空気猫
追尾型忍者の名前は伊達ではなく、情報収集をして忍犬を使えば呆気なくナルトにおかしなことを吹き込んだ中忍等は見つかった。
「あのさぁ、人の恋人になに吹き込んでくれてるわけ?なに、おまえらそんなに早死にしたいの?」
「あ…、カカシさん。オレたちはそういうつもりではなく…」
「なら、どういうつもりなわけ? オレのものに手を出すってことはそれ相応の制裁を覚悟してるよね…?」
路地裏には、オレに腹を蹴られて、げぇげぇ吐いている奴、クナイで壁に磔にされてぴくりとも動かない奴。ひっくひっく泣きじゃくる可愛いナルトの姿が見れたから、今のオレはかなり機嫌が良かったりするんだけど、まったくアレがなかったら、こんなモンじゃすまないわけよ?優し~いオレは、里の仲間を殺すことはしないけどねぇ…。
「おまえ、そこに這い蹲って土下座してよ。なぁ?」
それ相応の制裁は加えてあげないとね?二度とあんなことがあったら困るし。ナルトが可哀そうでしょ?オレは地面に這い蹲った男の頭を踏みながら、可愛いナルトのことを考えて微笑んだ。
「さぁてと。最初の一人は内臓をぐちゃぐちゃにして、もう一人は、腱を綺麗に切断してやったけど、おまえはどうしようかなぁ?」
「ゆ、ゆるしてくださ、ぎゃあああっ」
「ん?今、何か言った?」
地面に手を付いていた男の指を踏み潰しながら、オレは首を傾げる。ぐりぐりと踏み付けてやると、男が鼻水を垂らした汚い顔で許しを請うてきた。
「大~丈夫。おまえは後遺症が残らないように全部綺麗に骨折ってやるからさぁ?よかったねぇ、オレは上忍だから人体の構造に詳しいから安心だよね?ただ4,5か月トイレ一つ自分の足でいけなくなるだけで済むよ?」
「…っ!!!…っ!!!」
背後に回り拘束した男が無闇やたらに暴れるので、オレは早速何本か骨を折ってやった。
「た、たすけてくださ…」
「あ、ごめ~んね。もう折っちゃった」
直後に骨が砕かれた骨音。バイバイ、と血塗れの路地裏に別れを告げて、もう、自分が制裁を下した人間の顔すら忘れてしまった。
「さぁ、ナルトにケーキ買って行ってあげよ~vv」
つまりこの話は何を書きたかったかと言うと、ナルトくんへのカカシ先生の深い愛。
―お散歩の時間2―
「はたけかかちです。任務報告にきまちたってば!」
任務受付所のカウンターにぴょこんと飛び出した、二つの三角耳。サラサラの金髪。ちっちゃなおてて。あとに続くは里でも有名な銀髪の上忍の姿だ。
「どうも…」
うみのイルカは銀髪の上忍から会釈され、彼のペットと上忍を交互に見比べる。カウンターの下にはおめめをキラキラさせたちみっ子が今か今かとイルカが書類を受け取るのを待っていた。
「………」
逡巡の後、イルカはニッコリと笑って狐っ子から書類を受け取った。
「はい。お疲れ様です。カカシ上忍の任務報告ですね?」
「ふきゅ…、そうだってば!」
「ありがとう。ご苦労さま」
流石はアカデミー教師、というような笑みをイルカが落とすと。
「きゃああぁーーーっ!!」
興奮したような狐の子供の声があがった。これには流石のイルカも驚いてしまい、呆然とした様子で狐の子供を見詰める。
「あ、あの…」
「カァシ―!!」
狐の子供が背中を向けて受付と反対方向へと駆けて行く。
「なうと、ちゃんとひとりで出来たの!カァシ、見てた?偉いでしょ~?」
千切れんばかりに尻尾を振りながら、ナルトはカカシの元へと帰る。イルカは〝興奮して鼻血を出すタイプの子供だな〟とアカデミーの生徒等を思い出して戦きながらも、上忍と狐の子供のコンビを見守る。
不思議なことに、エリート上忍と呼ばれる男がそんな子供相手にちっとも面倒臭そうにしていなかった。むしろ、銀髪の上忍の口元には微笑みすら浮かんでいるように思える。最も、口布越しなので、イルカの錯覚かもしれないが。
「あら。カカシ先生」
自分の膝下でぴょんぴょん跳ねていたナルトの頭を撫でていたカカシは、見知った声に話し掛けられ視線を移す。そこに居たのは、はたけカカシの元生徒の春野サクラだ。
「………っ!!」
桃色の少女を見た瞬間、ナルトは三角耳をぴんと立てた。
「サクラちゃん!!」
限りなく〝しゃくらちゃん〟に近い発音で、初恋の少女の名前を呼ぶと、ナルトはサクラに飛びついた。
「今日も可愛いのりょー。お花みたいなのよお。へへへ、オレね、サクラちゃん大好き」
「あら、まぁ!おませさんなのねぇ。ナルトは、カカシ先生お散歩?」
「おませ?なぁに?うん、うん、なうとね、カァシとお散歩してたのよー。いいでしょー?」
ナルトはサクラに頭を撫で撫でして貰って満更でもなさそうに微笑む。と、そこへもう一人見知った人物が任務受付所に入って来た。
「ふん。イロガキが。ちんまいくせに、いっちょうまえに色気付きやがって…」
面を取りながら現れたのは上忍兼暗部のうちはサスケだ。
「さしゅけ。おまえってばなんでここにいるんだってばよ~!」
「オレは上忍だぜ。ここにいて何が悪い?おまえこそ、忍でもないくせになんでこんなところにいるんだ?」
「あうっ?さしゅけもカァシとおんなじ?」
ナルトが呆気に取られて、黒髪の青年を見上げると、〝ふん〟とせせら笑いを落とされる。むぅ、とナルトがムクれた。
(スカした奴だってばよぉおおっ。なうとってば、コイツやっぱきらい~!)
