが、大人は上忍。縄抜けが得意なナルトが拘束する腕から逃れられるわけもなく、無意味な抵抗をして終わった。「恋人同士だって、周囲にバラしたらだめだって決めたばっかじゃん…」しゅんと仔犬が耳を垂らしたように項垂れたナルトは、仕方なく黙ってカカシの腕に抱かれる形になった。
やがてカカシがパタンと本を閉じた。それだけで、「あれ?」と言ったふうにナルトの瞳が子犬のようにキラキラと輝き出す。カカシはのんびりとした動作で「そうだねぇ」と天頂から少しだけ傾いた太陽を仰ぎ見る。
「まぁ、本当は海には入らないつもりだったんだけどねぇ」
「!」
「そろそろおまえの期待にお応えしようか?」
「マジで。マジで!?それじゃあ、一緒に海入ろうってば!!」
両拳を握り、瞳を輝かせた少年を見下ろしながら、カカシは意地の悪いような、だけど少しだけ良心が咎めているような曖昧な笑みを零して、ぽたりと水滴が滴り落ちる少年の身体に意味ある仕草で指を這わした。
「残念。オレは怒ってるの。おまえ。オレ以外の人間を誑し込んだでしょ。だから、おしおき」
「へ?」
「今からオレに溺れさせてあげる」
「おまえの肌、海水で冷えているくせに、熱っついねぇ…」
保護者であるイルカがほんの少し目を離した隙に煙と共に二人が消えたのは、その直後。
「ほら、それ脱いじゃいなさい?」
「ううう……」
二人はカカシの瞬身により先程の浜から離れた浅瀬の岩陰に居た。
「素直に従った方が酷くしないし、後から辛くないと思うけど?」
ううう、とまたナルトの低い唸り声が聞こえた。次の瞬間、カカシの目の前に恐る恐るといった調子で白い尻が曝け出される。
「何、今からレイプされますって顔になってるの。違うでしょ、恋人のセンセーに気持ち良いおしおきをされちゃうんでしょ?」
「………」
海水パンツを膝の所まで下げたナルトは、背後からの視線が気になるらしく、チラチラと教師の方を振り返っていた。
「ほら、お尻を先生の方に向けなさい?」
「ひ…っ」
カカシは慣れた手つきで白い双房を揉んだ。少年の尻は吸いつくように滑らかな感触で。「ひっ」「ひっ」「んっ」「んっ」とナルトは何かを堪えるように、目の前の岩にしがみついた。
「ご、ごめんなさ。ごめんなさいってばぁ。カカシせんせぇ…っ」
「もう、弱音? 早いよ」
尻を揉まれながらカカシにデモンストレーションのように腰元を何度も押し付けられる。だから、これからどんな行為をするか、十分に理解出来た。想像できるからこそ、カカシの怒りを何とか収めたかったのだが。
「あれぇ、ナルト。もう勃っちゃってるよぉ?」
身体を反転させられ、恥部の状態を指摘され恐る恐る視線を下げれば、太陽の下でナルトのピンク色のペニスは精液を零し、勃ち上がっていた。
「いやらぁ…」
自分のあまりに恥ずかしい状態に、ナルトは頬を桃色に染めて、目を瞑る。
「先生、ナルトのお尻以外触っていないのに、もうエッチな気分になっちゃったの?」
「……う、うっ、うぅ」
涙声でナルトが顔を背けると、「可愛い…」と感動したようなカカシの呟きが漏れた。やがて、カカシの指が一本ナルトの中に侵入して来る。ちゃぷんと波が揺れた。
「―――いっ」
「ああ、ごめん。濡らすの忘れてた。痛かった?」
そう言ってカカシは楽しそうに海水で指を濡らすと、ナルトの怯えた視線を感じながら、指を突き入れた。自然とナルトの背中が撓る。
「ふぅ、ん、ん、ん」
「気持ち良い、ナルト?」
指を押し入れるたびに、己の方に突き出されるナルトのペニスにニヤニヤとした笑みを零しつつカカシが訊ねる。ナルトはすでに快楽に溺れているようだった。
「はぁ、う、ん、ん、んっ」
「ナルトのここ、鳥肌立ってる」
突起部分を虐められ、ナルトは少年にしては甲高い声で啼いた。本来、性感帯である筈のない、ナルトのそこはカカシに揉まれるたび、全身に電流が駆け抜けるような快楽をナルトに齎した。
「ナルトはおっぱいでも感じちゃう悪い子だもんね。ふふふ、女の子みたい」
「……っ」
「はぁ。ぷくんって紅く腫れてきちゃったね。カワイイ…」
感嘆のため息を吐きながら、カカシはナルトの下肢を虐める指のピストン運動を速める。ナルトの呼気が荒くなり、金糸の少年は壮絶な色香を放ち始めた。ごくん、とカカシの喉が垂下される。
「……ほら、ナルト。岩にばかりへばり付いてないで、自分で上下に動いてみなさい。できるでしょ?」
