まずは綺麗に洗いましょう。次は、餌付けなんて良いかもしれませんね。寝床を与えて、優しく撫でで、きちんと貴方に懐きましたか?それでは最後に一番大切な事です。名前をつけて、呼んであげましょう。
狐の子供を抱っこした男が、人生色々に現れたのは次の日の午後のことであった。中に居た数人の忍たちが物珍しげに視線を送る。
「迷惑をかけてすまんかった」
資料を持っていたリンに、カカシが頭を下げて謝罪すると、三角耳の子供が不思議そうにカカシを見上げ、自分もぴょこんと頭を下げる。「おまえはいいんだよ…」と苦笑気味にカカシがナルトの頭を撫でると、ナルトが嬉しそうにリンに抱き付いた。
「ナルト…」と露骨に不機嫌になったカカシにリンは苦笑する。よくもまぁ、ここまであっぴろげな態度で自分の気持ちに鈍いままでいられたものだ。
「ナルト。行くよ」
リンから三角耳の子供を引き剥がす。
「おう!」
にかーと笑った子供は、
「あ。サッケ!」
どこかまぬけな呼び名と共に今度は黒髪の青年の元へと駆け出す。
「おい、カカシ。仕事場にペットを連れて来るんじゃねぇよ」
不愉快そうにサスケが口を開く。本日は、通常任務だったらしく、緑色のベストを身に付けている。部屋の奥には、春野サクラもいた。
「やー、皆さん。おはよう」
通常通りのんびりとした動作で挨拶をしたカカシはサスケの足に転がり込んだナルトを抱き上げると「はい。この間の任務の報告書」とサクラに用紙を渡す。
「…自分で出して来て下さいよ」
「ははは。ごーめんね」
「あとで出しておくよ」と瞳を蒲鉾型に細めると、「おう!」とナルトが、カカシの首に抱き付きながら満面の笑みで答える。
「このあとな、カカシ先生と一楽に行くんだってばよ!」
「…ナルトを理由にするなんてズルいですよ。カカシ先生」
「ははは。ごーめんね。サクラ?」
「まったく、一個貸しですよ」とぶつくさ文句を呟きながら、春野サクラは相変わらず几帳面な文字で書かれた報告書を受け取る。
「そう言えばサスケ。――おまえのところに変な男が来なかったか?」
「いや。なんでだ?」
「いや、会っていないならいいんだが…」
うちはイタチが、木の葉の忍として復帰するまで、あと数カ月の時を要する。もっとも、この時の二人が知る由もないが。
「おい。ナルト!」
「んあ?」
「この間はその、悪かった。だけど、後悔はしてねぇからな」
「?」
きょとんとしたナルトに、サスケは「ちっ」と舌打ちをする。そして、「さ、行こうか。ナルト」と苦笑したカカシがナルトを抱き直した。
「カカシ先生と出かけるの久し振りだってば!」
木の葉商店街で一番大きな通りを銀髪の忍者と三角耳の子供が歩く。カカシの腕の中でナルトは、はしゃぎ気味だ。
「ねぇ。ナルト?」
「んー?」
「好きだよ」
「ふぇ?」
「おまえのことが好きだよ」
次の瞬間。ナルトの頬に涙が伝って、地面に落ちた。
「本当、だってば?」
「うん。もし、路地裏に捨てられていたおまえを拾ったのがオレじゃなかったら、おまえはオレ以外の人間に懐いていたかもしれないね。オレと出会っても、いまほど好きでいてくれなかったかもしれない。だけどそれでも…」
「好きだよ」とカカシが平素通り、平坦な声で呟く。ナルトの顔はそれだけでぐしゃぐしゃになる。
「カカシ先生がオレを拾ってくれて良かった。だって、オレってば今こんなに幸せだもん」
「ナルト…」
かつて、人でなしと呼ばれた自分に寄り添ってくれる小さな生き物。最近のカカシを腑抜けになったと嘲笑う者たちもいる。それと同じくらい人間らしくなったと言う者もいる。その証拠に、多くの雑踏に加わって狐の子供と歩いている今、カカシは心から幸せを感じるのだ。
ずっと手に入らないと思っていた日常を、彼は手に入れた。加わった鮮やかなカラーに振り回される毎日を、面倒だと感じることもあるが、嬉しいことも哀しいことも、涙することも怒ることも、他者がいて初めて成立することだから、その不慣れな心の軋みをカカシは心から愛しく思う。
ご飯を与えて、お風呂に入れて、一緒に寝て起き、キスをして、抱き締めて。たくさんの感情を教えてくれた。
だから、オレは今、この存在に感謝します。ありがとう、オレの家族――…。
ペットライフ終了です。
本編は終わりましたが、その後な番外編など拍手文として短編を書いていくつもりですので今後ものんびりお楽しみ頂けたら幸いです。