「おい、チビドベ」
「なうとだってば!!」
「はん。〝なうと〟?自分の名前くらいまともに言えないのか?」
「むきーっ。なうとはなうとなのよーー!」
サスケの挑発を受けて、ナルトは地団太を踏んでカンカンに怒る。傍目には、黒髪の青年暗部に突っかかる小さな狐の子供の姿はとても微笑ましいのだが、小馬鹿にされている当本人にしてみればこれほど悔しいことはない。
「な、なうとは、なうとは、上手におはなちできうのよ…!んにゃっ!」
どうやら狐の子供はものの見事に舌を噛んだらしい。涙目になって「かぁしー、かぁしー」と飼い主を呼び出す始末だ。
「ちょっと…、サスケくん」
三角耳をぺたっとさせた狐の子供を見て、流石がサクラがサスケを叱咤する。
「ふん。飼い主がウスラトンカチだとペットにまで伝染するもんなんだな」
「ち、ちがうも…!!」
「はん。いっちょうまえにあの朴念仁の味方するつもりか?」
「……!!」
小さな子相手に大人げない態度を取っていじめる幼馴染の姿にサクラは頬を引き攣らせる。伊達に付き合いが長くないのだ。サスケの深層心理をもしかしたら本人より深く汲み取ってしまい、
(もう。サスケくんったら子供っぽいんだから)
とサクラがため息した時だった。
「カァシの悪口言う奴はなうとがおしおきなのよー!」
一念発起した狐っ子が攻撃を繰り出す。
「らせ~んがん!!」
ぽしゅ、と音を立てて、サスケの膝に大好きなヒーローの得意技を放つ。しかし、いつまで経っても黒髪の青年はビクともしない。アスマはぐわぁぁ…と言ってくれたはずなのに、この青年にはちっとも効かないのはどうしてだろう?こんもりとナルトの瞳に涙が溜る。
「う…」
狐の子供から漏れた嗚咽に、サスケがたじろぐ。
「お、おい…」
「うぁああああんっ」
ナルトの泣き顔にサスケは酷くうろたえた様子を見せたが、
ナルトはそんなことには気にしない。顔を赤くした青年に向かって一言。
「なうとは、なうとは…。さしゅけなんて大嫌いなのよ~~!!」
盛大に大泣きして言ってやったのだ。
カカシさんは同僚の人にお呼ばれして席を外しました。
肝心な時にいない飼い主です。次回に続く。
0か1の世界
進路。辞書を牽いて見なくとも言わずもがな、進むべき道だとか、将来の方向性だとか、中高生にとってもっぱら憂鬱の種でしかない難題なのではあるが、高校3年生ならばともかく、高2の夏休みを控えるオレにとっては、今一つピンとこないものであったりする。それでも、周りのクラスメイトなんかは傍目には自分の何倍もその難題に対して真剣に考えているような気がして、周囲の大人に守られている時代が終わりを告げますよーっと時計を持った白兎がダッシュで駆けて行くような、微妙且つ繊細なふわふわとした気分を味わっているというのが現状であったりする。
ワープアでニートの方がマシだなんて時代で、働く価値が見出せないって社会人が急増しているという今日この頃。社会人経験ゼロの高校生のオレから見ても不思議な社会だと思う。
それに、ここ最近、人生が着々と履歴書になっている気がするのは、オレだけかな?
たった数行で、人の価値がわかるのか不思議でならないんだけど、黒インキで人様の人生を知ったかぶりして、ついでに人の中身まで透けて見えるなんて不思議だ。
今度、思い切りイカス証明写真でも撮ってきて見せようか。男・うずまきナルトとしては、オレのアートな一面を面接官様方に拝ませたい、是非。
「あ。はよ、ってば」
「おはよ」
ベランダで朝日を眺めながら、しゃこしゃこ歯磨きをしていたら、お隣さんとばったり出くわしてしまった。薄い壁とチープな造りに定評があるごくごく普通のマンションならではの光景だってば。でも、よりにもよってこんなまぬけなベストショットで見られなくてもいいと思うけど。
気まずい沈黙のあと、カカシ先生はニコッと笑った。このお隣さんは大概お隣の高校生に愛想が良いのだ。そして、遺伝子の二重螺旋が未だ現代の最先端科学を持ってしても全て解明されていない事と同じくらい、はたけカカシという人物はオレにとって未知なる人物であったりする。
なにしろ、普通の神経をした人生30年になる社会人は十代のガキを恋人になんかしない。少なくとも、同じチンコが付いてるオレなんかを相手にはしない。恐るべしセンスの持ち主だってば、はたけカカシ。
オレがくあぁって欠伸を噛み殺していると、
「あらら。それって進路の紙?」
懐かしいねぇ、と人生の先達者は、オレが一晩悩んで何も書けなかった(とは言っても半分は現実逃避していたのだが)白紙の用紙に気が付いて、余裕卓々で微笑んでいる。お隣のカカシ先生に学生時代があったなんて信じられねぇとか言ったらこっぴどい目に遭うだろうか。
「ナルトは、どうするの?」
聞いてもいい?と首を傾げて来る三十代。わりと様になっているのが悔しい。
「んー。とりあえず就職かなぁって思ってるってばよ」
「進学しないの?」
「オレ、そんなに頭良くねぇし。勉強は高校生までで十分だってばよ。大学とかは頭の良い人が行くところだろ?」
「うーん。オレは学歴推進派じゃないけど、4年間の猶予が与えられたと思って自分の将来についてゆっくり考えるのもいいんじゃなぁい?」
「そうだってば?」
「18歳で将来の選択をするのは早いとは思うんだよねぇ」
うーん、そうかなぁ。オレってば、もう高校生だし、とっくに大人になった気分だけど、カカシ先生の年齢からみるとやっぱりまだまだガキなんだろうか。
「ふぅん。オトナテキにはそんなもん?」
「ま。学歴だけが全てじゃないから、決めるのはおまえだけど」
よく理解していないまま、オレはしゃこしゃこと口の周りを泡だらけにして、お隣さんに頷いた。すると、突然、お隣の彼が苦笑し始めた。なんだってば?