ナルトは、カカシの命令に薄っすらと瞳を開けた。その瞬間、ずぐんっと指を根元まで入れられ苛められる。
「あっ!あぅん!ああぅんっ!!いやぁっ!!」
面白いように反応するナルトにカカシは笑みを深める。そしてカカシはもう一方の手で、少年の突起部分を摘む。
「あっ?はぁ、あああーーっ」
「ほら、気持ち良いでしょ。どんどん、自分で動いてごらん?」
カカシはもう自分では指を動かさないで、ナルトの動きを待っているようだ。ぎゅっと乳首を摘まむと、ナルトが躊躇いがちに上下運動を始めた。
「あぁっ、もういやぁ…」
「どうして。ナルトの男の子の部分から、気持ち良いですって精液が出て来てるよ?」
ナルトはポタポタと涙を零しながらも、きゅっと目を瞑ると静かに首を振ったが、カカシの指を貪欲に呑み込んだ。
「はぁん、はぁ…。あっ」
そのまま口を白痴のように開けながら、ナルトはカカシの指で感じていく。さながらセックスドールのようなナルトの痴態に、カカシは満足したように頷くと、ナルトの指を下肢へと持っていく。
「ナルト。おまえの乳首両方とも可愛がってあげたいから、自分でここを虐めなさい?」
「へ?」
ナルトの頬が真っ赤に火照る。
「あ、でも。カカシ先生。そこは…」
躊躇するナルトを促して、カカシはナルトの人差し指を、普段カカシを受け入れている排泄器官へと導いた。
「あっ!」
つぷりと、音を立ててナルトの指が蕾の中に呑み込まれていく。ナルトは身体を強張らせると、信じられないという目でカカシを見た。
「碧くって大きい目。とけちゃいそ…」
ちゅっと、この日初めてのキスをされて、ナルトは蕩けそうな表情になる。それに、クスリと笑ってカカシはいやらしい行為をナルトに教え込んだ。
「ほら。ねっ、出来るデショ。指をいつも先生がやってるみたいに、動かすんだよ。こうやって…」
「あっ。いやぁ…」
「おまえの指でさ、お尻の穴をぐちゅぐちゅってして。ね、簡単でしょ?」
カカシに無理矢理、突き立てた指を動かされていくうちに、ナルトの身体は快楽を覚えて、ゆるゆると動き出した。
「はぁ、あうんん……っ」
もどかしげにナルトの指が抜き差しされる。カカシはナルトの両乳首を虐めながら、少年の痴態に見蕩れた。
「ほら、もっと深く入れなさい。柔らかく慣らしておかないとあとで大変なのはナルトだよ?」
「ん…、ん、んんあっ」
「そう、そう。物覚えがよくって、いい子…」
夢中になって自身に指を突き入れるナルトの姿を見てカカシは、
「ほら、もう一本入るよ」
続いてナルトの中指を挿入させた。岩陰で啜り泣きのような声が、金髪の少年から上がったが、やがてそれがため息に変わる。
「ん。気持ち良さそ…」
「あっ、あぁっ。カカシ先生っ、もっと奥ぅ…」
潤んだ瞳でナルトはカカシに懇願した。普段、カカシに慣らして貰っているナルトの窪みは、己の指の長さでは満足しなくなっていた。
「だめ。今日はおしおきなんだから。自分でしなさい」
「ふぇ…ぁ」
そう言って、無理矢理根元まで自身の指を押し込まれナルトはイヤイヤと首を振った。
見れば、ナルトのペニスはすでに完勃ち状態だった。ごくん、とカカシの喉が鳴る。
「ナルト…?」
「あぅん、あう、あぅうう…っ!」
ナルトはおねだりが失敗したせいで一心不乱に自慰めいた行為に耽っている。ナルトの指が突き立てられている穴は、すでにグニグニと指が突き入れられるたびに捲れ上がるほど弛んでいた。
「あうんっ」
いきなり大人の力により指を引き抜かれたナルトは放心したようにカカシを見上げた。
「カ、カカシ先生…」
「……―――――」
腰を掴まれ、岩場に顔を押し付けられる。不安そうな声と共にナルトが振り返った瞬間、カカシは己の怒張を突き入れた。押し入ったナルトの中は、柔らかく解けていた。
はたけ家の朝は戦場だ。カカシ自身、朝に強い方ではないというのも理由の一つだが、彼の金髪碧眼のチビっ子が彼を中々仕事へと行かせてくれないからである。
「カカシせんせぇ。ちゅってして、ちゅって!」
「はい、はい。いってきますの、ちゅー…」
カカシの周りをパタパタと尻尾を振り回し走り回っていた狐っ子は(毛玉が抜けるのでやめて頂きたい)、モソモソと忍服に着替えていたカカシの前で構って欲しいオーラを出していたかと思えば、そんなことを言って来たので、カカシは条件反射で顔を合わせてやった。
「違うってば。おでこじゃなくて、ここー!」
見れば、ナルトが指したのは、ふっくらとした小さな唇で、カカシは〝色つや良好〟とどこか一歩ズレた感想を思いつつ、「はい、はい。オレはもう出掛けなくっちゃいけないからねー」と三角耳のある頭を撫でて、玄関に向かう。
「カカシ先生の鈍ちんーーーーっ」
両拳をぐーにした子供は、そう言って盛大に喚き立て、それからしゅんと大きな耳を垂らしたのであった。
「今日も夜遅いのかな……」
最近、カカシ先生の帰りが遅い。いつも仄かに香りアルコールの匂いが、ナルトの知らない世界に繋がっているようで、少しだけ元気を失くしてしまう。
だから、カカシが初めて〝女の人〟を連れて家に帰って来た時、ナルトのショックは計り知れなかった。
「あなたが、ナルトちゃんね。本当、カカシの言った通り。三角のお耳と尻尾がふさふさ生えててとても可愛いわ」
くすりと笑った女の人をぽかんとした顔で見上げて、ナルトは玄関から入って来た二人の大人を見比べた。カカシ先生の隣に立っているこの優しそうな笑顔の女の人が、リンさん?
鳶色の髪の毛。忍者をやってるとは思えない華奢な体躯に色の白い肌。差し出された手が、凄く綺麗な大人の女の人だと思った。手の綺麗な人は、心も綺麗らしいとナルトの大好きな〝テレビ〟で言っていた。今、ナルトの前に立つリンの手は凄く綺麗だ。ナルトのちんくしゃな手とは全然違った。
「あ…、う」
思わずナルトは持っていた積み木を放り出して、とたたたと部屋の隅っこに隠れる。そして、昔、カカシの家に拾われて来たばかりの時のように、カーテンの裏に潜ってみた。
「どうしたの。ナルト。前に話していたリンだよ。出て来てご挨拶しなさい?」
「………」
「ナルト?」
「照れてるのかしら?」
困ったようなカカシの様子を横で見て、リンが拳を口元に持って来て微笑した。カカシと言えば、「おかしいなぁ」と言った風体でカシカシと頭を掻いた。
彼の可愛らしいペットは緑色のカーテンの後ろで、身体隠して耳と尻尾隠さずの状態で黙り込んでいた。これはこの1年の経験から言えば、〝不機嫌ですよ〟のサインだ。
「最近はこんなことなかったんだけどねぇ。リンが綺麗だから人見知りしてるのかもな?」
「カカシったら。幼馴染にお世辞言っても何もでないんだからね」
「それ、どういう意味。お世辞を言えるほど器用な男のつもりもないんだけど?」
あはは、と五月の風のように軽やかなリンの笑い声に、ナルトの心臓がずきりと痛む。〝綺麗〟なんて単語がカカシの口から出たことにショックを受けた。普段のカカシと言えば、テレビに出ているタレントなどを見ても誰が誰だかわからないくらいで、女の人をこういうふうに褒められる人だったなんて、知りもしなかった。いつもナルトの言う事をなんでも聞いてくれるちょっとドジでぼんやりとした飼い主じゃない、一人の男としてのはたけカカシを垣間見た気がして…、オレの知らない顔で笑わないでよ、カカシ先生――。
「ほら、ナルト。いつまでも隠れてないで出てきなさいよ」
カカシが、キッチンでコーヒーを淹れながら、そんなことを言う。カーテンの裏に隠れているナルトの傍にリンが駆け寄り、膝を折る。
「ナルトちゃん。私、リンって言うの。よろしくね?」
「――――っ」
「きゃぁ、ナルトちゃんっ?」
だから、リンという女の人の手が自分の頭の上に近付いて来た瞬間、ナルトの中で、何かが弾けた。ガブッと、小さな二本の犬歯で、頭上に降りて来た手に向かって噛み付いてしまった。我に返って気が付いた時にはもう遅くて、赤い血の玉と、手を押さえている女の人――リンさんがいた。
「あ…」
違う。オレってば本当はこんなことをしたかったわけじゃない、と思ったが、もうナルトが彼女を噛んでしまったという事実は覆すことが出来ない。
「ナルトっ!!」
続いたカカシの叱咤の声に条件反射で身体が強張る。カーテンの裏から飛び出して、ナルトはフローリングの床を本物の獣ように転がる。
「うー」と低い声で唸ると、ビリリと空気が凍ったのを感じた。上忍の、怒気。カカシが怒っている証拠だ。それもとんでもなく。
「ナルト。リンに謝りなさい」
「………」
「謝りなさい。ナルト、〝ごめんなさい〟は?ちゃんと言えるでしょ?」
仕方のない子供を諭すようなカカシの口調に、ナルトは唇を噛む。オレ、もう子供じゃない。そんな小さい子に話しかけるような口調、やめて欲しい。