「なーると。おまえ、その顔かなりNG…」
「な!それを今、言うか!」
自分がほんの少しばかり容姿に恵まれているからって、人の顔を見て吹き出すのはちょー失礼だと思う。むかっ腹を立てたオレはむきーとお隣さんに食って掛かった。(別に怪獣みたいに襲ってはいない。念のため)
「大体、カカシ先生が珍しく早起きしているから悪いんだってばよ、ふぁーもごもご!!」
「あー、ごめん。ごめん。悪かったから、泡を撒き散らすなって…せっかくの可愛い顔が台無しでしょ?」
ぷにゅ、と人差し指でほっぺを押され、オレは黙り込む。生意気盛りなオレとしては歯の浮くような台詞をさらりと吐けてしまう大人に嫉妬だ。
今朝のカカシ先生は片手に缶ビールで、…また朝方に帰って来て飲んでたらしい、とオレが先生の健康を心配していると、
「ま!ナルトはオレのところに永久就職してもいいけどねー」
「んな!?」
カカシ先生がなんだか寝惚けた事を言い始めた。その余裕綽々の笑みはなんですか?確かにカカシ先生ってば、数か月に一回は新しいパソコンを玩具感覚で買ってるし(この間はなんだかパッドを買ったらしい)、最近昇進したらしいし、もしかしてすげー稼ぎ頭なのかもしれねぇけど、へらへら顔のせいでいまいちわかんねーつか、どこまで本気で言ってるかもわかんねーのが実情。本人に訊ねたら〝全部ホンキだよ〟と怖い答えが返ってきそうで聞き返せねぇから、とりあえずオレは膨れてみた。
「オレ、カカシ先生に養って貰うほど落ちぶれてねぇもん。ギリギリまで自分でなんとかしてみせるってばー」
「そういう時は〝考えておきます〟くらいの社交辞令を言えるようになりなさいよー、おまえ」
「へ?なんで?」
はぁ…とカカシ先生のため息が聞こえたような気がした。お馬鹿で可愛いんだけどねぇって呟きが、オレの耳に届いた気がしたのは気のせいだってば!?
「どーせ、オレってばカカシ先生と違って頭悪ぃもん!」
「いや、別にオレはそういうことを言いたいわけじゃなく…ね?」
だったらなんだってば、もー。言いたい事があるならはっきり言えってば!オレってば、シロクロはっきりつけたいタイプなのに、カカシ先生はモゴモゴと呟いただけで終わった。本ばっかり読んでいるから、現実世界の対応に不器用になるのだー。
「……んう」
で。結局、にゅうっと伸びて来た腕に身体を引き寄せられると、ベランダ越しにちょんとキスをされた。
…だから、何がしたかったんだ。この人は。
「ねぇ…、ナルト。学校の時間までちょっとイチャイチャしよーか?」
「うえぇえ…」
「いいじゃない。お仕事頑張ったオレへのご褒美」
朝一番でぶすムクくれた高校生と不誠実な(?)社会人の図は、なんだかマヌケとしか言いようがないのだが、オレはTシャツの袖で歯磨き粉を拭いながら、台無しになってしまった部屋着にあーあという気分だ。
だけど、自分がかなり単純な人間である事は、わりと承知しているつもりなので、オレはぷくぷく膨れながらも、カカシ先生を許してやった。
「ね。こっちにおいでよ?」
ううう~と、唸ったオレは仕方なく頷いてやったのだ。カカシ先生が蕩けそうな顔で笑って、オレの髪の毛を何度も梳く。
なんて、寛大な心の持ち主なのだ。感動の雨嵐である。きっとオレは頭に葉っぱの冠を被ったオッチャンとか、蓮の華が大好きなパンチパーマのオッチャンと同じくらい広い心を持っているに違いない。
「ふ、くぅ」
次の瞬間、カカシ先生の舌が侵入してきて、オレってば真っ赤になってそれを受け入れる。ん、ん、とか、くちゅ、とか恥ずかし過ぎる音が鳴る。
「ふふ。歯磨き粉の味」
「当ったり前だってば…!」
顔を真っ赤にさせると、くくくとカカシ先生が笑った。そのまま、場面はシャットアウト。朝っぱらからめくるめく官能の世界である。
「て、あっ。カカシ先生、ちょっと待ってってば!カカシ先生に見て貰いてぇもんあるんだってばー」
カカシ先生の部屋でシーツに包まっていたオレは、ガバッと起き上る。尻の辺りを抑えながら、ドタバタやってると背後で大人がニヤニヤしている。すけべな内面が透けて見えてるってばよ!
白紙の進路の紙を見られた後じゃ気まずいのだが、オレはベランダの柵を越え、荒れ果てた部屋の中へUターンして、件のモノを持ってきた。
「明日提出のオレの履歴書だってば。ちょー力作」
「なぁに。添削して欲しいの?」
「シシシ。お願いしまーす」
オレがお願いポーズをすると、シャツをおなざりに引っかけたカカシ先生は、銀髪をカシカシ掻いてから、紙面に視線を落とす。
「どれどれ…、ぶっ。」
気のせいか、カカシ先生から変な音がした。どうした、はたけカカシ。そのブルブルと震える肩はどうしたんだ!とうとう持病の癪が…と心配になったオレは(ちなみに遅刻癖という立派な病気である!)、雨蛙のようにぷうっと膨れることになった。
「お、おまえ。自己PR文に〝オレの良い所はどんな時でもあきらめねぇど根性です〟って、ぷくく。もう少し言葉を考えなさいよー」
………。えーと今のカカシ先生は、むつかしい言葉で言うと、抱腹絶倒?って奴?なんで?つーか、人の履歴書を見て大笑いだなんて嫌味な男なんだ、はたけカカシ!
「正直者には福があるんだってばよ!!オレってば自分の気持ちに真っ直ぐ生きる男!」
「はい、はい。それを言うなら余り物には福があるだし…意味、全然違うし…わかったから。くくく」
そ、その言い方、ムカつく!カカシ先生って、こんなに笑い上戸の人だったけ?こっちが素とか?
カカシ先生は、左目に込み上げて来たらしい涙を拭いつつ、笑っている。うーん、色男って、そんなこと思ってる場合じゃねぇ。
人生、17年。されど17年。オレだってイロイロ考えて生きてんのにさっ。そのノーテンキでいいなぁってゆるみきった顔はなんだってば!
「んじゃ、就職が駄目だったらオレってばこの国で一番偉い人になる!」
「は…?」
「あきらめないど根性があれば、大丈夫だってばよ!!」
今度こその大爆笑。あー、あー、笑えばいいんだ。この人は。今にスーツにサングラスのボディガードに囲まれるような要人になって見せるのだ!…なんて言っても、この大人はちっとも本気にしないんだろうけどさ。
「あー、笑った」
「むぅ」
「ん?唇尖らせてどうしたの?」
カカシ先生の顔が寄ってきて、ちゅっとキスされる。
「ちーがーくーて!」
そういう催促じゃねぇ!と、思わずオレは両手を振り上げて大人をぽかぽかと叩く。…そんなわけでお空の上の父ちゃん、母ちゃん。今日もオレのご近所付き合いは概ね良好です。
履歴書に座右の銘はどんなことにも諦めないど根性です!って書いてあったら「ぶっ」ってなるよね。
降水確率98%
「カカシ先生なんてだいっきらいだってば!」
久し振りの長期任務から帰ると、金髪碧眼のあの子がそんな酷い言葉をカカシに投げてきた。せっかく帰ってきた恋人にそれはないでしょ、と思ったが、落っこちそうなくらい大きな瞳にこんもりと涙を浮かべられて、そんな台詞を言われたものだから、怒るよりも先にカカシはナルトを抱き締めた。
「どうしたの、ナルト?」
「もうカカシ先生と別れるってば…!」
「ナルト。なんで、そんな酷いこというの?」
「やだ、やだ、やだ、離せ―っ」
ぽたぽたと床に綺麗な滴が零れ落ちて、小さな子供はカカシの拘束から逃れようとする。そんなに泣かないでよ、オレまで哀しなっちゃうでしょ、と己の唇で子供の目尻から溢れ出している涙の粒を掬い取る。この子の一部だと思うとしょっぱいだけの液体すらも甘く愛しくて、ぎゅうと抱き締めれば、ヒックヒックとしゃっくりを上げる子供がやっと大人しくなった。
「何かあったのか?」
「………」
「ねぇ、ナルト。ちゃんと言ってくれないとわからないよ?」
「別れるのぉ」
「ナルト…」
しばらくの沈黙の後、カカシはため息を吐いて、ナルトと向かい合う。カカシは背が高くて、ナルトはそれよりもずっと低いから、二人の視線が合うためにはカカシが膝を折って、ナルトの顔を覗き込まなくてはいけない。それほど体格的にも、そして年齢的にも距離のある二人。接点なんてまるでなくて、そのうえ一方は12歳のお子様なのだから、そんな二人が恋人同士になった時、衝突があって当たり前なのだけど。
「カカシ先生が嫌いになったから別れるんだってば」
「………」
「だから、もう家に来ないでってば。窓からも勝手に入ってくるなっ」
「うわっ。ナルト…!?」
突然、飛んできたクッションに、カカシは驚いて目を見開く。幸い、クッションはカカシに当たることはなかったが、
「!!!」
叱られると勘違いしたのかナルトは肩をすくませて、びくんと震える。
「ううう~~」
「………」
カカシは、ため息を吐いて、腕の中に囲ったお子様を見降ろした。久方ぶりに見る愛しい子は、頬を真っ赤に染め、小刻みに震え、涙でボロボロだ。ぎゅっと目を瞑った、そのさまは凄く可愛らしい。猛烈に愛らしい。だけど、綺麗な涙が流されるのが、情事中の理由以外で、というのはカカシ的には頂けない。
「ナルト。おまえ、ちゃんとオレの目を見て話しなさい?」
涙を零すナルトにカカシが喋りかける。ふるふると頭が振られて、「別れるぅ…」とまたちっちゃな声で、カカシの胸を切り刻むような台詞が漏れる。
「ナルト、そんなこと言うのは止~めて?先生の息が止まりそうになるデショ?」
優しい口調でナルトを諭せば、くしゃくしゃになった顔のお子様がいて。ぶさいくだねぇ、と思いながらカカシは鼻先にちょんとキスをしてやる。
「ふくっ、うぇ、いやぁ」
「ナルト…」
「やだ、別れ……―――んうっ」
突然、ナルトの口が大きな手によって塞がれて、呼吸困難になる。
「ん――っ、ん――っ」
涙目で見上げると、自分以上に辛い顔をしたカカシがいて、なんで先生の方がそんな今にも死にそうな顔してるんだってば、とナルトはまた盛大に大泣きしてやりたくなる。
「ん、んく…、んっ」
鼻まで手で覆われてしまったから息ができなくて。ああ、オレってばこのままカカシ先生に殺されてしまうのかな、と思った。それでもいいかもしれないという思いと、やっぱりやだってばという思いが責めぎ合って、結局ナルトは息苦しさからカカシの脇腹を思いきり蹴った。
「バカ、カカシ先生。オレのこと殺すつもりだってば!?」
「……オレがそんなことするわけないでしょ」
「それじゃさっきの手はなんだってばよ」
「いや、つい…」
「ついじゃねぇ――――っ!」
腹が立ったのでもう一発蹴ってみる。オレってば火影を越す男なんだってばよ、こんなとこでカカシ先生に殺されて堪るもんかっ。とばかりに、ふーふーと肩で息をするナルトを床に転がったカカシが見上げる。
「だって、おまえが変なこと言い出すから悪いんだろ」
「ちっとも変なことじゃないってば。カカシ先生と別れるんだってばっ」
「…ナルト。オレ、本気で怒るよ?」
「うっせぇっ。オレだって怒ってるってば」
いくら、こっち来るなってば!近寄るなってば!とポカポカ叩いても、上忍相手ではちっとも効き目がない。ナルトは壁際へと追い詰められてしまう。
「別れ話だって言ってるのに、なんで別れてくれないんだってば」
「当たり前デショ」
「もうもうもう、おでこにチュウすんな、服に手ぇ入れんな。カカシ先生、オレってば真面目な話してるの!」
「ちゃんとした理由も聞かずに別れてやるわけないでしょ」
「だから嫌いになったから」
次の瞬間、にこにこ笑っていたカカシが、その笑ったままの表情で壁に拳を打ちつけた。
「―――っ」
「きらいなの?」
背中が壁に押し付けられ、次いで、ドン!とまたカカシの手が壁に打ち付けられて、ナルトが小さく悲鳴を上げた。
「――――オレのコト。きらいなの、ナルトは」
カカシのいつにない雰囲気にナルトの身体が強張る。
「き、きらいっ」
「あっそう。ふーん」
売り言葉に買い言葉。力で、カカシに勝てないことは百も承知だが、抵抗しないのも悔しいので壁に張り付くようにして、歯を剥いて威嚇していると、顎をついと持たれて上を向かされる。
「ナルトは、オレを怒らせて楽しい?」