今、謝らねばカカシの機嫌がますます悪くなるとわかっていたが、謝りたくなどなかった。これは、ナルトが初めてカカシに反抗した瞬間だった。言わば、あとはもう意地だった。
「オ、オレ、悪くないもんっ。謝んねえっ」
「―――ナルト!」
「オレってば、この姉ちゃん嫌いっ。出てけってば。ここはカカシ先生とオレの家なんだからな―――…!」
何故か、涙が零れたのだが、それでも言い放つと、ぺちん、とけして痛くはないのだが、確かな手の感触がナルトの頬を打った。
「ナルト。いい加減にしなさい」
「―――……っ」
「こんなにオレを失望させて、おまえは楽しい?」
冷たい、底冷えするようなカカシの声色。部屋の中が、水を打ったように静かになった。カカシとて、ここまで酷くナルトを叱ったのは初めてだ。まして、躾にために軽く尻を叩いたことはあってもこうした形で手など上げたこともなかった。
見れば、呆然とした顔で己を見上げるナルトの姿があった。今朝見た時は健康的だった唇が、今は見るも無残に青くなっている。三角耳も、可哀相なくらい萎れ震えている。だが。
「ナルト。そんな顔しても今日は許さないからね」
ここで甘くしてはいけない、と自分に心の中で言い聞かせて、カカシはナルトを叱る。
「カカシ。私は、大丈夫よ。ナルトちゃん、いきなり触られるの苦手だったかな。びっくりさせちゃって、ごめんね?」
カカシの余りの剣幕に、というよりは二人を包む雰囲気に、リンは眉を顰め、よろよろとしながらも床から起き上がる。
―――なんて優しい人なのだろう。リンの他者を庇うその行動はナルトの心を痛いほどに打った。こんなに優しい人だから、カカシ先生が好ましく思ってるのは当たり前だ。カカシは、ああ見えて人間に対して潔癖だとナルトは知っている。人の醜い感情を嫌悪する、カンが彼がある。今まで、そうした嫌悪感を向けられるのは〝外〟の人たちで、けして自分ではなかったはずなのに。ナルトが成長して何が変わったのだろうか。大きくなったら、自分はカカシの嫌いな醜い生物に変身してしまったのだろうか。カカシに捨てられたらどうしよう、とナルトの心が真っ暗になった。いらないと言われ、ダンボール箱に詰められて元いた路地裏に置いて行かれたら、と思うと酷く恐ろしかった。
「私、医療忍者よ。これくらいの怪我――」言い掛けたリンを制したのはカカシだった。
「リン。悪いけど、甘やかすのは、ナルトのためにも良くないんだ。ちゃんとやって良い事と悪い事の区別を教えてあげないと」
カカシの言葉に、パタパタとナルトの頬から涙が伝う。何かを堪えるように、ナルトは項垂れた。
「ナルト。泣いても駄目だからね。ちゃんと反省しないさい。オレは、怒ってるんだよ?」
真ん丸い碧玉から零れ落ちたのは、真珠ほどもある透明な涙で、こんなしょっぱい涙を流したのは、この家に拾われて、幸せに暮らしていたナルトにとっては久し振りの経験だった。――ナルトの記憶の中で一番底にある記憶。カカシに拾われる前の思い出したくもない過去を詰め込んだ箱が、真っ黒な闇を覗かせていた。鍵は、最初から掛けられてなどいなかったのだ。カカシに拾われ、寄り添うペットとして愛されて1年。いつも、ナルトは怯えていた。
「ねぇ、ナルト。オレのこと、どれくらい好き?」
カカシ先生は確認作業が大好きです。
「どれくらい好き?誰よりも好き?ラーメンよりも好き?」
「んー、好き、好き」
「そうじゃなくってさ、もっと心を込めて言ってよ~」
一楽にて、ラーメンを啜りながらおなざりにカカシの質問に答えたナルトに、はたけカカシは盛大に文句を付けた。ちなみに、ナルトの横に座ったカカシと言えば、ナルトにおしぼりを出してあげたり、頬に付いた麺の切れ端を舐めてあげたりと大忙しだ。
「ねぇ、ナルト。オレのこと、どれくらい好き?毎日言ってくれないと不安になるんだよ?」
例えば、道を並んで歩いている時に目が合った瞬間、一緒にアパートに帰った時の扉を開ける瞬間、ソファーで寛いでいる時、お風呂に入る時も、寝る時も、確認作業って大事。出ないと不安になるんだよ。ねえ、オレの腕の中に居るおまえは、本当にオレのものとかさ。心が、いつの間にか離れて行くことが耐えられない。だから、心の温度を確かめるのです。
「ねぇ、オレのこと好き?口に出して言って。オレのこと、好きだって、囁いて。愛を確かめさせて?」
「あー、もう。オレってばカカシ先生のことが死ぬほど好きだってばよ!これで満足だろっ!?」
いい加減面倒臭くなったナルトが、汁まで啜ったどんぶりをカウンターに置いて、席を立ち上がると、横に座っていたカカシがしゅんと項垂れていた。猫背が丸くなっている。
「死ぬほどは、いいよ。オレ、そういうふうにはナルトの負担になりたくないもん」
カカシ先生は確認作業が大好きです。だけど、オレってばどうしてかカカシ先生のことを放っておけません。オレってばカカシ先生が大好きだと思います。
だから、そんな寂しそうな顔をしないで。
死ぬほどの愛はいらないって、どこか諦めた表情で言わないで。
このあとナルトはカカシ先生のことをぎゅってしたと思います。
「カカシ先生!オレってば、サスケとはなーんでも、ないんだってばよ!」
「ふぅん?」
「ふぅんって、そ…、それだけだってば…?本当に本当なんだってばよ…?」
「うん…。まぁ、おまえの付き合いにオレがいちいち口を挟むのもおかしいでしょ?もうおまえも大きいことだし」
「………」
「それより、ナルト。オレが遅くなる時は、12時までには寝ていなさいね?」
「………」
それだけ、カカシ先生?ぱたん、とまた扉が閉められて、ナルトは三角耳と尻尾を萎れさせた。
「おい、ドベ…」
「う…。サスケ?」
家を出て木の葉の里の中通りを歩いていると、黒髪頭の青年とばったりと出会った。ナルトは目の縁に溜まった涙の粒を慌てて拭うが、サスケは露骨に顔を顰めた。小走りになったナルトの背中に「待て」という声が掛る。
「んだよ、サスケ。オレってばそこを通りてぇの。どけってば」
「………」
「もう、オレってば先を急いでるのーっ」
サスケに首根っこを掴まれ、ナルトはジタバタと両の足をバタつかせた。裸足のまま、家を飛び出して来たらしい、狐の子の小さな足が、砂利だらけになっていた。
「ったく。手間のかかる奴だな」
「ふぁ、サスケ!?」
サスケはナルトの軽い身体をひょいっと抱き抱えると、そのままズンズンと歩き出した。ナルトは普段よりも高くなった視線に驚きつつ、ぎゃいぎゃいと騒ぎ出した。
「サスケ、離せってば。オレってば一人で歩けるってばよ~~!!」
「ウスラトンカチが。てめぇの短足でどこまで行けるって言うんだよ」
「サスケには関係ないってば!」
威勢の良い声の割りに、サスケの腕の中に収まったナルトから聞こえてくる音は鼻を啜る、涙交じりの嗚咽だ。柔らかな金糸を扱いでやると、丸まった背中が小刻みにフルフルと震え始めた。視線を下げれば、真っ赤に染まった貝殻のような耳。大嫌いなサスケに、弱い所を見られて、大失態だ、とでも思っているのだろう。
「家出か…?」
「………」
「そうじゃねえのか?」
ぐしっとおそらく涙と鼻水でべちゃべちゃになった音が忍服ベストの胸の辺りで聞こえた。頬を寄せるのは結構だが、鼻水は勘弁して貰いたいとサスケは思ったが、頑是ない子供相手ではどうにも仕方がない。そう、ナルトはまだ12歳なのだ(それも見掛けだけの話で実年齢は定かではない)。
「買い物だってば。カカシ先生の大好物作るの…」
「忍犬と一緒じゃないのか?」
「もう忍犬は卒業したんだってば!」
何故か涙目になって訴える様に、こいつ黙って出て来たな、とサスケは即座に悟った。はたけカカシという男はあれで過保護で、いつもナルトが外出する時は、忍犬を付けていた。今回は、それの気配がまったくない。
「今頃、血なまこになって探してるんじゃねぇだろうな」
「………?」
「あんまり飼い主に心配かけるなよ」
「そんなことないってば。カカシ先生はオレのことなんて心配してねえってばよ…。カカシ先生はオレのこと好きくねえのっ」
「……はぁ?あのウスラトンカチがそう言ったのか?」
一度だって、言われたことはない。ナルトはカカシに甘やかされているのだ。ただ、それは拾った者の責任とか、そうしたもので自分個人に向けられる好意や嫌悪とは別ではないだろうか。唇を噛んだナルトの頭を撫でて、
「泣きたい時は泣け。余計な意地張ってるんじゃねぇぞ」
ぶっきらぼうに呟くとサスケは子供を抱えたまま歩き出す。傍若無人だが、サスケはサスケなりに優しい。ナルトが頬をぷっくりと膨らませて、抱っこされていると、
「あ、あのサスケさん!」