「べつにオレってばカカシ先生のモノじゃねーし…っ。嫌いっ。カカシ先生なんて大っ嫌いだってば!」
涙目になってナルトが強がりで喚くと、ぞっとするほど温度のない視線で見降ろされた。
「――おまえ、自分が何言ってるかわかってる…?」
カカシから腕の中から逃げ出したかったが、後ろは壁で、壁とカカシに隙間なく挟まれて逃げ場がない。
「オレを納得させる理由をつけて、オレの嫌いなところ説明してみなさい?」
「な、なんだよ。んなおっかない顔してもダメだってばよ、バカにすんな。オレってばカカシ先生がキラ―――…」
また、耳の横すぐの壁を叩かれて、ナルトはびくんと痙攣する。
「だから、ちゃんと説明してご覧。どう嫌いなのか。出来ないでしょ。なにか、喋りなさいよ?」
至近距離でカカシに詰め寄られる。戸惑ったナルトはカカシの手から逃げ出そうとするが、大人の力に敵うはずもない。
「ろくな説明も出来ないで、別れたい?オレのことをバカにするのもいい加減にしてくれる?」
「………っ」
カカシの、心臓が止まりそうな冷めた声が降って来た。
「おまえとは、絶対別れてなんかやんない」
「なっ。」
予想外の台詞に、驚いてナルトは顔を上げると、かなり怒った顔をしたカカシが居た。
「絶対、離してなんかやらない。おまえがどんな理由つけたってオレが了承するはずがないでしょ?」
「………!」
「おまえ。このオレを相手に、簡単に逃れられることが出来ると思うなよ?なんなら、このまま犯して、この部屋に閉じ込めて、オレなしじゃいられない身体にしてやろうか?」
「っ!? っ???」
「想像してごらん?ああ、そうだ。わからず屋には、今から実践で教えてやるってのも面白いよな?」
そのまま無理矢理、キスをされる。酸欠寸前まで、口を塞がれ、ナルトがカカシの胸部を叩くと、どちらとも知れない透明な糸が伝い、そのままカカシはナルトの服を剥ぎだす。
「やだーっ。やだってば、カカシ先生―!!」
「うるさい」
「!!!」
こんな冷たい声のカカシは初めてだった。教師でも上忍でもなくて、一人の男の人としてカカシを怒らせてしまったのだと、ナルトは悟ったが、だからと言ってどうしていいかわからない。
床に転がされ、無理矢理服を剥がれる。乱暴なカカシの動きが怖くて、知らない男の人みたいで、ナルトは泣きだしてしまった。
「やだぁ…。やめてよ、カカシせんせぇ」
それでも、カカシの手は止まらない。首筋にチリリと痛みが走って、下肢に手が掛けられる。これから何がおこなわれるのか、既に経験してしまっているナルトにはわかっていたが、それよりもナルトを苦しめているのはカカシの表情だった。
「ひっく。うぇ。そんな目で見ちゃヤダァ…」
思わず、ナルトはカカシの身体を叩く。棒きれのような細い腕が二本、カカシに向かって伸ばされた。
つっかえ棒のようにして、ナルトはカカシの心臓を叩く。
「その怖い目、やめろってばぁ…」
「ナルト…?」
完璧な無表情でナルトの服を乱していたカカシは、ドンドンと胸板を叩く小さな手の存在にはっとした。
「―――……」
そして、そこで初めて自分がこの子供に対してやってはいけないことをしてしまったのだと気付いた。
「ごめ…っ、ナルト」
途端に、冷水を浴びせられた時のように、背筋が冷えた。里の中でこの子がどんな視線を浴び続けて来たのか、自分はいやというほど知っていたはずなのに。今、自分の下で泣いているのは、誰よりも大切にしたかった愛しい子だった。
「ひっく。うえっ。やぁ…」
「ごめん、ごめんね。ナルト?」
慌てて、だけど壊れ物のように、泣き過ぎで熱を持った両頬を包み込む。
「もう、大丈夫だよ?」
ふと視線を落とせば、ナルトの腕には、自分の手形がくっきりと残っていた。どれだけの力を込めて、この小さな子を圧したのか。思わず己の執着心の深さに、瞠目してしまう。
「ひぅ…っ」
「ナルト…」
カカシの声に、ナルトはまたビクンと震えて泣いていた。
「えっぐ。うっく。だって、だって…オレってば、オレってば、別れるって、言ってるのに…。カカシ先生のためなのにっ」
「はぁ?どうして、それがオレのためなの?」
「だって、だって。オレってば頑張っていっぱい考えたのにぃ」
「うん?なんだか知らないけど、頑張ったの?」
「うぁああんっ」
「ナルトが一生懸命オレのために頑張ってくれたのは嬉しいけど、その理由を教えて?」
優しいカカシの声。カカシの手管にノセられちゃってると思いつつも、いい子だねと、ほっぺをマッサージするみたいにふにふにさすられると、意地を張って強張っていた身体の力が抜けてしまう。
「この間、受付所に行ったら中忍の人たちにカカシ先生と別れろって言われた」
「あー…。原因はそれか…」
「最近、里の中ではたけカカシは狐に憑かれてるって噂があるの、知ってた?キ、キツネってオレのことだってばっ?」
イルカにラーメンを奢っても貰いたくて、任務受付所に行った時に居た中忍たちの会話。初めは、何を指しているのか、誰のことを言ってるのかすら、わからなかった。カカシは新しいペットでも飼い始めたのだろうか、ともすら思った。だけど、この里で「狐」を指すものが、もう一つあると気が付いて、愕然とした。
「お、おれ、知らないうちにカカシ先生のこと、お、おとしめてた…。オレと一緒にいるせいで、カカシ先生が悪く言われてた…」
「〝貶める〟って、おまえ。随分難しい言葉知ってるねぇ?」
「そ、そういうことじゃなく!カカシ先生!オレってば、真面目な話してるってばよ!?」
また、碧い瞳にこんもりと涙が溢れ出して、カカシは苦笑した。
「カカシ先生は上忍でエリートで、里の人にも認められて、好かれているすげー人じゃん。なのに、オレは〝キュウビ〟で、嫌われ者だってば…」
きゅうっとナルトはカカシの肩口で唇を噛み締める。
「でも、オレ悔しくって。悪口言ってた人たちのことに行って睨み返した。そしたら、生意気って小突かれた」
「――――それで?」
「オレとカカシ先生なんて上手くいきっこないからすぐ別れちゃうって言われた」
ナルトは、すんと鼻を啜った。
「カカシ先生は物珍しくてオレと付き合ってるだけなの…?九尾のガキが可哀相だったから同情して傍にいてくれるの…?」
オレ、カカシ先生にとって迷惑?
それは、子供の小さな告白。
「それでオレと別れる話になったの?」
「うん」
カカシは何度かナルトの金糸を梳いていたが、やがてぎゅっとナルトを抱き締めた。
「あー。ふわふわのお日様の匂い」
「な、なに。せんせいってばっ?」
「それにすごくあったかいよねぇ。おまえ、まだ子供だからかなぁ?」
大人の体温に目一杯抱き締められ、ナルトは戸惑ってしまう。
「――それで、ナルトはどこの誰とも知れない男たちの言うことの方を信じちゃったわけだ?」
「お、おとこ?」
「そう。恋人のオレを差し置いて、よりにもよってそんな複数名の男たちの言うことをさぁ?」
「カカシ先生。なんだか捉え方が怪しいってばよ。オレってば、全然そんなつもりで言ったんじゃねぇし…」
ナルトはカカシの腕の中から逃れようとジタバタともがくが、やがてうーうー唸って大人しくなった。
「カカシ先生が任務でずっと帰って来ないから、オレってば嫌なこといっぱい考えちゃって。頭の中グルグルして。どうしようって先生のことでいっぱいで」
ナルトの後頭部に顔を埋めていると、ズズズと鼻水を啜る音が聞こえる。あー、ちり紙でちーんてしてやんなきゃなとどっかのおかんチックなことを思いつつ、恋人としてこの小憎たらしくも愛しい生物をどうにかしてしまおうかという幸福な葛藤にカカシは頭を悩ませた。
「馬鹿だねぇ。ナルトは」
「な、なんでだってばよ!」
「だってさぁ、オレはこんなにナルトにメロメロなのに」
「へ!?」
「あのねぇ、オレは好きでもない奴と付き合ったりするほど、物好きじゃないの。その意味、わかる?」
「っ!!」
「だからナルトは、オレがカカシ先生の恋人なんだーって大威張りしていればいいんです」
「うー…、それってなんかすげー嫌な奴のよーな」
「どうして。ナルトがオレの恋人なのは事実でしょ?」
「うー、うー、そうなんかぁ?」
その後。なぜか、カカシによってベッドの中に引き摺りこまれてしまったナルト。
ベッドの上で神妙に正座した二人。もちろん、真っ裸である。
「えーと。ところで、ナルトさん。オレの息子の処理をお手伝いして下さると嬉しいです」
「~~~っ」
カカシの指し示した指の先を辿って、ナルトは赤面。ナルトがカカシのために、勃起した大人の欲に手を伸ばしたかは、謎である。
「カカシ先生~!」
翌朝、ぱたぱたとフローリングの床を駆ける裸足の足音。お玉を片手に構えた最強装備の12歳の少年が、睡眠を貪ってたカカシのシーツを引っぺがす。
「んもう、いい加減にしろってば。カカシ先生ってば、シーツ洗濯するんだから、早く起きろってばよ!」
「んん~、もうちょっと…」
「寝ぼすけ、エッチ大魔神、変態教師~~!おきろ~!!」
ああ、しまったと思ったがもう遅い。巻物いっぱいの罵詈雑言を小さな恋人に突きつけられ、はたけカカシあえなく起床。元気になってくれたはいいが、どうにも立場が悪くなったのは気のせいか。そんなカカシを見降ろしながら、両手にシーツを広げたカカシの愛しい子はニシシと笑った。
ナイチンゲールを殺したのは誰か?
父が死んだのはカカシがまだ幼い頃のことで、彼の無駄に優秀な記憶力は、今も鮮明に、白い牙の最期の瞬間を覚えている。これが、名のある忍の末路なのかと言いたくなるほど呆気ない最後だった。物言わぬ亡骸を前に、涙すら出なかったのは、死を理解するには自分が幼過ぎたのか、それとも感情の欠落した欠陥品だったのか、今もわからない。
そして、子供は少年に成長し、青年期を経て大人へとなる。これはそんな大人と恋人の少年の、とある雨の日の物語である。
「ナールト。もし、オレが死んだらどうする?」
「んー?」
「もしもの話なんだけど、オレが死んだらどうする?」
〝おまえはオレと一緒に死んでくれる?〟
雨の音がしとしとを聞こえた。大人の質問に、前髪をボンボンで括ってキッチンに立っていたナルトは「へ?」「うぇ?」の間の顔で固まった。たぶん、カカシ先生ってばまた変なことを言い出した、とか思ってるのだろう。眉を跳ね上げて唇をひん曲げた、その顔、凄くイイね。そそられる。
カカシはこっそりと唇の端を吊り上げた。つい先ほどシたばかりだというのに、また熱が煽られてしまう。顔を顰めた頂けない表情にすら欲情してしまう自分は、ちょっと重症かもしれない。こういうのを恋にイカレテいる状態っていうのだろう。
「ねぇ。オレが、死んだら、どうする?」
「………」
「くくく。ナァルト?」
カカシは、わざと意地悪く聞いてみた。ナルトは感情が表情にすぐ出る。今もそうだった。
「おまえの、その顔。ぶさいく」
「うっせぇ」
「眉間に皺、出来てるよ?」
カカシはイチャパラを長椅子に放り出して、キッチンへと向かった。わかりやすくていいけど、おまえ忍者としてどーなの、とツッコミを入れてやりたくなることもしばしばで、だから16歳になったとはいえ、心配の種は尽きない。それは上司として、教師として、もちろん恋人としても同じことだ。年の差があるせいか、16歳の少年はカカシが簡単にこなせるちょっとしたことにも躓いてしまうから、つい余計な世話を焼いてしまうことが多い。
まるで、放って置けないひな鳥みたいだ。12歳頃のはいざ知らず今のナルトにひな鳥という言葉は相応しくないのは承知だが、まだまだ経験値では負けないつもりだ。もっとも確実に縮まる距離を、嬉しいと思う反面、複雑な気持ちでナルトの成長を見守っている自分がいるのも知っている。
自分を過去のものだとは思いたくない。だが、新しい芽が今の木の葉では育っているのだ。もし、自分が何らかの事情でこの世を去ることになってしまったら、この子はどうするだろうか。
だから、それはちょっとした好奇心だった。意地の悪い質問だったと思う。カカシは基本的に冷徹で冷たい人間だ。温かくみえるのは、温かいナルトといるからで、鉄が熱を吸収するように、ナルトと寄り添っている時だけ、温かくなる。
キッチンに立ったままのナルトに後ろから抱きついて、カカシは訊ねる。
――ねぇ、オレが死んだらどうする?