緑色のベストを身に付けた中忍らしい女性が、サスケに声を掛けて来た。ナルトはぽかんとした顔で中忍くノ一と、サスケとを見比べる。サスケは下から来る視線に、若干バツの悪い顔で中忍くノ一に対応することになった。
「今、任務帰りですか」
「あぁ…?」
「も、もしよければ、このあとお茶になんて行きませんか?」
「………」
「サスケさん……?」
元より、弁のたつ青年ではない。サスケは黙りこくったあと、腕の中の金児に目を落とした。
「悪いが、こいつを送り届けないといけないんで無理だな」
「え。その子ってサスケさんの、弟ですか。それにしてはちょっと……」
黒髪の青年に対して、金糸の子供が生まれるとは考え難い。それも、その子供ときたらおかしな三角耳と尻尾まである始末だ。しかし、中忍くノ一は、次の瞬間、子供の潤んだ碧い瞳に息を呑んだ。
なんて宝石のように綺麗な瞳をしている子供だろう。思わず見惚れていると、剣呑な瞳で睨まれて、中忍くノ一は、慌てて謝罪をした。
「ご、ごめんなさい!」
何がサスケの不興を買ったかわからぬまま、中忍くノ一は頭を下げる。そして、きょとんとしたナルトと眉間に皺を寄せたサスケを残したまま
「突然話し掛けてすいませんでした…っ」
と恐縮気味に去って行った。後に残ったのはサスケ青年と狐の子供。
「サスケってば、女の人にモテるんだな…」
「好きでもねぇのに、寄って来られたって迷惑なだけだよ」
サスケの発言に、ナルトの耳が露骨に垂れる。ナルトのしょんぼりとした仕草は、半人半獣の子供ということもあってか、見目に分かりやすい。人の感情の機微に鈍いサスケも、流石に自分が不味い発言をしたことに思い当たる。
「おい、ドベ…」
しかし、口から漏れたのは、そんな愛称で、「やっぱオレってばドベだってば?」相手を元気づけることもなく、ますますナルトを落ち込ませることになった。
「そうだよな。オレってば、カカシ先生に迷惑だよな…」
「どうして、そういう発想になるんだよ」
サスケは深いため息を吐くと、懐にへばり付いているナルトを抱え直した。
「いいか、おまえが相手にしているのはど天然の朴念仁だ。保護者気取りで自分が、おまえのことを思って正しいことをしていると、信じて疑わねえようなどうしようもねぇ野郎なんだ。わかるか?」
きょとんとした瞳がサスケを見上げた。ふくふくとした体温だとか、日の光に透ける金色の睫毛に視線を落としながら、
「何かあったら、オレの家に来い…」
何故か、斜め横に視線を流されて、またナルトはきょとんとする。サスケの紅潮した頬に手を伸ばそうとしたが、代わりにこてんと首を捻った。
「サスケ、おまえ。実は良い奴なんだな」
ほにゃんと笑った、ナルトの笑顔に、サスケは視線を逸らすことにだけ集中するはめになった。
朝。起きると、カカシの握った手の先にナルトの手があった。どこか、満たされた気分になって、カカシは祈るように、その手首に口付けた。
そして、次に目覚めると、ナルトの姿は跡形もなく消えていた。今までのことは夢だったのだろうか、とすら思ってしまう。しかし、シーツに手を伸ばせば、微かにあの少年が居た温もりがあり、キッチンにはきちんと朝ご飯まで用意されていた。
カカシは軽く焼いたトーストを齧りながら、書き置きの手紙を眺める。
「学校か…」
放課後、カカシの家に寄る旨もそこには記されている。カカシは、シャツをお座成りに引っ掛けたままの姿で、ぼんやりと椅子に座る。そのまま一人アパートの部屋に居ると、日が上がって、影って行く時間帯すら曖昧になる。ナルトがいない部屋など、カカシにとってこんなものだ。
色彩を欠いたノーカラー。あの子がいないままでは。
それでも、部屋の掃除だけはしようと思い立った。前日、カカシが突っ込んで散らかした個所は、ナルトが学校に行くギリギリの時間で片付けてくれたらしく、綺麗に整頓されていた。
ダンボール箱に入った砕けたガラスに手を伸ばすと、ガラスがキラキラと手の中で光っていた。ダンボール箱いっぱいに集められたそれは、ナルトが一個一個集めてくれたものらしい。
「こんなのガラクタだから捨ててしまっていいのに」
カカシはガラスの破片を手に取って項垂れる。
「ナルト…」
きらきら光るガラスの欠片に何故か胸を締め付けられる。ふと視線を上げると、細く長い声が聞こえた。―――ああ、ナルトが泣いている。
どこで泣いているのだろう?