金髪碧眼の少年が思案すること三秒半。
「んー。殴る」
「え」
意外な答えにカカシは目を見開く。さすが意外性ナンバーワン忍者だ。死人を殴ってどうするつもり?
銀髪の上忍は身体をくの字に折ってクククと笑った。
「泣いてくれないの?」
もしかして愛されてないのでは?と、不安になって訊ねれば「うーん」と曖昧なお返事が返って来た。
「冷たい、ナルト」
「料理チューだってば」
「酷いねぇ。恋人より晩飯の方を取るつもりー?」
「カカシ先生の晩飯でもあるだろ、フカコウリョク」
「おまえ、もうそろそろそれくらい漢字で言えるようになりなさいよ」
「む。よけーなお世話だってば!」
ナルトはカカシの妨害にもめげずにまな板に視線を落としながら答える。
「だってさ」
「うん?」
「オレってば火影になる夢はぜってぇ諦めねぇし、一緒に死ぬとか今イチ意味わっかんねぇし、カカシ先生が死んだら哀しいと思うけど、オレは後は追えない」
カカシは、ナルトの髪の毛を弄んでいた指を止める。カカシが愛したのは、火影を超えるという夢を追い掛けている少年だ。どうして失念していたのだろう。ナルトの夢や性格を考えれば、自ら生命を絶つなんてこと、するはずがなかったのに。
自分を残して死んだ父を想う。年齢とか、可愛げのない性格だとか、色々複雑な事情があったため父の死を前にして、自分は泣けなかったが、ナルトはどうなのだろう。
喪失する哀しみを、この子は知っているはずなのに。
「おまえは泣いてくれる?」
オレの死を悼んでくれる?
「わっかんねぇ」
ナルトはジャガイモだとか人参の皮を剥くことに集中している。具材から察するに今日はカレーライスらしい。野菜を接種してくれることは嬉しいが、こんな時にナルトの視線を集めていると思うと、物言わぬ有機物ですら、憎らしくなってしまう。
「ねぇ、ナルト」
「………」
「もしおまえが火影になったとして、傍にオレがいなかったとしても、おまえはオレのことを思い出して、泣いてくれる? オレという人間がいたことを忘れないでくれる?」
カカシは、しばし躊躇ったのちナルトの髪の毛の一房に口付けた。陽だまりの匂いがする。
「なんで、突然んなこと言い出すんだよ。カカシ先生、死ぬ予定なんてないだろ」
「泣いてくれないの?」
「だから、わっかんねぇって…!」
突然、ナルトは腹に腕を回してくっついてくる銀髪の上忍を、ペシンと払った。
「カカシ先生のバカ!!」
「ナ、ナルト?」
こっち来んな!さわるな!唐突に始まった暴言の、オンパレードにカカシは目を丸くする。今にも調理器具やら野菜を投げ付けられそうな気迫に、思わず身構えたのだが、
「あれぇ…、ナールト」
片頬を手で擦りながら、カカシはこてんと首を傾げる。三十歳にもなって、その仕草はちっとも可愛くないのだが妙に似合うのがはたけカカシである。
「泣いてるの、おまえ」
碧い瞳に膜を張った水分。目の縁にこんもりと盛り上がってるのは、涙だ。どうやら、ナルトは声を押し殺して泣いていたらしい。そんなことにも気付けないなんて上忍失格かもしれない。
「泣いてくれてたの、ナルト」
「泣いてねぇっ」
「可愛い。ん、ちょっとこっち向いてごらん?」
「~~×☆※◇△」
タマネギのせいだってば!とナルトは、ジャガイモを持ちながら言った。
「………」
鼻先に突きつけられた野菜に苦笑して、カカシはナルトを抱き締めた。
「おまえ、本当に…」
「!??」
「愛しい…」
ぎゃーーーっ、と耳元で「さわるな」とか「変態」とかいう罵詈雑言が聞こえたが気にしない。そのまま、キッチンのシンクの近くに押し倒して、つっかえ棒代わりに差し出された抵抗する手のひらにキスをした。
「ちょ、何するんだってばカカシ先生!」
「ん? セックス」
「さ、さっきも、いっぱいシタってばぁああ!!」
「それは、それ。これは、これ。センセーは残念ながらその気になってしまいました。はい、諦めなさい。ナルト?」
服を乱し、肌蹴た胸元に顔を埋めると、暴れていたナルトが小さく声を漏らした。胸の突起を口に含む。それだけで「あん…」なんていい声が上がって、感度良好な慣れた身体を愛撫することにカカシは没頭した。
そのうちキッチンは二人分のため息で満たされて、ナルトの足は所在なく、宙を彷徨う。カカシはナルトの太ももを抱え上げると、自身をゆっくりと埋め込んでいった。
「あぁっ」
「ん…」
「あ、はぁ、んんっ」
別に、その日は何があったわけでもない。お互いの休みが合った久しぶりの休日で、幸せな一日を過ごしたあとだった。朝からナルトと同じベッドで目覚めて、だらだらと寝転がって、つまらないとムクれた少年のご機嫌を取るために昼は一楽で、修行をしたいと主張した子をベッドに引きずり込んで、セックスして。
どこにでもあるような、しかしカカシにとっては貴重な休日だった。ただ、忍という職業にある限り、死というものは陰法師のように付き纏う。ふとした拍子に掠める不安。幸せであればあるほど、忍び寄る死の影。
親が自殺した子供は死を身近に飼ってしまうらしい。誰が出した統計か知らないが、なんだかヘコむような研究結果で。カカシの場合は、人より生きることを諦めるのが早いかもしれない。なぜなら、命の重さは軽いのだ。己が、何千回という任務で奪ってきた人間の命のように。
「はぁ…、気持ちヨかった」
情事の感想を漏らして、カカシがペットボトルの水を煽る。その横で、ナルトは火照った頬を床にぺとんとくっつけて目を細めた。
カカシは傍らのナルトにもペットボトルを渡しつつ、窓の外に視線を移す。外はいつの間にか雨が降っていた。シトシトと大地を濡らす雨音。部屋は薄暗い。灰色の部屋で唯一色を持っているのは銀色と金色の頭だ。
ナルトは、カカシがベッドから手繰り寄せたシーツに包まっていた。だらん、と投げ出された足にはカカシが吐き出した精液が伝って零れている。
犯罪臭くてなかなか扇情的だね、とカカシは、ナルトの腰元を労ってやりながら笑みを零した。
「もう一回、スル?」
「飯、食いたいってば」
「動ける?」
「んー…、もうちょっと待って」
「出前か、それともオレが作ろうか」
「経費削減だってばよ。あとカカシ先生は包丁持っちゃだめだってば」
「どうして?」
「危ないから」
屈伸して、ナルトが起き上がった。散らばった服を掻き集め、上着を羽織ってのそのそとキッチンへと向かったナルトの背中にカカシは声を掛ける。
「で。ナールト。オレが死んだらどうする?」
「だからー、カカシ先生が死んだら殴るっつったろ」
「酷いねぇ。センセーは恋人間の暴力反対だよ」
見れば、上着を羽織ったナルトが片頬を膨らませて視線を落としている。
「センセー。オレを置いて行くなんて許さねぇからな」
絶対許さねぇからな、とナルトは碧い瞳を細める。
「センセーが死んだらシカマルとかキバとかと浮気してやるからな」
「はぁ…!?」
「サクラちゃんとも恋人同士になっちゃうからな!」
「お、おまえ。それは無理でしょ。サクラに殴られるよ?」
「ふーんだ。カカシ先生なんて余裕ぶっこいていればいいんだってば。最近のオレってばちょーモテるの。カカシ先生が死んだらアソビ人になってやるんだってば!」
あっかんべーとナルトがきゃんきゃん吠えると、カカシの目が据わって半眼になった。それはもう見事な三白眼であった。
「―――ちょっと、おまえ」
カカシに腕を引っ張られ、ナルトは床に転がる。「んだよっ」と抵抗すると、
「それ、ホンキ?」
「………っ」
ますます眉間に皺を寄せた大人に、至近距離で威圧される。
「そんなに怒るくらいなら、最初っからんな質問するな」
「………」
「カカシ先生はちょっと自分の命を粗末にし過ぎるってばよ。もうちょっとこの世に未練とか持って欲しい」
「なーに言ってんの。オレがいつ捨て身になったっていうの。大体、我が身を振り返らないって意味ならおまえの方こそそうでしょ?」
「そう、その言い方がムカつくんだってば。オレのことばっかり心配して、自分の方はないがしろだろ。もっと頑張れってばよ。いつもいつもチャクラ切れまで戦って、後先考えないで人のことばっかり助けて…っ!」
「ナルト……」
「それなのにカカシ先生はそういうの、表に出さないでサラッとやっちゃうから、知らない人には冷たい人間とか言われるし……オレってば時々そういうカカシ先生を殴りたくなる!」
「おまえねぇ…」
「センセーのバカ」
首筋に顔を埋められ、鎖骨の辺りを吸われる。
「カカシ先生はオレがいないとこで死ぬの禁止」
「えー? それじゃーおまえの目の前なら死んでいいの?」
「その時はオレがカカシ先生を死なせねぇの。とにかくオレがかっくいく助けに行くまでカカシ先生は待っててくれればいいんだってばよ」
「オレ、お姫さまじゃー…なーいよ?」
「そんなの、当たり前じゃん。オレたち、男同士だもん」
「ねえ、ナルト。頑張ったら何かしてくれるの」
「ちゅーしてやるってば」
「へぇ。ほぉ?それは、それは。ちゅーねぇ…」
「不満だってば?」
「だって、ちゅーでしょ。センセーは大人だから、もっとアンアンするような凄いことがいいなぁ」
「んじゃスッゲーちゅうしてあげるってば」
「す、凄いチュウ?」
「おう」
「ナ、ナルト…。い、今は?」
「今はナシ。あー、もう。ちゃっちゃと料理作っちゃうってば」
上忍が腰を浮かして凄いちゅーを強請りに来る前にナルトはキッチンへと向かった。
木の葉の里は硝煙の匂いに包まれていた。あちらこちらで舞い上がる煙や爆発音。数年前の木の葉崩しさながらの戦争状態だ。
カカシといえば瓦礫の山の中で身動きが取れずにいた。やたらと碧い空の下、上忍は空を振り仰ぐと、口布越しにハァー…とため息を吐いた。
「ダッサ…。オレ」
こんな姿ナルトには見せられないねぇ…。
今、ナルトが駆け付けたら、カカシ先生、まぁーたチャクラ切れ?なんて呆れた顔をされるかもしれない。そして盛大にお説教されるだろう。今にも幻聴が聞こえて来そうだ。
そのまま空を振り仰いでいると、澄んだ鳥の鳴き声が聞こえた。カカシの頭の上でぐるぐる舞うその鳥の名は…。ああ、あれはロクでもない俗称の鳥ではないか。
墓場鳥。歌いながら穏やかな死をもたらす不吉な鳥。それが、崩れゆく里の天頂で悠々と飛んでいる。
オレはまだ死体でもないよ。ついでに言えば畑の案山子でもない。
だけど、オレにもしものことがあったとしても、ナルトには報せないで欲しい。あいつらの狙いはナルトの腹の中の九尾だから、ここに来てはいけない。
本当に、オレの恋人は人気者で困るよ…と自暴自棄めいたことを口の中でだけ呟いて、フラついてきた視界の中で、
『ナールト。凄いちゅーのあとは、なにしてくれるの?』
『その次はベッドでいいことしてあげるってば』
「はぁ…」
つまり、ナルトとベッドにインをしたかったら死ぬ気で気張れってこと。
親が自殺した子供は死を身近に飼ってしまう。誰が出した統計か知らないけど、なんだかヘコむような研究結果。
カカシの場合は人より生きるってことを諦めるのが早い方かもしれない。なぜなら命の重さは軽いから。カカシが、何千回という任務で奪ってきた人間の命のように。
だが、うずまきナルトに出会ってカカシは変わった。ただの道具でしかないと思っていた忍の職業を、好きだと思うことができた。
今は少し人生というものに前向きになってきたんだ。人生三十年目にして。そして何より。ナルトとベッドでキモチイイことしないといけないの。
んー…、怠け者のオレでもその約束なら守れそうだ。ねぇ、ナールト。墓場鳥を殺したのは誰でしょう。
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
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職業 ノラ
趣味 散歩・ゴミ箱漁り
餌 カカナル
夢 集団行動
唄 椎名林檎
性質 人間未満
日記 猫日和
ある日、カカナルという名のブラックホールに迷いこむ。困ったことに抜け出せそうにない。