あの子はいつも一人で泣くから、見つけてあげなくては、と自然と腰が上がってしまう。
ナルトは、無人となった一軒家の前に立っていた。〝波風家〟の名札が掛ったそこは、ナルトの旧家と言える場所だ。荒れ放題の庭に入り、小さな倉庫まで辿りつく。真っ暗な倉庫の中に入ると、不思議と気持ちが落ち着いた。
(――オレなんかがおまえを好きになっちゃいけなかったかもしれない)
カカシの言葉を思い出して、ぽたた、と涙の粒が抱えた膝の上に落ちた。
一度、落ちるとそれはとめどめなく溢れて、やがて、視界が滲んだ。なんとなくこれまでのいろんなことを思い出してしまったのだ。
ふと視線を移すと絵本が落ちていた。昔、ナルトが大好きだった絵本だ。カカシの家にあったものは最後のページが破れていて、ラストがわからなかったのだ。
ナルトは好奇心から絵本を手に取った。破れて見れなかった最後のページには、手を繋ぐ灰色ねずみと子供の姿。灰色ねずみの腹の中から出て来た子供が、自分の風船を差し出して、灰色ねずみのブリキの心臓と交換している絵。そう、子供が風船を渡したかった相手は、最初から灰色ねずみだったのだ。
〝鉄壁の檻なんかで捕まえていなくても〟
〝ずぅっときみと傍にいるよ〟
そして一匹と一人はいつまでも幸せに暮らしましたとさの一文。
「はは…。なんだ、この絵本。ハッピーエンドなんじゃん」
笑った、ところでガララと扉が開いて、外の光が差し込んだ。
「見ぃつけた、ナルト」
倉庫の中で、座り込んでいるナルトを、逆光で見下ろしている人物はそう言って、にっこりと笑った。
「こんなところでなにしてるの」
「なに。おまえ、泣いてるの?鼻水出てるよ、きったないねぇ…」
「う、うるせぇってば」
カカシにからかわれ、ナルトは鼻の頭を擦って赤くさせる。
「なんで、オレが泣いている時に限って来るんだってばよぉ」
「ははは。ごめーんね」
謝っても、カカシはきっと何度でもやってくるのだろう。ナルトが泣いている場所に。なぜだか、そんな気がした。
カカシとナルトが、いつかの日のように河原を二人並んで歩く。前を歩くカカシの背中にナルトは声を掛ける。
「あのさ、カカシ先生。カカシ先生の父ちゃんは自殺じゃないってばよ」
唐突に、突拍子もないことを喋り出したナルトを振り返ってカカシが驚いたように目を見開く。
「何を言ってるの、ナルト。父さんは自殺したんだよ。オレの目の前で〝すまん〟って謝って、トラックに自分から身を投げたんだ」
「違う。カカシ先生の父ちゃんはこう言いたかったんだ〝カカシ、すまん。いい父親ではなかったな〟〝これからは二人で頑張ろう〟って言いたかったんだってばよ」
きっと死ぬつもりなんてなかったんだってばよ、とナルトが言う。
「嘘だ。父さんは、オレを置いて行った」
「違う。カカシ先生の父ちゃんは死ぬつもりなんてなかった。きっと事故だったんだってばよ」
「………」
〝きっと〟ばかりの不安定な慰め。〝きっと〟なんてあるはずがないのに。それでもナルトは〝きっと〟違うのだというのだ。だけど、ナルトの瞳には、迷いはなく強さしかなかった。
「あのさ、カカシ先生。死んだ人は偉大だってば。だってもうその人を追い越すことはできないから、どんどんその人の存在が大きくなっちまう。でも、今ここで生きているカカシ先生の存在は、それ以上に大事なんだってば。だから、過去にどんなことがあったとしても、それに囚われることなくカカシ先生は幸せに生きていいんだってばよ」
「駄目だよ。ナルト。オレにはそんな資格がない…」
カカシはたくさんの人に恵まれて育った。家族、友人、仲間、だけど、それを受け入れたことはなかった。それとは逆にうずまきナルトという魂は何も持たずに生まれて来た。そして、それ故にそれがどれほど大事なのか、誰よりもよく知っている。
「オレとおまえは似ているけど、決定的に違うよ。持っているものを受け入れないオレと、持たない哀しさを知っているおまえとでは、まったく違ったんだ。誰かを嫌悪して、生きてきたオレに、おまえを愛する資格なんてないっ」
サラサラと河の音が響いた。ナルトはカカシの言葉を逡巡した挙句、真剣な眼差しではっきりと言い切った。
「それでもオレはカカシ先生が好きなんだ」
もう決めた、とナルトは宣言した。
「オレが、カカシ先生を選ぶんだ」
だから、誰にも文句なんて言わせない。もちろん、カカシ本人にも。
なんという傍若無人な我儘だろう、とカカシはうろたえた。嬉しかった、酷く泣きそうなほどに。ナルトが誰でもない、自分を選んでくれたことに。
「また、そんな無茶言って…っ」
「カカシ先生。お願いだから〝今〟を期待して生きて。カカシ先生の居場所はどこでもない、ここだってばよ」
ナルトがふんわりと笑う。きらきらと太陽の光が河原に乱反射して、ナルトの金髪もそれを受けて一層輝き…壮絶に綺麗だった。
「だめだよ。ナルトはオレと違ってちゃんと明るい道にいかないと…」
「どうしてだってば。オレってば、そんなに綺麗な人間じゃない。誰が、オレの歩く道を決めれるんだってば。オレは、カカシ先生と同じ道だってちゃんと歩ける」
以前はカカシの膝元しかなかった子供が今は、苦笑しながらカカシの肩の下、すぐ隣に並んで歩いてくれる。爪先立ちでキスをされて、カカシの瞳からぽろりと涙が零れた。
「ナルト…、ごめん」
「そういう時は〝ありがとう〟!」
「ありが…?」
「そう。ごめんなさいの代わりにありがとうだってば。わかったってば、カカシ先生?」
「わかった。……ごめ―――、ありがとう」
ニシシと笑って、ナルトはカカシの手を取った。そのまま、二人は河原を歩いて行く。
「ナルト」
「ん?」
「オレは、十年前から少しは変われたかな。何かを見つけられたかな?」
おまえに、少しは返すことができただろうか。好き合って、こうして手を繋いで歩いて。愛するゆえに傷つけて、だけど傷つけ合うほど愛せたおまえに、おまえがオレを救ってくれたように、オレもまたおまえを救いになることが出来ただろうか。
「ナルト」
「んー?」
「オレは、もう独りで生きていけるなんて強さはゴミ箱に捨てようと思う。オレは、おまえと生きて行くよ」
「んあ?」
「ん~、なんでもない」
「何、何、カカシ先生。愛の告白~?」
「うん。オレにしては、結構凄い告白…」
カカシは視界がとてもクリアになった気がした。ナルトは、隣を歩くカカシのもう一方の手に握られているものに気付く。
「ガラス?」
「ああ、うん。とても綺麗なものが創れそうな気がするんだ」
優しく視線を落としたカカシの手の平には、とても綺麗とは言えない歪なガラス屑。ナルトが首を傾けるとカカシが笑う。
「―――新しい絵の題名はどうしようかな」
今なら、世界のすべてがきちんと歪まないで見える気がするから。
たくさんのガラス屑を集めて、あのアパートで色取り取りのモザイク画を作ろう。おまえに贈るプレゼントを作るんだ。もう一度、この手から何かを産み出したいと思う。
オレの目で見た世界の美しさを、それを教えてくれたおまえに少しでも返したいから。
end
最後までお付き合い下さりありがとうございました。最長の連載ということで感慨深い気持ちです。
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職業 ノラ
趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
夢 集団行動
唄 椎名林檎
性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。